プログラは喋りたい
人工知能を開発していく中でたくさんの壁にぶつかってきた。そして、それらは大規模な設備や、単純な人材不足。資金さえあれば解決できる問題がほとんどだった。資金は援助する側がいてはじめて提供される。
だが、社会人でもない俺達ではそんなツテもない。
ネットに存在する様々な出資サイトを利用してみたが、似たような開発計画で溢れかえっていたので、俺たちのものもあっという間に埋もれてしまった。
全世界を網羅するインターネットではどうしようもなかった。
それに援助を受け続けるためには、ビジネスとして成功する明確な何かが必要だった。
カグラプロジェクトを計画して以来、俺と石崎はそのことを嫌というほど理解してきた。だからこそ、嫌でもプロモーション方法を考えなくてはならなかった。
直接俺にそう伝えてきたわけではないのだが、大規模な支援を受けて以来石崎は益々その傾向が強くなっていたようだった。
別にそれが不満だったわけじゃないし、むしろ石崎はかなり上手くやっている方だと思う。プログラはカグラプロジェクトから、そんなにずれたものではないと思う。
だが、俺は少しだけ水を差してやりたくなった。
「要は自分がコミュニケーションを取っていると錯覚させることこそが、このサービスの意図していることか」
石崎は気まずそうな顔で俺の表情を見つめた。
「もしかして、怒ってる?」
「いや、別に。ただなんか、手品の種を見せられたような感じだ」
「本当に騙したかったわけじゃないんだよ。ただまぁ、教えちゃったらデバッグにならないし、必要としてるデータも取れないし……」
「じゃあそのプログラを使ったサービスは、人工知能がすでに学習済みなことは隠しておくのか?実は学んでいるように振る舞っているだけで、本当はあなたより数百倍は賢いんですよってことを」
「嫌な言い方をするなぁ。正直現段階ではなんともいえないよ。試作段階だしね。別のサービスに化ける可能性だってあるんだ。ただ僕の個人的な意見としては、ユーザーにはちゃんと前もって伝えるつもりだよ。開発してる皆もそう考えてるし」
石崎は真剣な表情で訴えた。
こと研究開発に関して友人が嘘を吐いたことは一度もなかった。
実際にどのように展開されるかは分からないが、少なくとも石崎は明確な信念に基づいて開発を進めているように思えた。
「じゃ、騙されたのは俺だけって事かな」
「わりと根に持つタイプだよね、君」
石崎が不機嫌な顔をしてそう呟いた。若干申し訳ない気持ちが湧いてくる。
すでにプロジェクトには関係ない人間だというのに、人工知能を利用したサービスを、誰よりも早く体験させてもらっているのだ。
感謝こそすれ愚痴を呟くのは筋近いだと思える。
「あぁ、悪かったよ。俺も言い過ぎた」
「いや、まぁ、黙ってたのは間違いないし」
俺が素直に引き下がると、戸惑いながらも石崎が謝った。
変に意地を張って友人の気を損ねるのも馬鹿らしく思える。
それにもう一つだけ聞き出したいことがあった。
「プログラに注力してるのは良くわかった。それじゃあ……」
最後まで言い終える前に石崎が口を開いた。
「……もう一度言っておくけど、カグラと、プロトカグラは実際には別物だからね。今あるものでも提供できる実現可能そうなサービスは何か、って考えたときに出た案がプロトカグラなわけだから。プログラから得られたありとあらゆるデータは、カグラ本体にもフィードバックされるし」
表現は不適切だが、石崎自身が金の亡者になったわけでもない。
あくまで研究を続けるために必要な方法だったのだろう。
妬ましいというよりは、企画を立ち上げた者の間で目指すところが違ってしまったのではないかと少しだけ心配だったから、その点については安心した。何より、プログラ自身がとてもユニークな存在だと俺もよく分かっていたから。
「要は、人工知能のカグラ自体の研究は進めてるんだな」
「うんまぁ、そんな感じ。んで、今聴覚処理と言語処理にさしかかってるってわけさ。プログラが言語を認識しないのは、まだカグラから有用なデータが得られてないから、意図的に制限してるってわけ。プログラが言語を学習していると思っちゃうと、ユーザーは間違いなく更に複雑な会話を試すだろうからね。そして人工知能本体が学んでいない部分まで来ると、ボロが出てしまう。それはまずい。というわけで現段階では言語に関わるものに関して、大雑把に制限を施してるんだ。そうすればそれ以上試さなくなるでしょ?カグラのデータにないものについては、製品版ではもっと自然な反応になるように実装するつもり」
まぁそんなものほとんどないと思うけど。と石崎は呟くように言った。
その言葉には、開発者としてのプライドのようなものに溢れていた。
「ただね、君も同じようなこと言ってたけど、プログラだけじゃなく人工知能であるカグラ本体も、現状ではあくまで知能があるように振る舞っているのも事実だ。本当の意味で思考をしている、人間のように意味を理解して学習して考えている強いAIではない。大量のデータを処理して、あくまでそんな風に見せているただの幻……って皆は言ってるんだけどね」
落胆したような顔で石崎は言った。熱中している分野について話す石崎は表情がころころ変わって見ていて愉快だった。
「それについては俺もずっと考えてるよ。プログラに触れて、尚更そう思った。本当に理解している、人間のように考える知能ってのは一体なんなんだろうな」
「中国語の部屋って知ってる?」
唐突に、石崎が話を振ってきた。
語りたくてうずうずしているという雰囲気を全身から漂わせながら。
「急になんだよ。……なんかで聞いたことがあるような、忘れたような。なんだっけ?」
「思考実験みたいなもんだよ。たとえの話だから別に中国語じゃなくてもいいんだけどね。ええと、部屋の中に一人の人間がいて、その人は中国語を知らない。その人は……その人じゃ面倒だから繋君にしよう」
「なんでだよ」
「部屋の中の繋君は、中国語が書いてある紙切れを部屋の外から渡される。でも繋君には中国語が分からない。だけど中国語が書いてある紙を渡されたら、それに返事を付け加えて返すように、日本語で記されたマニュアルを持っている。例えば
俺は唸った。カグラと試したことと符合する点があったからだ。
というかたぶん仕組みとしては完全に同じなんだと思う。
「知能って、なんなんだろうね」
石崎がぼんやりと遠い目をしながら溜息を吐いた。
「人工知能のプロジェクトを進めていく中で、これ、実はもう知能が備わっているんじゃないか?って思ったシーンはいくらでもあるんだよ。でも、何度か試行を繰り返してみたら失敗したり、ただの開発側の願望だったり。どうしてもうまくいかない」
石崎が自信なさげにそんなことを言った。研究開発の話でそんな様子を見せるのは珍しかったので、俺は励ますつもりで口を開いた。
「俺としては専門的なことは門外漢だけどさ。コミュニケーションが成立して、知能があるように思えたらそれでいいんじゃないのか」
「僕もそう思うよ」
石崎は同意して頷いた。俺に合わせたわけでなく、本気でそう思っているらしい強い眼差しで。さっきまでの弱気が嘘のようだった。
「カグラは各デバイスの入力を内部で処理して出力する。それを行っているのは、人間に備わってる複雑なニューロンのネットワークとは程遠い、階層化されたものだよ。でもさ、たとえ仕組みが違っても、突き詰めればやってることは一緒なんだ。学習の方法自体は人間も同じだ。視覚、聴覚、嗅覚、触覚、味覚。それら五感を通して得た入力を元に学習して、出力する。こんにちはって言われたら、こんにちはって返すのは、そうするのが相応しいと学習したからだ。中国語の部屋だってそうだよ。あれは中の人間一人に注目するから分からなくなるだけで、要は部屋の仕組みそのものを一つの人間の脳だと考えればいいんだ。いわば、部屋の中にいる繋君は脳の中の一つのニューロン。そう考えれば何もおかしくない。つまり誰の頭の中にも繋君が存在するわけだよ」
「明らかにおかしいだろ」
長い長い抗議を終えて、石崎はようやく一息吐いたようだった。
「少なくとも僕は、カグラには知能が備わっててもおかしくないと思う」
「つまり、カグラは人間みたいに思考しててもおかしくないってことか?」
「うーん、でもやっぱり証明できたわけじゃない。脳の仕組みを、知能の発生を解明できたわけじゃないんだ。ただの願望に過ぎないかもしれない……それでも、いずれはきっと実現するつもりだよ」
「ああ、俺もそれを期待してる」
なんだか話疲れてしまった。会話に夢中で同じ姿勢をずっと続けていたので、俺は軽く伸びをして、身体をほぐした。
「この街ならきっと実現できると思うよ。皆やる気に満ち溢れてるしね。尖山でしか見られないような研究設備だっていっぱいあるし。僕の研究とは直接関係ないけど、大量の動物の脳を繋いで一つの脳のモデルを形成するっていう面白い試みまであるしさ」
「聞くだけで気持ち悪いな……」
「いずれは人間でも試してみたいって言ってたけど、実際に繋いだらどんな気分なんだろうね?他の人の視界とか見えるのかな?」
「……たとえ実現しても俺は遠慮しとくわ」
脳内談義はそこで終わり、石崎とはそこで別れた。最近は学校も休みがちになり、姿を見かけても寝ていることがほとんどだった。ユーザーの反応を収集することを兼ねていたとはいえ、貴重な時間を割いてまで話をしてくれたのは間違いない。
何か進展があれば連絡するとだけ言って、石崎は足早に去っていった。
種も仕掛けも明らかになった後にも、プログラとは遊び続けた。
神秘のベールが剥がれてしまったようなものだが、それでも興味が薄れたわけでも、好奇心が湧かなくなってしまったわけでもなかった。
知能があり学習しているように振る舞っているだけだったとしても、彼女に何かを教え、学び、一緒に遊ぶことは楽しかった。
ただ、確実に変化した部分もあった。
それはプログラと遊ぶ頻度や時間が減ったことだ。
普段は毎日寝る間も惜しんで、プログラに物や遊びを教え続けていたのだが、徐々に別の時間に割かれる割合が増えていった。
ある意味でしょうがないとは思う。
会話だけでなく言語によるコミュニケーションが成立しなければ、制限されるものが多かったからだ。
原始や狩猟時代の人間ならともかく今は情報化社会真っ盛りだ。
言語に関連する分野になると、途端に鈍くなってしまうことだけは本当にもどかしかった。
だから、徐々にだが新鮮だった筈の体験にもマンネリ感が生まれ始めていた。
ただ、変わらず続いていたこともあった。夢では今までと同じようにプログラと楽しそうに遊んでいて、目が覚める度になんだか後ろめたい思いに囚われていた。
そんな折、珍しく石崎から連絡が届いた。
石崎はあまりSNSやメール機能など連絡手段自体に疎い。
というかほとんど使わない。
MVRワールドなどにログインしていてすら、メッセージを送ってこない。
単純に面倒臭がっているのか、人とのコミュニケーションを避けているのか。正直学校がなければ、一生連絡手段がないのではないかと勘違いしてしまうほどだ。
だからプロジェクトを立ち上げた時もその点は苦労した。
石崎が自主的にやり取りするまでは、俺が繋ぎ手を買って出ていた。
今ではきっちりと仕事仲間と連絡をするようになったようだが。
そんな石崎が自分から連絡を寄越すなんてよほど重大な用事だろうか。
「最近プログラと遊ぶ頻度が減ってるみたいだね。長期間の休みに入るし、プログラムをアップデートしたから試してみてほしいんだ。モーション全般や覚えられるデータ、更にその分野も増やしたから驚くと思う。あ、僕は繋君と違って忙しいから、リアルタイムで連絡とれないと思うし、感想は休み明けにでも聞かせてよ」
メッセージの終わりはそう締め括られていた。
丁度大型連休に入りワールドに入るのも外出するのにも、なんとなく気が向かず暇をしていたところだったので本当に有り難かった。
早速プログラムを起動するためにバルーンを浮かべる。
そしていつものようにHTDを使って軽く触れた。
しかし起動しない。
「ん?」
何かのトラブルだろうか。
しばらく待ってみてもぴくりともしないので、再び触れてみる。
まったく動かない。空中に静止している。
「フリーズかよ……」
そのまま放置していても仕方がないので一旦プログラムを強制終了させる操作をした。バルーンは固まったまま動かないが、終了を認識すればそのうち消えるだろう。
アップデートに何か問題があったのだろうか。
現在ではネット上のサービスに不具合が生じるのは珍しいことだった。
ただ、試作段階のものが多い尖山のネットサービスでは、不具合と遭遇することも割とあったが。
向こうから提供されているプログラムである以上、対処してくれるのを待つしか無い。
「はぁ……」
俺はベッドに仰向けに倒れ込んだ。
質素な部屋の何の面白みもない天井が視界に映る。
他に暇を潰す何かを考えるか、それともこのままダラダラと過ごすのがよいのだろうか。今のうちに学校に提出する課題をこなしてしまうか。
どれも気が進まなかった。無為に時間だけが過ぎていく。
なんとなくグラスに表示されている各種のデータを眺めていた。
極小群体駆動機械:稼働状況88%
「早いな」
今は昼の2時くらいだ。普段であればこの時間帯なら9割を切っていない筈だった。
何かおかしい。何かが……
「あれ」
プログラを起動するためのバルーンがまだ消えずに浮かんでいた。
というか、固まっていたのが嘘みたいにふわふわと漂っていた。
もしかして動くのだろうか。
プログラムが引き起こした気まぐれなバグで、今度は正常に動作するとか……?
真偽はともかく、動作しなかった筈のプログラムが寝かせておいただけで何故か正常に動作した、なんて話を開発者から聞くことはよくあった。
俺は試しにもう一度手で触れてみた。再びバルーンが静止する。
駄目か。
諦めて改めて強制終了しようと考え始めた時だった。
突如バルーンの表面が弾けた。
相変わらず驚くほどあっさりプログラが現れた。
どこも変わった様子はない。
ただ、落ち着き無くキョロキョロと辺りを見回している。
いつもと比べ若干挙動不審だ。やはりまだ不具合が残っているのだろうか。
それともこれが新しいプログラのモーションというやつなのだろうか。
そう思った瞬間妙な音が聞こえた。何かがかすれるような音。
風のうなりのような何か。
何の音か確かめようと俺は部屋を見渡した。プログラをそのままに入念に探し始めるが、何も音の発生源となるようなものは見つからない。
今は音を発生させるようなアプリも起動していない。
していない筈だった。
「あ」
今度は、はっきりと聞こえた。人の声だった。
振り向いてみれば、プログラが口を開けている。
まさか。
「あー」
声のテストをしているかのように、プログラが再び声を発した。
そして。
プログラが俺のことを指さした。
「すばる」
目の前の仮想の少女は舌っ足らずな口調で、確かにそう言った。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます