第2話 スイート・ベジタブル

「今度の日曜日、近所の教会で収穫祭やるんだけど、手伝ってくれないかな?」

それは乾京子から神坂茜への一本の電話から始まった。乾はもともと人懐っこい性格ではあったが、特に神坂には公私問わず様々なイベントに誘ってくれていた。

しかし、当時の神坂は激しいストレスにより誰に対しても心を開くことができなくなっており、それは乾に対しても例外ではなかった。そのことに関しては乾自身に落ち度はなく、彼女からしてみれば八つ当たり以外の何物でもなかった。しかし、彼女は断られることを気にする素振りもなく、神坂にだけはことあるごとに声をかけ続けていた。


その後、神坂の方も何とか歩み寄ろうとはしたものの、状況は悪化するばかりで遂には極度の対人恐怖症となってしまった。会社については、なし崩し的に退職したこととなり、しばらくの間は家の外に出ることすらままならない状況が続いていた。そんな状態であるから、次の職場を見つけることなどできるはずもなく、毎日家に引きこもって過ごしていた。ただ、彼女にとって幸運だったのは、労災が認められたこと、そして退職したにもかかわらず、乾が彼女の家に訪れては食料や日用品を買ってきてくれていた。最初のうちこそ彼女にすら会うことなく追い返そうとしてはいたものの、最近は精神的にも落ち着いてきたせいか、彼女が来た際にほんの数分ではあるものの、雑談に興じる余裕が出てきていた。とはいえ、彼女以外の人間に対しては未だ心を許せる状態になっておらず、彼女が何かにつけて誘ってきても、神坂には断ることしかできなかった。


しかし、その日かかってきた電話での『』には二つ返事で承諾してしまっていた。それは普段から色々と良くしてくれている彼女への恩返しをしたいという気持ちがあったことと、いつもの誘いと異なり出会う人間は彼女の知人であることが、彼女の心理的抵抗を抑えたのではないかと神坂は考えていた。


神坂が承諾したことを理解すると、乾は突然、嬉しそうな声で

「本当?!ありがとう!」

とお礼を言った。続けて

「じゃあ、今度の日曜10時、場所はー」

と簡単に当日の集合時間と集合場所について伝えた。

「それから、持ち物は不要、手ぶらで大丈夫。あと何かあったら、この番号に電話してね、それじゃ。」

とそれほどまでに嬉しかったのか、高いテンションのまま概要だけ伝えるとさっさと電話を切ってしまった。


そして当日、神坂は目的地にたどり着くまでのことを忘れていたことを今更ながらに後悔していた。それでも彼女との約束を破るわけにはいかないと考え、恐怖心に負けそうになりながらも予定通りに集合場所にたどり着いた。

集合場所で神坂を見つけた乾は、はしゃいだ様子で神坂のところにやってきて、

「わあ、来てくれたんですね。嬉しいです。茜さん、もしかしたら来れなくなるんじゃないかと不安でしたよ。本当にありがとうございます。」

と神坂の手を取りながら話しかけてくる。退職した当初であれば、反射的に手を振りほどいていたかもしれなかったが、今は乾にはある程度心を許せる状態であったため、神坂も乾に微笑みながら

「嫌ね、私が約束を破るわけないじゃない。京子さんのお願いを受けたんですから、何としてでも行きます。」

と話しかけた。そのあと少し雑談していたが、時間が来たのか乾は神坂に軍手を手渡す。神坂はその軍手を両手にはめながら

「今日は収穫祭って言ってたけど、どんな手伝いをするの?」

と乾に聞くと、

「そりゃもう、収穫祭って言ったら作物の収穫に決まっているじゃないですかあ、今日はジャガイモ、サツマイモ、カボチャ、ナスを収穫する予定かな?何人かずつに分かれて、教会の裏手にある農園の収穫をするんですよ。」

と答えが返ってきた。


早速教会の裏手の農園に行ってみると、郊外とはいえ都内とは思えない広さの農園が目の前に広がっており、神坂はしばらくの間、言葉を失っていた。そんな神坂の様子をみて

「うふふ、どう、この農園とても広いでしょ。ここに色んな作物を植えていて、年に4回収穫祭をしているんですよ。」

と教えてくれた。目を凝らすと、すでに何人かは収穫を始めているようであった。「さ、行きましょ。今日の私たちの担当はカボチャですよ。」

という言葉を合図に神坂達も収穫作業を始める。しかし、実際に収穫作業を始めると神坂は二つの意味で大変であったことを知ることになった。一つは、今まで引き籠っていたため、少しの作業をしただけで休憩を入れなければいけないほどになっていたこと、もう一つはカボチャの出来が良く、実がかなり大きいのであるが、その大きさが人の頭ほどもあり、疲労とも相俟って本当に人の顔のように見えてしまい、カボチャに対して恐怖心を抱いてしまうことであった。しかし、少しでも乾に恩返しをしたいと考えていた神坂は

「ハロウィーンじゃないんだから、カボチャが人の顔に見えるわけないじゃない。」

などと、恐怖心を紛らわすために自分自身を鼓舞しながら作業を続けていた。


あらかたの収穫が終わり、収穫した作物は年配の方々が料理するために奥へ運び、神坂や乾のような若者は料理が出来上がるまでの間、子供達の面倒を見ることになっていた。神坂は最初は近寄りがたい雰囲気を出していたが、次第に子供達とも打ち解け、料理が出来上がる頃には、一緒になってはしゃぎ回るほどになっていた。


年配の方が料理が出来上がったことを、伝えに来ると、子供達は嬉しそうに中に入っていった。その様子をぼーっと眺めていた神坂に、

「これからが収穫祭の本番だよ、どの料理も毎年とっても美味しいんだから。さ、行こう。」

と、乾が中に入るように促す。


中に入ると、目の前に色とりどりの料理が広がっていた。フライドポテト、ハッシュドポテト、ポテトフライ、スイートポテト、サツマイモのクリームスープ、パンプキンポタージュ、パンプキンパイ、カボチャのプリン、ナスのトマトソースパスタ、ラタトゥイユなど、前菜からデザートに至るまで様々な料理がテーブルの上に並んでいた。どれも美味しそうな料理ではあったが、まずは自分の収穫したカボチャの料理から食べてみることにした。


まずは、カボチャのポタージュを一口食べてみた。すると、最初にほんのりとバターの香りが鼻腔をくすぐり、そのあとでコンソメの旨味と塩味が舌の上に広がり、そして、それを追うようにしてカボチャの濃厚な甘みが口いっぱいに広がっていき、それらが渾然一体となって、サラリと喉の奥に落ちていった。そのスープの熱は胃から全身に広がっていき、スープの味と共に神坂の疲れた体を優しく癒していった。

次に、パンプキンパイを一口食べてみた。今度はパイの香ばしさが口いっぱいに広がり、サクサクとした食感が舌の上に踊りだし、パイで口の中の水分がなくなったと感じるよりも早く、中のカボチャのペーストがほんのり塩味のきいた自然な甘さを伴って口の中を潤していった。その絶妙な味付けのバランスと食感の対比はいくら食べても食べ飽きる気がしなかった。

最後にカボチャのプリンを一口食べてみた。するとカボチャの自然な甘さと香り、そして、それらが主張しすぎないようにほんのりと牛乳の味と香りが見事に調和しながら、口いっぱいに広がっていった。それだけではなく、プリンとしてのフルフルとした独特の食感は、その優しい甘さと絶妙なハーモニーを奏でるように、口の中から喉の奥に落ちていくまで、なんとも言い難い快感を与えていた。


「おいしい・・・」

と、まだ3つしか食べていない神坂は、すでに美味しさの虜になったかのように上の空の表情でつぶやいていた。そして、ひとしきり味を反芻したところで、

「ふふっ、あの不気味に見えたカボチャがこんな美味しくなるなんて不思議ね。」

と、あまりの美味しさに笑みを零しながら感想を述べた。それを聞いていたのか乾が

「でしょ?あんな見た目だったけど中身はとっても良いものなんですよ。それに、ここまで美味しいのは料理の仕方も良いからなんですよ。」

と、説明を入れてきた。

「そうね、こんな美味しい料理を食べられるなんて、来て良かったわ。誘ってくれてありがとう。」

と素直に感想を述べた。


そして一頻り会話を楽しんだ頃、

「そうそう、茜さんもね、私はカボチャみたいな人だと思っているんですよ。」

「外は悪く言えば無愛想だし近寄りがたい感じはするけれど、中身はとても甘くて美味しいんですよ。」

「それってどういうこと?」

神坂は自分がカボチャみたいと言われたことに対して多少ムッとしながら聞き返した。

「そう、このカボチャみたいに、あとは上手に料理する人がいれば、とても素晴らしくなるんですよ。そういう意味では、以前の上司だった部長は茜さんを料理するのが下手でした。こんな素晴らしい素材を駄目にして捨てることになってしまったのですもの。」

「それで、結局何を言いたいの?」

「実はですね、私は茜さんに会社に戻ってきてほしいと思っているんです。」

「それはできないわ、私はあの会社を辞めてしまったのですもの。今更戻ることなんて・・・。」

乾の突然の提案に戸惑いながら神坂は答えた。すると、乾は手に紙切れのようなものを出しながら

「じゃーん、これは何でしょう。これは茜さんの辞表ですよ。実は会社には出していないのです。」

「え、それって・・・。」

「実は茜さんは療養により休職という扱いにしているんです。会社としても労災で退職だと体面が悪いと思っているのか、多少減額されてはいると思いますが、正式な給与として出しているんです。もちろん、私が茜さんを絶対に引き戻すと思ってやっているので、もし、このまま辞めると言い出されたら、私も立場がやばいんですけどね。」

「まさか・・・、そんな・・・。」

「前の上司だった部長に関しても心配は要りません、私が彼を退職させましたから、今は私が部長なんですよ。だから、安心して戻ってこれます。」

と、目を丸くしている神坂をよそに、乾は話を続けた。

「あはは、これは驚いた。まさか京子さんが知らないうちに私の上司になっているなんてね。」

と、神坂はあまりの展開に笑わずにはいられなかった。

「私なら茜さんをうまく料理しちゃいますから、期待していてくださいね。」

と乾は悪戯めいた笑みを浮かべながら冗談っぽく言い放った。

「そうね、うまく料理してくれることを期待しているわ。じゃあ、これからもよろしくね。」

と言って、右手を差し出した。すると、乾は抱きつきながら神坂の胸に顔を埋めつつ

「ありがとうございます。これからは私の誘いは業務命令ですから断っちゃ駄目ですよ。」

と鼻声になりながら話した。

「そうね、これからは断れないわね。」

と乾の頭を撫でなが語りかけていた。


「さて、まだ料理はたくさんあるんだから、他の料理も食べましょ。早くしないと冷めちゃうわ。」

と乾を促す。乾はまだわずかに鼻声になりながら、

「えへへ、そうですね。どれも美味しいんですから、おなかいっぱい食べましょ。」

と言って、二人は再び料理を取り分け始めた。

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