鴻雁北その三 与太郎激白

 お福に手を叩かれて、ようやく与太郎の謎を解明する気になった恵姫は、態度を改めて質問を再開しました。


「うぉっほん、さて、与太郎素っ裸の件は一旦置くとして、次は与太郎参上の件についてじゃ。まずは、どのような状況で与太郎がここに来るか、それを突き止めるとしようぞ。要因の一つは先程見たほうき星が昇る時じゃ。昇ると同時に与太郎はやって来る、そう考えて間違いはなかろう。じゃが、それだけでは不十分じゃ。ほうき星が昇っても与太郎が来ぬことは何度もあった。別の要件が他にもあるのじゃ。おい、与太郎、何か心当たりはないか」


 腕組みをして考える与太郎。何とも頼りない姿です。


「そうだなあ~、僕がここへ来る時は必ず僕の部屋に居る時だったかなあ」

「ほう、与太郎の部屋。それは何か特別な部屋なのか」

「う~ん、特別っていうより古いんだよ。もう築五十年くらいの平屋で、しかも新築じゃなく建て替えで五十年。僕は床の間のある部屋を使っているんだけど、そこの床柱は相当古くて御神木から作られたとかなんとか」

「ご、御神木を床柱にじゃと。何という罰当たり者なのじゃ。与太郎、お主の御先祖は極悪人か!」


 怒りを露わにして与太郎に詰め寄る恵姫。姫の力は天より賜った神の恩恵。その神の依り代とも言える御神木を切り倒し床柱に用いるなど、許せるものではありません。


「いや、そんなこと言われても、御先祖様がやったことだし。それに明治時代の始まり、じゃ分かんないか、徳川の世が終わった時に、神社の敷地が削られて仕方なく切り倒されたのを、哀れに思って床柱にしたって聞いてるよ」

「むっ、そうか。それならお主の御先祖の責任とは言えぬな」


 どうやら止むを得ない事情があったようです。早とちりしてしまった恵姫は元通りに座りました。


「でも、与太ちゃんの御先祖様って、よく御神木を貰う事ができたよね。そんな大切な物は、普通の庶民には渡さないと思うんだけどなあ」

「あ、ああ、それについても聞いてるよ。何でも僕の御先祖様はそこの神社の宮司だったんだって。それで貰えたみたい。もっともそれは昔の話で、僕の父も祖父も今は神社とは何の関係もないけどね」

「神社の宮司とな……おい、与太郎、その神社とは乾神社ではあるまいな」

「乾神社だよ。ここから北東にある神社。僕が今住んでいる家もあの辺りにあるんだ」


 恵姫と黒姫は顔を見合わせました。先祖が乾神社の宮司ならば、与太郎はあの宮司の子孫ということになります。何代先になるのかは分かりませんが、少なくとも血は繋がっているはずです。


「なるほどのう。あの宮司に繋がりある者ならば、時を越える者に選ばれるのもさほど不思議ではない。宮司はおのこながらに神に通じておるからな。しかし、己の子孫がこのような軟弱者であると知ったら、宮司もさぞかし落胆するだろうな」

「う~ん、真っ向から反論できないのが辛い所だね」


 苦笑いする与太郎。どうやら与太郎自身も自分の情けなさを自覚しているようです。


「それで与太ちゃん、ここに来る時はその床柱の近くからってことだけど、ここから帰る時もやっぱり同じ場所に帰るの」

「そうだよ。いつも半日くらい経過して同じ場所に戻っている」

「なんじゃ、では素っ裸の姿は誰にも見られずに済んだのか。つまらんのう」

「つまらんって、僕に何を期待しているんですか!」


 今度は与太郎が恵姫に詰め寄りました。が、不敵な笑みを浮かべている恵姫を見て、すぐに引き下がります。いかにも与太郎らしい腰の弱さです。


「では、整理してみるか。この世でほうき星が姿を現し、かつ、向こうの世の与太郎が床柱の近くにいる場合、与太郎はこの世にやって来る。そう考えてよさそうじゃな」

「うん、みんなの話を聞いていると、どうもそんな感じだね。付け加えるなら、ほうき星が現れた瞬間に、床柱の近くに居ないと駄目みたいな気がするよ。ある程度昇ってしまったら、床柱に近付いても来られないんじゃないかな」

「そうか。では与太郎、これからは一日中床柱の近くを離れるな。そうすれば頻繁にこちらに来られるぞ」

「そんなの無理だよ。僕だって生活ってものがあるんだから」

「ははは。よし、これで与太郎参上については一件落着じゃな」

「ちょっと待って、めぐちゃん」


 与太郎の謎の多くが判明して上機嫌の恵姫に対して、黒姫の方はまだ物足りない様子です。


「なんじゃ、黒。まだ何か与太郎に訊きたいことがあるのか」

「めぐちゃん、一番重要なことを忘れているよ。どうして与太ちゃんはお福ちゃんの近くに現れるのか。これって不思議じゃない」


 黒姫が疑問に思うのはもっともでした。御神木から出発したのなら御神木に到着するのが自然です。何故この世の到着点は御神木ではなくお福なのでしょう。


「ふむ、言われてみればそうじゃな。お福、何か心当たりはあるか」


 恵姫に問われて、お福は小首を傾げます。思い当たる節はないようです。


「与太郎、お主はどうじゃ」

「ぼ、僕も、別に何も……」


 そう言いながら、与太郎はお福をチラリと見ました。この仕草を恵姫が見逃すはずがありません。


『与太郎の奴、何か隠しておるな』


 隠し事があればそれを暴くのが恵姫の人生哲学。いつものように悪人面になった恵姫は、それとなく与太郎に尋ねました。


「のう、与太郎よ。お主、向こうの世で好いておるおなごとかは居らぬのか」

「えっ、いや、いきなりそんな事を訊かれても」

『ほほう、これは当たりじゃな』


 分かりやすいくらい明らかな与太郎の動揺。これでは返事をしなくても「はい、居ます」と言っているのと同じです。


「隠すな、隠すな。お主とて齢十八。その年になれば気になるおなごの一人や二人、居るのが当たり前じゃ。で、どんなおなごじゃ」


 恵姫に急かされても、もじもじして話そうとしない与太郎。しかし無言で自分を見つめ続ける年頃三人娘の威圧感に耐えられず、遂に口を割ってしまいました。


「その、僕と同い年なのにちょっと幼い感じで……」

「きゃー、その娘のどんなところに惹かれたの、与太ちゃん」

「えっと、明るくて優しくて、その割に口数が少なくて、いつも笑っていて……」

「胸や尻はどうなのじゃ。でかいのか」

「それなりに大きくて柔らかそうで……」

「……」

「……」

 最初の「……」はお福の無言の質問です。次の「……」は与太郎の無言の答えです。


「ふむ、ならば、この三人の中では誰がそのおなごに一番似ておるのかな、与太郎よ」


 にやにやしながら尋ねる恵姫。与太郎はしばらく俯いたままで何も言いませんでしたが、突然、堰を切ったように話し始めました。


「そうですよ、その通りですよ。みんなの想像通りですよ。お福さんに似ているんです、いや、似ているなんてレベルじゃない、そっくりなんです。しかも僕の好きな娘は、みんなに『ふうちゃん』って呼ばれているんです。なにからなにまでお福さんそのもの。きっと、お福さんの子孫なんだと思います。だから、僕は初めてここに来てお福さんに会った時、これは絶対に運命の神の御導きに違いない、僕と『ふうちゃん』は結ばれる宿命にあるんだ、なんて勝手に舞い上がって、それで大学だって周囲の反対を押し切って、彼女の受験する大学しか受けなかったんです。もし合格して一緒の学校に行けるようになったら、彼女に告白しようと思って。でもやっぱり僕の頭じゃ、そんな所に行けるはずもなくて、全部落ちちゃって僕は浪人決定。『ふうちゃん』は都会の大学に行ってしまって、少なくともこれから一年間はほとんど会える見込みもなくて、だから、こうしてお福さんに会えるのが嬉しいんだか悲しいんだか……もう、ほんとに僕は駄目人間なんです。何をやっても上手くいかない、どこへ行っても所詮僕は与太郎なんですよ」


 こちらの世だけでなく元の世でも、やっぱり腑抜けな与太郎だったようです。

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