第2話 星をみようとしたひと 

 その昔、僕が小学生の頃に大好きだったゲームに、病気のお母さんを救うために少女が旅に出るアクションRPGがあった。作品名は、主人公の少女と同じ名前で【セルヴィアーナ】という作品だ。

 

 ピンク色の短髪をなびかせて、女子中学生くらいにしか見えない彼女、セルヴィアーナは、ワンピース姿で剣と盾を構えてひたすら敵に接触するだけの体当たりの戦いを繰り広げる。


 そのゲームにはレベルの概念はなく、倒した敵が落とす僅かばかりのお金を静かにコツコツと貯めて装備を整える。


 そのファンタジー物語に大きなイベントや急展開はない。ただただ、静かに地道に愚直に、お母さんの病気を治す薬を手に入れるためのアイテム集め作業を繰り返す。


 そんな特徴しか浮かばない、下手すればそれは駄作と呼ばれても仕方ない作品だった。当時を思い出す十数年後の自分でさえ、それは『苦行ゲー』としか表現できない。


 だがその少女のオープニングで映し出される、元気な表情と可愛らしい笑顔は最高だった。それだけでそのゲームを遊ぶのが至福だった。そんなキャラクターへの愛だけで十分に御釣りがくるくらい楽しめた作品、みんなにもあるだろうか。


 そして、そんな思い出のキャラが、もしくは特徴を捉えた人物が目の前に実際に現れたら人はどう思うか。『そんなこと有りえないだろ。二次元と三次元は絶対に相成れない』と声を挙げる人が多数であろう。


 でもいたんですよ。少なくとも17歳の僕には、学校の屋上でゲーム機を握る彼女が、ふと目が合った彼女がその時の憧れのヒロインに見えたのです。


 もちろん彼女の髪の色はピンクではなく、現実的な黒髪だった。ワンピース姿でもないが、その夏色のスカートと学生服を着た少女が携帯ゲーム機を持つその姿に、僕の細胞は隅々まで逆流と沸騰するような錯覚を受けた。


    ◆


 彼女と目が合った瞬間(?)僕はすぐに目線を歩く方向に戻す。僕はあくまでゲーム機、白鳥の一撃ワンダ・スワンことWSを見ただけなのだ。


 ええ、万一に彼女から変質者呼ばわりとかされた場合の保身と言い訳ですとも。


 その後、僕は屋上の外周をくるりと一周しする。平静を保っていたとは思うが、動きはきっとぎこちなかっただろう。最後に屋上から校舎内に戻る際、もう一度だけ彼女をチラリと見る。彼女は僕との第一コンタクトなど無かったかの如く、WSを片手に炭酸飲料を静かに口へと運んでいた。そういえば、今年はあまり炭酸は飲んでなかったな…。


     ◆


 ―――のちに妻は僕にこう語る。

「初めてあなたに見られたときのこと、今でも覚えているよ。正直に言うと少しだけ不気味だったけど、ゲーム機が気になっていたのは一目瞭然だったし、私も平静を保つのに精一杯だったかな」


 下手すれば、あの時点で僕ら出会いはそのままゲームオーバーになっていたかもしれない。運が良かったというか、なんというか…。


     ◆


 屋上での出来事ののち、昼からの授業はまったくに手に付かなかった(まあ、いつものことだが)。僕の興味は既に、彼女の持つゲーム機から彼女のことで一杯だった。


 のちに、あの手この手で僕は彼女のことを調べる。名前は鯨武 由美くじらだけゆみ、僕と同じ3年生でクラスは二つ隣のD組。この夏までテニス部のキャプテンを務めていたらしいが、早々と総体から幕を引いてのんびり進路相談中。


 今までの自分の人生で、女子を一度も意識したことがない訳ではない。でもそれは常に一時の憧れと片思いで終わっていた。

 

 自分に振り向いてもらえる可能性と向き合ったり自己研鑽に励んだことなどなく、自然とため息が尽きるのを待つだけが僕の恋路だった。


 アニメや漫画、ゲームの美少女たちと過ごした恋愛(笑)やデート、果ては大人の関係であれば星の数ほど潜っており、限定項目であれば免許皆伝レベルだと思う。しかし現実の女子との会話や交友経験値はゼロに等しい。仮に会話と行動の選択肢が三択に絞られたとしても、そのたどり着く先は会話が続かないバッドエンドA・B・Cが待っているだろう。


 どんなに難しいゲームでも攻略法はある。でもそれを実行、達成できるテクニックは別問題なのだ。僕の中の人付き合い、むしろ異性ともなればそれはスタートの地点から最強呪文を唱える敵がたむろする、夜空を見るRPG並みの難解な課題である。


 もうどうでもいいや。いつもの投げ出しで僕の小さなエピソードは、いつも見慣れたゲームオーバーの文字とともに、白黒画面で終わろうとしていた。


     ◆


―――「で、それからどうしたの?ねえねえ?」

 他愛も無い夫婦の会話の中で、妻が話しの続きとネタバレを僕に要求する。できれば自分の心の中だけに収めておきたい。特に結果が結び付いた本人の目の前で、過去話を紐解くのは恥ずかしいが、由美さんには敵わない。


「ビールでも持ってきてくれないかな。シラフじゃ話し難いよ」

「そうやって飲む口実を作りたいだけでしょ」


 お互い微笑みながら僕のモノクロームなエンド画面は、再び彩りを見せようとしていた。 


(つづく)

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