第31話
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ。ちょ、ちょっと待って下さいアース。僕、もう息が……」
「はぁ、はぁ……そう言っても、向こうは腕の立つ騎士なんだろ? 追いつかれたらどうするんだよ」
「はぁ、はぁ、大丈夫です。フルプレートアーマーを着てるんですから、そんなに速度は出せませんよ」
ロームの言葉に、アースは後ろを確認する。
追いかけてきた騎士達から逃げて五分程。
シュタルズの街中を縫うように走り回り、既にアース達が先程までいた場所は見えなくなっていた。
表通りへと出て裏道へ。その裏道の中でも人目につかない場所を走り回りっていたところだ。
フルプレートアーマーという、とてもではないが長距離を走るのに向いていない装備をしている騎士達がアースを見失ってもおかしくはないだろう。
(一応冷たく冷えた果実水を渡してきたんだし、怒ってない……よな?)
内心で呟くアースだったが、そもそも果実水の代金を出したのはロームであり、アースはただ奢られただけだというのを忘れていた。
取りあえず撒いたと判断し、ようやくアースとロームは足を止めて息を整える。
「それで……これからどうする?」
「ポロロロ?」
アースの左肩に乗っていたポロも、ロームへと視線を向けて鳴き声を上げた。
そんな一人と一匹の視線を向けられたロームは、少し考え……やがて、アースが自分の手を握っていることに気が付く。
「あっ!?」
慌ててアースの手を振りほどくと、ロームの顔は真っ赤に染まる。
それを見て、アースは不思議そうに首を傾げて口を開く。
「どうしたんだ?」
「あ、いえ。何でもないです。ただちょっと、その……僕、今まで人とこうして手を繋いだことがなかったから、どうにも恥ずかしくて」
「は? 手を繋いだこともないのか? また、随分と妙な育ちをしたんだな」
ルーフという小さな村で育ったアースにとって、村人は全員が家族のようなものだった。
当然小さい頃から手を繋ぐといった行為は何度もしてきたし、抱き上げられたりといった行為だってしてきた。
そのような行為は特別なものではなく、ごく普通のものだ。
それを考えると、ロームは酷く歪な環境で育ってきたように感じる。
もっとも、それはあくまでもアースが小さな村で育ってきたからであって、必ずしも正しいという訳ではないのだが。
場所が変われば習慣も変わる。
例えば、十三歳で成人というルーフの習慣も、他の村や街に住んでいる者達にとっては早過ぎると認識するだろう。
「それにしても……これからどうする? ああいうのが追いかけてくるようだと、あまり表通りを通れないだろ?」
「そう、ですね。……残念ながらそうなります」
表通りで遊んでいる中で、フルプレートアーマーを身につけた騎士が追いかけてくるようなことになれば、目立って仕方がない。
「うーん、じゃあ裏通りに行ってみるか? あまりお勧めしないけど」
アースがシュタルズへ来てからある程度の時間が経っているが、それでも裏通りに顔を出したことは殆どない。
最初にビルシュに街を案内して貰った時にちょっと顔を出したくらいだ。
裏通りという名前だけでどこか不気味に感じるのは、アースが知っている英雄譚では裏通りを通った英雄達に絡んでくる者が多いからだろう。
それは決して間違っている訳ではなく、この近辺で最も繁栄しているシュタルズは当然の如く裏通りにいる者達も多い。
そんな者達にとって、銀貨すら見たことがないような世間知らずのロームはこれ以上ない上質の獲物にしか見えないだろう。
また、それはアースも同様だ。まだ十三歳という年齢で、決して背が大きい訳ではなく、その上にポロという未知の従魔を連れているのだ。
マテウスやデスホイといった者達でなくても、襲うのに躊躇することはない。
(まぁ、そんな真似をすればポロの餌食だろうけど)
自分の左肩のポロへと視線を向けて考えると、次の瞬間には自分の情けなさに溜息を吐く。
人を相手にすることが出来ない自分が、裏通りでどんな役に立つのかと。
「あー、もう!」
「うわっ、ちょっ、アースいきなりなにを!?」
自らへと苛立ちに声を上げたアースに、ロームは驚きの声を上げる。
そんなロームの声で我に返ったのか、アースは何でもないと首を横に振る。
「いや、何でもない。それでどうする? 俺としてはこのまま裏通りに行くのは、さっきも言ったけどあまりお勧めしないけぞ」
「う、うーん……でも、このままだとあまり……少し、ほんの少しだけですがお願い出来ませんか? 何かあったらすぐに逃げ出せるようにして」
「そこまで言うならしょうがない、か」
「ポルル?」
アースの左肩の上で、本当にいいの? とポロが鳴く。
勿論アースも、出来れば裏通りはあまり進みたくない。
だが、ロームの事情は何となくだが理解出来ている以上、今日が駄目だからまた明日街に出てくればいいんじゃないか? とはとても言えない。
(あんな騎士に追いかけられてる……っていうか護衛されてるんだから、普段はこんな街中に出てこられるような奴じゃないんだろ。恐らく、今日が終わったらもう街中に出てくるようなことは出来ないんだろうし)
フルプレートアーマーを身につけている騎士が、しかも二人も護衛に付いているのだから、身分が高いというのはアースにも予想出来る。
そして身分の高いロームがこんな勝手な真似をした以上、明日以降は確実に警備が厳しくなるか、または両親辺りに罰として外出を禁止させられるかもしれないという思いもあった。
つまり、今日を逃せばもうこういう場所に来ることは出来ないのだろうと。
そんな予想が出来るだけに、アースはロームの頼みに頷くしか出来ない。
(ローム……いや、あの騎士達はローズって言ってたよな? 護衛対象の名前を間違える筈がないし、多分ローズってのがロームの本名なんだろうけど、随分と女っぽい名前だな)
ふとロームを見ながらそんなことを考えていると、ロームは首を傾げて口を開く。
「どうしたんですか?」
「いや、何でもない。それより裏通りを行くなら、金を奪われないようにしろよ。俺が聞いた話だと、スリに奪われるって言ってたし」
以前ここを案内した貰ったビルシュの説明を思い出しながら告げるアースに、ロームは真面目な顔で頷く。
「分かりました。絶対に死守してみせます!」
「……いや、奪われないようにしろって言った俺がこう言うのもなんだけど、別にそこまで気張る必要はないぞ?」
「そうですか?」
アースの言葉に不思議そうに首を傾げるロームだったが、それ以上は何も言わずに真っ直ぐに自分達の向かう方向……裏路地へと視線を向ける。
「とにかく、行きましょう」
「はぁ、仕方ないな。いいか、危なくなったらすぐに逃げるからな。俺もお前よりは強いけど、だからって何人もを相手に出来る程に強くはないだから。それに……」
「それに?」
「いや、何でもない」
これから裏路地を進むのにわざわざ心配させるような真似をしなくてもいいだろうと思い、アースは首を横に振る。
自分が人を相手にした戦闘が出来るのかと言えば、戦うことは出来ても決定的な一撃を放つことは出来ないと口には出せなかった。
(頼りになるのはポロだけ、か)
ポロの電撃は、相手を殺すことなく気絶させることも出来る。
無力化という意味では、これ以上ない程頼りになる攻撃手段だ。
そして二人と一匹は裏路地を進み……
「おっとぉっ! こーんなところで獲物を発見!」
不意にそんな声がしたかと思うと、十代後半の男が三人姿を現す。
アース達が進んでいる道は狭く、三人の男達が前に立てばすり抜けるような真似は出来ない。
二人が前に出て一人が後ろに立っているので、もし前にいる二人の横をすり抜けてもその一人が邪魔をするのは明白だった。
「何だよお前達。どけよ、邪魔だろ!」
予想してはいたがいきなりの展開に、アースは反射的に叫ぶ。
そんなアースの言葉に、男の一人は嘲笑うかのような笑みを浮かべて口を開く。
「いやいや、残念だけどここを通る為にはしっかりと通行料を払って貰わないとな。そうすれば、俺達だってここを大人しく通してやるぜ?」
「そ、そんな馬鹿な話があるか! ここは別に誰かの土地って訳じゃないだろ! そこを通るのに金を払えなんて、ふざけたことを言うなよ!」
人と戦うのは今のアースには難しい。それを自分で分かっていながら、それでも男達の言葉に我慢出来ずに叫ぶ。
しかし、そんなアースの言葉に男達は薄っぺらい笑みを張り付けたまま再び口を開く。
「今の言葉で傷ついちゃったな。これは、通行料を値上げしないといけないぞ」
「っ!?」
何を言っても自分とロームから金を巻き上げようとしているのだと、そう理解したアースは短剣の入った鞘に手を伸ばし……
「おらぁっ! 何逆らおうとしてんだよ、このクソガキがぁっ!」
その動きを見て取った男が、突然口調を変えてアースへと向かって蹴りを放つ。
もっとも、蹴りといってもしっかりと格闘技を習って覚えた蹴りという訳ではなく、あくまでも喧嘩の中で磨いてきた我流のものだ。
冒険者になり、街の外に出る為にはギルドの担当職員にある程度の戦闘力があると示してみせなければならない。
その試験を潜り抜けてきたアースなら、当然その程度の攻撃を回避するのは難しいことではない。
ロームの手を引いたまま後ろへと数歩下がると、一瞬前までアースの姿のあった場所を男の蹴りが通り過ぎていく。
そして蹴りを回避したアースは、短剣を……鞘に収まったままの短剣を取り出すと、一気に前に出る。
革の胸当てを身につけていても、アースにそんな動きが出来るとは思わなかったのだろう。蹴りを放った男は一瞬だけ驚きの表情を浮かべ……
「がぁっ!」
次の瞬間、もう一人の男が放った蹴りにより、アースの動きは強引に止められる。
「ポルルル!」
蹴りを放った男に対してアースから飛び降りたポロが紫電を放つ。
それを見たアースは、何とか立ち上がろうとするものの……二人の後ろにいた男が、そんなアース目掛けて石を投げる。
「うおっ!」
殆ど反射的に顔を背けるが、それが幸いして石はあらぬ方へと飛んでいき……周囲に甲高い金属音を響き渡らせる。
「え?」
それを疑問に思ったのは、アースだけではない。アースやロームから金を巻き上げようとしていた男達も同様であり、一時的に戦いは収まり、アースと男達……ポロの電撃を食らって気絶している者以外の二人は視線をそちらへと向けると、そこにはフルプレートアーマーに身を包んだ二人の男の姿があった。
それが誰なのかというのは、アースにとっては言うまでもない。
先程までロームと共に逃げていた相手なのだから。
「退くぞ!」
騎士が出て来たと見るや、男達はすぐさま逃げ出す。
気絶した男も引き連れて行った辺り、仲間意識は強いのだろう。
呆然とそれを見送っていたアースだったが、それで済まされないのが二人の騎士だ。
兜を脱ぎ、ロームへと向かって口を開く。
「ローズ様、やっと見つけましたぞ。全く、何をお考えなのですか! 少しは自分のお立場という者を……」
「……済まない。けど、僕はどうしてもシュタルズの中を見ておきたかったんだ。それも作られたものではなく、本当の姿を……」
「それは旦那様に仰って下さい。ただでさえ今は危ないという……の、に?」
騎士の言葉が途中で止まる。
それは、当然だろう。何故なら……兜を脱いでいる男の額にレイピアの刃が生えていたのだから。
「……え?」
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