生徒会な人々 その5 兄と妹の日々
「お兄ちゃーん、また宿題教えてー」
「わかった-、美樹子ー」
僕の妹の美樹子は、三つ違いの中学一年。今日も僕の部屋に、宿題の助けを求めに来る。まあ妹が兄に宿題を教わるというのは、どこの家でもごく普通にあるんだろうけど。
「美樹子-、おまえまだ着替えてなかったのー?」
美樹子は中学校の制服のままだった。帰宅してまだ着替えてないようだ。
「いいなー、美樹子は三中に行けて」
「そっかー、お兄ちゃんは『あの』四中だったからねぇ……」
「僕も三中行きたかったなぁ……あと三年遅く生まれててれば……」
美樹子が『あの』というのは、僕がかつて通ってた市立第四中学校、通称・四中だ。とにかく校内暴力といじめで荒れていた学校なんで、できることなら思い出したくない。
今年になって学区の線引きが変わり、美樹子は従来だったら本来通うはずの「四中」ではなく、隣町の私鉄の駅に近い市立第三中学校、通称「三中」に通うことが出来るようになった。
「あーあ、僕は美樹子が羨ましいよ……その制服もかわいいし……」
「えっ? どうどう? 似合う?」
「美樹子のその制服出来てから散々見せられたからねー、今更言われてもねぇ……」
僕は思わず苦笑する。
美樹子の着ている「三中」の女の子の制服……明るい紺色のブレザーに膝上丈のスカートに白のハイソックス、胸元には水色のリボン……古くさくて野暮ったい「四中」のセーラー服より、こっちの方が断然かわいく見える。
「お兄ちゃん、制服好きだね」
美樹子が僕の顔を覗き込む。
「べっ……別に好きってわけじゃないけど……でも……僕も三中の制服着たかったなーと」
「まさかお兄ちゃん、女子の制服?」
「ちっ……違うって、普通に男子の制服だよっ!」
さすがに僕もこれだけは否定する。でも、ちょっと興味がなくもないけど……
「でも、三中の制服だと、今のお兄ちゃんの高校の制服とあまり変わらないじゃない? ブレザーにネクタイだし」
「まあ、そうだけど……四中の黒い学ランなんか着たくなかったし……あれ着てると万引き犯と勘違いされて、店にもろくに入れなかったんだよなぁ……」
僕は思い出した。四中の制服で書店に入って参考書を買おうとしたとき、店員に店から追い出されたことを。当時、そこまで四中は信用されてなかったんだなと。
「確かにお兄ちゃんの中学時代は、四中荒れまくってたからねぇ」
「ほんと、学区変わった美樹子が僕は羨ましいよ……」
「わたしも四中でなくて良かったー……四中は今年になって校内暴力防止とか言って、校則とかもの凄く厳しくなったらしいし」
「そうなの? 美樹子」
「そうそう、なんでも男子は坊主で女子はおかっぱ強制、わたしみたいに髪にリボンとか付けてたらもう大変なんだから」
美樹子の両脇の髪をリボンで高い位置で結んだ、いわゆる「ツイン・テール」だと、今の四中では校則違反になってしまうらしい。
「わたしも四中だったら髪切らなきゃいけなかったと思うと、ほっとしてるわ」
「それにしても……変わるもんなんだなぁ……」
僕はかつて通っていた四中が、元校内暴力校だったのがいきなり管理教育を導入していたことにちょっと驚く。
「あとお兄ちゃん、今の四中は制服指定通り着ていないといけないし、スカート丈も厳しく決まってるし、カバンもあの田舎くさい布製の肩掛けのやつでないとだめなんだって」
「じゃあ、僕でも今だったら校則違反だったんかなー……いつも学ランの詰め襟と第一ボタン外してたし、カバンは布製の田舎くさいの嫌だから、三中と同じ普通の革の学生カバン使ってたし」
「そうそう、お兄ちゃん三中みたいなカバン使ってたもんね。わたしも四中の布製の肩掛けカバン……アレはないと思うし」
「アレは本当にないよなぁー……しかしまあ、校内暴力とは無関係な生徒まで締め付けても、ぜんぜん対策になってるとは思えないし……まあ僕にはもう関係ないけどね……」
「ほんと、わたし四中でなくて本当に良かったー」
僕と美樹子は共にうなずく。
「でもお兄ちゃん、今は七高で充実してるんでしょ? 生徒会で」
「まあ……そうだけどね……いろいろあるけど」
「いろいろって……? あーわかった! 生徒会の先輩お姉さんの尻に敷かれてるとか」
「いっ……いや、そっ……そんなことー……」
我が妹ながら、美樹子はこういうところに妙に鋭い。
「あっ、そうだ! お兄ちゃん、高校の制服着て-」
「えっ? なんでー? めんどくさいなぁ……」
「いいからお兄ちゃん!」
「わっ……わかったからちょっと自分の部屋で待っててくれよ」
僕は美樹子が何を意図してるのか分からないが、とりあえず七高の制服に着替える。
いつものブレザーにネクタイ姿……まあこの制服は僕も好きなんだけどね。
「お兄ちゃーん、まだー?」
「いいよ、美樹子」
美樹子が僕の部屋に入ってくる。
「わーい! 高校生のお兄ちゃんだー!」
「美樹子はいつも見てるだろー?」
「あっ、そうそう……これこれ」
美樹子は制服のポケットから何かを取り出す。
「なんだ美樹子ー? それは……」
「じゃーん! 見ての通りカメラだよー! 写真撮ろっ」
「なんでわざわざー」
「だって、二人で制服姿だと絵になるでしょ? なんかカップルみたいでさ」
「でっ、でもー……僕たち兄妹なんだよ? わかる? 美樹子」
さすがに僕も「一線」は越えてはいけないと慌てる。
「まったくー、お兄ちゃんって真面目過ぎると言うか、固すぎるというか、もう……」
「だっ……だって……僕ら兄妹だし……その……」
「もうっ! お兄ちゃんってば」
そう言うと美樹子は僕を抱き寄せる。
「うわっ! 美樹子っ……そんなにくっつくなよ」
「ほらっ、お兄ちゃん! 写真撮るよ!」
「パシャッ!」
「わーい! お兄ちゃんとわたし、二人で制服姿で一緒に撮っちゃったー」
「美樹子……その写真どうするつもりなんだよ?」
「友達に見せるの。わたしの彼氏……なんちて……ははは……」
「ばっ……ばかっ……何言ってんだよ……」
「あっ、うそうそ! わたしの大事なお兄ちゃんってことで見せるから」
大事なお兄ちゃん……か。美樹子はまだ好きな人とかいないのかな……まあ、いてもいなくても、それは美樹子の自由なんだけど……ちょっと心配なこともない。
「お兄ちゃんがもし結婚できなかったら、わたしずーっとお兄ちゃんの面倒見るからねっ!」
「えっ……いいのか?……そんなこと言って……」
「だって、わたしの大好きなお兄ちゃんだもーん」
我が妹ながら……ちょっと心配だ。
「あっ、忘れてた! お兄ちゃん、宿題教えてー」
「なら僕、そろそろ制服から着替えていい?」
「だめー! 今日は制服のお兄ちゃんから教わりたいのぉー」
「ふぅ……やれやれ……」
昭和五十八年五月も終わる頃……早いもので、もうすぐ入学から二ヶ月が過ぎようとしている。
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