第22話
※風力発電所エントランスホール※
「あなたがあんなに積極的に殺しにかかるなんてね」
エールはしゃがみ込んだソラノに電流を放出しながら言った。電流はソラノに当たらず、その手前で弱くなって消えている。ソラノに吸収されていたのだ。
ここは基本的に無人で稼働する発電所の為、人は少なかったが、先程の戦闘で誰も居なくなっていた。
「…なんで…ここから移動…しない?連れて…行くんじゃ…なかったのか?雷姫…」
ソラノは挑発的に睨みつけた。
「フン…。さっきは危なかったわぁ…キャハッ!まさか奪命のリミッターを外して姫の雷姫のエネルギーを吸って殺そうとするなんて…久々にゾクゾクしたっ」
エールは楽しそうに笑った。
「ま、あなたに命まで吸われる前に、エネルギーの供給源を切り替えてよかったわ…。ある意味賭けだったケド。ギリギリ雷姫で身体の表面にシールドを形成…。私の勝ち…おかげで服がボロボロだけどね」
エールはただの汚い布になってしまったスカートを摘まむ。
「お前を…殺せば…私は世界の英雄だったのだがな…。だが…お前も、電池切れじゃないのか?」
「キャハハハハハハッ!だから言ってるでしょ?エネルギーの供給源を変えたって…!そっちが雷姫を作ったのに知らないの?このESSユニットの基本構造とシステムを設計したのはオーコックス・インダストリーよ?」
ソラノもそんなことは知っている。
「…それと…何の関係がある…」
ソラノは肩で息をしていた。顔も赤く、汗が大量に零れる。
「ESSユニットはね、常に雷姫にエネルギーを供給し続ける。雷姫の為の戦闘フィールドとして設計されてるのよ!」
「まさか…」
「もちろん?奪われて敵になった雷姫に電力を供給するバカはいないわね…。でも現にシステムは生きていたの!キャハハッ!これで私は敵なしね!」
「そんな……はぁ…はぁ…」
ソラノの頬は紅く、高熱にうなされているようだ。
「そろそろあなた、限界なんじゃないの?いったいどのくらいのエネルギーを吸収してるのかしらね?キャハハハハハッ!」
「…リョウ…」
「はぁ?」
ソラノは驚いていた。ここでリョウの名前を口にするとは思ってもみなかったから。
「…そっか…」
そしてわかった。
「…リョウのこと…失いたくなかっただけなんだ…」
ソラノは自分の足を見る。片方だけになったピンクの靴。初めて欲しくなった靴。
「リョウ…」
自然と涙が零れた。
「…リョウ……」
「リョウちゃんは来ないわよ…やっぱ連れてくればよか……っ!?」
エールが言葉を切って外を見た。ソラノも振り返る。その瞬間、入り口のガラスが派手にぶち破られた。
「ソラノォォォォォォォ!」
リョウが身体を丸めて突っ込んだのだ。
「―――――っ!」
声にならない声でソラノは叫んだ。
リョウはガラスを割った勢いのまま構え、雷姫に突っ込む。
〝剛天!巨星!〟
腰を一気に捻り、勢いの乗った強烈な体当たり。翔子の見様見真似だ。
「キャハッ!リョウちゃんっ!」
エールは満面の笑みで両腕を広げる。当然、壁が目の前に発生し、受け止められる。
「オオオオオォォォォォ!ラァァああああああああああああああああァァァァ!」
最大の放電。全身全霊をぶつける。自分がもう息をしているのかすらもわからなかった。
「すごいすごい!すごいよぉ!さっきと全然違うじゃあん!」
リョウの電撃が壁を侵食していく。
「リョウ…!気をつけろ!雷姫は…」
もう少し…。そう思った。
エールは手をかざすと手の平に電流が集まるのが見えた。
「リョウちゃん!惜しい!」
そう言うや否や、手の平から電撃を発射。
リョウは電撃を両手で受ける。しかし、そのまま後方へ吹っ飛び、床に叩き付けられる。
「…リョウ!」
ソラノは悲鳴のような声を上げる。
「キャハハハハハハハッ!すごいよリョウちゃん!姫のシールドを侵食するなんて!」
リョウは起き上がり、再び接近。
〝双天・烈突〟
加速したまま拳を突き出す。シールドにぶつかる。
「惜しい!」
エールは笑ったまま手を前に伸ばし電撃を放つ。リョウに直撃。今度は放電し続ける。
「アガァハアァァァァァァ!」
リョウは身体を痙攣させる。
「リョォォォォォォ!」
ソラノも限界だった、涙で視界が霞む。
「こうなったらリョウちゃんも連れて帰るねェ!」
エールは物を押す動作をするとリョウが押され、ソラノのすぐそばに転がった。
「ソ…ラノ…」
「リョウ…」
「だめだめぇ!そんなラブシーンはあげないよ!」
エールはまた両手で強烈な電撃をリョウに浴びせる。
「…か…あ…!」
「やめてェェェェ!!」
もう悲鳴さえあがらない。
「いっそのこと、記憶飛んで姫を好きになっちゃいなよ?大切にしてあげるよ?キャハッ」
「…やめて!」
ソラノはリョウに覆いかぶさる。電撃は吸収され、リョウには当たらない。
「っち!うっざ!」
エールは舌打ちし、更に電撃を強くする。
「リョウ…」
リョウはソラノを見る。涙を零しながら赤熱した顔でいた。
「聞いて…6つ目だ…。…私の推測…きみは…生命力をエネルギーとして…操ることが…できる…から…。だから…きみは…私に触れることが…手を…握ってくれることが…。私が触れることが…許されるんだ…ありがとう…」
「…え?…」
ソラノは力を振り絞ってリョウの額に自分の額を当てる。
「私の…今まで吸収したエネルギーを…君にあげる…」
「ソラノ…?」
ソラノの涙がリョウの頬に当たる。
「だから、逃げて…。生きて…欲しい…」
「何言って…!ソラノ!ソラ…」
ソラノはそっと唇を重ねた。本当にそっと、羽が触れたかのように優しく。
「ちょっ……!なにやってんのょォ…」
エールの声が聞こえなくなった。ソラノはリョウに唇を重ねたまま動かない。
「!」
唇から何かが流れてくるのがわかった。身体が熱くなる。命が満たされる感覚だった。ソラノの鼓動が聞こえ、感じられ、次第に自分の鼓動になってくる。
そしてほのかに紅い光が二人を包んだ。
「~!~!!!!」
エールが何かを叫んで放電をやめた。
鼓動しか聞こえない。鼓動そのものになったような感覚だ。何とも言えない全能感に包まれる。
リョウは上体を起こすと、ソラノが力なく覆いかぶさっていた。
「ソラノ…」
リョウはソラノを抱きしめた。そして、そのまま抱える。ソラノは眠るように目を瞑っている。
エールの存在を思い出し、そちらを見ると次第に声が聞こえるようになってきた。
「何キスなんかしてんのよ!あぁ!もう殺す!あんたたち!殺すわ!ウチは雷姫よ!世界最強の!雷姫!」
エールは腰から拳銃のようなものを二丁取り出す。
「電撃なら吸収するでしょうけど、音速を超える弾丸ならどォ!?」
「…」
「何黙ってんのよ!バカにスルナァ!…こいつはね!フラガラッハとブリューナク!この雷姫しか撃てない世界で唯一の!連射可能なレールガンよ!これで跡形もなく消すから!殺すからぁ!」
「…」
「アアアアァァァァァァ!もう!バッカにしてんじゃないわよォォォォォ!!!!」
エールの身体全体を電流が包み、余りの勢いに髪が強風に煽られるように逆立っている。そして、レールガンを構えた。
発射。
弾丸は暴風を伴い、強烈な光の残像を残してリョウの横を通過。後方の壁が粉々に吹き飛ぶ。
あの弾丸を防ぎたい。
リョウは意識を集中する。周囲に薄い紅のシールドが現れた。
「ちっ…次は当てるわァ!」
エールは乱れ撃つ。レーザーのような弾丸が殺到する。しかし、シールドが直撃する弾丸のすべてを消した。
「こんのォォォォォォッ!」
更に連射。すべてが同じように消え去る。
「…」
「なんなのよ!それ!」
弾がなくなったのか銃を捨て、電撃を両手で放つ。
「なんなのよォォォォォォ!!」
電撃はシールドに当たり消えていく。
「…雷姫、もう終わらせる。お前に時間なんか…かけていられない…」
リョウがそう言うと同時に、目の前の空間に小さなホログラムのような円形のスクリーンが現れる。そこには何かの記号がビッシリと映っていて、数式のように並んでいた。
「なによそれ…」
それが小さな光の球の形にまとまる。
「俺は…これがなんなのかはわからない…。だけど、どうすべきかはわかる…」
リョウの目はその光球と同じ色に染まっている。
「…何言ってんのよ!」
「…」
光球は何かの唸り声のような低い音を発し、光を集束させた。
次の瞬間、凄まじい轟音と共に光球から極太のビームが発射される。
「…ひ!」
エールはシールドを展開する。しかし、それはビームを受けきれず、薄いガラスのように砕け散る。エールは横に跳んだ。そのビーム一直線に進み、建物に大穴を作った。
「なによ…なによそれ…なによなによ…」
「…」
光球が振動し、連鎖して分裂する。光球は一つずつ増えていき、8つになり円を描いてリョウの前を回った。
「…キャハハハッ!なにそれ!リョウちゃん…!気に入った!気に入ったわよ!」
「そうか…」
8つの光球が回るのを止め、ピタリと止まる。そして、再び唸りを上げ、一斉にビームを発射。
「っ!」
エールは両手を広げ、電撃のシールドを展開する。これまで最大のエネルギーを使ったのか、壁の向こうが曇って見えない。
リョウのビームとエールのシールドが衝突。一度シールドが受け止めたように見えたが、すぐに粉々になる。
「マジ…。キャハハハハハッ!…リョウちゃん…また逢いましょ!…キャハハハハハッ!」
エールは光に包まれる。ビームはシールドを越え、エントランスの壁を突き抜けていった。
「…俺はもう会いたくないね…」
リョウは吐き捨てた。
エントランスが一気に静まる。聞こえるのは瓦礫が転がる音だけ。
「…」
腕の中のソラノを見る。
「ソラノ…やったよ…ありがとう終わったよ」
リョウはソラノをゆっくりと床におろし、その頬を触る。温もりを感じた。眠っているようだ。
「もう…ずっと此処にいていいんだよ…ソラノ?」
ソラノはよく見ると呼吸をしている動作をしていなかった。リョウは胸に耳を当てた。
「…」
「ソラノ!」
ソラノの鼓動は止まっていた。
リョウはソラノの身体を揺らし、呼びかける。揺らされて腕が力なく下に垂れた。声が静かなエントランスに響く。
「ソラノ…冗談だろ!?おい!」
涙が溢れてくる。止まらない。
「生きてって言ったのはそっちだろ!?生きてるよ!なんでソラノが…!」
リョウはソラノを力いっぱい抱きしめた。温かい頬が当たる。
「俺が命を吸ったのか?なぁ!?」
「ソラノ…返事してくれっ!」
リョウはソラノの状態を起こして問いかける。ソラノは当然返事をしない。
「なぁ…やっとソラノのことわかったのに…ここで終わりたくないんだよ…」
涙が零れてソラノの頬に何度も当たる。
「言いたいこと…いっぱいあるんだ!ミズキから聞いた…俺は…ソラノの気持ち知らないまま、此処にいればいいとか、戦えるとか言ってきた…。ごめんな…ソラノは俺のこと、大切に考えてくれてたから…自分から離れるって言ったんだよな?寂しいよな…誰の傍にも居られないなんて、触れ合えないなんて…。だから、俺は…さ、ソラノに触れられる俺だから、尚更、一緒に居てあげたい…。いや、一緒にいたいって思う」
ソラノの顔の美しさは、残酷にも命のない人形のように見えた。
「これからなんだよ…!人のことばっかり想ってたソラノは、これから幸せになっていかなきゃいけないんだよ!…なのに…なんで!」
リョウはソラノの身体を強く抱きしめた。そして、ガラス張りの天井を仰ぎ見た。丸い満月が二人を照らしている。
「お願いします!ソラノを!ソラノを返して下さい!俺はいい…。俺はいいです。俺のをあげます!俺もソラノに!」
リョウの身体を激しい光が包んだ。
「…生きて欲しいっ!」
リョウの光が輝きを増していく。先ほどの戦いで全部使い切ったはずなのに、力が奥底から湧いてくる感じがした。
その時リョウは、思い出す、どうやってソラノが力をくれたのか。
「眠ってる時にごめんな…」
大丈夫。集中してイメージすればできる。エネルギーを、命を返すイメージ…。
リョウは、ゆっくりとソラノの唇に自分の唇を重ねた。
光が二人を包んでいく。
光は膨れ上がり、エントランスに光の柱を作った。
月へ繋がる塔のように…。
※※
「…う…ん…」
ソラノは目を開いた。長い間眠っていたような感覚だ。
「…あ…」
身体に重みを感じる。見ると、リョウが覆いかぶさっていた。
「リョウ…」
ソラノは周りを見渡す。先程までいたエントランスホールだったが、雷姫はおらず、瓦礫が散乱して、そこらに大穴が開いていた。ガラス張りの天井からは、暗くなりつつある空があった、月はもう、その輪郭をハッキリさせて照らしている。
「リョウ…?」
リョウは目を瞑っていた。ソラノはリョウの身体を揺さぶる。
「起きろ。リョウ」
リョウは起きることなく動かなかった。
呼吸を感じられなかった。鼓動を感じられなかった。
「…!きみは…」
ソラノは口が開いたまま震える。リョウの頭を撫でた。
「…きみは…。きみは…」
それから先の言葉が出ない。涙だけ止まらずに溢れる。
遠くからソラノの名を呼ぶミズキの声が聞こえる。
「…きみは…」
ソラノはリョウを強く抱いた。
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