第49話
※※オーコックス・インダストリー地下A階、ラボ※※
今日はアモルとマルナは一緒にいた。警護はいつものヤマトではなく、他のフィッシュボウルが3名ラボに待機している。
「ママ!見て!これ!」
アモルは端末を操作して仕事をしていたマルナに電子ペーパーを見せた。
「何~?」
少し面倒臭そうだが、かけていたメガネをはずして電子ペーパーに目をやる。
「ここの展開がすごく面白いんだよ!絵になっててわかりやすいの!」
電子ペーパーには挿絵が表示されている。挿絵といってもコマ割りされたマンガになっており、動作もついていて簡単なアニメのようなものだ。
それを見たマルナは目を細めた。内容も主人公がヒロインを助けるために男を殴るというものだ。
「これを読むのはもうやめなさい。最近のはこういう風になってるのね……」
マルナは画面をスライドさせて表示を消す。
「まだ最後まで読んでいないのに……」
アモルは口を尖らせて不満を露わにした。
「口ごたえしないの」
そう言うとマルナは作業に戻った。
「ママ……。じゃあ何を読んだらいいの?」
涙目に言う。無意識に拳を握っていた。
「はぁ……貸しなさい」
マルナはアモルから電子ペーパーを受け取り、面倒そうにしばし操作する。
「はい」
「これは絵本じゃないか!」
「今までも読んでいたでしょう?」
「もう面白くなくなったの!ママ!もうアモルもちっちゃな子供じゃないんだよ!」
「とにかく、さっきの本はダメ!ママは仕事中なの、邪魔をしないで」
「……」
アモルはグッと何かをのどに詰まらせているようだったが、マルナは無視して改めて作業に戻ろうとした。が。
「ママはなんで何もかもダメなの?」
アモルの小さな言葉がなぜか胸に刺さった。その瞬間に衝動的にマルナはアモルに向き直った。
「あなたのことを想ってなのよっ!」
どうしてか言葉が強くなる。掴んでしまったアモルの肩がわずかに震えているのがわかった。
「……アモルは…知りたいこともある」
「……?何を言っているの?」
「アモルも、知りたいことがあるの」
「……」
マルナはその先を口にすることが出来なかった。それは何なのか、それが何だったとしても向き合えるものではなかったから。
「ママっ!」
アモルは声を張る、小さな身体から大きく勇気を振り絞った。2人だけの部屋に声が響く。マルナは怯えるように身体をのけ反り、アモルから手を放した。
「ママの……。仕事の邪魔をしないで……」
「ママ!」
「邪魔をしないで!!!」
マルナは乱暴にデスクの上の物を片付けて、足早に部屋を出て行った。
「ママ……」
アモルは独り残される。目には涙がいっぱいだった。身体の震えも少し残っている。
マルナは余程動揺したのかアモルをガラス張りの小部屋に入れなかった。広い部屋に不安を感じながらアモルは辺りを見回す。
「誰か……いますかー?」
広い部屋に独りにされれば何かいるのではないか、実は護衛の人が着いてくれているのではないかと怖さと期待が織り交ざる。
「ママ……」
誰もいないことがわかると寂しさと後悔が湧き起ってくる。涙をゴシゴシと袖で拭きながら、マルナが座っていたデスクに座る。
「うんしょ……」
画面に目をやると、いつものロック解除用パスワードを求める画面ではなく、通常のデスクトップになっていた。
恐る恐る画面の研究資料がありそうなアイコンを触る。知りたいことがあった。昨日来たシュルムおねぇさんの迎えが言っていたこと。
「暴走……」
しばらくあちこちを探していると、A階ネットワーク上の奥の引き出しにアモルについてのファイルが保管されていた。開くと数十に及ぶアモルの調査報告があった。しかし、それらはアモルの体調について記録されているもので特に目を引くものではなかった。
「あっ…」
アモルはネットワークの引き出しを引き出しとして描写再現しているモノの奥に1個小さな箱のようなものを見つけた。それに触れる。
箱が拡大されるとそこには【幻実のアプリエイター】と書かれていた。自分のことだ、アモルは直感した。開封。ロックはかかっておらず、すんなりと開く。
開かれると勢いよくファイルが飛びだしてきて画面上に整列されていく。
ファイルにはアモルの名前が書かれているモノも多数あった。
「アモルが…幻実の……アプリエイター……」
状況からそう判断するのは自然な流れだ。
そして見つけた。【幻実の精神不安によるナノマシン暴走事故】のファイル。
それを開くとさらに細かなデータがいくつも展開された。どれを調べたらいいか迷ったが、監視カメラの映像らしきデータを見つけた。
「アモルとママ……」
映像を再生するとアモルがベッドの上で
そこに駆けつけ、頭を撫でるマルナ。
アモルはそのまま蹲っている。
マルナは何かを言っているようだ。そのまま背中を撫で、抱きしめた。
アモルは首を振る。
マルナは一層強く抱きしめた。
その瞬間。
「……っ!!」
マルナの身体が飛ばされた。
意味が解らなかった。
突き飛ばしたのは。アモルだった。しかし、そのアモルの左腕は人のそれではなかった。アモルと同じくらいの大きさに変質した腕。例えるなら獣の腕。
「あ…あ、あ……」
そしてアモルの右腕も変質、じわじわと身体までも大きくなっていき、人ならざる者へと変身していく。
「ああぁぁぁぁあああ!!!」
アモルはそこまでで映像を止めた。
「うぅぅ……。アモルは…覚えていないよ……覚えてないよ……」
自分で起きていることが全く理解できなかった。あの映像での記憶は全くなかった。
「アモルが……」
アモルは過呼吸になりかけながら端末の画面に目をやる。震えた手で【幻実についての暴走後経過報告】を触れる。またファイルが展開され、とりあえず【報告Ⅰ】というデータを見る。
「分解…吸収……再構成」
読んでいるとその文字が飛び込んできた。自分の能力。そして、その暴走があの映像。
あの映像が瞼にこびりついたかのようにフラッシュバックする。
「ああああああぁぁぁぁぁぁ!!!ママ!ママぁぁぁぁ!!!」
涙が零れる。声も自分が出しているのかさえ分からない。勝手に出ている。
悲鳴に近い声をあげる。
「アモルっ!」
その時部屋に入ってきたのはマルナだった。
「ママああああああ!!!」
「ごめんなさい……アモル……ママが悪かったわ」
マルナは独りにしてしまったことを謝った。部屋を出てしばらくして、自分の母親として最低な事をしたと後悔し、戻ってきたのだ。
「ママ……ごめんなさい……ママ……。ごめんなさい」
「アモルが謝ることないのよ」
マルナはアモルの頭をやさしく撫でた。
「ごめんなさい……ママ…」
「ママがごめんなさいなのよ……」
それでもアモルは泣き止まなかった。
「アモルはママを…っ!傷つけて……アモルは何も覚えてなくて……」
「……何を言って……」
マルナは端末の画面を見た。
「アモル……どうやって……!?」
「ごめんなさい……う、うぅぅ……」
マルナは立ち上がり、画面を確認すると普段十分なセキュリティでのロックがかかっているはずの幻実のアプリエイターについてのデータが開かれていた。
「あり得ない……」
この事態に呆然としていると、アモルはマルナの袖を掴む。
「ママ……ごめんなさい……」
「アモル……」
マルナはアモルを抱きしめた。いろいろな感情が織り交ざって、強く抱いた。もちろんこのままにしておくとまた幻実が暴走するかもしれないのもある。
「アモル……落ち着いて」
「ママ……ママ…」
そう言っているうちにアモルの呼吸が異常に早いことに気が付いた。
「うぅ……ううう!ううううぅぅぅ!!」
アモルの長い髪が風もないのに、次第に波を打つように動いていく。一束一束が蛇のようにクネクネと動く。
「いけないっ……アモル!」
「……マ……マ…」
アモルの服が少し、ほんの少し溶けていくのがわかった。ナノマシンによる分解。
その瞬間マルナにもアモルに突き飛ばされた瞬間がフラッシュバックした。
恐ろしく禍々しい腕。
黒い腕。
「ひっ!!」
その時にはもう身体が動いていた。
アモルを突き飛ばしていたのだ。
「ママ…」
アモルはまるでそこに乱暴に置かれていた人形のようにして言った。
「あ……あ…」
マルナは自分のしたことを今理解した。そして駆け寄る。
「アモル!」
しかし、マルナはその場で固まってしまった。アモルが変身してしまったからではない。アモルが首を振っていたからだ。変身は止まっていて、ただアモルは静かに涙を流した。声をあげるわけでもなく。
「ママ……ごめんね…」
その姿は人形というのがふさわしい姿だった。力なく座り、ただ口を開いて「ごめんね」と呟く。
「アモル……ごめんなさい……本当に…アモル…」
マルナはその場に泣き崩れた。
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