03 昼の憩い
正午から一時までは昼休憩とされていたので、レオナたちは『シングダム』および『横須賀クルーザー・ジム』の女子ジム生と合流して昼食をとることになった。
場所は、二階の客席である。
だいぶん見物客が増えてきたとはいえ、何せ四千人を収容できる規模であるので、席には十分なゆとりがある。また、試合場のある一階では飲食が禁じられているため、昼食をとるならば二階に上がるかロッカールームにこもるか屋外に出るかしか選択肢は存在しなかったのだった。
出場選手たる柚子と飛川とアベリィの三名は、身体を冷やさないように柔術衣の上から上着を羽織っている。そんな彼女たちの姿を見回しながら、まずは晴香が口火を切った。
「それにしても、ほんとに全員が優勝を決めちゃうなんてね。女子選手の参加人数が少ないって言っても、これは快挙じゃない?」
柚子と飛川とアベリィは、満ち足りた表情で微笑みを交わしあっている。
女子白帯ガロ級、女子青帯プルーマ級、女子紫帯レーヴェ級において、彼女たちはそれぞれ優勝を収めることがかなったのだ。
「でも、ワタシはイッカイしかシアイをしてないからね。ちょっとカタハバ……いや、カタミがセマいキモちだね」
「うん、アベリィは肩幅せまくないもんね」
「オウ! トビーはイジワルだね!」
アベリィが大きな手で飛川の頭を小突く。
彼女たちがどちらも社交的かつ明朗な気性をしていたおかげで、その場には何とも和やかな空気が形成されていた。
「いや、だけど、あの竜崎ってのはMMAでも場数を踏んでる選手だからね。あいつを相手に連勝できるってのはすごいこったよ」
「フフン? だけどトラさんもニーナセンシュにレンショウしてるでしょう? このマエのシアイも、すごくエキサイティングだったね」
そのように述べてから、アベリィは景虎の手もとを覗き込んできた。
「それにしても、リッパなランチね。ユウワク、モノスゴいよ」
「ああ、こんな場にお二人を招いたのは、ちょいとばっかり酷だったかねえ」
午後にも試合を控えている三名は、バナナやゼリー飲料しか口にしていない。で、残りのメンバーが食しているのは、晴香が準備してくれた手製のお弁当なのだった。
お重に詰めた、和洋中のご馳走だ。食欲の旺盛なメンバーが雁首をそろえているので、質だけではなく量もなかなかのものである。
「あー! ハルさん自慢の肉団子! いいなあ。美味しそうだなあ」
と、柚子も羨望の面持ちで身体をゆすっている。
ちなみにその肉団子を箸でつまんだのは、伊達であった。
「……うるせえなあ。そんな物欲しそうな顔するぐらいなら、お前も食っちまえよ」
「えー! だってたぶん無差別級も白帯から開始されるはずだから、あたしはあんまりインターバルがないんですよぅ」
「だったらどこか見えないところにでも引っ込んでろ。そんな目で見られてたら食べにくいんだよ」
「ひどーい! カズっち先輩の冷血漢!」
意外と仲のいい柚子と伊達の微笑ましいやりとりである。
それを温かい目で見守っていた飛川が、ふっと小首を傾げた。
「そういえば柚子ちゃんって、伊達さんに対してだけは先輩ってつけてるよね。他はトラさんとかハルさんなのに」
「うん。新入りは新入りらしくしやがれーとか言われちゃったから、先輩ってつけることにしたんです。『シングダム』に入門した日付は一日しか変わらないんですけどね」
「えー、そうだったの? それはちょっとカズっちが大人げないんじゃない?」
そのように反応したのは晴香である。
伊達は肉団子を咀嚼しながら、うらめしげにそちらをにらみつける。
「それはハルさんがけったいな仇名をつけてくれたせいでしょう? それまではこいつも普通に伊達さんって呼んでたんですよ?」
「いいじゃん、カズっち。……うん? それじゃあゆずっちがあたしの真似してカズっち呼ばわりしたってこと?」
「いえ、ちゃんとカズっちさんって呼んでましたけど」
柚子の返事に、晴香が笑う。
「カズっちさんをカズっち先輩に改めさせても、あんま変わらないじゃん。どうせだったら、伊達さんに戻させたほうがよかったんじゃないの?」
「……うるさいっすよ」
「実は愛称で呼ばれること自体は嬉しかったんでしょー? カズっちはゆずっちのこと大好きだもんねー?」
伊達は怒った目で晴香をにらみつけたが、これもまた『シングダム』の日常風景である。
そうしてひとしきり笑った後、気を取りなおしたように飛川が別の話題を切り出した。
「それにしても、あのアリースィ・ジルベルトって選手は凄かったですね。いくつか動画で試合は観たことあったんですけど、生だと次元の違いを思い知らされました」
「へえ、あたしらは見逃しちまったんだよね。そんなに見事なお手並みだったのかい?」
「見事なんてもんじゃないですよー。なんか、機械みたいに正確な動きで、模範演技でも見せられてる気分でした。襟を取って、相手を崩して、ガードをパスして、腕ひしぎを極めて――って、全部基本的な動作なんですけど、黒帯同士の真剣勝負で、それってすごくないですか?」
「ああ、あの選手はどの映像を見ても、そんな感じだったね。腕ひしぎかバックチョーク以外は見たことがないよ」
「そうですよね。歩く教則本って感じでした。相手が手も足も出せないから、試合としては全然面白くないんですけど」
「……そいつはアタシと同じぐらいのウェイトなんだっけか?」
と、不機嫌そうに弁当をついばんでいた伊達が、誰にともなく問いかける。
「ああ、女子のペナ級だから、五十八・五キロ以下だね。で、来月の『NEXT』では五十六キロ以下の契約でやるはずだよ」
「ふーん。プロに上がったら、そいつとやりあえる目もあるんですよね? そいつは楽しみだ」
伊達も服部選手と同じぐらいの実績を残しているので、三月のアマチュア大会でさらなる好成績を残せれば、プロに昇格できる可能性があるのだ。
どちらもMMAのキャリアは一年半ていどであったが、伊達はグローブ空手、服部選手は柔道の分野でそれぞれ経験を積んでいたゆえに、そこまでスムーズにプロへの道が開かれることになったのであろう。
「三月にその柔術オンナと対戦するのは、『フィスト』所属のロートルでしたっけ?」
「『フィスト小金井』の沖選手だよ。……氷河期時代から格闘技界を支えてきた選手をロートル呼ばわりは感心しないね、カズ」
「すいません。でも、その沖って選手は腰が悪いんじゃなかったんでしたっけ? 年齢もとっくに三十を越えてますよね。十六のクソガキをとっちめるには、もっと適役がいたんじゃないですか?」
「女子のその階級は今、笑っちゃうぐらい手薄なんだよ。そら、北米のイベントで有望な選手をごっそり引き抜かれちまったからさ」
「ああ、合宿所にぶちこんで、勝ち抜いた一人だけ北米でデビューさせるっていう、例のアレですか。……だったらそいつらが帰ってくる前に、アタシがお相手したいもんだ」
「その前に、まず三月のアマ大会だろ? 余計なことを考えてると、あの服部って選手に足もとをすくわれるよ?」
すると、ずっと隆也少年と小声で喋っていた乃々美が、じっとりとした目つきで一同を見回してきた。
「それよりもまず、今日の大会じゃないの? その服部とかいうやつは、伊達より先に遊佐が相手をすることになるかもしれないんでしょ?」
「ああ、確かにその通りだね。こいつはうっかりしてた。無差別級で結果を残すには、どこかであの選手と当たることになるだろうからね」
「柔術なんて僕にはよくわからないけど、あいつは二試合とも速攻で一本勝ちを決めてたじゃん。遊佐なんて、二試合ともスタミナを削られまくってたのにさ」
その発言に、景虎はきょとんと目を丸くした。
「乃々美、あんた、服部選手の試合を見てたのかい? 柚子や同じジム生以外の試合に興味があるとは思わなかったよ」
「むさべつきゅうでゆずこさんとあたりそうなひとはチェックしておこうってはなしになったんです。ののみさんがオペラグラスをもってきてくれてたから」
隆也少年が無邪気な顔で言い、乃々美の眉をひそめさせることになった。
「昼休憩まで二時間半もあったんだから、そうでもしないと間がもたなかったんだよ! 何か文句ある?」
「文句なんてありゃしないよ。ええと、白帯の無差別級に参加するのは――」
「全部で六人でしょ。受付のところに出場選手の一覧表が掲示されてたよ」
あくまでも仏頂面で乃々美が言い、伊達がそれに補足をする。
「ペナ級が二人、レーヴェ級が二人、メジオ級が一人、あとはガロ級の柚子で合計六人ですよ。メジオ級はトーナメントが組まれてなかったから、無差別級のためだけに出場したみたいですね」
また馴染みのないポルトガル語の登場である。
ちなみに無差別級というのも、正式名称はアブソルート級というらしい。
ともあれ景虎は、伊達の言葉に「ふむ」とうなずいた。
「メジオ級ってのはミドル級で、たしか六十九キロ以下だったっけか。そいつと当たったら、ちとしんどいね」
「ふん。どっちみち一番ちっこいのは柚子ですけどね。……それよりも、レーヴェ級のあいつが厄介でしょう?」
「ああ、名古屋の井森選手か。確かに、ある意味では服部選手より厄介かもね」
「え? 服部選手より手ごわそうな選手がいるのですか?」
ひさかたぶりにレオナが発言すると、景虎は「ああ」とうなずいた。
「井森ってのは、プロのMMA選手なんだよ。それも荒っぽいストライカーで、戦績はぼちぼちだけど勝った試合のKO率は百パーセントっていうキワモノなのさ」
「はあ。そのような選手が柔術の大会に出場しているのですか?」
「タップを奪われないようにグラップリングの練習をしている内に、力試しがしたくなったんだろ。技術的にはまんま白帯だろうけど、プロ選手ってのは練習量が違うからね。フィジカル面では、あたしと同等と思ってもらってかまわないよ」
それでようやくレオナも理解した。レーヴェ級というのは、アベリィや竜崎選手と同じ階級であったのである。ということは、この景虎とて同階級である、ということになるのだった。
「ひょっとしたら、景虎さんはその選手とMMAのほうで対戦した経験がおありなのですか?」
「ああ、戦績は一勝一敗だね。恥ずかしながら、馬鹿みたいにぶん回す右フックでKO負けをくらっちまってさ」
景虎をもKOできるプロのMMA選手と、柚子が柔術で試合をすることになるかもしれないのだ。
しかし寝技は苦手なストライカーだというし、レオナはどんな加減で柚子を心配すればよいのか今ひとつ判別ができなかった。
「白帯のレーヴェ級も、たしか出場選手は三人だったのかな。井森はシードで即決勝だったけど、難なく優勝を飾ってたよ。柔術でも、やっぱり動きは荒っぽかった。綺麗な柔道をする服部って選手より、あたしはあっちのほうが心配だね」
「いや、あの服部ってのは余裕で青帯レベルでしょう。アタシはどっちもどっちだと思いますね」
それが景虎と伊達の見解であった。
少なくとも、服部選手より格下ではない、ということだ。
なおかつ、さきほど話題に出たメジオ級の選手というのは、エリ-ナ・ブランコという名を持つ外国人選手であるとのことであった。
白帯の選手が海を越えてまで参戦してくるとは考えにくいので、日本在住の外国人なのかもしれない。が、何にせよ、体重が重い上に外国人では、これまたフィジカルにおいて相当なものが予想されるだろう。
「それじゃあ、その井森選手と服部選手とエリーナ選手が白帯無差別級のトリプル本命ってことですね! トーナメントの組み合わせによっては、その全員と対戦する可能性もあるわけかー」
そのように述べてから、柚子はにこりと微笑んだ。
「すっごく楽しみです! 勝てるかどうかはわかりませんけど、全力でぶつかってきます!」
「ああ。正々堂々とやりあって、悔いのない試合をしてきな。どんな相手でも、勝負に絶対はないからね」
これぐらいの苦難は予想の上であったのだろうか。少なくとも、柚子と景虎の表情に不安や迷いの色はいっさいうかがえなかった。
そうしてその後は、罪のない格闘技談義で昼休憩を終えることになった。
試合再開の十五分前に会場へと下りて、三度目のウォーミングアップに取りかかる。冷えた身体に熱を入れるだけの、軽いストレッチだ。
するとそこに、見慣れた男連中がぞろぞろと寄ってきた。
「やあ、遊佐さん。ガロ級の優勝おめでとう。お祝いの言葉が遅くなっちゃって申し訳なかったね」
柔術の指導員たる氏家コーチ、黒田会長、および『シングダム』から出陣した五名の男子ジム生たちである。
「午後からはわたしも少しゆとりがあるからさ。無差別級でもよい結果が残せるように、アドヴァイスさせていただくよ」
「えー、本当ですか? 嬉しいです! お弟子さんたちの試合は大丈夫なんですか?」
「うん。うちの道場から無差別級に参加するのは三人だけだからさ。午前中に面倒を見られなかった分を取り返させていただくよ」
そのように述べる氏家コーチは、三十代後半の優しげな男性であった。
『横須賀クルーザー・ジム』の門倉コーチと同じ男子ペナ級で、体重は七十キロ以下。身長はレオナと変わらないぐらいなので、まあ中肉中背の部類であろう。面長で、やや目が垂れ気味であり、老人めいた雰囲気を持った人物であるので、年齢よりは老けて見える。
「しかし、柚子が本当に優勝を決めちまうとはな。青帯レベルの実力とは聞いていたけど、大したもんだ」
黒田会長も、嬉しそうに笑っている。入門時代から柚子を知っている会長であれば、その感慨もひとしおであろう。
「こっちのほうは、二位が一人と三位が二人だ。メダルの数を競うわけじゃないけれど、俺も『シングダム』のボスとして鼻が高いよ」
「すべては氏家先生のおかげです! ……と、今ちょうど対戦表を見てこようと思ってたところなんですよね」
「対戦表なら、わたしたちが見てきたよ。一回戦目は、『天覇館川口支部』の秋田という選手だ。階級はレーヴェ級だね」
それは知らない名前であった。
しかしレーヴェ級ということは、アベリィや井森選手と同じく、六十四キロ以下の重い相手だ。さらに氏家コーチは、それがレーヴェ級のトーナメントで井森選手と決勝を争った選手であるということを教えてくれた。
「それで勝ち抜けば、次は一回戦シードの井森選手。立て続けに重い相手で、ちょっとしんどいかもしれないね」
「はい! だけどメジオ級の選手ではなかったんですね」
「うん。メジオ級のエレーナ・ブランコ選手とあの服部っていう選手が逆のブロックだったのは幸いかな。……でも、遊佐さんだったらその誰と当たってもいい勝負ができるはずだよ?」
そう言って、氏家コーチはいっそう優しげに微笑んだ。
「自信をもって、決して焦らないようにね。未熟な選手は力まかせで来ることが多いから、それにつきあって怪我をしないように。ひとつずつの技を丁寧にね」
「はい!」
そうして時計の針は一時を指し、試合の再開が告げられた。
まずは男子選手の参加人数の多かった階級の試合が消化されていき、またいくつかの表彰式を終えた後、いよいよ女子無差別級の試合が開始される。白帯の柚子は、やはりその一番手であった。
「白、天覇館川口支部、秋田恵。青、シングダム、遊佐柚子」
主審の声によって、両者の名が告げられる。
相手はやはり、アベリィと同じぐらいの図体をした女子選手であった。
身長は百六十五センチていどであろうか。六十四キロのリミットいっぱいまでありそうな、分厚い体格だ。
(でも、同じぐらいの重さの景虎さんと毎日のように取っ組み合ってるんだ。同じ白帯なら、勝ち目もあるさ)
そのように思いつつ、やはりレオナも午前の部よりは強い緊張に見舞われることになった。
ルールの整備されたスポーツにおいて、やはり十キロ以上の体重差というのはかなりのハンデになるものであろう。実力が互角であるならば、やはり体重の重いほうが有利なのだ。
秋田なる選手は腕を大きく開いたゆったりとしたかまえでにじり寄ってくる。
白帯とは思い難い、実に堂々とした姿だ。
「……あれはきっと、柔道をかじってる選手だね」
景虎をはさんだ向こう側で、氏家コーチが誰にともなくつぶやいている。
「黒田さん、ここは勝ちに徹してもかまわないかな?」
「うん? ああ、もちろん。無差別級なんだから、出し惜しみはやめにしておきましょう」
「了解です。……遊佐さん! 足!」
それで何が伝わったのか、組み手争いをしていた柚子がいきなり相手の腹に右の足裏を押し当て、巴投げのような格好で後ろ側に倒れ込んだ。
が、まったく相手の体勢を崩せていなかったので、襟をつかんでいた手を引き剥がされて、あっけなく押しつぶされてしまう。
かろうじて右足が相手の腹に残っていたので、完全に押し込まれることはなかった。柚子の右足をつっかい棒にされた相手は、のしかかろうとしながらも半立ちの体勢だ。
すると柚子は倒れ込んだ体勢のまま大きく身体をのけぞらして、自分の左足を相手の右足の外側からからみつけた。
柚子の右手は相手の右袖を、左手は相手の右かかとをつかんでいる。
柔術の、デラヒーバという技であった。
相手の身体は前方に崩れかかり、柚子の身体は左手側へと横回転する。
そうして柚子が背後から帯を引っつかむと、前方に倒れまいとしていた相手は、柚子の上に背中から倒れかかることになった。
柚子の両足が、相手の胴体にからみつく。
おたがいが座り込んだ状態で、柚子がバックを取っている格好だ。
柚子は右腕を相手の首に、左腕を脇の下から襟もとへとのばした。
首に回した腕も、逆側の襟を取っている。
そうして首を引き絞られて、秋田選手はがむしゃらにもがいた。
柚子をおんぶした状態で、前方に屈み込む。そのまま立ち上がり、柚子を振り落とそうと考えたのだろう。
だが、屈んだところで力が尽きた。
その手が弱々しく畳を叩き、主審は「バロウ!」の声をあげる。
「よし」と氏家コーチは満足そうにつぶやいた。
勝利者として腕を掲げられ、相手と握手を交わしてから、柚子は笑顔で駆け戻ってくる。
「呆れたね。これで三試合連続一本勝ちじゃないか」
景虎がその頭にタオルをかけ、柚子は「えへへ」と照れくさそうに笑った。
「気合の空回りが収まったら、もう敵なしだね。あんたも立派な優勝候補だよ」
「いくら何でもほめすぎですよー。アメより先にムチをお願いします!」
「あいにくムチを振り下ろす場所が見つけられなくてね。そいつはウジさんにお願いするよ」
柚子のきらきらと輝く瞳が氏家コーチを見る。
「うーん」と氏家コーチは細長い顎を撫でた。
「今回はわたしもパスさせていただこうかな。遊佐さんは本当に強くなったね」
「えー! 舞い上がっちゃうから、あまり甘やかさないでください!」
「いや、本当だよ。入門したての頃からは想像もつかない姿だ。どうもこの半年ぐらいで遊佐さんは完全にひと皮剥けた様子だね」
「……それはきっと、ジムに通うのが今まで以上に楽しくなったからだと思います」
そのように言って、柚子はレオナに向きなおってきた。
その小さな頭を撫でてやりたい衝動をこらえつつ、レオナは「おめでとうございます」と告げる。
「あと二試合で二階級制覇ですね。こうなったらもう、誰が相手でも勝ち抜いてしまってください」
「うん! 約束はできないけど、頑張るよ!」
そうして柚子の無差別級における第一試合は終わった。
次なる相手はMMAのプロファイターたる井森選手である。
その先に待ち受けるのは、服部選手かエレーナ選手か――
何にせよ、レオナとしては心の中で力の限り応援するばかりであった。
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