第68話

 リョウにその瞬間は訪れなかった。

 前を見るとクラウンは目を細め、リョウの後方を見ていた。

 足の痛みと震えに耐えながらゆっくりと後ろを振り返る。

 10メートルほど先、空き地から森が始まる場所にがいた。だが狼にしてはそれは巨大だ、車くらいの大きさがある茶色い狼だった。それがこちらをジッと見ていた。普通ならあんなものがいたら慌てて逃げだすが、リョウは分かっていた。

 アモル。

 あの狼はアモルが変身した姿だ。薄れ行く意識の中でそれだけは分かった。

 アモルは駆け出す。その走る様もまさに狼だ。一気にこちらに向かってくる。

 クラウンは銃をアモルへ向けた。

 「やめ―――――」

 リョウは叫ぶが、クラウンは突然飛び退いた。その後にすぐ立っていたところに大きめの穴がボコりと開いた。

 「!?」

 クラウンはそのままステップを踏むように後ろへ下がっていく。下がるとそのあとを追いかけるように穴が開いていく。一体何が起こっているのかがよくわからない。

 クラウンは舌打ちをしつつ上を見た。はるか上空には俺たちがさっきまでいた水槽。

 苛立ったままクラウンはリョウに銃を向けた。

 「くッ!」

 リョウはもうこれで撃たれると目をつぶったが、撃たれる前に鉄がぶつかる音がした。

 「!?」

 目を開き、見るとクラウンは銃を落としていた。そして手を押さえる。アモルは俺の横に立って唸り上げる。

 「……これは相手してられませんね」

 クラウンは半笑いで踵を返し、走り去った。

 「助かったのか……」

 そう思うと意識が急速に遠のいていく。

 最後に「リョウお兄ちゃん」という声が聞こえた。

 

 

 ※※


 

 目が覚めると眩しい照明の光が遠慮なく目に差し込んでくる。身体はどんよりとだるい。力を使い切った後の独特の疲労感だ。何とか口だけは動くようなので動かす。

 「なんかすっごい寝てた気がする」

 そんなことを言いながら辺りを見渡すとだいぶ見慣れた気がするモニター。それと見慣れた不機嫌そうで心配そうなお顔。

 「はぁ……。きみは開口一番それか」

 「ごめん」

 「まぁ。きみが無事でよかった」

 ソラノはふっと一瞬笑った。照明の光も相まってとても神々しく見えた。その笑顔に見惚れてしまって数秒凝視していると、すぐにソラノは無表情に戻った。そして、自分が眠り込む前に置かれていた状況を思い出して血の気が引く、と同時に聞かなきゃいけないと思った。

 「どう……なった?」

 「まずきみは一日寝ていた。そして、アモルなら無事だ。彼女も能力を使って眠っているが」

 「はぁ……よかった」

 とりあえず胸を撫で下ろす。

 「よかったじゃないぞ……」

 ソラノの声はとても低かった。

 「きみは毎度毎度無茶をして……!あの時アモルとヤマトが居なかったら確実に死んでいたし、太ももに銃弾を受けるわ、マシンフレームともやりあって!!きみは……やっぱりばかだ」

 ソラノはすこし声を震わせて涙を浮かばせていた。またこの子をここまで心配させたんだなと思った。

 「ごめん」

 「でも、ほんとうに無事でよかった……そして、アモルと私を助けてくれてありがとう」

 ソラノはそう言うと俺の手をきゅっと握った。

 「あぁ……」

 リョウはそう言うしかできなかった。

 


 ※※

 

 

 数日後、アモルの体調も良くなったという事で中庭で面会することになった。

 中庭の中央にはアモルとマルナさんが居た。でも少し様子が違って見えた。二人は手を繋いでいた。親子としては当たり前の光景なのかもしれない、でもそれがリョウにはひどく暖かく見えた。

 「リョウお兄ちゃん!」

 アモルがこちらに気が付くと、元気に駆け寄ってくる。マルナさんも遅れて歩いてこちらへ。

 「アモル!もう良さそうだな!」

 「うん!見て!」

 アモルはそう言うと少し目を瞑って両手に力を込めた。「ん」という声が一瞬した後、アモルの着ているワンピースのスカート部分が半分ほど瞬時に溶けて、背中に小さな天使の翼を形成した。能力を使ったんだ。

 「うおっ!すげぇッ!」

 心からの一言。もうそれしか言い表す言葉がない。

 「えへ!すげぇでしょ!」

 アモルも満面の笑みで言う。すると後ろからマルナさんの咳払い。

 「アモル。凄い。でしょ?」

 「うん、凄い……。でしょ!?」

 アモルは少しシュンとして言い直したが、リョウに見せたくて仕方がなかったのだろう、周りをグルグル回る。

 「急に力の制御が上手くいくようになったみたいなの」

 マルナさんは優しい声色で言った。

 「そうですか……よかった」

 「稲葉君……本当にありがとう……娘を

 「いや、俺は……最終的にはアモルに助けられた……礼を言うのはこっちです」

 俺が言うとアモルはグルグル回るのをやめてリョウの手を握った。

 「違うよ。リョウお兄ちゃん。僕は救われたよ。だから……本当にありがとう」

 アモルは更に握る手に力を込めた。

 「……」

 この命を助けることが出来た。本当によかった。

 リョウはアモルの頭を撫でた。アモルはくすぐったそうに笑う。

 「ちょっと向こう行ってくるね!」

 アモルは照れ臭くなったのか花壇がある方へ走っていった。翼は本当に元からあったかのようにゆらゆらパタパタと走る動きに連動していた。

 リョウは少しの間それを眺めていると、マルナさんが口を開いた。

 「あの子のこと、ちゃんと考えようと思ってるわ……。手遅れかも知れないけれど……」

 「手遅れじゃないと思います」

 「……え?」

 「連れ去ったあいつ……言ったんです。幻実こちらで保護した方が幸せになれるって……彼女のお姉さんも待っている。そちら側にいるより何倍もマシだって……」

 「……」

 マルナさんはしばらく黙り込んでいた。そして、意を決したのか顔を上げた。

 「それが聞けてよかった……。もう迷わない」

 マルナさんのその顔はとてもかっこよく、美しかった。でもそんな事より何よりもリョウは「これが母の顔なんだ」と思った。

 

 

 

 

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雷命の未来幻想 Daika @daika

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