八章02:凱旋は、敗者と勝者をただ別ち
「――グレースメリア……いえ、エメリア様の事はお任せください」
そう颯爽と言いのけたマクスロクは、帝都までの道中、エメリアの
武のベルリオーズ、知のシャムロック、その間に立つ義のローゼンタール。
エメリアがマクスロクを、そしてベルカではフィオナがアマジーグを押さえつつある今、存外に僕の中枢掌握は順調に進んでいる様に見える。
* *
「――それはそうと、なぜお前が付いて来るんだ?」
オーレリアを出立して数分。僕は僕の隣にちょこんと座る小さい影に眼を落として言う。
「しょうがないだろ……お
俯いたまま恥ずかしげに答えたのはサラ・ヴァラヒア。エスベルカの暗部を司るイントッカービレの頭目、リザ・ヴァラヒアの妹だ。
「まあ、スニーキングを使わなかった事だけは褒めてやる。観光か?」
「分からないよ……ただ、お
お色気仕掛けの馬鹿騒ぎを
「あのリザがな……なに、分かった事があれば何か知らせて来るだろう。お前は少し羽根を伸ばすつもりで気楽に過ごせ」
そう言って僕はサラの身体を持ち上げると、僕の膝の上に乗せた。
「なっ……陛下までアタイのこと、子供扱いするのか……」
リザと対照的に
「んあっ……何……これっ……」
「なっ、なんでもないよケイ……ま、前向いてないと危ない……っ……」
が、どうやらケイ本人も、僕がサラに魔力を送っている事に気がついたのらしい。ツンと前を向くと、そのままぴしと鞭を打つ。すると「ひひん」と馬が
(す、すごっ……ケイたち、いつもこんな力を貰ってるの?)
(私が与えているのは切欠だけさ。あとは本人の努力次第だ)
* *
「レイヴリーヒ皇帝陛下の帰還である!!!」
響き渡るラッパの音に合わせ、放たれた鳩が空を舞う。
「エメリア様ー!!!」
そして一際高い黄色い声援に応え、エメリアが手を振って返す。
――僕、すなわちエスベルカ皇帝・レイヴリーヒの
(す、凄いんだな……陛下って)
耳元で、姿を消したサラが囁く。流石に場違いという事で、首都に入る直前でスニーキングの術を使ってもらった。ちなみにユリとマクスロクはと言うと、仲良く馬車の中で
(まあ演出だな。暫く隠れていてくれ)
(うん)
からくりを知っているケイだけがちらちらとこちらを見ていたが、そうこうするうちに
* *
「お帰りなさいませ、陛下」
「銃後の守り、ご苦労だった」
背後に国民の歓声を受けながら、城門はゆっくりと閉じていく。その音がバタリと告げたのを見計らって、僕はレオハルトに耳打ちした。
(マクスロクを拾った。後を頼む)
(ローゼンタールを……はっ。かしこまりました)
一瞬困惑した表情を浮かべたレオハルトだったが、これでマクスロクの周囲の評判を何となく推し量った。人格的に問題は無い筈なのだが、些かに面倒なキャラなのだろう。
「――それからルドミラ。苦労をかけた」
一瞬目を逸らし、それから幾分か頬を赤らめた宰相代行は「どうと言うことは。
「そう言うな。今度夜食を共にしよう。お前には教えて貰わなければならない事がまだ沢山ある」
「しっ、職務でしたら仕方ありませんが……宰相代行として、陛下との意思疎通は必要ですから」
黒いミリタリーワンピースの胸元を握りしめ、褐色の肌の少女は返す。
(ふふ……また後でな。一通り見て戻る)
(はい……お待ちしています。陛下)
俯いたルドミラの肩をぽふと叩くと、僕は背後に立つエメリアに
「エメリア。私は
「は、かしこまりました!」
* *
「陛下!」
そして足を踏み入れるや、小さな影がとてとてと駆け寄ってくる。おでこで揃えた藍髪に赤縁の眼鏡。――間違いなく義妹のフィオナだ。
「お待ちしておりました陛下! 研究の成果を、お伝えしようと思いまして!」
頬を赤く染めぴょんぴょんと跳ねるフィオナは、口先でこそ敬語を用いてはいるが、傍から見れば大分怪しい挙動と言って良い。
「分かった。こっちも暫く
衆目に晒し終えた
* *
「ふふーん、じゃじゃーん!」
そして
「凄いなフィオナ……もう全部終わったのか……」
感心し頷く僕に「ふふん。お兄ちゃんが帰ってきたら研究にまた戻らなきゃだからね……時間との戦いだったよ」と鼻の下を指で擦りながら返す。
「――さて本題だね。はい、ケイちゃん」
そうフィオナは自分で話題を変えると、大机の一番手前に置いてあった靴を手に取り、ケイに向かって投げて寄越した。
「うわわっ、なにこれ?」
「へえ……ちょっと待ってて……ほい」
試しに履いてみたケイは、ひょいと軽くジャンプする。そしてその結果、天井に頭をぶつけ座り込んで
「ほ……ほんとだ……すごい……」
見た目は普通の皮のブーツだが、どうやら風の加護を得ているらしい。ただでさえ人外の機動性を持つケイがこれを履けば、それこそ人の目には消えて映るに違いない。僕は内心でほくそ笑むと、フィオナの功績を素直に
「へへへ……お兄ちゃんに喜んで貰えて嬉しいよ。エメリアのぶんは後で渡すね。ちなみに、アタシのはコレ」
気を良くしたのか、フィオナは自身の眼鏡の縁をぽちりと指で押す。すると卓上に置かれた二丁の拳銃が宙に舞い、踊る様に空の一点に照準を定めた。
「ふふふっ……人呼んで
目視する限りでは、ここに居るのは僕、ケイ、フィオナの三人だけだが、実際にはもう一人付いてきていた。――ここでスニーキングの術を解いたサラが、申し訳なさそうに姿を現す。
「う……出るタイミングが分からなかったんだ……ごめん……」
迷彩柄のタンクトップに身を包むボーイッシュな少女に、初見のフィオナが頓狂な声を上げる。
「おおっ? だ、誰? ていうか凄いなアタシ……見えないものまでちゃんと認識出来るんだ」
一人頷くフィオナに、サラの紹介を済ませた僕は、ちょうど良いなと手をぽんと叩いた。
「そうだフィオナ。
アーティファクトの改修に勇者の実験ともなると、流石にフィオナ一人では荷が重い。そこで推薦したサラの存在に、フィオナは逡巡としながらも同意する。
「ま、待って……え、アタイが……? 機械とか全然分からないよ?」
門外漢とばかりに目を白黒させるサラだったが、僕は止めの様に「皇帝の命令だ、イントッカービレが一人、サラ・ヴァラヒア」と付け加えた。
「それじゃあフィオナ。
一瞬だけ寂しそうに微笑んだフィオナは「オッケーお兄ちゃん!」と手を振ると、また忙しそうに実験に戻っていったのだった。
* *
「なんだかドタバタだねえ、センパイ」
研究所を出て二人きりになった僕たちは、残りの
「一応は皇帝だからなあ。まあやる事やって、のんびり出来る様がんばるさ」
コツコツと足音が反響し、やがて最奥の地階に僕たちは至る。
「さて、ディジョン、バートレット。外遊の付き添いご苦労だった。また当分は日の目の無い生活に戻って貰うぞ」
棺桶から風の
「ちっ……良い見せ物にされただけじゃねえか……くそっ」
この一週間でさらに伸びた髪と髭に顔で顔を覆い、ディジョンは呻く。
「まあそう言うな。来月の式典が終われば、お前も晴れて自由の身だ。なあに簡単な事さ。
わずかの希望を匂わせる僕に、ディジョンは顔を上げ睨んで見せる「公開処刑でもするつもりか……?」と。
「死ねば神話と英雄が生まれる。――私がそんな愚行を冒すとでも? また来よう。それまでせいぜい、身体を休めておくことだ」
実際には
「――後はケイも
肩を叩く僕に「えへへ、またセンパイと二人きりになれるね」とケイは破顔して見せる。
「メイド服も、何着か作っておかなきゃだね。今回も一着ボロボロになっちゃったし」
言ったあとで頬を染めて、そのまま話題を変えたケイは、そそくさと階段を上っていった。
「それじゃセンパイ。今のうちにボク、仕立て屋さん回ってきちゃうから、えっと……夜かな。うん、後で」
メイド服のスカートから、色気の無いスパッツを見せながら去るケイに「分かった。あまり無理はするなよ」と僕は告げ送り出す。
そうして後に残された僕もまた、シンシアの治療を済ませるべくゆっくりと歩を進めたのだった。やっと一人きりになった瞬間、どっと疲れが押し寄せてくる。――そんな感覚に囚われながら。
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