八章02:凱旋は、敗者と勝者をただ別ち

「――グレースメリア……いえ、エメリア様の事はお任せください」

 そう颯爽と言いのけたマクスロクは、帝都までの道中、エメリアの甲斐甲斐かいがいしい奴隷役を買って出たのだった。


 武のベルリオーズ、知のシャムロック、その間に立つ義のローゼンタール。敬虔けいけんなるグレースメリアの信徒たるこの家系にあって、家督かとくを死守する神官騎士テンプルナイトこそが彼なのらしい。


 エメリアがマクスロクを、そしてベルカではフィオナがアマジーグを押さえつつある今、存外に僕の中枢掌握は順調に進んでいる様に見える。将軍たちドゥーチェスが頭目の、レオハルトこそ色恋沙汰で動かせる人物では無いが、彼の娘、ユーティラ・E・ベルリオーズさえ心を捉えておけば問題はないだろう。――と……そこまでふと考えて、僕は僕の打算的な考えに内心で苦笑したのだった。




*          *




「――それはそうと、なぜお前が付いて来るんだ?」

 オーレリアを出立して数分。僕は僕の隣にちょこんと座る小さい影に眼を落として言う。


「しょうがないだろ……おねえに言われたんだから……」

 俯いたまま恥ずかしげに答えたのはサラ・ヴァラヒア。エスベルカの暗部を司るイントッカービレの頭目、リザ・ヴァラヒアの妹だ。


「まあ、スニーキングを使わなかった事だけは褒めてやる。観光か?」

 触れ得ざる者イントッカービレの職務は勇者エイセスの監視。つまり彼らが魔王討伐の天命を果たすか否かを判断し、場合によっては粛清しゅくせいさえ辞さないという過激な集団だ。中でもセシルカットのこの少女は、自身の姿を消す事で、容易に敵地に潜り込むすべを持っている。


「分からないよ……ただ、おねえは何か調べ事が出来たって言ってた。『予定調和が書き換えられた。オレたちもくびきから外れ、独自の行動を執るべき時が来たのかもしれない』って」


 お色気仕掛けの馬鹿騒ぎを生業なりわいとする姉リザの、柄にもない真面目な話を聞いて困惑しているのか、ちんぷんかんぷんだといった風にサラはかぶりを振る。


「あのリザがな……なに、分かった事があれば何か知らせて来るだろう。お前は少し羽根を伸ばすつもりで気楽に過ごせ」

 そう言って僕はサラの身体を持ち上げると、僕の膝の上に乗せた。


「なっ……陛下までアタイのこと、子供扱いするのか……」

 リザと対照的に凹凸おっぱいの無いサラの肢体は、迷彩柄のタンクトップ越しにでも分かるほどスカスカとしている。これで子供扱いするなと言う方が無理だろうと僕は内心で笑い「特等席だよ。ケイに術を教えてくれた礼だ」と肩に手を置き、幾許いくばくかの魔力を流し込んだ。


「んあっ……何……これっ……」

 頓狂とんきょうな声を上げサラが見を震わすのと同時だった。黒馬を駆るケイがギロリとこちらを睨んだのは。なおユリはと言うと、俯いたまま何も聞かなかったかの様に手綱を握っている。


「なっ、なんでもないよケイ……ま、前向いてないと危ない……っ……」

 が、どうやらケイ本人も、僕がサラに魔力を送っている事に気がついたのらしい。ツンと前を向くと、そのままぴしと鞭を打つ。すると「ひひん」と馬がいななき、霊柩馬車ハースはいっときにその速度を増した。


(す、すごっ……ケイたち、いつもこんな力を貰ってるの?)

(私が与えているのは切欠だけさ。あとは本人の努力次第だ)


 なまめかしく身を捩らせるサラを乗せ、そうして僕たちは、四日ぶりの帝都に戻ったのだった。 




*          *




「レイヴリーヒ皇帝陛下の帰還である!!!」

 響き渡るラッパの音に合わせ、放たれた鳩が空を舞う。霊柩馬車ハースの両翼に位置するのは、ケイの駆る黒馬とエメリアの駆る白馬だ。


「エメリア様ー!!!」

 そして一際高い黄色い声援に応え、エメリアが手を振って返す。あでやかなブロンドに、柔和と毅然きぜんを湛えたエメリアの勇姿は、男女問わずに絶大な人気を誇る。僕が僕でこんななりでも、彼女が居る限りは国民の支持も安泰だろう。


 ――僕、すなわちエスベルカ皇帝・レイヴリーヒの凱旋がいせんは、かくて盛大に執り行われた。それは僕の趣味という訳では無く、やはり飽くまでも勇者たちエイセスを敗者、罪人として位置づける為の演出と呼んだほうが良い。霊柩馬車ハースの棺桶から引きずり出され、ボロボロの衣装のまま練り歩かされる旧勇者たちの無惨は、国民たちの心から彼らへの信仰を徐々に削いで行く筈だ。


(す、凄いんだな……陛下って)

 耳元で、姿を消したサラが囁く。流石に場違いという事で、首都に入る直前でスニーキングの術を使ってもらった。ちなみにユリとマクスロクはと言うと、仲良く馬車の中で同舟どうしゅうしている。


(まあ演出だな。暫く隠れていてくれ)

(うん)

 からくりを知っているケイだけがちらちらとこちらを見ていたが、そうこうするうちに霊柩馬車ハースは、レオハルトらが待つ広場に辿り着いた。




*          *




「お帰りなさいませ、陛下」

 将軍たちドゥーチェスの筆頭、レオハルトを中心にアマジーグ、そして宰相代行のルドミラが左右に分かれる。ユーティラとブリジット、グレースメリアの騎士たちは、その背後だ。


「銃後の守り、ご苦労だった」

 背後に国民の歓声を受けながら、城門はゆっくりと閉じていく。その音がバタリと告げたのを見計らって、僕はレオハルトに耳打ちした。


(マクスロクを拾った。後を頼む)

(ローゼンタールを……はっ。かしこまりました)

 一瞬困惑した表情を浮かべたレオハルトだったが、これでマクスロクの周囲の評判を何となく推し量った。人格的に問題は無い筈なのだが、些かに面倒なキャラなのだろう。




「――それからルドミラ。苦労をかけた」

 一瞬目を逸らし、それから幾分か頬を赤らめた宰相代行は「どうと言うことは。殿しんがりを守るのは、臣下たる私の責務ですから」と、相変わらず無愛想に答える。


「そう言うな。今度夜食を共にしよう。お前には教えて貰わなければならない事がまだ沢山ある」

 

「しっ、職務でしたら仕方ありませんが……宰相代行として、陛下との意思疎通は必要ですから」

 黒いミリタリーワンピースの胸元を握りしめ、褐色の肌の少女は返す。


(ふふ……また後でな。一通り見て戻る)

(はい……お待ちしています。陛下) 

 俯いたルドミラの肩をぽふと叩くと、僕は背後に立つエメリアにことづけた。


「エメリア。私は研究所アナトリアに向かう。ユリの処遇と団を頼む」


「は、かしこまりました!」

 うやうやしく一礼するエメリアに手を引かれ、エルジアの侍、ユリ・オヴニルが団の輪に入っていく。それを横目で確認した僕は、黒馬から降りたケイを伴って、城内に足を踏み入れたのだった。




*          *




「陛下!」

 そして足を踏み入れるや、小さな影がとてとてと駆け寄ってくる。おでこで揃えた藍髪に赤縁の眼鏡。――間違いなく義妹のフィオナだ。


「お待ちしておりました陛下! 研究の成果を、お伝えしようと思いまして!」

 頬を赤く染めぴょんぴょんと跳ねるフィオナは、口先でこそ敬語を用いてはいるが、傍から見れば大分怪しい挙動と言って良い。


「分かった。こっちも暫く勇者エイセスに用は無い。実験に使ってくれ」

 衆目に晒し終えた勇者たちエイセスは、また霊柩馬車ハースの中に押し込められている。黒馬の手綱を引くケイが頷き、僕たちはそのままフィオナの研究所に向かった。




*          *




「ふふーん、じゃじゃーん!」

 そして意気軒昂いきけんこうに両手を広げてみせたフィオナは、四日前に調達したばかりのLE級アーティファクトの、調整版を僕たちに披露した。


「凄いなフィオナ……もう全部終わったのか……」

 感心し頷く僕に「ふふん。お兄ちゃんが帰ってきたら研究にまた戻らなきゃだからね……時間との戦いだったよ」と鼻の下を指で擦りながら返す。


「――さて本題だね。はい、ケイちゃん」

 そうフィオナは自分で話題を変えると、大机の一番手前に置いてあった靴を手に取り、ケイに向かって投げて寄越した。


「うわわっ、なにこれ?」

 咄嗟とっさの事に慌てふためくケイに、フィオナは「それはジオペリアの翼。人工筋肉が内蔵されててね。多分ケイちゃんだったら脚力が三倍にはなるんじゃないかな」と付け加える。


「へえ……ちょっと待ってて……ほい」

 試しに履いてみたケイは、ひょいと軽くジャンプする。そしてその結果、天井に頭をぶつけ座り込んでうめいた。


「ほ……ほんとだ……すごい……」

 見た目は普通の皮のブーツだが、どうやら風の加護を得ているらしい。ただでさえ人外の機動性を持つケイがこれを履けば、それこそ人の目には消えて映るに違いない。僕は内心でほくそ笑むと、フィオナの功績を素直にたたえた。


「へへへ……お兄ちゃんに喜んで貰えて嬉しいよ。エメリアのぶんは後で渡すね。ちなみに、アタシのはコレ」

 気を良くしたのか、フィオナは自身の眼鏡の縁をぽちりと指で押す。すると卓上に置かれた二丁の拳銃が宙に舞い、踊る様に空の一点に照準を定めた。


「ふふふっ……人呼んで統治者ルーラー。レーダーに映る敵影に向かって、銃が自動で追尾しそして撃滅する!! ……あれ、でもおかしいな。そこには誰も居ない筈なのに。なにか反応がある?」


 目視する限りでは、ここに居るのは僕、ケイ、フィオナの三人だけだが、実際にはもう一人付いてきていた。――ここでスニーキングの術を解いたサラが、申し訳なさそうに姿を現す。


「う……出るタイミングが分からなかったんだ……ごめん……」

 迷彩柄のタンクトップに身を包むボーイッシュな少女に、初見のフィオナが頓狂な声を上げる。


「おおっ? だ、誰? ていうか凄いなアタシ……見えないものまでちゃんと認識出来るんだ」

 一人頷くフィオナに、サラの紹介を済ませた僕は、ちょうど良いなと手をぽんと叩いた。


「そうだフィオナ。勇者エイセスの実験に助手が要るだろう。暫くサラを使ってくれ」

 アーティファクトの改修に勇者の実験ともなると、流石にフィオナ一人では荷が重い。そこで推薦したサラの存在に、フィオナは逡巡としながらも同意する。


「ま、待って……え、アタイが……? 機械とか全然分からないよ?」

 門外漢とばかりに目を白黒させるサラだったが、僕は止めの様に「皇帝の命令だ、イントッカービレが一人、サラ・ヴァラヒア」と付け加えた。項垂うなだれたサラは、観念してフィオナから荷物を受取る。


「それじゃあフィオナ。ユークトバニアリンクスは置いていくから。何かあったら呼ぶんだぞ」

 一瞬だけ寂しそうに微笑んだフィオナは「オッケーお兄ちゃん!」と手を振ると、また忙しそうに実験に戻っていったのだった。




*          *




「なんだかドタバタだねえ、センパイ」

 研究所を出て二人きりになった僕たちは、残りの勇者たちエイセスを収監すべく、棺桶を浮かせ階段を降りていた。


「一応は皇帝だからなあ。まあやる事やって、のんびり出来る様がんばるさ」

 コツコツと足音が反響し、やがて最奥の地階に僕たちは至る。


「さて、ディジョン、バートレット。外遊の付き添いご苦労だった。また当分は日の目の無い生活に戻って貰うぞ」

 棺桶から風の勇者エイセスディジョンと、火の勇者エイセスバートレットを引きずり出した僕は、それぞれの檻に二人を放ると、ケイに門番をことづけた。


「ちっ……良い見せ物にされただけじゃねえか……くそっ」

 この一週間でさらに伸びた髪と髭に顔で顔を覆い、ディジョンは呻く。


「まあそう言うな。来月の式典が終われば、お前も晴れて自由の身だ。なあに簡単な事さ。勇者エイセスは罪人だが、まだ人の世に存在する価値がある。そう周囲に思わせてくれれば十分だ」


 わずかの希望を匂わせる僕に、ディジョンは顔を上げ睨んで見せる「公開処刑でもするつもりか……?」と。


「死ねば神話と英雄が生まれる。――私がそんな愚行を冒すとでも? また来よう。それまでせいぜい、身体を休めておくことだ」


 実際には殺すつもりのない公開処刑だが・・・・・・・・・・・・。そう言いかけて手を振った僕は、檻を出るとケイに錠前をかけさせ、監獄を後にした。薄暗い地下の陰気な空気を、嫌な相手と共にするのは余り居心地の良いものではない。




「――後はケイも勇者エイセスより強くなれば万々歳だ。明日からがっつり特訓しような」

 肩を叩く僕に「えへへ、またセンパイと二人きりになれるね」とケイは破顔して見せる。


「メイド服も、何着か作っておかなきゃだね。今回も一着ボロボロになっちゃったし」

 言ったあとで頬を染めて、そのまま話題を変えたケイは、そそくさと階段を上っていった。


「それじゃセンパイ。今のうちにボク、仕立て屋さん回ってきちゃうから、えっと……夜かな。うん、後で」

 メイド服のスカートから、色気の無いスパッツを見せながら去るケイに「分かった。あまり無理はするなよ」と僕は告げ送り出す。


 そうして後に残された僕もまた、シンシアの治療を済ませるべくゆっくりと歩を進めたのだった。やっと一人きりになった瞬間、どっと疲れが押し寄せてくる。――そんな感覚に囚われながら。

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