六章04:傲岸は、被虐の性の裏腹に喘ぎ
「――レッドラム。この宿の本当の由来はこれさ」
漆黒の刀身、ヴィークラカを抜いたリザがそう言ったのは、僕たちが地下闘技場に至ってからすぐだった。
* *
バニーガール姿のサラに先導されること数分。裏口から地下への階段を降りると、観音開きの扉の奥にそれはあった。
血
「元
「――随分と詳しいのね」
そう悠然と髪をかきあげるエメリアに「本業は隠密なンでね」とリザは笑う。
「だから敢えて言うが、正面から挑んだ所でオレに勝ち目は無い。無いンだが、やらせて貰う。さあ全力で来てくれ……現グレースメリア騎士団長、エメリア・アウレリウス・ユリシーズ」
鎧すら纏わぬ薄着のまま、くいくいと手で招くリザ・ヴァラヒアは、劣勢と宣ったにも関わらず余裕の笑みを浮かべている。エメリアもまた、造作も無いとばかりに細剣のスフィルナを抜いた。
「私はね、リザさん。女の武器ありきで生きる女が大嫌いなの。私は私の
エメリアの人生は、その才色兼備のゆえに、常に嫉妬と羨望に取り巻かれてきた。――自分は見た目で選ばれたのでは無い。彼女がその事を証明する為、陰でさらなる研鑽を重ねていた事実を僕は知っている。だからエメリアは、初めから
「ふぅン。ま、それが
そこから先に言葉は無かった。台詞の最後すら待たずにつっかけたエメリアは音速で一撃目を叩き込む。すでに詠唱の必要すら無くなった
「――で、大層なのは口と胸だけ? 中古品で大いに結構。それで誰かを守れるっていうんなら。全然どうってことないんだけど?」
大海の様に澄んだ青の瞳に、今は怒りを湛えながらエメリアは
「いい剣撃だ。オレですら
服すらも修繕し剣を握るリザは、
「くく、ヴァラヒア、ってのはさ。吸血鬼って意味だぜ。
咄嗟に身を離し体制を直すエメリアだが、しかし次に剣を構えた瞬間、異変に気づいたのか眉をひそめる。
「――どうだ? 力が入らないだろう。オレの力は
「なっ――、そんな能力、聞いたこと……」
否定しかけたエメリアに対し、リザは「そりゃそうだ。表には出ていないからな。
「……だとしたら、なんだっての? もう一度、私の最大魔力で――」
だが初撃の威力は欠片ほども無いエメリアの一方、リザは闇の瘴気を纏い、先刻の数倍の力を放出している。――どうやら分が悪い。そう判断した僕は脱兎の如く割って入った。
「――おっと、オレとエメリアの戦いだった筈だが?」
首を傾げるリザと同様、エメリアもまた不服そうな眼差しを僕に向ける。
「悪いなエメリア。だがリザ、お前は私の部下を
待ってましたと笑むリザに、僕はありったけの魔力を込めた拳撃を加える。だが「うぐっ」と唸り吹き飛ぶリザは、即座に傷を治すとまた平然そうに剣を構えた。
「凄い力だな……歴代の
ただ回復した筈の口元からはつうと血が流れ、その身体が万全で無い事は傍目にも分かる。つかつかとリザに歩み寄った僕は、二発目を加えるべく拳を振り上げた。
「おいおい……なんでピンピンで居られるんだ……アンタ……あがっ……!」
同じくまた吹き飛ぶリザに、僕は言葉で追い打ちをかける。
「リザ。確かにお前の剣は禁術の一つだ。だが本当に無比であるなら、お前自身が魔王を殺れば良いだけの話だろう。その単純が出来ないってことは、だ」
修復途中の身体に三撃、四撃と加えられたリザは、ついに満足な言葉も発せないほど、伸びた蛙の様に身を震わせた。
「つまり奪取による強化は永続的なものではなく、それでいて吸収出来る量には上限があるってことだ。違うか?」
おおよそ勇者一人分の魔力を叩き込んだ僕は、ひくひくする裸のリザを見下ろす。褐色の肌に光る血と汗が、過分に艶めかしい。
「やっべ……これ……効き過ぎ……ィグッ……」
やがて何かに達したのか、リザは失禁し果てた。
嫌な予感が過ぎった僕は、やれやれと
* *
「ご、ごめんなさい、陛下……!」
俄に駆け寄ってきたサラが「お
「ほう、サラ、お前もよく見ると可愛いなあ。なんなら
単に脅かしてやるつもりだったのだが、ただ目を閉じ肩を震わせるサラが不憫になり、僕はそこで手を置くと「冗談だ」と締めて踵を返した。要するも何も、サラの姉のリザは真性のマゾだったってだけの事だ。娼館に勤めていた折の話だが、嬢の処理に付き合わされて僕は知った。世の中にはそういうプレイがあるって事実を。
「エメリア。どうやら質の悪いジョークだ。命令だ、許してやれ」
僕の一言に何か言いたげだったエメリアだが、流石にそこは騎士団長だ。
「陛下がそう仰るなら」とスフィルナを鞘に収めると、数歩下がって
「ケイもだ。本当に殺すなよ。――いや、それより布だ。裸のままでは些かに目に悪い」
僕が介入した瞬間に戦闘態勢に入ったケイは、既に三連の黒弓、ナイトレーベンを構えリザとサラを同時に射抜ける様に陣取っていた。
「――ま、しょうが無いか」
こちらも不満があるかの様な口ぶりで弓を仕舞うと、マクミランで破れた自身のメイド服の残骸をこちらに投げた。
「まったく、まさかそういう癖の持ち主だったとはな」
僕は独り言ちながら黒い布をリザにかけると(こんな回りくどい事をしなくても、今度は臣下の管理として付き合ってやる)そう耳元で囁いて身を離した。
「ん……んん……」
流石にもう修復が済みつつあるのだろう。サルバシオンを数回は肉片に出来るだけのダメージを負いながらも、リザはときめいた
「それと、だ。――幻滅するなよ。一応
僕はおもむろに仮面を取って両手に持つと、その顔で告げた。
「私が、いや僕が、エスベルカ新皇帝のレイヴリーヒだ」と。
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