第44話

 「はぁ……」

 クラウンは小さくため息を吐いた。ロシアからの移動、カントーESSへの潜入。それからかれこれ数日の調査、これを一気にこなすとさすがに骨も折れるというもの。しかし、ため息の原因はそれではなかった。

 「呑気に中庭で日向ぼっこね……」

 対象の幻実のアプリエイターはオーコックス・インダストリーの社屋内にある中庭で護衛を数人つけるだけで日向ぼっこしていた。

 「しかし、そのうちの1人はヤマト・高岡と、今はいないがミズキ・ですか……。生身では無理そうですね」

 クラウンはすでにオーコックス・インダストリー社屋に潜入していた。ESSに潜入するよりも簡単で、こうやって社内のカフェでコーヒーを飲んでいる。自身のナノマシン、マリオネットサーカスを使えば造作もないことなのである。

 集めた情報を整理すると、先走ったイヴ製薬のおかげで、ESSは現在厳戒態勢を密かに敷いており、マシンフレーム98機をESSの2つあるメインゲートに配置。流石最新のESSである、欧米の軍隊でも防衛にここまでの数のマシンフレームを回せない。これによりまずゲートからの脱出は考えられない。ゲートから地上へは1本の長大なスロープとなっていて、そんなところを通ろうものなら集中砲火を食らう。ゲート以外のESS外への脱出も、降下中に攻撃を受けるだろう。上空からの迎えも無理。撃ち落とされる。

 今回、幻実のアプリエイターの他にも可能であれば奪命のアプリエイターも運ばねばならない。その二人を同時に、と言うことならばそれなりに装備も限定され、行動も制限される。

 「幻実は引き続き行動を観察……。あと……もう一か所」

 そう呟き、クラウンは立ち上がる。もう2つ依頼対象がある。



 ※某所、オーコックス・インダストリー隔離施設※


 

 空港でリョウに倒され、ほぼ拷問と言ってもいいを受けた後、ホルス・ソルウォールはこの施設で監禁されていた。施設自体は薄汚いなどそういうことはなく、白を基調とした清潔な研究室を想像させる。しかし、刑務所というわけではなく、けして囚人のような扱いをされるわけではなかった。食事は栄養剤のようなものを投与されるだけ、隣の部屋とを隔てる壁以外の、三方を透明な壁で囲われた狭い部屋にずっと閉じ込められ、日光を浴びて運動や何か作業をさせられるわけでもない。おそらく囚人や奴隷の方が楽なのではないかと思わせられる。

 「……」

 ふと透明の壁の向こうにいる看守を見ると、目が合い、不審なことをしていないかとジロジロと舐めまわすように見られる。しっかりと仕事をしていて十分な給料を貰っているのだろう、誰かに買収されて自分を脱走させるなんてことはない。自分のナノマシンも、あの戦闘で根こそぎ焼かれている。何もできない。

 「フィナル……雷帝……」

 最近口にした言葉はこれくらいだ。うつろな目で虚空を見つめる。

 「……」

 すると、不意に天井から羽虫のようなものが出てきた。おそらく出てきたあたりが目に見えるか見えないかの小さな穴で出来た吸排気口なのだろう。

 その羽虫がホルスの方に飛んできた。最初は殺すか追い払おうかと思ったのだが、よく考えると、外からフィルターや空調を潜り抜け、最終的にこの吸排気口を器用にすり抜けてくる極小の羽虫などいるだろうか?

 ホルスは身動きせずに待った。

 羽虫は不快な音を響かせ、迷いもなく耳に入ってきた。羽音はとてつもなく不快だったがある程度奥に行くと、音は止んだ。そして聞こえてきた。

 「骨伝導で話しています。君がバカでなくて助かるよ。喋らず待ってください、今ナノマシンを注入します」

 羽虫はドローンだったのだ。ホルスは言われるまま目を瞑り待つ。

 注入が終わったのか羽虫の主は話し始めた。

 「今注入したナノマシンはテリトリアルの体内型です。2日も経てばそれなりに使える数に増殖します。しかし体内型、以前のモノと同じように使うとすぐに使用不能になりますのでご注意を。脱出ですが2日後、土曜日にそこのロックを解除し、扉を開けます。看守もその時間帯はいなくなる。分かったなら頬を小指で掻いてください」

 ホルスは言われた通り頬を掻く。それをどうやったか知らないが確認した羽虫の主は続けた。

 「外も別件で騒動になります。その隙にESSを脱出。東京のあなたが知っている回収ポイントに向かってください。あと脱出の際、隣の部屋にいるサプサーンという男を一緒に施設外へ連れ出してください」

 確かに数日前に男が連行されてきたのを見た。

 「サプサーンは別の組織が回収に来るので外に出すだけで構いません。あと、脱出したからと言って奪命のアプリエイターを探さないように。こちらで回収しますので。ただ脱出を優先してください。これはからの命令です」

 「……」

 ホルスは何か言おうにも、すべて看守に聞かれているこの部屋で声を出すわけにはいかず、こめかみに力が入った。

 「では、お楽しみに」

 羽虫の主はそう楽しそうに言い捨て、また不快な音を聞かせて部屋を出て行った。

 ホルスはただそれを見送る。

 「フン……」

 そして小さく笑った。

 


 

 

 

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