大雪

第六十一話 そらさむく ふゆとなる(飛入助物語)

閉塞成冬その一 爆誕! 飛入助親分

 七十二候の一候はほとんどが五日間で、たまに六日間の時があります。そしてごく稀に四日間の時があるのです。それが今候「閉塞成冬」であります。

 いつも通りの話を書いてもいいのですが、たった一度しかない四日間の候でもありますので、今候は趣向を変えて、現在、読者の皆様の間で人気急上昇中の動物キャラ「飛入助」を主人公にした物語(全四話)をお送りします。

 隠れ飛入助ファンの皆様、お待たせしました。思う存分楽しんでくださいませ。ちなみに「あ~、遂にネタがなくなったのね」とか「どうせ最終話に向けた話数調整だろ」とか、そーゆー余計な詮索はしない方が身の為です。ではどうぞ。



 間渡矢は間もなく実りの秋を迎えようとしていました。頭を垂れ始めた稲穂が揺れる田の上を飛んでいるのは飛入助です。夏の間、ずっと一緒に遊んでいた仲良しの燕は南の国へ帰ってしまい、今は一羽だけで飛び回りながら虫を捕っているのです。


「ああ、もう、この悪戯雀たちめー!」


 田んぼの畦道では、黒姫が笹竹を振り回して雀たちを追い払っています。勿論それくらいで雀の大群に太刀打ちできるはずがありません。田中に立っている案山子を怖がる素振りも見せず、雀たちは稲穂に止まり、まだ熟していない米粒を啄むのです。


「あ、飛入ぴいちゃんじゃない。ちょっと、この雀たちを何とかしてえ~」


 飛入助はでかい図体で一羽だけで飛んでいるのですぐに見つかってしまいます。別に黒姫の言う事を聞く義理はないのですが、この田には自分の主であるお福が水口祭りや雑草抜きなどで関わっているので、一応、雀たちに話し掛けます。


「ねえねえ、みんな。おいら、思うんだけどさ、このお米は黒姫さんたちが一所懸命育てたものなんだよ。だから食べたりするのは良くないんじゃないかなあ」

「え~、だってお米は美味しいもん。美味しい物を食べて何が悪いのさ」

「そうだよ、美味しい物があれば食べたくなるのは当たり前だよ」

「それに人はあたしたちを捕まえて焼いて食べたりするじゃない。あたしたちだって人の米を食べて仕返ししてやらなくちゃ」


 全く聞く耳を持っていません。どの雀も恵姫並みの貪欲さで米を啄んでいます。


「う~ん、仕方ないなあ。食べるのはほどほどにね」


 今日のところは一旦諦める飛入助でしたが、それでも完全に諦めたわけではありませんでした。


「ねえねえ、みんなはさあ、夏の間、田んぼの害虫を食べて過ごしていたんでしょ。黒姫様も雀たちが虫を食べてくれて助かるって喜んでいたんだよ。今度は米を食べる悪い虫を食べてあげれば、もっと喜ぶんじゃないかなあ」


 そうやって毎日毎日、雀たちを説得し続けたのでした。


 やがて飛入助の話に耳を傾ける雀も少しずつですが現れ始めました。雀たちも本当は人と仲良くしたいのです。仲良くなれば捕まって焼かれて食べられる事もなくなるはずなのですから。


「おうおう、おまえか、最近ここいらで幅を利かせている飛入助って新参者は」


 ある日、見るからに怖そうな一羽の雀が飛入助に絡んできました。よく見ると頬には斬られたような傷跡があります。


「ああ、飛入助はおいらだよ。あんたは誰」

「俺はこの辺りの田んぼを仕切っている、間渡矢のちゅん太郎ってもんでえ。おまえさん、雀たちに米を食うなとか吹き込んでいるそうじゃねえか。図体のでかい雀に脅されて無理やり虫ばかり食べさせられていると、俺のところに沢山の雀たちが泣きついて来るんでな。さすがに黙っちゃいられねえってんで、こうして出しゃばって来たってわけでえ。悪いがこれ以上ここいらの雀を脅すのはやめてくれねえかな」


 身なりも言葉遣いも堅気の雀には見えませんが、その心根は温情溢れているように感じられました。話せば分かってもらえるに違いない、そう考えた飛入助は熱を入れて語ります。


ちゅん太郎さんの言い分はよく分かるよ。だけど田んぼのお米は、冬の田起こしから始まって、春の田植え、夏の雑草取り、そして実りの秋を迎える今日まで、黒姫様が丹精込めて育ててきたんだ。それを雀たちが飽きるほどに食い散らかしたんじゃ黒姫様が気の毒だよ。おいらたちは米じゃなく虫でもお腹を膨らます事ができる。だったら稲を荒らす虫を食べた方がいいんじゃないのかな」

「けっ、知った風な事を抜かしやがって。おまえさんの魂胆は見え見えなんだよ。他の雀には虫を食わせて米を独り占めする気なんだろ。どこまで性根の腐った奴なんだ」

「ち、違うよ。おいらは生まれてこの方、米を食べた事なんて一度もないんだ。それに米より虫を食べた方が体は丈夫になるんだ。おいらの体がこんなに大きくて、飛ぶのも速くて、他の雀より強いのは、虫を食べていたからに違いないんだから」

「速くて強い、だと……」


 ちゅん太郎の目尻が吊り上がりました。間渡矢で一番強い雀は自分自身だと自負していたちゅん太郎の自尊心が、今の飛入助の一言で甚く傷つけられてしまったからです。


「おい、飛入助とやら。勘違いもはなはだしいぜ。今年生まれたばかりのヒヨッコ雀のくせに、速くて強くて誰にも負けないだと。自惚れるのもいい加減にしな」


 完全に頭に血が上っています。こうなっては何を言っても聞いてはくれないでしょう。飛入助は言葉での説得を諦めました。


「ううん、おいらは本当に速くて強いんだ。疑うなら勝負だ。おいらとちゅん太郎さん、どちらが速く飛べるか競争しよう」

「おうよ、売られた喧嘩を買わないとあっちゃあ、男が廃るってもんだ」


 自信満々で受けて立つちゅん太郎。二羽で話し合った末に、この畦道から飛び立ち、一町先の枇杷の木までどちらが先に着くかを競う事となりました。


「いくぜ、そりゃ!」


 掛け声一番、間髪入れずに飛び立つちゅん太郎。大きな事を言うだけあって雀離れした速さです。飛入助は完全に出遅れてしまいました。


「ふっ、口ほどにもない。この調子なら余裕……えっ、おい、待てよ、う、嘘だろ」


 焦るちゅん太郎。それもそのはず、背後に何か迫ってきたかと思ったら、まるで射られた矢のような目にも止まらぬ速度で、飛入助がちゅん太郎を追い抜いていったからです。


「馬鹿な! あの速さ、まるで燕じゃねえか。あ、あり得ねえ」


 ちゅん太郎は知らなかったのです。飛入助が夏の間、燕に飛び方を習っていた事を。そしてその飛び方を完全に習得していた事を。


「どうだい、ちゅん太郎さん。おいらの勝ちだね」


 息も絶え絶えに枇杷の木まで飛んできたちゅん太郎は、平然と枝に止まっている飛入助を見上げました。


「ああ、俺の負けだ。認める、確かにおまえさんは間渡矢一、いや、もと一の雀だ。しかし不思議だな。そんなにでかい図体で何故これほど速く飛べる。体が重くないのかい」

「う~ん、それについては与太郎さんって人が言っていたかなあ。おいらが虫ばかり食べるのを見て『飛入助は糖質制限をしているんだね』って話しているのを聞いたよ」

「トーシツ制限、なんじゃそりゃ?」

「米は腹のぜい肉にしかならないけど、虫は羽ばたく力を生む筋肉になるんだってさ。米を食べるのは腹に無駄なおもりをぶら下げるのと同じ。それで速く飛べなくなるんだって」

「ほ、本当かよ、とても信じられないぜ」

「本当じゃとも」


 突然二人の頭上から重々しい声が聞こえてきました。見上げたちゅん太郎が叫びます。


「お、大親分おおおやぶん、居なすったんで」


 頭上の枝にとまっているのは頭を白髪に覆われた年寄り雀です。


「ああ、ずっと見ておった。飛入助さんの言葉、嘘ではない。最近の間渡矢雀のたるみっぷりは実に嘆かわしい。昔の雀はいつも虫を食い、秋のこの時期だけ有難く数粒の米を啄むに過ぎなかった。ところが今はどうじゃ。昔に比べると米の粒は大きくなり味も美味い。一粒食べればそれで充分であるにもかかわらず、満腹になっても米を啄み、腹に余計な肉を付け、その挙句がこのざまじゃ。ちゅん太郎、お主の腹に翼を当ててよく考えてみよ。どうして飛入助さんに惨敗したのか、その出っ腹が全てを物語っておる」


 ちゅん太郎は何も言えずただ恥じ入るばかりでした。大親分雀の言葉通り、腹にはタプタプのぜい肉が付いていたのです。それもこれも稲穂を啄みすぎたのが原因でした。

 ちゅん太郎への説教が終わった大親分雀は飛入助の枝まで降りてくると、いきなり頭を下げました。突然の行動に驚く飛入助。


「ど、どうしておいらに頭を下げるんだよ。あんたは大親分なんだろ」

「お願いがあるのじゃ、飛入助さん、この辺りの雀を束ねる親分になっていただけぬか」

「お、おいらが親分に!」

「そうじゃ。先ほども言ったように最近の若い雀は心も体もすっかり弛み切っておる。その性根を鍛え直してやって欲しいのだ」

「で、でもおいらが親分なんて」

「あっしからもお願いしやす、飛入助さん。もし親分になってくれるなら、この間渡矢のちゅん太郎、一生飛入助さんに付いていきやすぜ」


 二人の雀から懇願されて迷う飛入助。生まれてまだ一年も経っていない自分に親分が務まるとは思えません。しかし親分になれば雀たちは自分の言う事を聞いて米を食べなくなるはずです。きっと黒姫は大喜びするでしょう。脳裏に浮かぶ黒姫の笑顔……飛入助の心は決まりました。


「うん、じゃあ、あんまり自信はないけど、親分、やってみるよ」

「おお、引き受けてくれるか、礼を言うぞ、飛入助さん」

「今日からは飛入助の旦那と呼ばせてくだせえ。あっしはちゅん太と呼んでもらって結構でござんす」


 こうして飛入助は間渡矢雀の親分になったのでした。

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