旧王都 心のしこり 6

 ハーニーが鍛冶屋に訪れるとコトはわざわざ軒先で待っていた。東国風の服装で髪を後ろに束ねている。遠目に見るとドキッ、とするが近づけばやはりサキとは別人だ。表情は豊かだし、何よりどこかあどけない。

 コトはこちらを見つけるなり駆け寄ってきて「早く早くっ」と腕を引っ張ってきた。剣術修行への思いは相当強いようで、着くなり庭に通された。

 さて、指南といってもコトは基本ができている。サキの経験を抜いたら自分よりも強いだろう。

 だから教えられるのはコトの知らないそうな実戦的なことだった。


「刀が当たる瞬間だけ力を入れるんだよ。常に全力で振っていたら身体が持たない。戦場にいる限りいつまで戦わなくちゃいけないか分からないから」


 偉そうに言うがこれもサキ由来の戦術論だ。

 自分なんかが。そんな思いはぬぐえないが。


「なるほど……! 一回勝ち抜けばいいってわけじゃないもんね。納得!」


 こうしてありがたがってくれるなら、気が楽になる。


「……そうだなあ」


 かといって全てが全てサキ経由なのは寂しい。教えるといっても自分が教えているという実感がないし、噂話をさも自分の知識のように語るみたいで息苦しい。

 自分の言葉で何か伝えたい。そんな思いから、ハーニーは一つ頭の中から絞り出す。


「……これは僕が個人的に思ったことだけど、魔法の戦いの中で大事なのは受け入れることだと思う」

「受け入れる?」

「この世界にはいろんな魔法がある。信じられないような魔法だってあるんだ。そういうものを目にした時、意識を持ってかれちゃダメなんだよ。こんなすごい魔法が! って頭の中を空っぽにしちゃいけないんだ。その目の前の現実を受け止めて、受け入れて、そこから抜け道を探さなくちゃいけない。……偉そうだったかな」


 言いきるのが怖くてつい予防線を張ってしまう。それでもこれは自分が自分で気づいたことだ。一つくらい本当に自分が教えてあげたいと思って話したこと。


「へええ……なるほどなぁ……」


 コトは弱腰に気づかず感心した。それを見てこちらもほっとする。


「……ふう。よかった」

「え? 何がよかったの?」

「剣術にまつわることは僕の先生が教えてくれた系譜のある理論だけど、今話したのは僕個人の意見だから。変に思われなくてよかったよ」

「気にし過ぎじゃないかな? だって教えてもらったことでも、根付いたなら自分のものだよ」

「……そう思えたらいいんだけど」


 何かが引っかかってどうしても受け入れがたい。これは普通の力の付きかたじゃないのだ。努力という段階をすっとばした、ずるい力の付与で。


「……は」


 ため息が出そうになったのを止めたのはコトのちょっと怒ったような声だった。


「あたしはハーニーせんぱいに教わってる。それは人伝のものかもしれないけど、せんぱいも正しいって思うから教えてくれるんだよね?」

「それは、うん」


 頷くとコトも頷いた。


「だからあたしも信じられる。だってあたしが信じるのは、あたしよりも強いハーニーせんぱいなんだよ? そのせんぱいに教えた誰かじゃなくて」


 コトは真っ直ぐハーニーの目を見て言った。揺れない瞳で言いきった。


「……僕、か」

「あたしはそう思うな。んー、もしせんぱいが何か後ろめたいなら、最後に言ってくれた結果を受け入れる話だけ参考にする」


 ニコッ、と笑顔が飛んでくる。気を遣っていることをうまく隠す無垢に見える微笑み。

 年下にそこまでされて沈んでいるわけにはいかなかった。


「ありがとう。でも大丈夫だから今日伝えたことは全部参考にしていいよ」

「これも受け入れる、ってやつ?」

「そんな感じかな」


 含みのある微笑みを送り合う。


「……励まされたな」


 コトに聞こえないほどのつぶやきを落とす。

 溺れていたところを無理やり陸に押しやられた心地だ。もちろん感謝すべきだし、している。この子は物怖じせず真っすぐに言うから色々とすっきりする。

 それから木刀を使った軽い練習を終えて、太陽が真上に来たころ。コトがんーーー、と伸びをした。


「あたしなりに頑張ってきたつもりだけど、実戦になると難しいなぁ。考えることも多いし混乱しそう……」

「少し休憩にしようか」


 そういえばサキさんもこまめな休憩をくれたっけ。


「……またその顔」

「え?」


 コトの白い目が向けられていた。


「何か悔しいなぁ……そうだ!」


 コトはつぶやいた後、持っていた木刀を置いた。埃をほろって一言。


「せんぱい! 今から出かけようよ! お昼食べに外出るの!」

「もうそんな時間か」


 いつまで教えるのかなどは決めてなかったが、一日中ここにいるのもリアを任せたユーゴに申し訳ない。止め時なら今だし……。


「なら今日は教えるのこれでお終い。でもお昼は付き合うよ」


 急に終わらせる申し訳なさもある。

 コトは反論なく頷いた。


「それじゃ早速行こ! ほら、木刀なんていいから」

「うわっ、とと」


 コトに引っ張られながらシンセン宅を出る。

 連れられながら苦笑が零れた。コトは楽しそうに僕を引っ張る。せわしいけれど、コトの行動には気遣いがあると思った。悩む暇を与えないでくれる。そんな優しさ。


「んー、そういえばこの辺ってあまりいい店ないんだよね」


 シンセンの鍛冶屋は街外れにある。自然、近くには民家が多く店などはあまりない。その上食事処となると中々見つからなかった。

 中心街の方へ行けば店などいくらでもあるのだろうが、コトは人混みが嫌いらしい。東国文化に育ったことを気にしているようだし、それも当然か。人が集まるところに行けば彼女の服装はどうしても浮いてしまう。

 いつの間にか掴んでいた腕は離れていた。コトは率先して探すためハーニーの前を歩いている。


「……ん」


 ふと既視感。この景色、情景をどこかで見たことがある。いつだったか、と思いだそうとするまでもなく、一件の店が視界に入って理解した。


「あ! あの店なんかどうかな?」


 コトが指さしたのもその店。

 それはサキと訪れたことのある茶屋だった。


「あそこか……」


 軽い頭痛。強い過去の残滓がそこにはあって、目が釘付けになる。立ち止まって呆然としてしまう。


「せんぱい?」

「あ、ああ。大丈夫」


 軽く頭を振って意識を切り替えようとする。

 いつまで引きずってるんだ。ただの茶屋、場所じゃないか。それなのに動揺して人に迷惑をかけてられない。


「い、行こう」


 強気に言ったつもりだった。自ら進んで茶屋へ歩みを進めて。

 数歩歩いてコトがついてきていないことに気付いた。振り返るとコトは渋い表情をしていた。


「コト?」

「この店はやめよ」


 不満よりも悔しそうな語気だった。


「あたし、誰かの代わりなんてやだよ。たぶんここ、例のお師匠さんとの思い出がある場所なんでしょ?」

「……ごめん」

「もー」


 コトは呆れながら薄く笑った。


「それなら気を遣わないで早く言ってくれればいいのに。あたしだって馬鹿じゃないから、そういう気持ち分かるよ」

「……そう簡単にできないよ。さっきから僕は気にしてばっかだ。そんなの自分勝手すぎる」

「どうせ隠しきれないのに?」


 意地の悪い笑みが投げかけられる。


「それは……確かに。悪いと思うよ。これでもうまく隠してるつもりなんだ」


 誰かのために隠し事をするなら、隠し通さないといけない。ダメだな僕は。


「君は優しいからかな。すぐバレる」

「あたし優しくないよ」


 食い気味に否定される。


「あたし自分勝手だよ。ハーニーせんぱいに比べたらすごく自己中心的。鍛冶屋だってあたしが継ぐべきだって分かってるけど、そうしないし。おじいちゃんに心配かけるって分かってるけど、戦場に行きたいって思ってる」


 コトはハッキリと言った。

 自分が悪い。それを理解して、なお止める気がないから甘んじて非難されよう。そんな心意気が見えた気がした。


「優しいのはきっとそっち」

「僕?」

「だってさっき、行こうって言ってくれた。本当は行きたくなかったはずなのに、気を遣わなせないようにしてくれたんだよ? その気持ちはあたしをちゃんと見ようとしてくれた結果だと思う。だから怒ってないよ」

「そ、そっか」


 大げさに褒められている気がする。


「へへん。それに貸しを作っておけばこれからも戦いを教えてくれるしね」

「……気を遣った茶化しだ」

「さあ、どうでしょー?」

「はは……」


 からかう調子は、しかし悪い気はしない。

 未だ心にしこりはある。それでも早く何とかしなくちゃと思うのだった。

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