七章04:巫女は、首刈り鎌を天高く掲げ

「親善じゃからと、手加減は不要じゃぞ。此方こなたは最早、勇者エイセスなどには負けはせん!」


 その尺、身の丈の倍はあろう大鎌を振るい、タマモ・カイ・ナインテイルズは不敵な笑みを浮かべた。


 小手調べとばかりにオーラを放つ巫女装束の少女の、推し量るレベルは60と少し。つまりはレオハルトと同格の、人類最強格の力という事になる。




「――私は別に、勇者エイセスではないのだがな」

 しかし飽くまで冷静に、吐き捨てる様に返した僕に、タマモは怒り心頭とばかりに声を荒げる。


「その勇者エイセスを倒したのじゃろう? ならば此方こなた彼方かなたを倒せば、此方は勇者エイセスに負けなかった事になるのじゃッ!」


 言うやタマモは、鎌の斬撃に魔力を込め、衝撃波として幾重いくえにも放つ。無論のこと僕はそれを余裕でかわすものの、一撃一撃がレオハルトより重い。


「なかなかやるじゃないか。だが一向に当たらんぞ」

 彼女の魔力によって浮く大鎌は、見た目以上に素早く動くが、軌道を読み避けきれぬ程では無い。一対多の戦いであれば有効だろうが、自分と同格か、或いはそれ以上の相手と殺り合うには分が悪い。


「流石じゃな。なればこれでどうじゃッ?」

 瞬間。気のせいでは無い。一振りの鎌が九つに姿を増やし、ブーメランの様に円弧を描き飛んできたのだ。




「――九尾ナインテイルズ断頭台の九仞ギロチンズナイン

 光を増す金色の双眼が、タマモの魔力の上昇を知らせてくれる。成る程こいつは厄介だ。直線的な斬撃と異なり、左右四方から飛んで来る鎌の刃を、全て避け切るのは実に難しい。


「これなら勇者エイセスの一人ぐらいなら屠れるかも知れないな!」

 称賛を込めたつもりではあったが、些かに避けるのが面倒になった僕は地面を蹴って宙空を舞うと、五指で鎌を挟んで止めてみせた。


「舐めるで無いッ! まだ残っておるわ!」

 自身も一振りを掲げたタマモは、他の刃を操りながら怒涛の連撃を加えてくる。衝撃波と異なりダイレクトに響くそれは、城壁を穿つ程の威力を備えていた。




「はははっ。うちの将軍たちドゥーチェスより強いな君は。しかしなんだってそこまで勇者エイセスこだわるのだ?」

 余裕綽々よゆうしゃくしゃくといった風の僕に、さらに怒りを掻き立てられたのか、タマモは食って掛かる。


彼奴きゃつらは此方こなたを辱めた! 許せぬ! 此方が彼方に勝ったあかつきには、彼奴らの首は此方が削ぐッ!」

 勇者エイセス連中は、結局どの街でもやる事が一緒なのかと溜息を付く僕に、タマモは次の手らしきを打って見せた。


「――九尾ナインテイルズ三槍驟雨トライアッドトリシューラ

 僕のふところに踏み込んだタマモは、にわかに鎌を逆手に持つや、柄の底をこちらに向けて何かを呟く。すると砲塔の様に変形した全ての鎌が、僕に目掛けてありったけの魔力を放ったのだ。




「――まったく。闘技場そのものが崩れるじゃないか」

 しかし埃を払いのけて意気軒昂いきけんこうな僕の姿を見るにつけ、タマモは遂に「……馬鹿な」と諦観ていかんを口にした。


「馬鹿な、はこっちの台詞だ。親善試合で使って良い技ではなかろうに。私で無ければ消し飛んでいたぞ」

 そのままつかつかとタマモに歩み寄る僕だが、一瞬呆けているのか、巫女装束は微動だにしない。


「お前が強いのは良く分かった。だがこちらも勇者エイセスには積怨せきえんがあるのだ。悪いが首は、くれてやる訳にはいかないな」

 そう僕が耳元で囁いた時、初めてタマモは顔を赤く染め飛びのいたのだった。


「うっ、うるさいッ……うっ……恥に恥を上塗りして、此方はもうお嫁に行けぬでは無いか……」

 すっかりしょげかえる二席の肩をぼふと僕は叩き「そう落ち込むな。私が強すぎるだけで、君が弱い訳じゃない。慰めにはならんだろうがな」と付け加えると、踵を返した。




「さあ、イリヤ・カイ・ナインテイルズ。約束は果たした。同盟への参加、これにて認めて貰えるな?」

 すると正面には、満足気に拍手を送るイリヤの姿が目に映る。その両隣に残りのカオルーンと、そしてケイにエメリアが、一部始終を注視していた。


「妾の我儘じゃ。あいすまぬ」

 破顔したイリヤは、そうして背後を向くと「分かったのう皆の者。タマモが手も足も出ぬ相手じゃ。外つ国の帝。怒らせるでないぞ」と、言い聞かせる様に説いた。


 そうして周囲がひざまずき、これで万事うまく行ったと僕が胸を撫で下ろした時だった。剣の一閃と共に、甲高い声が響いたのは。




「エスベルカ皇帝、レイヴリーヒ殿! そのお命、それがしが頂戴致すッ!!!」

 

 見れば懐から短刀を抜いたユリ・オヴニルが、決死の形相で僕に斬りかかっているのだった。火の勇者、バートレット・オヴニルと同姓たる――、彼女が。

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