27.望まぬ決着
(とはいえ……)
マリアは、その美しい顔を苦悩に歪ませ、立ち上がるヴァイスを見ていた。
彼は全身に傷を負い、ふらつきながらも剣を構えている。
それは、常人ならば既に倒れてもおかしくは無い程の負傷で。もはやまともに戦う力も残っていないだろう事は誰の目からも明らかだった。
それでも戦おうとするヴァイスを見て、マリアは思わず眉をひそめる。
(あれだけ攻撃を受ければ、普通はとっくに気を失っているのに。そうすれば、止める事も出来るんだけど……身体も頑丈なの? 気力の操作が上手いのは知っていたけど、それでも単純な強化は劣ってたはず。いえ、先程の
マリアは、ヴァイスの異常とも思える耐久性を見て、考察を続けていた。また、正直な話、負けを認めぬのなら、せめて早急に気絶でもしてくれないか、とも思っていた。
そうすれば、もう決闘とも呼べないこの一方的な暴行を、止める事が出来るのだから。
(それに……)
マリアは、すっかりおとなしくなってしまった、横の者達へと目を向ける。
そこでは、ぽろぽろと涙を流すアリスの姿があって。その姿に、マリアは胸にちくりと刺す痛みを覚えるが。問題は、その先だった。
そこには、ゲイルとリリカ、ヴァイスの幼馴染達が立っていた。
二人は、怒りに打ち震えていた。自分達の幼馴染がこんな目に遭っているのだから、それは仕方の無い事だろう。
そんな二人を見ながら、マリアはどうしたものかと、途方に暮れるような思いを抱いていた。
ゲイルは、怒りの表情を滲ませながら、それでも耐えるように、腕組みしてその場に立っている。その身体からは、抑え切れない魔気が漏れ出ているのが見えた。
(ゲイル君は、見た目や言動に反して理性的ね。普段は猫かぶっているのかしら? まぁ、彼はまだ耐えれるでしょう。……問題は」
そっと、マリアがリリカの方へと目を向ける。その背筋に、嫌な感じの悪寒が走った。
リリカは、顔から感情が抜け落ちていた。その美しい顔が、人形のように白く固まっている。その身体は、時折ぱちぱちと音を立て瞬いていた。
それはまるで、今すぐでも爆発する爆弾のようで。感情が読めない分、何をしでかすか分からない様な恐ろしさがあった。
(……怖いわね。抑えが利かないのは彼女の方よね。もし彼女に暴れられたら……、想像したくないわ)
最近になって、リリカは雷属性の上級魔法を練習しだしている。普通の一年にはまだまだ早い事だが、彼女は魔気を使えるのだし、自主的な訓練にまで口を出す気はなかった。
とはいえ、流石にまだ出来るようにはなってはいないと思うが。あれをここで放たれると、非常にまずい状況になってしまう。
そうマリアは思い、内心冷や汗をかくが。
気を取り直すように首を軽く振り、息を吐いた。
視線を前に戻せば。相変わらずに、ヴァイスがブラッド相手に足掻いていた。最初に比べれば勢いが無くなってしまった剣を、無慈悲にも蒼い
(何にせよ、もう彼に勝ち目は無い。最悪、私が止めるしかないわね……)
マリアが小さく溜め息をつく。
彼女も、口では厳しい事を言っていたが。さすがに、本気で学生を死なせるつもりは無いのだ。本当に、いよいよの時は、割って入らなければいけないか、と思っていた。それがたとえ、己の教育方針に反する事であろうとも。
本来なら、ヴァイス自身が負けを認めるべきなのだ。勝てない勝負はしない。戦っても勝ち目が無さそうなら、潔く負けを認め逃走する。それが冒険者としての正しい姿だからだ。
この世界には、自分より強い者など幾らでもいるのである。そして冒険者にとって、そんな強者と遭遇する事は、それほど珍しい事でも無いのであった。
だからこそ、己の力に慢心せず、相手と自分の力量を見極め適切に行動する能力が、冒険者には必要になってくる。一流ほど危険に対する嗅覚は鋭く、無謀な事は避ける事ができるのだ。それが出来ない者は、早死にするだけである。
もちろん、これが決闘であって、魔物との戦いとは勝手が違う事はマリアも理解していた。
彼らの間にどんないざこざがあったのか詳しくは知らないが。彼らの人格は把握しているし、ヴァイス達が最近アリスと一緒に居る事も知っていた。……さすがに、彼らがここまで親しくなっていたとは知りもしなかったのだが。
故に、マリアもなんとなくではあるが、状況を理解出来ていたのだ。彼がここまで意地を張るのは、おそらくは彼女の為なのだろう。そして、それを守ると言う、自分の
(男の子よね。こんな状況じゃなきゃ、微笑ましい話なのだけど)
マリアは思う。
誇りを持つ事は悪い事ではない。己の生きざまに誇りを持つのは、決して悪い事では無い。
しかし。己の誇りのために命を落として、それで良いと言えるのだろうか。誇りは、命よりも重いのだろうか。
(あなたは、ここで死んで、それでも良いの? あなたがその誇りをかけるべきは、本当に今なの?)
これが、本来の冒険者同士の決闘であれば。どちらかが命を落とそうとも、途中で決闘を止められたりはしない。見届け人がギルドから出る事もあるが、その者は本当に見届けるだけであり、決闘に干渉したりはしない。
これが、本当の決闘なら。このままでは、ヴァイスは確実に命を落とすだろう。その誇りを抱いたまま、ここで果ててしまうのだろう。
それで、本当に良いのだろうか。それが彼の望みなのだろうか。
マリアは、横に佇んでいたアリスを、横目で見た。悲嘆に暮れる彼女の姿を見て、マリアは軽く溜め息をつく。
(そんな訳無いでしょう? 少なくとも私には、そうは思えない。他に手は無かったのかしらね……)
これが、例えば。凶悪な魔物と相対していて、逃げる事も困難で。それでも、彼女を守る為に戦うと言うのなら。
それなら、良いだろう。それは、命を賭して戦う場であると言えるだろう。
でも、今はそうじゃない。
最初から、間違っていたのだ。ヴァイスは、決闘を受けるべきでは無かった。
一体何があったのか、マリアには分からないが。あのブラッドの事だ。きっとアリスを傷付けたのだろう。それが、彼には我慢ならなかったのだろう。
それでも、他に手を探すべきだった。決闘なんて、受けるべきでは無かったのだ。
それは、余りに無謀な事だったのだから。たとえ
(誇りを胸に、無謀とも言える程の強敵相手に気高く戦って、それでも勝てるなんて……そんなの、力を持つ英雄だけ。特別な者だけなの。力の無い者がそんな真似をしても、無駄死にするだけなのよ)
英雄に憧れて冒険者になる者は大勢いる。しかし、本当に英雄になれる者など、一握りどころか一粒程度しかいないのだ。
そして、その他大勢の英雄を夢見た者達は、歴史の影にすら入れず、どこかで人知れず死んでゆく事になる。それは、英雄とは真逆の、哀れな末路であった。
それを知っているからこそ。マリアは思う。教員として、ヴァイスの人となりを多少なりとも理解していたからこそ、彼女は思う。
(悔しいでしょうけど。あなたが、本当に冒険者になりたいのなら、今は誇りなんて放り投げなさい。恥を飲んででも、生きなさい)
少しでも、この想いが届けば良いと。マリアは心の中で願う。
(
そんな事を想った所で、今の彼には届かないと理解していても。それでもマリアは、ただ想うしかなかった。
そして、届かないと分かっているからこそ。
彼女は、いつでも決闘に割り込めるよう、準備を開始したのであった。
「はぁ、はぁ。くそが、しぶてぇんだよ」
ブラッドが、乱れた息を整えながら、鬱陶しそうに呟いた。
一向に倒れないヴァイス相手に、流石に彼も消耗してきていた。額から汗を流し、肩が大きく上下している。
不意を突かれた怒りは、ヴァイスを存分に嬲る事で解消出来ていたが。それでも起き上がるヴァイスに対して、今度は苛立ちが沸きあがって来ていた。
対してヴァイスは、全身から訴えてくる痛みに、既に意識は朦朧としていた。
それでも、ふら付きながらも意地と根性だけで、そこに立っていた。まともに思考が回らず、戦術も何も考えられないが。長年の訓練にて身体に染み付いた剣技のおかげで、未だに致命傷は避け続けていた。
しかし、それも永遠には続かない。それが崩れるのはもはや時間の問題であった。
そしてそれは、すぐにやって来た。
「いい加減にしろや、この無能がぁ!!」」
裂帛の気合で、ブラッドが剣を横に薙ぎ払う。それを、ヴァイスは受けようとして……失敗した。ほんの少しだが、剣がずれてしまい、上手く受け切れなかった。
金属音が鳴り響き、ブラッドの大剣が、それを受け損ねたヴァイスの剣を跳ね上げた。その勢いでヴァイスの体勢が崩れてしまい。
「おらあああ!」
そこにすかさず、ブラッドが横殴りに大剣が叩き込んだ。
「ぐっ!」
ヴァイスが咄嗟に避けるように身を捩るが。勢い良く振られた大剣の先が、ヴァイスの胸に引っ掛けるように打ち込まれた。
それは直撃ではなかったが、それでも既にひび割れていた胸当てを打ち砕いた。そして、いくらか緩和されたとはいえ十分な破壊力を持った衝撃が、ヴァイスのその身に叩き付けられる。
「かはっ」
ヴァイスは、自分の骨の折れる音を聞きながら、衝撃により肺の中の空気を無理矢理吐き出される。
そのまま後ろに押され、たたらを踏みながらも倒れずに堪えるが。
「ぐっ、がはぁっ」
ヴァイスは、込みあがってきた血を吐きながら、その場に跪いてしまった。額から脂汗を流し、痛みに耐えるように顔を歪ませている。
もはや、動く事さえ困難な様子だった。吐血した事から、内臓にまで攻撃が通ってしまった事が分かる。
そして。
「これで、潰れろ!」
そんなヴァイスに、止めを刺すべくブラッドが追撃を行う。これで終わりだと、勢い良く剣を振り上げた。その剣が、魔気を吸って紅く輝く。
このまま剣が振り下ろされれば、ヴァイスにかわす事は出来ないだろう。確実に、致命傷を負う事になる。
周りで見ていた学生達から、悲鳴に似た声が上がった。そこから目を逸らす者も居た。咄嗟に止めに入ろうとする者も居た。
そして、
(っく、ここまでね!)
マリアも同じく、ブラッドを止める為に魔法を発動させるべく、動いていた。既に準備をしていたので、それは彼女にとっても最速といって良いほどの速度で発動しようとするが。
「駄目ぇぇぇ!」
それより速く。他の誰よりも、圧倒的と言う程に。本当に一瞬の内に、アリスが魔法を発動させた。
アリスの伸ばして右腕から、蒼い魔力が迸り、蹲るヴァイスの前で形を成してゆく。
十分に力を貯め、凄まじい初速で振り下ろされたブラッドの大剣は、ヴァイスに届く前に弾き返された。
「何!」
自らの剣が何かに跳ね返された感触に、ブラッドが驚き目を見張ると。
そこには、蒼い
「駄目、お願いだから、もう止めて!」
アリスが、そう叫びながら、ヴァイス達に駆け寄ってきた。
「はぁ!? 邪魔してんじゃねぇよ!」
そんなアリスを無視するように、ブラッドは物理障壁へと剣を叩きつけるが、甲高い音と共に弾き返された。
「何! ざっけんなよ、おらぁ!」
ブラッドは苛立ったように声を荒げ、障壁へ思い切り剣を振り下ろす。しかし、それもあっさり跳ね返された。
結構な力を込めたと言うのに、アリスの障壁にまったく歯が立たない事に、ブラッドは一瞬呆気に取られたような顔をしたが。
「何だと? こ、のぉ!」
ブラッドは呻き声を上げながら、益々顔を紅潮させる。完全に、頭に血が上っている様子だった。
どうやら、割り込まれた事に腹を立てているのではなく。自分の剣が、無能の障壁に通らないのが気に食わないらしい。
「止め、て! もう、それ以上は、ヴァイス君が死んじゃう!」
アリスが涙ながらに訴えながら、息を切らせつつヴァイス達に近づいた。
その首から下げるペンダントが、ブラッドの魔道具とは比べ物にならない程の強い輝きを放っている。
「はぁ、はぁ、……お願い、もう止めて! もう勝負は付いたでしょう!? これ以上、ヴァイス君を傷つけないで!」
ブラッド達の傍まで来たアリスが、叫び声を上げた。その悲痛な声に、周りの学生達が動きを止める。マリアも、彼女の行動に驚き固まっていた。
ヴァイスも、乱入してきたアリスに目を向ける。その霞む視界にも、障壁越しに彼女の姿が辛うじて見えていた。
「せん、ぱい……」
かすれるような声で、ヴァイスがアリスを呼んだ。それに対して、アリスが、
「ヴァイス君! もう、大丈夫だから、もう……」
決闘なんて終わりだと、これで終わりだと。そう、口にしようとして。
「この、無能がああ! 邪魔するんじゃねえ!!」
ブラッドが、あろう事かアリスに向けて剣を振り上げた。
自分の、決闘という名の憂さ晴らしを邪魔された事と、なによりアリスの張った障壁を破れなかった事に
そのため、本来無関係のアリスに攻撃を行うという、短絡的な行動に出てしまった。
「きゃああ!?」
「せん、ぱい!」
アリスが身体をひるませ、声を上げる。ヴァイスに障壁を張っている為に、自分に張ることは出来なかった。
そんな悪夢のような光景に、ヴァイスが喉から搾り出すような声を上げた。静まっていた周りからも、悲鳴が上がるが。
鈍い音が響き、またもその剣は弾き返された。
「……え」
アリスが、思わず瞑った目を、そろそろと開けると。
彼女の目の前に、金色に輝く魔法陣が出現していた。
それは、彼らの魔法とは別物と言えるほどの力で、ブラッドの剣を弾き返したのだった。
「駄目ですよー、部外者に手をあげちゃあ」
鈴を転がすような、少し間延びした声が聞こえてきた。
その声の主は、シャルロットだった。アリスに障壁を張ったのも彼女である。
彼女は、柔和な笑みを崩さずに、アリス達に近づいてきた。
「シャル姉……」
アリスが、シャルロットに目を向けて呟いた。それを受けて、シャルロットも視線を返し。口を開く。
「アリスちゃんも。駄目じゃない、決闘を邪魔しちゃあ」
「でも……!」
咎めるようなシャルロットの言葉に、アリスは反論しようとするが。それより先に、ブラッドが声を上げた。
「おまえら、横から出てきて、ふざけた真似してんじゃねぇよ! 目障りなんだよ、さっさとどっかにうせろや!」
「もう、勝負は付いたよ! これ以上は……」
「まだだろうが! 見ろよ、こいつを!」
言われて、アリスがヴァイスへと目を向けると。彼は、満身創痍だというのに、その目は闘志を燃やしブラッドを睨みつけていた。
どうやら、アリスに剣を向けた事が、ヴァイスには許せなかったようだ。今までよりも、深い殺気を放っていた。
「おら、続行だろ! 早く障壁を消せ! こいつが負けを認めねえなら、ぶっ殺してやるまでだ!」
「そんな! ヴァイス君も、もう駄目だよ!」
アリスが叫ぶが、ヴァイスには聞こえていないようだった。口から血を流し、身体が震えているが、それでもなんとか立ち上がろうとしていた。
それを見て、獰猛な顔でブラッドも剣を構える。このままでは、彼は容赦なくヴァイスの命を刈り取るだろう。
それは、もう本気の殺し合いだった。お互い命を賭け、どちらかが尽きるまで続けられる、殺し合いだった。ヴァイスも、それを覚悟しているかの様な、そんな張り詰めた空気が場を覆った。
もう、誰も手を出せないような必死さが、彼らにはあった。誰にも邪魔は出来ないと思わせるような、そんな空気が出来上がっていた。
しかし、そんな事。
アリスは、許せる訳が無いのであった。
「……お願い、もうやめて」
アリスの声が、場に響いた。どこか吹っ切ったような、真っ直ぐな音色の声が、その場に響いた。
彼女は、その場に座り込み、ブラッドを見ていた。
「お願い、ブラッド君。もう、決闘をやめてください」
そう言って、アリスが地に伏せ、頭を下げた。ブラッドに向かって、頭を下げたのだ。
それを、ヴァイスの限界まで見開いた瞳が写していた。
「せん、ぱい……何を……!」
「ヴァイス君があなたに望んだ物は、孤児院への発言の撤回と、私への謝罪。だから、元々は私の関係する事で、ヴァイス君は本来無関係な筈だよ」
アリスが、はっきりとした口調で続ける。自分の方が当事者であり、ヴァイスの方が部外者なのだから、この決闘を止めるようにと。そう言うのだった。
しかし、当然の如く当人達は納得いかず。
「っざけんなよ! 今更そんなの通るかよ!」
「……そう、だ。先輩」
ブラッドは怒鳴り声を上げ。ヴァイスも息も絶え絶えと言った様子で、それでも反論の声を絞り出す。
しかし、そんな二人に、横から声がかかる。
「あらー、女の子に土下座までさせて、それでも決闘を続けるの? 格好悪いわねー」
「何だと!」
「事実でしょう? 女の子にあんな真似させて、男として恥ずかしいんじゃない?」
笑顔で辛辣な事を口にするシャルロットに、ブラッドは舌打ちをして、アリスを見た。
本当にふざけてやがる。いきなり割り込んできて、好き放題言って……
そう思った所で、彼は思い直した。
地に伏せって頭を下げているアリスに、加虐心がくすぐられる。形振り構わずと言った感じで座り込んだ為に、制服のスカートがまくれ、白い太ももが露出していた。
アリスは小柄で、豊満とは言えずとも。その身体は女性らしい膨らみをはっきりと見せていて。ブラッドの心の底から、暗い感情がわきあがって来る。
「……良いぜ。但し、条件がある」
思い掛けないブラッドの言葉に、アリスが顔を上げるが。その瞳に、下種な笑みを浮かべたブラッドが飛び込んできた。
「お前が当事者だっつうならよぉ。こいつが負けた時の約束を、お前が変わりに果たせよ。一日、俺の奴隷をよぉ?」
ブラッドが、アリスに向かって言葉を吐いた。その言葉と表情に、アリスの心に険悪感がこみ上げてきた。
ブラッドの言葉に、場の空気も凍りついた。周りの学生達から剣呑な空気が湧き上がる。シャルロットすら、その笑みをピクリと歪ませていた。
しかし、アリスは。それに不快感を感じながらも。ヴァイスを助ける為なら、と。彼を、これ以上傷付けないようにと。そう思い。
ややあって、アリスが口を開いた。
「……良いよ」
「! せん、ぱい! 駄目だ!」
その言葉を聞いて、ヴァイスの血の気が引いた。
たった一日でも、こんな奴の奴隷になるなんて。冗談じゃないと、必死で身体を起こそうとするが。
「ぎゃははははは! 良いぜぇ、それなら止めてやるよ! お前の顔に免じて、これでぐらいで許してやろうじゃねぇか!」
「ふざ、けるな! そんな事!」
「うるせえんだよ! 女の障壁に守られてるような負け犬は、そこで黙ってろや!」
「ぐぅ、ぅぉおおおお!」
勝ち誇ったように笑い声を上げるブラッドに、ヴァイスが抗議の声を上げるが、ブラッドはそれを一蹴する。
ヴァイスは、その態度に腸が煮えくり返る思いをして。全身の痛みを押して立ち上がろうと、呻き声を上げた。
「駄目、無理しないで!」
そこに、アリスが駆け寄ってきた。彼女は障壁を解除し、ヴァイスの傍へと走り寄る。
彼女は、そのままヴァイスのすぐ横へと座り込み、彼に対して笑顔を見せた。その目じりには涙が浮かんでいたが、それでもなお、慈愛に満ちた笑顔を見せていた。
そして、優しく、アリスが呟いた。
「もう、大丈夫だから。無理しないで、休んで、ね?」
「せんぱ、い! 待ってください、俺はまだ――」
戦える、と。そう叫ぼうとして。
不意に、アリスが自分の右手をヴァイスの目の前にかざして。その手が、唐突に蒼い光を放った。
それを正面から見たヴァイスは、突如急激な睡魔に襲われた。その異常な、抗いがたい睡魔に、ヴァイスが戸惑いの声を上げる。
「そんな……これ、は……」
「
アリスが、それに答えた。それは、対象を眠らせる、精神干渉魔法。
本来、精神干渉魔法は、そこまで強力な力は持たないのだが。精根尽き果てかけている今のヴァイスには、効果絶大であった。
「そん、な……せん、ぱ――」
アリスの、まるで何も心配要らないとでも言うような、笑顔を見て。
そこで、ヴァイスの意識は、ぶつりと途切れたのだった。
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