第3話 心理分析官

「はい、ありがとうございました。」

りんとした声とともに、とあるマンションの一室からやや小柄な女性といかつい風貌ふうぼうの男性が表に出てきた。

「やれやれ、ここも収穫なしですか。このヤマは難航しそうですな。」

男の方が溜息ためいきをつきながら愚痴をこぼす。

この男、鬼塚豪鬼おにづかごうきという、まさに名は体を表すを地でいくような名前であるのだが、性格の方は逆に温和でおとなしく、隣にいる相棒の女性、葉加瀬理緒はかせりおに主導権を握られることが多い。

もっとも、初対面の相手にとって性格など分かるはずもなく、大抵の場合、その風貌を見た瞬間に怖気付くことが多いため、争い事に巻き込まれることはほとんど無かった。

警視庁捜査一課に所属してはいるが、性格上はこの部署に全く向いていないと言える。しかしながら、その威圧的な外見のおかげで、課内でも上位の成績を上げていた。

当然ながら周囲の人間は彼の性格を把握しているため、そんな彼に負けている現実をプライドが許さないのか、相方である彼女が優秀であるからだ、と勝手に結論付ける者も少なくはなかった。

その噂が彼の耳に入らないはずもなく、噂を気にしては落ち込んでは捜査の途中で気落ちすることもあった。

「そんなことを言うものではないわ。私があなたの相棒であり続けるのにも理由があるのよ。あなたの部署の他の誰であっても、私の相棒が務まるとは思っていないわ。」

そんな彼の様子を見ては、そう言ってたしなめる。彼女は厳密には警察関係者ではなく精神科医であるのだが、鬼塚の関わっていた事件に心理分析官プロファイラーとして手伝った時の様子が、とある人物の目に止まったことにより、以後、事あるごとに彼の相棒として正式に警視庁から協力依頼を受けるようになったのである。

その際に、警察関係者として動けるように、非常勤の心理分析官プロファイラーとして科捜研所属となったのである。治安を守る必要のある警視庁において、一般人を外部協力者ではなく、内部の非常勤職員として扱うことは本来ありえないことであった。

彼女自身も精神科医としての本業はあるものの、受け持っている患者の数はそれほど多くはなく収入が心許こころもとない状況であったため、こうして警察から捜査協力の依頼を定期的に請けることができる事は非常にありがたい事であった。


二人は先日発生した殺人事件の事情聴取のために、第一発見者の乾京子の自宅を訪ねていて、先ほど聴取を終えて外に出てきたところであった。

大抵の場合において、第一発見者は有力な容疑者となりうるのであるが、今回の事件においては殺害に使われた凶器が男性用のネクタイであったこと、凶器の性質上、計画的な犯行であった可能性が極めて低いことから、彼女は最初の段階で容疑者から外されていた。そのため、この事情聴取は純粋に発見時の状況についての聞き込みである。

彼女から聞いた発見時の状況は次の通りであった。彼女は発見時の時間、被害者に依頼していた商品を受け取るために被害者の部屋を訪ね、その際に遺体となっている被害者を発見して、慌てて警察に通報したとのことであった。

その話を聞いている間、鬼塚は彼女の話の要点をメモしていたが、葉加瀬は彼女の話を聞きながら、彼女の心理状況を分析していた。

また、彼女が被害者に依頼したものについての話も聞いたが、なんでも人ならざる者の真の姿を暴く鏡という、何とも眉唾な話であった。また、その目的については彼女の先輩にあたる人物が会社を辞めた原因が、実は上司の正体が化け物であると、彼女は考えているようであった。彼女は先輩に戻ってきてもらうために、上司を追い詰めたいと考えており、この鏡を購入したとのことであった。

葉加瀬は、彼女が先輩について語る時の狂気に狂った目を見て、先輩に対して妄執している事が分かったが、その事が逆に被害者を殺害する動機がない事を物語っていた。

そこまで分析してから、彼女が購入した鏡を見せてもらう。裏面に装飾があり、いかにもいわくくありげな鏡ではあったが、鏡の中を覗き込んでも普通の鏡としか思えなかった。

『うーん、偽物じゃないのかしら、もし、偽物だと知ってしまっていたのであれば、殺害の動機にはなりうるけど・・・。』

そう考えた葉加瀬は、彼女に鏡を上司に使ってみたのか確認してみたが、使っていないとのことであった。もっとも、本人曰いわく発見時に手に入れたということなので時間的に使うのは無理があった。とはいえ、本当なら現場に手を加えたことになるため、問題ではあるのだが、彼女はすでに入金をしており当日は受け取るだけだったこと、犯行に直接関係ある証拠品でないことから、注意はしたものの回収する必要はないと判断した。


その第一発見者の聞き込みを終えた後の発言が冒頭の発言である。もちろん、聞き込みは一人目、その時点で弱音を吐いている鬼塚に葉加瀬は『いくら何でも早すぎるだろう。』と心の中でツッコミを入れていた。

ただ、今回の事件は関係者と呼べる人間が二人しかおらず、捜査として進められるうちの三分の二を終えてしまった事になっていた。もう一人がシロだと判明した場合、捜査が早々に手詰まりとなってしまうことも踏まえると、彼の落胆も全く理解できないわけではなかった。

そうは言いつつも、悲観的になっていても事件が解決するわけではないため、葉加瀬は無理矢理にでも気持ちを前向きに持って行く。

「とりあえず、もう一人の方も当たってみましょ。その後の事は、それから考えるという事で。」

そう言って、もう一人の関係者の元へ出向いた。


もう一人の関係者は出版社勤務の男性サラリーマンであった。ネクタイを凶器にしやすいという意味では、最有力容疑者であると言える。鬼塚も、そう言った意識を極力出さないように努めてはいるようではあったが、心の中では彼の犯行に期待していることが精神科医の葉加瀬には手に取るように分かっていた。

このサラリーマンの男性の名前は九十九耕平つくもこうへい拝夜出版はいよるしゅっぱんという出版社の編集者とのことである。

今回は彼の都合により、会社近くの喫茶店で事情を聞く事になったが、彼は仕事中だったのか、スーツにネクタイ姿で二人の前に現れた。三人は喫茶店のテーブルを挟んで会釈すると、席について飲み物を注文した。


二人は、まず最初に被害者が殺害された事実を伝えると、彼は酷く驚いた素振りを見せる。次に被害者の死亡推定時刻を伝えると、今度は酷く狼狽し始める。この挙動に不審感を抱きつつも説明を続けた。説明を続ける中で徐々に冷静さを取り戻し、一通りの説明を終える頃には、だいぶ落ち着いた様子になっていた。

「と、事件のあらましはこの通りです。それで、被害者の手帳に記されたメモによれば、この日の17:00頃、あなたは被害者の部屋を訪ねる予定になっていたようですが。」

鬼塚が事情聴取のために質問を投げた。

「はい、そうですね・・・。多少早めに伺いましたが、およそそのくらいの時間に伺ったと思います。しかし、その時には彼女は生きておりましたので、その直後に殺されたものと・・・そう考えると・・・まさか彼女が・・・。」

その質問に対し、彼は少々落胆した様子で言い淀みながら答えた。その様子を見ていた葉加瀬が、何か気になる事があったのか、彼に質問した。

「ところで、あなたの奥さんはかなりの難病を患っているとのことですが、今回被害者のところを訪ねたのも関係していますか?」

「どうしてそれを・・・。そうですね、こんな状況ですから、いろいろと縋れるものには縋りたい状況でして、彼女はおまじないのようなことにも詳しいので、それについて色々と話しを聞いていたのです。先日、無事に臓器提供者も見つかり、あとは手術するだけになりましたので彼女には改めて手術の成功するようなおまじないを聞こうと思っていたのですが・・・。」

その質問に彼は俯きながら答えていたが、ここまで語ってから突如、ハッとした様子で顔を上げた。

「どうかしましたか?」

「いえ、特には・・・。すみません、そろそろよろしいでしょうか?」

そんな彼の様子を気にして鬼塚は声をかけたが、彼は動揺した様子で事情聴取の中断を申し出た。

「今は事情聴取の段階ですので、無理にお引き留めはできません。」

鬼塚がそう答えると、彼はややホッとした表情になった。

「あ、そうそう、今日はお仕事だったのでしょうか?」

そのタイミングを見計らったのか分からないが、葉加瀬が彼に質問した。

「いえ、今日は仕事はお休みです。ただ、この格好は着慣れておりますので・・・。」

その質問に答えると、会釈をして自宅に帰っていった。


喫茶店に残った二人は今後の捜査方針について話し合うことにした。葉加瀬は鬼塚を彼の職場の聞き込みに向かうように伝える一方、自分は彼の奥さんに話を聞きに行くと伝えた。

そうして今後の捜査方針が決まったため、二人は喫茶店を出てお互いの目的地へと向かった。


病院へと向かった葉加瀬は、受付の前で呆然と立ち尽くしていた。というのも、この日の面会時間が終了していたためである。これからどうしようかと考えていたところ、ちょうど通りかかった看護師の方に呼び止められて事情を話したところ、彼女の主治医の先生であれば話を聞く事は出来るかもしれないという事で、取り次いでもらった。

しばらく待合室で待っていると、先刻の看護師がやってきて、話を聞く事ができるという事で、彼の待つ会議室に向かった。彼は既に座っており、葉加瀬が入ってくるのを見ると軽く会釈をして席を勧めた。葉加瀬はそれに応じて会釈をし、席に座った。

「すみません、お手間を取らせてしまって。」

「いえいえ、彼女にはどのような用件で?」

申し訳なさそうに謝る葉加瀬に対して、彼は鷹揚に微笑みながら話を進める。

葉加瀬は彼女の病気の事や、手術の事などについて聞きたい事があると彼に伝えると微笑みながら答えた。

「そうですか・・・、それは彼女に面会できなくて正解だったかもしれませんね。というのも、彼女の旦那さんから彼女に病気のことは口止めされておりますので・・・かなり難病ですからね。ですが、先日、ちょうど事件のあった日になりますかね、その日の昼過ぎに適合する臓器提供者が見つかりましてね、緊急で手術をすることになりました。もちろん、旦那さんにも説明しようとしましたが、すぐに向かうと言って電話を切ってしまいましてね。それから30分もかからないうちにこちらにやってきました。私は改めて彼に説明をして、すぐに手術に入りました。もちろん大手術ですから、夜までかかりましてね。彼は手術が終わるまで、手術室の前でずっと無事を祈っていたそうです。看護師の方が交代で励ましておりましたし、彼の精神状態からしても、手術の途中に他のところに行くのは不可能でした。」

「なるほど、そういう事だったのですね。」

彼の話を聞いた事により、九十九が犯人でない事が確実となってしまった。葉加瀬は、意外なところから出てきたアリバイに戸惑いながらも、これまでの情報を頭の中で整理していた。

「しかし、彼女が殺されるとは・・・。」

葉加瀬が情報を整理していると、彼は不意につぶやいた。

「彼女をご存知なんですか?」

意外な発言に吃驚びっくりしながらも、詳しい話を聞くために質問する。

「そうですね、刑事さんはご存知かもしれませんが、彼女は以前、ここに勤めていたんですよ。非常に優秀な医者でしてね。でも、非常に堅物かたぶつというか頑固で、それが原因で辞めさせられてしまったのです。病院にとって彼女の存在は重要だと考えていましたので、何とか引き戻せないかと考えていたのですが・・・。」

そう言って、彼は言い淀んでしまう。しかし、意外なところから出てきた事件のヒントに葉加瀬は詳しく聞こうと話を促す。

「何かあったのですか?」

「そうですね。あれは簡単な手術でした。もちろん、経験を十分に積んでいる事が前提となりますが、失敗する可能性はほとんど無いものでした。しかし、その手術を担当したのが遠藤君、ここの理事長の息子さんなんですがね、簡単であると言っても、この手術の執刀医を任せるには経験不足だったんだよ。もちろん手術は失敗したんだが、彼と父親は色々と手を回して、この事実を揉み消してしまったんだよ。素人目にはわからないんだが、多少の経験を積んだ人間が見れば、明らかに医療過誤だと分かるものだった。もちろん、彼女は当然気づいた。そして彼らに抗議して、結果として辞めさせられる事になってしまったんだ。」

葉加瀬は、そこまで話を聞いて何かに気づいたようにハッと顔を上げ、そして彼に詰め寄った。

「えっと、遠藤君でしたっけ、彼は今日はどちらに?」

「今日はもう帰ったね。昨日は体調を崩したとかで休んでいたようだけど。あと一昨日も急用があるとかで早い時間に帰っていったかな。用があるなら、こちらにかけるといい。」

そう言って電話番号を書いたメモを手渡す。

「ありがとうございます。失礼します。」

メモを受け取った葉加瀬は手短に礼を言って、病院を飛び出していった。


病院を出た葉加瀬は鬼塚に連絡を取ろうと携帯電話を取り出した瞬間、取り出した携帯が手の中で鳴り始めた。相手が鬼塚である事を確認して慌てて出る。彼の話によれば、九十九の上司である編集長が封筒を受け取っており、その中には医療過誤について告発する記事が書かれていたとのことであった。そこまで話を聞いてから、彼女は、今から言う場所に、その封筒を持って彼と一緒に向かって欲しい、とだけ告げて電話を切った。

そして、先ほど受け取ったメモの番号をダイヤルした。


「待っていたわ。」

そう葉加瀬が告げると、その男は身構えながら答える。

「例の品は持ってきたんだろうな。」

その言葉に答えるように大きめの封筒を取り出した。男は、それを乱暴に奪い取ろうとするも、彼女にかわされてしまう。

「おっと、そう簡単には渡せないわ。この中には理事長の息子であるあなたが犯人だという証拠が残っているのだから。」

「いったいどこで手にいれた、あいつの部屋には無かったはずだ。」

彼女の言葉に、その男、遠藤は激昂しながら答える。

「そうね・・・。でも、何であなたがそれを知っているのかな?まるで殺害現場に居たかのような発言ね。」

彼女がそう言うと、遠藤は一瞬動きが止まるが、すぐに全身を怒りに震わせながら手を自らの首の辺りに持って行く。しかし、そこにあるはずの物が無かったため、手は虚しく宙を切るだけとなってしまった。

「あらあら残念。事件の事を気にして無意識にネクタイを外していた事に、今になって気づいたの?」

そんな彼をあざ笑うかのように、葉加瀬は彼をここぞとばかりに煽った。すぐに冷静さを失った彼は、素手で彼女につかみかかろうとする。

しかし、冷静さを失った彼の攻撃を彼女は容易にかわす。素人で、冷静さを失っている彼の攻撃は非常に単調で、武術の心得こそ無いとは言え、数多の修羅場をくぐり抜けてきた彼女にとってかわすのは難しいことではなかった。とは言うものの、かわし続けるにも限界はあるわけで、多少不安を覚え始めた頃、部屋の中に図太い声が響く。

「そこまでだ、おとなしくしろ。」

その威圧的な声を聞き、姿を見た遠藤は、その場にへたり込んでしまった。鬼塚は遠藤を警戒しながらも葉加瀬の元にやってきて、一通の封筒を渡す。彼女はその封筒を掲げながら遠藤に告げる。

「これが、あなたが探していた原稿よ。さっきのはフェイク。」

「くそ、騙したのか!」

それを聞いて、へたり込んだまま遠藤は声を荒げた。

「どっちにしても、あなたが犯人であるという事実は揺るがないわ。すでに、被害者の体から見つかったものと同じ繊維のネクタイが、あなたの部屋から見つかったのよ。もちろん、令状は取ってあるから違法捜査ではないわ。」

それを聞いて、「ちくしょう・・・。」と言って項垂うなだれた。


遠藤が警察官に連行されていくのを見送りながら、九十九が口を開いた。

「どうして彼が犯人だとわかったのですか?てっきり私が疑われているものだと思っていました。」

葉加瀬は軽く微笑みながら説明をし始めた。

「犯人がわかったのは偶然だけど・・・。私はあなたを一目見たときから犯人ではないと思っていたわ。なぜなら、あなたがネクタイをしていたから。本当に犯人だったら、これから会う人間が警察だと分かっていれば尚更、凶器であるネクタイを着けて行こうとは思わないはず。なぜなら、犯人は凶器を知っているし、それと自分が結びついてしまう事を無意識に恐れるから。」

九十九は、その説明を聞いて納得はしたものの、事情聴取の際、犯人でないと分かっているのなら、何で疑っているかのような質問をしたのかについても教えて欲しい、と言った。

「それは、あなたが証言の中に嘘を混ぜたからよ。私は人の嘘を見破る事ができるの。もちろん、その嘘が何であり、何故嘘をついたかについてはわからないんだけどね。だからこそ、あなたが嘘をついた理由を確認したかったの。まあ、あなたの奥さんの主治医に会って、あなたが嘘をついた理由も、何が嘘だったのかも分かってしまった訳だけどね。」

「すみません、どうしても妻には明るく振舞って欲しかったので・・・。でも、そんな些細なことから色々分かってしまうなんて・・・すごいですね。」

さすがプロとばかりに驚き交じりで彼女を賞賛した。

「そうね、いくら過去の証拠は消せたとしても、過去に残った思いだけは消し去ることはできない。私はその思いを辿っていっただけよ。」

そう言って、少し照れながら二人は、その場所を後にしたのだった。

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