第13話

 ルーフから旅立ったアースやリヴ、ビルシュ、サニスン、シャインズといった面々は、馬車でシュタルズへと向かっていた。

 ルーフへと向かった時は、ブルーキャタピラーの脅威もあって馬車を牽く馬にかなりの無理をさせていたのだが、既にブルーキャタピラーの討伐は完了している。

 その為、現状では馬に無理をさせることもないと馬車は比較的ゆっくりと進んでいた。

 馬車の車体の中では、アースがビルシュやサニスンから冒険者としての心得や注意事項といったものを聞いており、時々シャインズがそこに口を挟み、リヴは青いリスのモンスターのポロをゆっくりと撫でている。

 そんなゆっくりとした時間が過ぎていく中で、不意にビルシュが何かに気が付いたかのように口を開く。


「なぁ、アース。お前にテイマーの素質があるってのは分かったけど、どんなモンスターをテイムして従魔にしていくか決めたのか?」

「うーん……まだだよ。今はポロがいれば十分かなって」


 ビルシュに対する口の利き方はルーフにいた時と比べて随分と気軽なものになっている。

 この狭い馬車の中で長時間一緒にいて話し続けているのだから、自然と言葉使いも来やすいものへと変わっていってもおかしくはなく、それはサニスンやシャインズに対しても同様だった。

 ……もっとも、未だにリヴに対してだけは、その美しさに対する照れもあってビルシュ達のように気軽に話すことが出来ないでいるのだが。


「そうよね。従魔だってご飯とか食べないといけないもの。正直、冒険者になったばかりで何匹も従魔を連れて歩くのは、金銭的に厳しいでしょうし。ポロは身体も小さいから、食べる量も少ないでしょ? そういう意味では懐には優しい従魔ね」


 サニスンもアースの言葉に同意し、リヴが撫でているポロへと視線を向ける。

 普段であれば表情を殆ど変えることのないリヴだが、ポロを撫でている時はほんの少しではあるが、口元が弧を描いていた。

 それが珍しいのか、ビルシュはアースと話ながらも何度となくリヴへと視線を向ける。

 だが、その様子がサニスンにとっては面白くなかったのだろう。不意にビルシュの頭部を平手で叩く。


「ちょっと、あんまり女の子をジロジロと見ないの。全く、これだから男って……」

「んだよ。だってリヴが……あのリヴが笑ってるんだぜ? シュタルズに戻ったら、絶対に自慢出来るだろ」

「それは……」


 サニスンもリヴがどのような人物なのかというのは理解していた為、ビルシュへ咄嗟に言葉を返すことが出来ない。

 そんな中、不意に動きを見せたのはリヴに撫でられて気持ちよさそうにしていたポロだった。

 不意にあらぬ方へと視線を向けると、青い毛を逆立てるようにしながらな高い鳴き声を上げる。


「ポルルルル!」


 何が起きた?

 馬車の中にいた全員が、ポロのいきなりの行動を理解出来ずに戸惑う。

 それでも咄嗟に自分の武器へと手を伸ばしているのは、冒険者としての本能的な動きなのだろう。

 ……唯一の例外がアースであり、本当に何が起きているのかを理解出来ていない。

 何か異常が起きたというのは理解しているのだが、どう行動していいのか分からないのだ。

 それでもビルシュ達がそれぞれ武器を手にしているのを見て、取りあえず短剣を手に取ったのはブルーキャタピラーとの戦いを通して多少なりとも成長している証なのだろう。


「おい、アースの従魔のポロが反応した。恐らく何か異常が起きると思うから、馬車を止めてくれ!」


 ビルシュの呼び掛けに、御者も大人しく馬車を止める。

 従魔が反応したくらいで何を大袈裟なと一般人なら思うかもしれないが、もしそうであればリヴが何らかの意思表示をしていた筈だという認識もあったからだ。

 ギルド職員の御者は、リヴという人物がどれだけの実力を持っているのか、十分に承知していた。

 そして、馬車が止まると同時にそれが正解だったことがすぐに証明される。


「グゲゲゲゲ!」

「グギャギャギャ!」

「グギョギョゴゴォロォ!」


 そんな声を上げ、近くにあった林の中から十匹近いゴブリンが姿を現したのだ。

 その姿は決して大きいという訳ではなく、十歳くらいの子供と同じ程度しかない。また、手にしている武器も錆びた短剣や木をへし折って作ったと思われる棍棒といったものが精々だった。

 それでもゴブリンはモンスターであり、ギルド職員ではあっても所詮は御者でしかない男に何が出来る訳でもない。

 ……もっとも、それでも御者の男は特に焦った様子を見せない。

 確かに自分では一匹二匹のゴブリンならともかく、これだけの数がいれば勝てない。

 だが、自分が勝てなくても、この馬車にはブルーキャタピラーを倒した冒険者が乗っているのだ。

 その上で出て来たのがゴブリンであれば、心配するという行為そのものが有り得なかった。


「はぁ? ゴブリンだぁ? 何だってこんなのが街道に出てくるんだよ」

「ゴブリンだからこそ、でしょ。どのみちゴブリンの性格を考えれば、私達がいる時に出て来てくれた方が良かったわよ。商人とか旅人が襲われるよりはよっぽどね」


 ビルシュとサニスンの二人がそれぞれ武器を手に馬車を降りる。

 そのすぐ後をシャインズが、リヴが……そして右肩にポロを乗せたままのアースが続く。


「ポロロロ」


 短剣を手に馬車を降りたアースだったが、その顔は緊張に強張っていた。

 ブルーキャタピラーとの戦いを潜り抜けはしたが、こうして改めてゴブリンのようなモンスターと向かい合うと、どうしてもその時の記憶が……圧倒的な強者であったブルーキャタピラーとの戦いが脳裏を過ぎるのだ。


(落ち着け、落ち着け。大丈夫だ。俺はブルーキャタピラーとの戦いを潜り抜けたんだから、今更ゴブリン如きを相手に怯える必要はないだろ! くそっ、震えるなよ俺の足!)


 ブルーキャタピラーとの戦いを経験したからこそ、戦いの本質……命の奪い合いというものを実感してしまったのだが、アースにはそこまで考えが及ばない。

 何故か自分の身体が震えているのと感じるだけだ。

 ポン、と。不意にアースの頭に手が乗る。


「大丈夫。私達がいるから、アースに危害は加えられない。安心しなさい」


 槍を手にしたリヴの言葉を聞いた瞬間、不思議とアースの足の震えが止まる。

 ブルーキャタピラーと最後まで一緒に戦ったからこその信頼があるのだろう。

 勿論その外見が大いに影響しているというのも決して間違いではないが。


(ポロは絶対に私が守ってみせるわ)


 ……もっとも、リヴの本心はアースではなくポロの心配の方が強かったのだが。


「そうそう、安心しろって。この俺がいるんだぜ? ゴブリン如き何十匹、何百匹いたって敵じゃねえからよ」

「あのねぇ、ビルシュ。幾ら何でも何百匹もゴブリンがいたらどうしようもないでしょ」

「サニスンもその辺で。今回のゴブリンは十匹程度なんだから、大丈夫だというのは事実ですし。……ああ、そう言えば」


 シャインズはビルシュとサニスンの間で行われている毎度のやり取りを仲裁しつつ、自分達を警戒して襲撃するかどうか迷っているゴブリンの方へと視線を向け、次にアースの方へと視線を戻す。


「アースがテイマーだというのであれば、丁度いい。ここでゴブリンをテイムしてみてはどうでしょう?」


 その言葉に、ビルシュが本気か? と言いたげな胡乱な視線シャインズへと向け、口を開く。


「何言ってるんだ? ゴブリンなんかテイムしたってしょうがねえだろ? それこそ、足手纏いにしかならないっつーの」


 ビルシュの言葉に、シャインズは特に怒った様子もなく頷きを返す。


「だからこそ、ですよ。本当にこの先アースがテイマーとして生きていくのであれば、どのような条件でモンスターをテイム出来るのか、きちんと検証しておく必要があります。まさか、いきなり強力な高ランクモンスターをテイムしようして、それで失敗したらどうします? 下手をすれば……いえ、下手をしなくてもすぐに死にます」


 その言葉に、アースは反射的に息を呑む。

 高ランクモンスターという言葉でブルーキャタピラーを思い出した為だ。

 実際にはブルーキャタピラーは決して高ランクモンスターと呼べるようなモンスターではない。

 だがそれでも、アースにとって……そしてランクB以上のモンスターが殆ど出没しないこの辺りでは、高ランクモンスターと言っても違和感はなかった。

 そしてブルーキャタピラーを相手に、自分がテイムしようとして失敗したらどうなるか……それを考えると、リヴのおかげで消えた恐怖が再び蘇ってくるのは当然だったのだろう。


「ほら、落ち着けって!」


 そんな言葉と共に、頭を軽く叩かれる。

 アースは頭を叩いた人物……ビルシュへと視線を向けるが、そこにあったのは自信に満ちた笑み。


「ブルーキャタピラーならともかく、ゴブリン程度に俺達が負ける訳がないだろ。安心して待ってな。……シャインズ、残すゴブリンは一匹でいいんだな?」

「そうですね。テイム出来るかどうかを試すのであれば、出来れば多くのゴブリンに試したいところですが……あまり時間を掛けるのもなんですし、一匹でいいのでは?」


 シャインズが答えながら、リヴに許可を求める視線を向ける。

 この一行のリーダーは、あくまでもリヴである為だ。


「ええ、そうしましょう」


 リヴも言葉短く了承の言葉を口にし……こうして無謀にもリヴ達が乗っている馬車を襲おうとしたゴブリン達の運命は決まった。


「いよっしゃぁっ! ブルーキャタピラーで溜まった鬱憤を晴らさせて貰うぜぇっ!」


 真っ先に飛び出していったビルシュ。


「全く、援護する方の都合も考えなさいよね」


 ビルシュへの文句を言いながらも、パーティを組んでいるだけあって息の合った援護を行うサニスン。


「では、私も」


 槍を手に、地を蹴るリヴ。


「あー……ま、必要ないと思うんだけど念の為に」


 そんなリヴの援護をすべく矢を射るシャインズ。

 結局ゴブリン達が一匹を残して全滅するのに、数分とは掛からなかった。






「えっと……お、おい。俺の言うことが分かるか?」

「ギイイイイィッ、ギィ!」


 ビルシュに押さえつけられたゴブリンに声を掛けるアースだったが、戻ってくるのは敵意に満ちた態度のみ。

 どう考えても、友好的な存在には見えない。


「ポロロロ?」


 アースに視線を向けられたポロは、どうしたの? と小首を傾げる。


「ポロは最初から友好的だったから、参考にはならないのか?」


 うーん、と首を傾げるアース。

 戦闘が始まる前にはあれ程震えていたのがまるで嘘のような仕草だった。

 それも、文字通りの意味でゴブリンを瞬殺したリヴ達をみているからであり、同時にビルシュがゴブリンを押さえつけているという安心感からだろう。


「ほら、落ちこまないの。テイマーって言っても、全てのモンスターをテイム出来る訳じゃないんだから。アース君にはたまたまゴブリンは向いてなかっただけかもしれないでしょ? それに、何度も繰り返せば従うかもしれないじゃない」


 サニスンの励ましに、アースはそれから何度もゴブリンと友好的に接しようとしたのだが……結局その後、一時間程経ってもゴブリンをテイムすることは出来ず、最終的にはそのゴブリンもビルシュの手によってその命を落とす。

 テイムという、英雄を目指す者にとっては決して好ましい訳ではない能力だったが、その能力の対象があやふやなことが判明し、アースは落ち込みながらも馬車へと戻るのだった。

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