第23話

 ※ESSカントー第三エアポート・出発ロビー※



 ソラノはソファ―に腰掛けて、リンがまとめたレポートを読んでいた。あれから2週間、結局リョウの力の半分も解析できずにいた。

 「…」

 あのとき、何が起こったのか。ミズキが見たという極太のビームのような光と光の柱。ソラノ自身も何が起きたのか全く分からない。そして、目を覚ましたときには、リョウはほぼすべてのエネルギーを使ったせいで仮死状態だった。

 「ふぅー…」

 ソラノは一つ息を吐いて、レポートを閉じた。

 一応、蘇生は成功したのだが、リョウは未だに意識を取り戻していない。

 「私は結局…やっと見つけた大切なものを、自分で壊しただけだった…」

 「ソーラー…」

 隣で黙って座っていたミズキが口を開いた。

 空港のホログラムモニターがスイス行きの飛行機が搭乗可能になったことを知らせる。ソラノの能力に極力鑑賞されないよう加工された特別な飛行機だ。

 「じゃ…行こうかぁ…」

 それを見たソラノとミズキはゆっくりと立ち上がる。

 爆発。

 壁一面が大きなガラスで飛行機が離陸する姿が見られる出発ロビー、そこから見える滑走路上の車両が爆発した。一気に悲鳴が上がる。それはそうだろう、空港で爆発などあればテロを想像する。

 「…」

 逃げようと必死になる人たちの中、ソラノとミズキだけは落ち着いてその様子を見ていた。

 「やっぱり来たわねぇ」

 ミズキはニヤついて言うと、耳に手を当てて通信をかける。

 「そっちはどんな感じぃ?」

 『余裕だっ。さっさと行け!』

 ヤマトはいつもと変わらない声で答える。

 「はいはい。じゃあ、稲葉リョぉのこと…頼むわねぇ」

 「私からも頼む…」

 ソラノは通信に割り込んで言った。

 『ソーラー…お前はこれで…っ!と!』

 ヤマトは何かを言いかけたが、攻撃を受けたようで話が途切れる。

 「ヤマト…!?大丈夫か?」

 『余裕っ…まぁいい…元気でな。ソーラー』

 「うん…ありがとう。ヤマト」

 「じゃあねぇ。ヤマトぉ。ガルムにも言っといてねぇ」

 『あぁ!』

 通信が乱暴に切られる。あの滑走路上ではヤマトとガルムが戦っているのだ。

 「視た感じあれは…ヘルブレイズねぇ…まぁ中レベルかな。んまっヤマトとガルムなら余裕っしょ!あはは」

 また爆発が起こる。次は近い。

 「おうふ…早く行った方がいいのは間違いないわぁ…」

 「そうだな…行こう」

 二人は搭乗口に向かう。まだ怒声や悲鳴が聞こえるロビーを足早に歩く。

 「フィナルっ…!」

 そんな中、一つ聞き覚えのある声で名前を叫ぶ者がいた。しかし、ソラノは笑顔でその声の主に振り返らない…。その名で呼ぶ者は一人しかいないはずだからだ。

 「…ホルス…」

 オレンジ色の髪、蒼い目の涼しい顔をした青年がそこに立っていた。

 「遅れてごめん…フィナル…」

 「…」

 ソラノはホルスを睨む。そして、小さく言った。

 「ミズキ…」

 「言われなくてもぉっ!」

 すでにミズキはカタパルトハンマー、ミョルニルを取り出し、構えていた。

 ジェット噴射。

 ミズキはその勢いで、ロビーのイスなどを蹴散らしながら一気に間合いを詰め、ホルスに殴りかかる。

 「らあぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」

 ホルスは微動だにせずニヤける。

 「…っ!」

 ミョルニルがホルスにぶち当たる数十センチ手前で【何か】に受け止められた。

 「僕には触れられないよ……。僕のナノマシン―――」

 「テリトリアルでしょぉ?あたしには視えてるわよぉっ!」

 ミズキはジェットをフルスロットルへ持って行く。密閉されたロビー全体にその轟音が響く。

 「弱点は大体わかるわァ!そのグローブがナノマシンの集合体!それを限定空間にナノマシンを充満させて、壁を発生させてる!そして、今!私のこの攻撃で大量のナノマシンが死んでいってる!すべて消費させてしまえばアアァァァァァァァッ!」

 「…僕のこと、調べたみたいだね…。そんなに逢いたかった!?フィナル…」

 「誰が…」

 ソラノはジェットの暴風で揺れるスカートを押さえながら言う。

 「あたしのことはガン無視かぁ!」

 「お前は!」

 「お前ってぇ…ふわっ!?」

 ホルスが手で振り払う仕草をすると、ミズキはまるで無重力の中にいるように浮いた。そして、ホルスは投球するように腕を振った。

 「邪魔だ!」

 「のあぁぁぁぁぁぁぁぁ!」

 ミズキはガラスの壁へかなりの速度で飛ばされる。このまま行けば分厚いガラスに衝突する。

 「ミズキっ!」

 ソラノが叫ぶ。ミズキは空中で体勢を立て直してガラスにミョルニルを打ちつけた。

 「よっとぉ!」

 ガラスに細かなヒビが入り、一瞬で真っ白になる。そして、粉々に砕け散る。ミズキはそこを突っ切ってガラスへの激突を免れた。

 そのまま滑走路へ飛ばされ、ジェット噴射で受け身を取る。

 ソラノはそれを認めると、息を吐いた。

 「ミズキ…よかった…」

 「やっと二人になれたね…」

 ホルスがツカツカと音を立ててこちらに来る。

 「直に滑走路のアマテルたちを倒して、みんなこちらに来る」

 「それよりも僕が君を連れて帰る方が先だと思うよ」

 ホルスはニコリと笑った。

 「…」

 ソラノは下唇を噛んで睨んだ。

 「さっ!行こうか!」

 そう言うとホルスは両腕を広げてさらに近づく。

 そのときだ。

 ホルスのすぐ後ろで何か小さな物が落ちた音がした。

 「?」

 ホルスは振り返ろうとする。

 「―――リョウ!」

 ソラノが歓喜交じりの笑顔で言う。

 「んなっ!」

 ホルスが声を上げる。

 「〝双天!烈突!〟」

 リョウがそう言うや否や、掌底と膝蹴りがホルスの脇腹に打ち込まれる。そして、破裂音と共にホルスが吹き飛び、喫煙スペースのガラスに派手に突っ込んだ。

 「フーーーーーーーー…見様見真似だけどうまくいくな…」

 リョウは腰を落として息を吐いた。

 ソラノがリョウへ駆け寄ってくる。

 「リョウ…きみは…」

 「大丈夫か?ソラノ」

 リョウは笑ってソラノの頭に手を置いた。

 「…それは私のセリフだ。きみは―――」

 「ソラノっ」

 リョウはそう大声で言って、ソラノの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 「うあ!ふぁ!何をするっ!」

 「なんで空港なんかにいるんだよ…?」

 「…」

 「時間が無いから早く答えなさい!」

 「…それは…きみをきけ―――」

 「雷帝のアプリエイター…」

 喫煙スペースからホルスが這い出てくる。

 「は?雷帝?」

 リョウが首を傾げる。

 「そうさ…お前は雷姫を倒した…。アマテルではお前を雷帝のアプリエイターと呼称して、捕獲することになった。栄誉ある名前じゃないか…。ちょうどいい…。僕は雷姫のようにはいかない!」

 ホルスは叫ぶと両手を下に向けた。グローブが輝き始める。

 「ソラノ…下がって」

 リョウは一歩前に出て、拳を握りしめる。全身に電流が迸った。

 ホルスの身体は次第に浮かび上がる。

 「フィナルの手を取って歩くのはこの!僕だッ!」

 「だからソラノだって言ってんだろうがアァァァァ!」

 ホルスが向かって来る。

 リョウも加速させた身体で全力疾走。

 「ハァァァ!」

 ホルスは手を前に出し、何かを掴む動作をする。

 「…!」

 リョウの身体に【何か】が巻きついた。ホルスのナノマシンだ。しかし、リョウは疾走を止めない。

 「同じ手は食わないっ!」

 放電。

 全身に電流が流れると、周囲のナノマシンにも通電し、黒煙を吐いて黒い粉になって落ちていった。

 「っ!」

 リョウは更に加速。浮いているホルスの下に滑り込んだ。

 「遅えッ!アアアアァァァァァァァァァァ!!!」

 リョウの突きと掌底の乱打がホルスの身体に打ち込まれていく。そして、その残像のように雷の花びらが華麗に舞い、打ち込まれていく度に黒煙が立ち上っていく。

最後に上に向かって回し蹴り。

 ホルスの身体は少し上に飛んで床にべたりと落ちた。うつ伏せに倒れたまま動けない。

 「かはっ…何で…。防げない…」

 「そりゃお前のナノマシン全部電撃で焼きながら殴ってるからだよ…。お前の弱点は…俺だ」

 「…クソ…雷帝…」

 リョウは屈んでホルスの背中に触れた。

 「俺は雷帝じゃないし…」

 放電。

 ホルスに電流を流し込む。

 「雷てえぇぇぇ!あがぁがががっ!」

 そのまま数秒間電流を流すと、ホルスは気絶して動かなくなった。

 「だから雷帝じゃないって言ってんだろ…」

 「リョウ…」

 ソラノが駆け寄ってくる。リョウは立ち上がり、妙にニヤけた顔で口を開いた。

 「で?聞かせてもらおうか?何で空港にいるのか…」

 ソラノは一瞬、頬を膨らませて拒んだが、諦めたように息を吐いた。

 「…私は、やはりきみを危険な状況に巻き込みたくなかった…。雷姫は倒されたが、あんな者が大勢いるのがアマテルだ…。私を狙ってまたここに雷姫クラスが来るかもしれない…今日だってホルスが来た…。きみを守りたかった」

 「バカたれ…」

 リョウはまたソラノの頭をわしゃわしゃと撫でた。

 「ふはっ!やめろ!もう!」

 「俺はもう巻き込まれてんの!さっきも聞いたろ?俺を雷帝と呼称して捕獲って!…それにソラノには行って欲しくない」

 「え?」

 ソラノは不意打ちを食らったようで、キョトンとしている。

 「俺は後悔したくない。…だ、だから言う!行かないでくれ、ここにいろ!」

 リョウは顔を真っ赤にして言う。

 滑走路で戦っていたヤマトたちやミズキが、いつの間にかロビーに上がってきていた。そして、ニヤニヤと二人を見ている。

 「…私も後悔したくない。だから、やっと見つけたきみをもう壊したくない…」

 ソラノは両手を握りしめて言っている。目も弱々しい虎の目だ。

 「俺はソラノのせいで壊れたりなんかしない…。こうやって触れられる。俺が壊れたときは…それは俺のせいだ。だからソラノはいたい所にいればいいんだよ」

 「…」

 ソラノの目から涙がぽろぽろと零れる。

 「ここにいたい!ここにいたいよっ!」

 ソラノは泣きながらリョウに抱きついた。

 「いていいんだ…ソラノ…」

 リョウは頭を優しく撫でた。

 するとソラノはリョウから離れて涙を拭いた。顔が真っ赤だ。

 「…よ、よろしく頼む…」

 ソラノはミズキたちが見ているから照れ隠しなのか、目をパチクリさせて言う。

 リョウも急に恥ずかしくなり、いつもの癖で何も考えずに喋り出す。

 「ら、雷帝かぁ…うーん…なんかあいつらに付けられた名前とか嫌だな…」

 「はぁ…。じゃあ、何がいいんだ…?私が最初に呼んでやる」

 こんなことを言えばこの前のように「きみはバカだな」と言うかと思ったがソラノは魅力的に笑った。

 「…雷命らいめい

 「らいめい?」

 「あぁ…。ソラノの奪命で本当の力が使えたんだ。だから雷命」

 「きみにしてはいいセンスじゃないか…」

 ソラノは満面の笑みで言った。そして、小さく深呼吸。

 「よろしくな、雷命のアプリエイター」




 





 私は何も手にできない。

 私が手にしたものは全て消えて、二度と帰らぬものになってしまう。

 大切なものを大切だと、抱きしめることも出来ない。

 触れ合えばこんなに伝えることが出来るかもしれないのに。

 触れ合えば逢えたことをもっと喜び合えるかもしれないのに。

 触れ合えば大切なものを守ることが出来るかもしれないのに。

 触れ合えば大切なものを支えることが出来るかもしれないのに。

 どうか、私に触れて下さい。

 どうか、私の手を強く握って下さい。

 どうか、私に触れることを許して下さい。

 

 

 最後にそれが許されるのなら。

 叶ったとしたなら。

 私は生きていたいと初めて思うことが出来るのです。

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