第43話
ソラノ達の協力もあり、学校が終わるとそのまま翔子の稽古が始まるという地獄が2日続いた。蹴り技もいまだに少ない時間で威力を出すという課題はクリアできていないが、赤いボールの回避は慣れてきた。
リョウはその日の稽古も終わり、オーコックス・インダストリー社屋に帰り着いた。時刻は22時。
「やばい…きつい……」
ちょくちょくと身体を加速させているので、疲労感が半端ない。稽古から帰るとなんとか晩御飯を食べて、シャワーを浴び、寝る。これの繰り返し。早いとこベットに入るとする。
「明日も、明後日もこれやるのかなぁ……土日も……ふあぁ」
もう半分眠っているような感覚、あくびがさらに眠気を誘う。
「土日……」
なぜか土日と言う言葉に引っかかりを覚えた。
「土日……今週末、末……」
何かを忘れているような気がする……。大事な何かを。半分意識を眠気に持っていかれながら必死に考える。そして。
「今月末!!!!湯野原さん!!!今週末じゃん!!!!!!」
リョウは真っ暗な部屋の中で独り叫んだ。
なんだかいろいろあったせいで完全に忘れていたが今週末が水族館のプレオープン、雪羽とのデートの日である。
ここ2日学校で雪羽としゃべっていない気がする。授業中も疲れで寝ていることも多く、あまり記憶がなかった。
「うれしいんだけどなぁ……」
あの雪羽とデートというのは本当にうれしい。しかし、竜次のこともあり、素直に喜べない。
「いや、山田じゃねーな…」
リョウはそう呟いて、今は眠気に負けることにした。
※※
翌日。身体の痛みで目が覚めたリョウはいつものように登校の準備をし、社屋のロビーに行った。ソラノとミズキは先に待っていてくれた。二人とも結構遅くまで仕事をしているらしいのだがまったく疲れなんかを見せない。以前、休みの日にソラノが眠そうな姿を見たが、あれはかなりのレアだ。
「おはよう」
「おはよぉ、稲葉リョぉ」
ソラノはいつもの無表情、ミズキは白い歯を見せてにっこりと笑う。ミズキは不意にこれをやるからドキドキして勘違いしそうになる。というかたぶんミズキは雪羽とのデートについて面白がっていそうな感じがする。
通学路をしばし歩いているとミズキが乱暴に肩を叩いてきた。
「稲葉リョぉ!」
「なに……」
「ミズキちゃんが話しかけてるのにぃ、そんな態度とっていいのぉ!?」
そう言いながらミズキはグイッとリョウの身体を引き寄せ、耳に口を近づけた。何で毎回ミズキちゃんは有難がらせようとするのだろうか……。胸当たってるので有難いですけど。ありがたやー。
「デート今週末だねぇい」
「やっぱり……」
「んふっ」
ミズキちゃんはとっても楽しそうな笑顔。すると耳元から口は離れてくれた。まだ耳がムズムズする。
「でぇ?行くの?」
「いや、それは……」
なんとなくソラノの方を見る。
「……」
ソラノは凛とした態度で歩いてはいたがしっかりと目が合い、慌てた様子で逸らされた。それを確認してミズキに答える。
「行くって言っちゃったし」
「山田っちがぁ、ばったり会いたがってるのにぃ?」
「お前、全部聞いてるじゃねーか!」
「だぁってぇ、聞こえるんだもん~」
ミズキは口をつまらなそうに尖らせる。
「そこは……なんか考える…」
「今日と明日しかないわよぉ?」
「う……ん」
ふざけた感じで確実に追い詰めてくる。
「ふぅん……まぁ、いいやぁ。青春したまえぇ」
そう言いながらミズキはソラノの方へ寄っていく……と思ったが。
「あと。お前って言うな」
ミズキちゃんの低い声とともに右ストレートが肩に入ったのであった。
「意外と痛いっ!」
※※
「よぉ!稲葉!」
教室に入るとさっそく声をかけてきたのは話題の山田竜次だった。おそらくプレオープンが近いのでテンションが上がっているのだろう。ベタベタと肩を組んできた…。
「なんだよ」
「うえへへ」
「キモ」
「だってさぁ……もうすぐだぞ??もうすぐ……」
「プレオープン?」
ちらりとミズキに目をやる。なんともいやらしい目でニンマリと笑っていた。この人めっちゃ楽しそう……。
「それそれ!お前と選んだ服もばっちり準備してるし、楽しみだよなぁ~」
「そうだな……」
早々に解決したい問題ではあるが、すぐに対策がとれるものではないので話をさっさと終わらせたい。
しかし、そんなリョウの考えなど知らない竜次は続ける。
「で、誰と行くのかわかった?」
「……。な、何で俺が調べてる風になるの」
あぶない。一瞬固まってしまった。
「そのくらい自分で調べろ!」
そういってリョウは竜次の手から逃れ自分の席に着いた。竜次はそれでも「よろしくなぁ~」と言いながら自分の席へ行った。本当に自分で調べる気がないらしい。
「はぁ……」
わりと大きめの溜息吐き出していると、教室の前の方の入り口から雪羽が入ってきた。
「おはよう、稲葉くん!」
雪羽は大きな目をぱちくりさせて言う。
「おはよう」
その勢いに押されて小声に返事を返す。
「あれ?元気ない?」
「ん?あ、いや、元気だよ。いや、元気じゃないか……」
翔子にボコボコにされてるし。
「風邪とか怪我とか気を付けてね」
雪羽は周りを少し見渡す。そして、見ている者がいないと確認すると、リョウの耳に顔を近づけてきた。ミズキほど無遠慮に接近はして来ないものの、十分近い。くすぐったい。
「土曜日のこともあるし」
雪羽はこしょりと言った。それには何かゾクゾクっとした。顔は見ていないけど、絶対大人っぽい顔をしていたと思う。
「そうだ、ね」
リョウはそう返すぐらいしかできなかった。それを聞いた雪羽はニコッと笑って席に着いたのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます