17皿目 かけひき。
通勤定期の期限がやってきた。私の定期代は13850円。これまでは、いつも14000円渡されて、お釣りの150円は私の小遣いの足しにされていた。いつものように、妻に声をかけた。
「今日で定期が切れるから」
妻が財布を取り出し中身を確認した。少し、顔をしかめた。どうも金種の具合が良くないようだ。手持ちのお札はすべて一万円札だったのだ。
この時、二人の頭の中では、すでに計算が始まっていた。定期代として20000円渡されると、お釣りは6150円。そして今、このお釣りをめぐる戦いの火ぶたが切られようとしていた。
『毎週5000円を支給する』新しいお小遣い制度になってから2週目、いきなり支給が滞った。未払いの小遣いは5000円。妻の財布にチャージされた事になっている。
私の主張はこうだ。定期を買ったあとに発生するお釣りを返す気はさらさらない。お釣りの6150円の内5000円は約束通り頂く。さらに残る1150円についても、延滞手数料として頂く。ここで後に引いてしまってはせっかくの新制度が崩壊してしまう。
妻の心境はこんな風だろう。千円札が4枚あったならば、14000円渡すだけで済んだのに。このままだと、お釣りの6150円をまるまる渡してしまう事になる。妻ならば、現在、私に残っている現金がどのくらいあるのか予測する事は、いたって簡単な事だろう。事実、私には現金が2千円近く、正確には1850円も残っていたのだ。みすみす2万円も渡すことに、抵抗があるに違いない。しかし、現在、妻の財布には、万札しかないのだ。
家を出る時間が刻々と迫っていた。まさか、駅まで付いて来て、一緒に定期を購入し、その場でお釣りを回収しようとでも思っているのだろうか。ためらっている。私は妻に向かって手を差し出した。
さぁ。定期代を渡すんだ。
しぶしぶ2万円を取り出した。なにか言いたそうだったが、私は無言で受け取り、一万円札2枚を小さく畳んで定期入れにしまった。
よし。お小遣いを確保した。妻の顔には苦渋の表情が浮かんでいる。
勝った。やった。これで、お釣りの6150円も私のものだ。残っている現金と合わせると8000円にもなる。吞みに行けるじゃないか。私の気が緩んだその時だった。
「まだ残っているお小遣いがあるでしょう。千円返して」
やられた。
妻の狙いはお釣りの全額回収ではなかったのだ。始めから私の持っている千円札が狙いだったのだ。まぁいい。それでも7000円は残るのだ。
私は駅に向かった。定期を買った。残ったお金を見て、小銭以外をすべてPASMOにチャージした。
お小遣いは電子マネーとなった。これでもう妻の手には届かない。
だれかさんの言った通りになった。
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