第30話
「うわっ、何ですかこれ! 食べ物じゃありませんよ!」
アースに渡された干し肉を口にしたロームは、殆ど本能に従って口の中にあった干し肉を吐き出す。
それを見ていたアースは、さも面白いものを見たと言わんばかりに笑みを浮かべていた。
「ま、そりゃあ安物だし不味いだろ。けど俺が言うのもなんだけど、冒険者になったばかりの奴は今ロームが食ったような、ゴブリンの干し肉を食べるんだぞ?」
「これを、ですか。……冒険者って凄いんですね」
口の中に入れた途端に広がる臭さや、苦く塩っ辛く酸っぱい。そんな味。
とてもではないが進んで食べようとは思えない干し肉だった。
「冒険者になったばかりの頃ってのは、基本的に街中の依頼しか出来ない。で、当然そんな依頼は報酬も安いし、その安い報酬から装備品とかも整える必要がある。結果として削られるのが食費だったり、宿代だったりする訳だ。街の外に出られるようになっても、最初は金がないから食費を削るのは変わらないし」
「……アースも冒険者になってからそんなに経ってないんですよね? じゃあ、アースもこのゴブリンの干し肉を?」
恐る恐るといった様子で尋ねてくるロームだったが、アースは首を横に振る。
「幸い俺にはいい相棒がいたからな」
「ポロロロロ!」
アースの言葉に、ポロは自慢するように鳴く。
いつものようにアースの左肩にいるポロだったが、そんな真似をしながらも全く転げ落ちそうな様子はない。
そんなポロの重さを感じながら、アースは口を開く。
「ポロは見ての通り可愛い。……性格を知らなければ、気に入る人は痛っ!」
性格をと口にした瞬間、ポロが弱い電撃を一瞬だけアースに流す。
アースの言葉を完全に理解出来ている訳ではないポロだったが、それでも自分の悪口が言われているというのは理解したのだろう。
身体の半分もある尻尾を振って、アースの頬を叩くという追撃まで行う。
もっとも、触り心地のいい尻尾はとてもではないが追撃という扱いにはなってなかったが。
「ん、まあ、とにかくだ。ポロを可愛たがりたくて食べ物を持ってくる人も多いんだよ。そういう人は俺にもついでに串焼きとかくれたりするから、そこまで食費には困っていないんだ。……まぁ、そういうのも確実じゃないから、頼り切る訳にもいかないけど」
「ふーん。……けど、こんな干し肉を食べなきゃいけないなんて、冒険者の人も大変なんですね。僕だと、とてもじゃないけど出来ません」
「そうか? 意外とやってみたらそれなりに冒険者としてやっていけるかもしれないぞ?」
アースの言葉に、ロームは絶対に嫌だと態度で示す。
ロームには手の中にあるゴブリンの干し肉をどうするべきか迷ったものの、それでも捨てるという訳にはいかずに布で包んでポケットへと入れる。
「それにしても今日は暑いな。……まだ夏までは結構あるってのに」
そんなロームを余所に、アースは青く、雲一つない青空を見上げながら呟く。
太陽が燦々と地上を照らしており、春と呼ぶよりは初夏と呼んだ方が相応しい暑さだった。
「ポルルル!」
アースの左肩のポロが、不意に叫ぶ。
ポロの見ている方へと視線を向けたアースとロームが見たのは、一軒の屋台。
その屋台は丁度営業を始めたばかりらしく、人の姿は殆どない。
だが、屋台には幾つもの果実が並べられており、どことなく涼しげな雰囲気を漂わせている。
「何でしょう、あの屋台」
ロームも屋台が気になったのかアースに尋ねてくるが、アースも初めて見る屋台であり、それが何を売る為の屋台なのかは分からなかった。
「分からないな。ちょっと聞いてみるか?」
分からないのなら聞けばいいというこのアースの態度は、村人全員が顔見知りといった小さな村で育ってきたからこそだろう。
ロームはそんなアースの行動力に驚きつつ、何を売っている屋台なのか気になるのは事実なので、そのまま後を追う。
「おっちゃん、この屋台って何を売ってるの?」
おっちゃんという言葉に、店主の男は少しだけ面白くなさそうな顔をする。
店主の年齢は三十代で、それだけにおっちゃんと呼ばれるのは面白くなかったのだろう。
それでも客は客だと判断したのか、少し勿体ぶりながら口を開く。
「今日は暑いだろ?」
「うん。まだ夏じゃないけど、かなり暑い」
「だろ? そういう時は冷たいものを飲みたくならないか?」
「……冷たいもの?」
アースにとって冷たいものといえば、真っ先に思い浮かぶのは冬の雪。
だが、今の季節に雪がある訳もない。
正確には、氷室の類があれば雪や氷といったものがあるかもしれないが、それを買えるのは貴族や金持ちくらいだろう。
少なくとも、アースの持っている金で購入することは不可能だった。だが……
「へっへっへ。ちょっと触って見ろよ」
そう告げ、屋台に据え付けてあった装置をアースへと見せる店主の男。
その口元には笑みが浮かんでおり、自慢をしたくて仕方がないといった雰囲気を如実に表していた。
アースもそれは理解していたが、それでも好奇心に負けて手を伸ばす。
「これ?」
「そうだ。いいか、乱暴に扱ったりはするなよ? それはとんでもなく高いんだからな」
「……それなら、俺に触らせない方がいいと思うんだけど」
呟きつつも、アースの手は止まらずに……その装置へと触れる。
「うわっ! 冷たい!? 何で!?」
そんなアースの驚き具合が面白かったのか、店主の男は嬉しそうに口を開く。
「ふふん、どうだ? これはかなり高価なマジックアイテムでな。この中に入っている物を冷やすという効果があるんだ」
「冷やす……じゃあ、この中は冬だってこと?」
「うーん……まぁ、似たようなものだな。で、この暑い中で冷たく冷えた果実水があれば……売れると思わないか?」
「……売れる!」
冷たく冷えた果実水を飲む様子を思い浮かべたのだろう。アースは即座に叫ぶ。
それを聞いた店主も、我が意を得たりと嬉しそうに頷きを返す。
「だろ? だろ? ……ってことで、どうだ? 一杯飲んでいかないか?」
「でも、高いんじゃないの?」
マジックアイテムを使っての商売である以上、元を取る為には相当高額になるのでは? そんなアースの言葉に、店主は分かってるといった風に何度も頷いてから口を開く。
「そうだな、普通なら銅貨五枚は貰いたいところだが……」
「高っ!」
先程食べた肉野菜炒めが挟まったパンの値段が一つ銅貨一枚だったのを考えれば、飲み物に出す値段としては法外と言ってもいい。
「あ、ごめんおっちゃん。俺こいつと用事があるから……って、おい! ローム!?」
「銅貨五枚ですよね。じゃあ、僕とアース、ポロの合計三つお願いします。……どうしたんですか?」
平然と銀貨と銅貨を店主に差し出しているロームの姿に、アースは信じられないような視線を向けていた。
それでもすぐにロームが銀貨や銅貨を初めて見る程の箱入り息子だったことを思い出す。
驚いたという意味では、アースもそうだが店主もそうだった。
まさか一杯銅貨五枚と言われたにも関わらず、何の躊躇もなく払おうとするとは思ってもみなかった為だ。
「おいおい、坊主。お前さんちょっと世間ってものを知らなさすぎじゃないか? 俺だったから良かったけど、もうちょっと悪い奴だったらもっと金を巻き上げてたぞ?」
「え? その、アース。何かおかしかったですか?」
「……うん。まぁ、少なくとも俺は飲み物一杯に銅貨五枚も払おうとは思わないな。高ランク冒険者ならまだしも、俺の場合はそこまで金持ちじゃないし。それに、さっきから何回か言ってるだろ? この辺だと値引きして買うのが普通だって」
「え? だってマジックアイテムを使って商売してるんですよ? そんな人も高めの値段を言ってくるんですか!?」
信じられないと驚きの表情を露わにするロームに、アースは溜息を吐く。
そんな二人の様子を見ていた店主の男は、少し驚きの表情を浮かべたが次の瞬間には盛大に笑い声を上げる。
「はっはっは。こりゃあいい。まさかここまで素直に銀貨を出してくるとは思わなかった」
目の前で笑われたのが面白くなかったのだろう。ロームは不愉快な表情を浮かべながら店主の男を睨む。
ロームに睨まれた店主の男は、少し困った顔を浮かべてつつも機嫌を取るように口を開く。
「悪かったな、坊ちゃん。ほら、笑ってしまった分も合わせて、三杯で銀貨一枚でいいぞ」
「……はい」
不承不承ながら銀貨一枚を店主へと渡すローム。
一杯当たり銀貨三枚程度と、普通に考えてもまだ高い値段だ。
少なくともアースが自分で買うかと言われれば、否と答えるだろう。
それでも、マジックアイテムを使っての商売だと考えれば決して高額という訳ではない。
妥当な値段であり、本来ならアースよりももっと稼いでいる人が購入するものなのだろう。
それが分かっているからか、アースは店主から渡されたコップをゆっくりと握る。
尚、ポロが飲む分は小さな皿に入れて別に店主が用意してくれた。
最初にコップに口を付けたのは、ローム。
いかにも高い飲み物を飲むのは慣れているといった様子で、冷たく冷えた果実水を味わっていく。
ポロも、皿に汲んで貰った果実水へと口を付け、機嫌良さそうに飲んでいた。
そんな一人と一匹を見て、アースもコップへと手を伸ばす。
木で出来たコップは、残念がら触っただけで冷たいかどうかというのは分からなかった。
それでもロームもポロも嬉しそうに飲んでいるのを思えば、間違いなく美味いのだろうというのはアースにも理解出来た。
どんな味なのかと、楽しみにしながらコップを口へと向け……
「見つけましたぞ、ローズ様!」
不意に後ろから聞こえてきた叫び声に、アースは動きを止める。
ローズという名前に、もしかして……とロームの方へ視線を向けると、そこではアースの予想通り慌てたロームの姿があった。
(ローズとローム、か。分かりやすい偽名だよな)
握っているコップの中には、アースの稼ぎだと簡単に買えない冷たく冷えた果実水が存在している。
それでも今日はロームに付き合うと言った以上、このまま呑気に果実水を飲んでいる暇はなかった。
(くっそー! 絶対に……絶対に後でまた果実水を飲んでやるからな!)
内心で悔しげに叫んだアースは、いつの間にか皿の中の果実水を飲み干したポロを片手で持ち上げ、もう片方の手でロームの手を引いてその場を走り去る。
「おっちゃん、その果実水はあの騎士の人達にやってくれ! 俺の奢りだ!」
「ちょっ、買ったの僕ですよ!?」
自棄になって叫ぶアースにロームは叫びながらも手を引かれつつ、その場を走り去るのだった。薄らと頬を赤く染めながら。
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