ブルーウッド大森林 サキとの出会い 5
ハーニーは自分の行動が正しいのかどうか分からなかった。ただセツが何も言わないことだけが、間違っていないと思える根拠だった。
「……はあ」
目の前で気を失っている女性の寝顔から危険な気配は一切しない。戦場での印象と異なり、寝顔はあどけなく、歳は自分と同じくらいに見える。女性、というよりも女の子だ。
ハーニーは洞穴に彼女を運び込んだ後、雨にさらされていない枯れ木を拾ってそれで暖をとることにした。今もハーニーと女性の間に焚火がパチパチと音を立てている。
洞穴は自然にできたものらしく、洞穴の奥からは微かに水音が聞こえる。枯れた地下水路というのがセツの見解だった。
『どうするんですか。彼女を助けて』
セツの冷たく聞こえる言葉にハーニーは頭を抱える。
「放っておけなかったんだよ……」
『彼女は敵です。さきほどあなたを本気で殺そうとした』
寝息を立てる女の子を改めて見る。意識を失っている今、彼女はただの女の子としか思えない。
「それでも、放っておけなかったんだよ……」
『ですが』
「分かってる。セツの言うことは最もだ。ちゃんと分かってるよ。起きたら殺しにくるかもしれないことも、この人に殺された人の家族が怒ることも」
『ではなぜあなたは──』
「でもだからって寝ている間に息の根を止めるなんて、その方が正しいと思えないんだよ……僕は間違ってる?」
『……私には何も言えません。戦場でなら、それが正しいのだと思います。人としては……』
「答えがないのは君も同じか……」
とりあえずの処置として彼女の刀はハーニーが預かっている。懐に他にも武器があるかもしれないが、それを探すことは異性ということもあり憚られた。
「ネリーに甘いって叱られるかな」
『激怒は必至だと思います』
「……何事もなかったら内緒にしてよ」
返事はなかった。
ハーニーは取り上げていた刀を手に取って見る。
「大事な物なのかな」
刀は随分使い込まれているらしく年季が入っていて、切れ味は相当なもののようだ。人を斬ったと思わせないほど美しい刀身はひどく不気味に感じる。
何より目立つのは刀の柄に巻かれた群青色の布だ。ぼろぼろになりながら、しかし、しっかりと結ばれている。一際鮮やかなそれを眺めていると他人の思い出を覗き見ている気がして刀をそっと置いた。
「どうしよう……」
『どうしようも何も、ここで行動しないのならどうしようもありません。後手ですが、起きて襲ってきたのなら容赦してはいけません』
「何もしてこなかったら?」
『……とにかく自分の身は守らなければ』
「うん」
『しかし、私はあなたが傷つくのならいっそのこと──』
セツの言葉は不自然に止まる。理由はすぐに分かった。
横になっている女の子が焦点の定まらない眼をこちらに向けていたのだ。
「ハル……?」
ハル?
その言葉の意味は分からない。
だるそうに体を起こす彼女から目を離さないようにする。彼女がハーニーのことを先刻戦った相手だと気付くのに時間はかからなかった。
「あなたは……!」
彼女は刀を取ろうと自らの腰に手を伸ばす。しかし、そこには鞘しかない。それに気づくと彼女は目に見えて狼狽した。焚火の傍に置いてある刀を見つけると素早く手を伸ばす。
「っ」
「うわっと!」
ハーニーが寸でのところで刀を掴みとって、彼女から遠ざけた。
「う」
ハーニーはその瞬間の目に怖気づいた。果てしない恨みのこもった目がハーニーを睨みつけていた。
「私を」
静かな凄みのある声。
「どうするつもりです。拷問にでもかけますか」
「ご、拷問!? 僕は君を助けただけで──」
「貴族に助けられる理由はありません! そんなことなら刺し違えてでも……!」
黒髪の女の子が目に敵意を浮かべながら立ち上がろうとする。勝ち目がなくても命がけで襲いかかってきそうな顔をして。
不思議と、飛んでくる火の粉を払うという発想はなかった。
代わりに出たのは言い訳じみた情けのない言葉。
「待って! 僕は貴族じゃない!」
武器を持っているのはこちらなのに、命乞いをするように叫んでいた。
その行動で助かると思っていなかったが、予想外にも女性の動きは止まった。
「……でもあなたは私に刀を向け、崖から突き落とした。あれは魔法ですよね? 魔法は貴族にしか使えないはずです」
「そ、そうだけど! 僕は貴族じゃない! ……と思う」
言葉は尻すぼみになった。貴族の子である確証はない。とはいえ、その可能性がないわけではない。どう表現すべきか分からなかった。
普通なら一蹴されそうなものだが、目前の女性は眉を顰めて動かなかった。
「ハッキリしないのは嫌いです。どういうことか説明してくれますか? 私を納得させてくれたら……考え直します」
「あ、ああ。うん」
言っていることは分かるが、その理由は理解できない。
何がこの人にそう言わせるのか。なぜそれが必要なのか。
よく分からないまま、早口で弁解するほかなかった。
「僕は……3年より前の記憶がないんだ。気付いたら僕はガダリアという街にいて、魔法が使えた。もしかしたら、いや、きっと貴族に関係してるんだろうけども僕は自分を貴族だと思っていないから、だから……?」
自分の耳で自分の言葉を聞いて、そのおかしさに気付く。
貴族じゃないと言いながら、自分は貴族の子である可能性に縋っている。それは卑怯なことじゃないのか?
「……では、どうしてあなたは西国に加担するんです」
「それは、国がどうとかそういうことは考えてないけれど、僕の大切な人がいるんだ。最初は一人だったけど、色んな人と関わる内に増えた。僕はその誰をも失いたくないから西国にいる。……どうして睨むのさ」
東国の少女は恨みがましいその視線をこちらに向けてきていた。
「私、あなたの考え方気に入らないです。守りたいものがあるなら少しでも危険から遠ざけておくべきですよ。口では違うと言いながら、国同士の争いなんていう醜いものに自ら加わるあなたはとても……不快です」
「……そんな勝手にできるもんか。僕の気持ちばかり通るほど甘くないよ」
「それを意気地がないと言うんです。本当に守りたいのなら全てを投げ打ってでも……!」
唐突に唇を噛んで苛立つ彼女に驚くよりも疑問を持つ。全ての敵意が自分を向かなくなった気がした。
やがて目の前の女の子はゆっくりと首を振ると、またこちらに目を向けた。先ほどまであった威圧感はなくなっていた。
「いいです。あなたは貴族じゃない。信じます」
「……どうして?」
「どうして、とは変わったことを聞くんですね。何でも言葉がないと不安なんですか?」
「う……」
少女はハーニーの狼狽を見て微かに口元を緩める。
「自分に自信がないんですね」
優し気な声はハーニーの心を逆撫でない。今の彼女は柔らかな雰囲気を醸し出している。
本当にさっきの惨状を生んだのはこの人なんだろうか。
「刀を返してくれませんか」
「刀を?」
さすがに警戒心が増した。しかし、彼女の真摯な目が真っ直ぐに見つめてきていて、それに見惚れた。
改めて見ると彼女はネリーとは異なるタイプの美少女で、静かな美しさを感じさせる容姿をしていた。黒い髪を後ろで束ね、凛とした顔つきは涼し気な印象を持ち、どこか大人びて見える。自分よりいくつか年上に見え、物静かな振る舞いがひどく似合う。
ハッとそこで我に返る。それでも刀を返すことに恐怖があることは否定できない。
それを察したのか彼女は真面目な顔で口を開いた。
「あなたは己を貴族ではないと言いましたね。私は貴族以外は斬りません。道理なら、あなたが私を信じる番だと思いますよ?」
「でも……君はたくさんの人を斬った」
「斬ったのは貴族です。人じゃありませんよ」
人じゃない。冷淡な言葉に寒気がした。
柔らかい雰囲気はあるが、間違いなくさっきの戦場にいたのはこの人だ。改めて理解する。
彼女は重ねて言った。
「私は貴族以外斬りません」
「……」
言葉に偽りはないと思える。だが可能性がないわけではない。さっき戦った時の不思議な魔法を使われたらどうしようもないのだ。
……魔法?
「君は貴族じゃない?」
少女はあからさまに顔をしかめる。
「生まれも育ちも普通の平民です。私は魔法を使えませんから」
「……じゃああれは石の」
そこで彼女はため息を吐いた。濡れた黒い髪が揺れる。
「どうやら私たちはお互いを知らなすぎるようですね。仕方ないことですけど。……どうです? ここで一つ約束をしませんか」
「約束?」
「ええ。この洞窟の中では手合せしないという約束を。今、この時だけ私たちは陣営や外のルールに縛られない。……交わしませんか?」
「それは……信じられるの?」
「信じるんですよ。お互いに」
視線がぶつかる。人殺しとは思えない、綺麗な双眼が真っ直ぐにこちらを見ていた。
「……」
「受け入れてくなかったら……」
言葉とともに今度はぞっとする暗い目を向けてきた。
「う、受ける! 約束しよう!」
女性は変わり身早く優しく微笑んだ。
「どうせ悩んでも断れないのだから、最初からそうすればいいんですよ」
「うぐ」
自分より自分を正しく評価している気がして敗北感。
……負けたって何だ。悔しがってるのか? 僕。
「それで、刀は返してくれないんですか?」
あくまで刀に拘るあたり、やはり大切なものなんだろう。ただ、それで素直に返せるほど油断できない。ここで死ぬわけにいかないのだから。
「ごめん」
「……いいです。今度は私が折れる番。でも、せめて焚火の近くに置いてください。……どうして、って顔してますね。刀は水に弱いんですよ? 知らないんですか?」
「そ、そうなんだ」
「あなたも刀を扱う身、ちゃんとしないとダメですよ」
「はい……」
言われた通り焚火の傍に置く。色々なところから上下関係が作られつつある気がした。どちらが下かは考えるまでもなく。
女性はハーニーが刀を置いたのを見て、ごつごつした石の上に正座した。
「情けをかけてくれたことには感謝してます」
「うん?」
「ですけど、私、身体まで許す気ありませんよ」
「きゅ、急に何をっ?」
「あなたが私の足を執拗に見てたからです。……違いました?」
確かに目の前の女性は太ももの辺りが破れていて白い肌が眩しい。言われて気付いてハーニーは赤面した。
「ち、違うよ! 石の上なのに痛くないのかなって思っただけで!」
「慣れてるから痛くないですよ」
「そ、そう。ならいいけどさ」
誤解が解けてほっと一息。
「約束を切り出したのは私ですし、ここは私が先に名乗っておきます。私はサキ。もちろん名字はありません。貴族じゃないんですから」
名字は貴族にしかない。魔法が使えるのは貴族だけで、名字の有無は魔法の有無だ。
「それじゃあ君が使っていた魔法はやっぱり石のおかげ?」
「そうですよ」
尋ねるとサキは頷いて、首にかけていたネックレスを手に取って見せた。
普通の紐に石細工がついている簡素なネックレス。石は七色で見栄えがいい。
「これがあれば誰でも魔法が使えるようになるんです」
「誰でも?」
「老若男女、貴賤を問わず、です。最近東国で出回り始めたんですよ」
ハーニーは納得する。いつかパウエルが言っていたことだ。戦力で劣る東国が戦争を仕掛けるに至った勝算は何なのか。それがこの石なのだろう。誰でも魔法が使えるのなら、その石が多い国の方が有利だ。西国で同様の物が見つかったという話はない。
「納得しました?」
「あ、うん」
「それであなたの名前は?」
「僕はハーニー。名前以外は大体話したよ」
「名字は?」
「ないってば」
「ふふ、冗談です。信じた証拠の茶化しですよ」
そう微笑むサキは普通の女の子にしか見えない。
それから話を続けても彼女は冗談も言い、年上のような落ち着きも見せた。先刻の冷徹な面影は一片もない。話せば話すほど良識的で、最初にあった恐怖の対象としての印象は塗り替えられていった。
サキは明言した通り立場を越えてハーニーに対した。
「どこで剣術指南を受けたんですか」と話を切り出した時も、言えばハーニーの利益にしかならないにも関わらず、真剣だった。
剣術を学んだというより実戦を生きるためだけの訓練しかしていないこと。一週間程度しか時間がなかったことを話すと、サキは眉を寄せて渋い表情をした。
「ただ生き残るだけならそれでいいかもしれないけど……やっぱり美しくないですよ」
「戦うのに美しさがいる?」
「生きることが美しいことならば、その術も美しい方がいいと思いません? 少なくとも私はあなたと手合せして不快でした。あんなので殺されたら死に切れませんもん」
「そうは言っても時間があるわけでもなし……」
「技術の話はいいです。そこは一朝一夕で良くなりませんから。ただ、せめてハッキリしないとダメです」
「何を?」
「あなたの戦い方を、ですよ。ハーニーさんはどう戦うのか。それってひいては生き方にも関わります」
「僕の戦い方……」
「曖昧でしたよ、あなたの刀は。甘いと言ってもいいです。徹するものがないから芯がぶれているんでしょうね。戦場で己を失っているから醜いんです。心当たり、ありますね?」
「……」
言葉の通りだった。
今、僕は悩んでいる。答えを見つけていないことがある。
「……人の殺し方に美しいだとかないと思う」
「そうですか? 私はそう思いません。でも……良かったですね。あなたの考えるべきことが見つかって」
悩みまで見透かされてハーニーはしかめっ面になる。サキは微笑んだ。
「戦場に身を置くんです。遅かれ早かれ、人を殺める時が来るでしょう。そのことについて逃げずに考えた方がいいですよ? それがあなたの甘さになってますから」
「……」
「あなたには似合わない世界だと思いますけど」
その声の響きの優しさにハーニーは心から言葉を返す。
「サキさんだって似合わない気がするよ」
「……そうですね。ありがとうと言っておきます」
サキは悲し気に笑った。ハーニーはそれに思いを巡らす。
ありがとうと言ったということは、彼女のいたい場所が戦場ではないということなんだろうか。
不意にサキは立ち上がった。
「雨、上がったみたいですね。それにいつの間にかもう朝ですよ」
「本当だ」
気付けば雨の音はなく、洞穴には光が差し込んできていた。
「外の空気を吸いに行きませんか」
サキの提案を断る理由はない。二人で洞穴を出る。
崖下から見る空は白んできていた。割れた空で始まる朝に見惚れていると、すぐ横合いから声がする。
「よくあるお話ならこういう時って恋仲になるんですよ?」
「そ、そうなの?」
ドギマギしながら聞き返す。サキは可笑しそうに口元を覆った。
「たぶんですけど私の方が年上ですよね。19です、私」
「僕は……17くらい?」
「本当なんですね。記憶ないの」
「うん」
「……私の故郷だと家族以外は敬語なのが普通なんです」
「え、じゃあ僕も敬語の方がいい?」
「別にいいです。そのままで」
「それってあの、あれ?」
気付けば横に立っていたサキはいなくなっていた。慌てて探すとサキは洞窟の暗がりへ数歩下がっていただけだった。刀を取りに行ったわけではないらしい。
サキは顔に影がかかりながら話す。
「あなたを見ていると懐かしいけど、辛くなります」
「どうして」
サキは目を瞑っただけで答えなかった。代わりに遠くから声が聞こえた。木霊を作りながらその声は「ハーニー!」と呼んでいる。ネリーの声だ。声の方を見上げる。
カチャリ。金属音にハーニーは振り返る。サキが刀を手に取っていた。
彼女は正面からハーニーに対峙する。
「やっぱりハーニーさんは戦いに向いてないですよ。人殺しなんてする性格じゃない」
果てなき遠くを見つめるようにサキはハーニーを見る。
「平和な場所で、争いに巻き込まれないで生きるべきです。……そうあるべきなんです」
「サキさんは? サキさんだって似合わない」
返ってくるのは否定の俯き。
「私は……やらなきゃいけないんです。ですから」
殺意はない。ただひたすらに真剣な眼差しがこちらを向いていた。
「戦場で会ったら容赦しません。私、あなたの甘さだって利用しますから」
ハーニーが何も言えずにいる間もハーニーを探す声は近づいてくる。
サキはふっと力を抜いて表情を柔らかくした。
「いいですよ、行って。私は一人で大丈夫、です」
最後に一番優しい口調でそう言った。
「サキさんを置いていくなんて──」
「おい! いたぞ! ロープを持ってこい!」
崖上を見上げる。救助に来た貴族の男が仲間を呼んでいた。どうやらサキの姿は洞窟に隠れて見えないらしい。「大丈夫だからな! 今助ける!」と声が飛んでくる。
すぐにロープが下りてきた。
「……サキさんは、ん……分かったよ」
穏やかな表情に頷かざるを得なかった。おずおずとロープを掴む。
サキと目が合うと、彼女はどこか安堵した様子を見せた。
「あなたが貴族じゃなくてよかったです。また会えたら……いえ。願わくは戦場で会わないことを」
仰々しくサキは言って、ハーニーは頷いた。それで別れの挨拶は済まされる。
ハーニーは助けられているはずなのに、胸に引っかかる寂しさらしきものが息苦しかった。
何か間違ってしまったような、そんな気がした。
◇
パウエル・カーライルは旧王都の有力貴族たちとの会談を終えて酒場へ向かっていた。
夜でも賑やかな旧王都の道を歩きながら、パウエルは会談を振り返る。
会談と言っても大きな話し合いではない。旧王都でも貴族の離反などが起きており、そのごたごたから本格的な話し合いは後日になるという。
現状分かっていることは僅かだ。誰でも魔法がつかるようになる鉱石。西国北方にある王都近くまで侵攻されていること。そして中央部もアクロイドを取られ、旧王都に敵軍が迫っている。どれも西国にとっていい話ではない。
からんからん。
酒場のドアを引くと備えついている鈴が鳴った。木造の酒場は話し声があっても静かなものだ。
パウエルは部屋の奥隅に腰かけているアルコーに歩み寄る。
「……随分顔が赤いな」
「いいんだよ。祝い酒だ」
パウエルはため息を吐くとアルコーの対面に座る。アルコーが先に口を開いた。
「話はどうだった?」
「今は膠着状態だ。今後は王都への増援と旧王都の防衛が主になる」
「そうか……俺たちへの叱責は?」
「ガダリアと旧王都の間に位置するアクロイドは造反した。結果だけ見ればガダリアを放棄した判断は正しいということになる。咎めはないそうだ。それと、これからは旧王都の指示に従えと言われた。面倒なことになるかもしれん。……とりあえず一週間程度休息できるだろう」
「そうか……」
アルコーは頷くと持っていた杯に酒を注いだ。
「まだ飲むのか」
「……いいだろ。祝いだ。ハーニー生還のな」
「祝い、か」
アルコーの暗い表情と酒を見比べながらパウエルは黙り込む。
まさかそれがアルの酒を飲む本当の理由ではあるまい。大方自責の念からだろう。結局アルの失態が原因なのだ。この優しい友人がそれを気にしないはずがない。
そう考えるとハーニーの無事を一番喜んでいるのはアルなのかもしれない。
「あの小僧には会ったのかよ」
「いいや、私も忙しかったからな。聞くところによるとハーニー君はぐっすり寝ているらしい。疲れていたんだろう。アルは会ったか?」
「いや……」
「アル、お前ハーニーに会わす顔がないんだろう」
「……チッ」
「手加減したのか?」
「誰が。するわけねぇ」
パウエルは戦いの報告を思い返しながら言葉をぶつける。
「……前大戦時のお前なら刀を持つ相手に近づかなかったはずだ。軽率なミスをしたな」
「年だろ。老いたんだ」
いいや、違う。
パウエルは内心で否定する。魔法は自信に寄るところが大きい。であれば年を経るほどに経験という自信が増すはずなのだ。つまり年長者の方が魔法は強い。アルの力の衰えの原因はそこではない。
アルコーは不満げにパウエルを見た。
「何か言いたそうだな?」
「いや」
言ったところで、という重いが先行する。アルとは旧知の仲だ。その抱えるものは知りえている。踏み込むには問題の大きさが計れない。
結局パウエルは確認するのに留まった。
「やはりこの街は居心地が悪いか」
「……チッ」
アルコーは舌打ちだけ返した。昔から変わらない、苦し紛れの肯定の癖。
仕方なかったとはいえ、目の前の友人を思うとガダリアを放棄したことを申し訳なく感じた。
「……まあ、弟子が無事で私も安心した。今日は付き合おう。ハーニー君の未熟さでも話しながらな」
「へっ」
アルコーは呆れたように笑った。誰を呆れたのかは分からない。だがそれは恐らく、どうしても沈んでしまうアルコー自身に向けてのものなのだという気がした。
パウエルはやれやれと小さくため息を吐くと酒場の店主に酒を注文した。
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