18皿目 日曜日。
子供達が、近所のお友達と遊びに出かけてしまった日曜日の午後、妻が寂しそうにしていた。
このところ子供達の自主的な行動が増えて来た。太郎は電話で友達と待ち合わせしたりするようになり、花子も同じマンションのお友達と、近くの公園に遊びに行ったりする。子供が中心だった休日が一変した。
「そろそろ、自分の時間が持てるようになるね」
私がそうしむけても、妻は寂しそうに答えた。
「うん」
子持ちの私と一緒になってから4年と半年が過ぎた。母としての心構えを築く時間が充分にないまま一緒になった。それまでのイラストレーターを夢見るフリーター人生から、一転して、2児の母親、そして私の妻として生きる事となった。覚悟はしていただろうが、2才と3才の子供の母親になるという事は、想像以上に厳しかったはずだ。
まったくできなかった料理。今では、たくさんの調味料を使いこなし、レパートリーは数えきれない程ある。
園の指示で手作りの物を準備しなければならず、ろくに選びもせずに買ったミシン。バッグなど子ども達が喜びそうなものを必死になって作った。そのおかげで、今では、余った生地で色んなものを作れるようになった。妻の成長には目を見張る物がある。それだけ密度の濃い時間を過ごしたのだ。
育児には何度も音を上げた。精神的なケアは、私だけではカバーしきれなくなった。「死にたい」そう言い出したからだ。嫌がる妻をなんとか説き伏せて、2人でカウンセリングに通った。
ある時、子供達をお風呂にいれるのが怖いと言って泣いていた。私には『怖い』という妻の気持ちが理解できなかった。お風呂にいれる事が『嫌だ』とか『面倒だ』と言っている訳ではなく『怖い』と言うのだ。スキンシップを余儀なくされる環境に置かれた自分に『恐怖』を覚えたと言う。
今こうして思い返してみると、あの頃は非常に危険な状態だった。一歩間違えば、または、なにかのきっかけがあれば、考えたくもないような事が起こってもおかしくはなかった。それが今では、遊びに出かける子ども達を見送った後に、寂しさを感じている。それは本物の母親でなければ味わえない感情だ。普通の女性が8年かけて感じるその切なさを、妻はたった4年と半年で経験してしまった。それはとても忙しく、慌ただしく、自分を見失う事も致し方なかったろう。
『公募ガイド』という雑誌がある。文化人の卵達が夢を賭ける本。妻がこっそりと購入して、時折目にしているのを知っている。自分の夢を思い出しているのだ。結婚前には、ほんの少しではあるがイラストの仕事で収入を得ていた時期がある。夢が叶う所まであと少しだったのかも知れない。しかし、妻がその手でつかんだのは『母親』になるという事だった。
ちょっぴり怒りっぽいが、だれが見ても妻は立派な母親だ。子供達の母に対する垂れ流しの愛情をみれば、疑いの余地はない。すっかり本当の母親だと思い込んでいる。そして『寂しさ』を感じる妻も本物の母親である。来月には『母の日』が待ち構えている。子ども達はきっと心を込めて感謝の気持ちを表すだろう。妻の注いだ『愛』が子ども達の中で成長して帰ってくる。もしかしたら、それを『無償の愛』と呼ぶのかもしれない。それは、自分の夢をあきらめた代わりに手にしたもの。
クローゼットの奥には、途中で描くのを止めてしまったカンバスと使い古された画材道具が眠っている。
「そろそろ、自分の時間が持てるようになるね」
私は妻の真意を確かめるように顔をのぞき込みながら、もう一度尋ねてみた。やはり妻は浮かない様子で答えた。
「うん」
自分の為に時間を使う事に臆病になってしまったようだ。この4年半、そんな事はほとんど許されなかったのだから。家族の為に自分を捧げて生きて来た。そうやって手に入れた愛の形。
失ったものある。絵を描く事。夢。自分の時間。もう、それがどんなものだったのか忘れてしまったのだろうか?諦めてしまったのだろうか?それとも、信じられないのだろうか?
妻の誕生日には、新しい絵の具とカンバスをプレゼントしようと思う。寂しそうに過ごす日曜日が来ないように。思い出してくれると信じて。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます