第39話
翌日、リョウはソラノの時のようにアモルの部屋へ向かった。ソラノの方はミズキが泊まり込みで護衛をしているらしいので大丈夫なようだ。というか、そっちの方がソラノの身に危険が及びそうな感じだったが、ソラノの力なら大丈夫だろ。と自分の中で納得させた。
アモルの部屋に入ると、女性スタッフが一人作業をしているだけで、マルナの姿はなかった。
「おはよーございまーす」
リョウが恐る恐る挨拶してみると、女性スタッフはニコリと笑って会釈した。
「アモルちゃんは……?」
「今ちょうど朝食をとっているところですよ」
そう言われ、アモルがいるガラス張りの部屋を見ると、こちらに背を向けるかたちでテレビを観ながらトーストを食べているアモルの姿があった。
「テレビは観てもいいんですか?」
昨日マルナが余計な情報は入れさせたくないような事を言っていたので疑問に思った。
「あのテレビはマルナさんのチェックが入ってるものですから」
「…なるほど」
マルナがやりそうなことだ、と呆れた。
「あの……、入ってもいいんですかね?」
「大丈夫ですよ」
マルナに止められたりしていると思ったが、すんなり入室出来た。
部屋に入るとアモルは一瞬輝いたのかと思うほど眩しい笑顔でこちらを向いた。
「リョウお兄ちゃん!」
「おはよう」
「おはよう!」
アモルは口の周りにジャムを付けてそう言った。
「朝飯食ったら中庭行こうぜ」
「うん!」
アモルは最高の笑顔で返事をした。
※※オーコックス・インダストリー ラボ※※
「ふぁあわわああぁぁぁ」
のん気にも大きく口を開けてあくびをしたのはミズキだ。昨日の夜からあまり寝ていない。なぜかというとソラノが自室に行き、シャワーを浴びて、夕食を食堂でとった後ソラノの部屋か自分の部屋でゆっくりしようと思っていたのだが…。
「ソーラぁ~」
「なんだ?」
「なんで仕事してるのぉ!?眠いよぉ!もう朝だよぉ!」
ミズキはまるで駄々をこねる様に言う。というか、駄々をこねている。ソラノは夕食の後、ラボに籠って朝まで作業をしていたのだ。
「そう言うなら寝ればいいだろう、何かあったら起こす」
ソラノは端末をツンツン操作しながらそう言った。
「そういう訳にはいかないじゃぁん?」
ミズキは椅子をきゅるきゅる回転させる。
「そんなすぐ来るのかねぇ?それを使う時がぁ~。面白そうなものがあるって言ったのはあたしだけどぉ」
「備えあれば憂いなし、という言葉があるだろう?それだよ」
「古臭あぁ~」
ミズキは足をバタバタ。ホントに駄々をこねる子供だ。
「すまなかったな、古臭くて」
「ごめぇんってぇ~」
ミズキは大きな作業台に無造作に置かれているモノを見た。
そこには鈍く銀に光る塊があった、まだテスト段階で、本当に実用化できるのかも怪しい代物。
すると、突然スライドドアが開く。
「おはよう、二人とも」
ラボに入って来たのはリンだった。バッチリ睡眠はとったらしく目もパッチリ、メイクもキマッている。
「ずっと作業を?」
「うぅんん」
「そうだな」
「…あなた達…肌に悪いわよ?」
リンはやれやれといった風にそう言いながらソラノのデスクにメモリーカードを置いた。
「……これは?」
「とりあえず見て」
リンの真面目な雰囲気を察してソラノはメモリーカードのデータを読み込む。
ミズキも目を乱暴に擦って端末の画面を見た。
「監視衛星が捉えた映像よ」
オーコックス・インダストリーは専用の人工衛星を百数十機宇宙に飛ばして、世界の各地を監視している。そして今画面に映っているのはその超高性能カメラでとらえた映像だ。
「場所はロシア北部、イヴ製薬本社よ」
「何かあったのか?」
「まぁ……見てて」
リンは画面を見ながら言う、その顔は良いモノを見せるという風な顔ではなかった。
しばらく真上から本社を見る状態が続いた。
「あ!」
思わずミズキが声をあげる。画面の本社の建物から急に土煙のようなものが上がったからだ。
ソラノは黙って画面を見続ける。
そして、しばらくしてもう一度煙が上がった。
「何が起きている……?」
「もう少ししたらわかるわ」
すると、煙が晴れていき、その中から先ほどまでなかった影が建物にへばり着いているのがわかった。
「…何これぇ?」
ミズキは思い切り画面に近付いて見る。
影が建物から離れ着地。そこから脇の道路へ出た。人が走っているように見える。
「これは……マシンフレーム…?」
「そう」
リンは画像を拡大させる。そしてその機体をタッチすると、「機体詳細不明」と出た。しかし、すぐに出来る限り集めたデータからその機体の姿が再現される。
外見はなんというか、リョウがいつも観ているアニメのロボットのような印象を受ける。
「稲葉リョぉが喜びそぉねぇー…」
「いや、そんな事よりも…」
「気が付いた?」
のん気な事を言っているミズキを置いて、ソラノとリンは言う。
「この横の施設はロシア軍関係の物じゃないのか?」
「そ…。なのに、軍が動き出したのは、そのマシンフレームが動き出してから……」
「そうすると、この機体の存在に気が付いたのは相当後になったという事になるな?」
「なぁるぅほぉ…。つまりは強力な迷彩装置とぉ、レーダージャミングがあるってことぉ?でもこれぇ、ロシア軍基地だよねぇ?一応それなりの技術とレーダーは持ってると思うけどぉ…」
「そんなものも無視できる機体。ということか」
「しかもその機体がイヴ製薬の本社から出て来た…。あまりいい状況じゃないわね…」
「これは、急襲…ではないだろうな」
「そうね、急襲ならもう少しやり方があっただろうし…」
「うぅん…とりあえずぅ、調べさせた方が良さそうよねぇ」
「えぇ、もうその手配は終わっているわ」
「仕事はっやーい」
ミズキは喋り方こそふざけていたが、目は全く笑っておらず、狩人でも想像させるような目だった。
「当たり前でしょ。まぁ、とにかく今回はマシンフレームがよく絡むわねぇ」
リンは小さくため息を吐いてウォーターサーバーのところへ行く。
「何か対策をしないとね……。…ん?ソラノ、これは…例の?」
リンは水を注ぎ、一口して作業台の上に乗っている銀色のモノを指した。
「衝撃熱変換材を使った装甲だ」
ソラノは少し得意げに言った。衝撃熱変換材というのは、その名の通り、衝撃を熱に変換するジェル状の素材である。近年開発されたものなのだが、一般的に出回る物は叩いて火傷しない程度の熱を発生させ、懐炉として売られている。今後熱変換効率を上げていき、発電に利用できるのではないかと期待されている。
しかし、それは一般的な情報だ。今そこにある装甲に使っている物はオーコックス・インダストリーで開発していたモノであり、量は少ないがすぐさま発電に使えるほどの変換効率を持ったものである。
「マシンフレームがよく絡むというのならば、これを早く完成させないと」
ソラノは画面のマシンフレームを睨み、言った。
※※オーコックス・インダストリー 中庭※※
「暑いなー…」
「日陰で、しかも風まで流れているんだからいい方じゃないか」
リョウとアモルはそんな会話をしながら日陰のベンチに座り、映像観賞用の大きめのタブレットでガオウバインを観ていた。アモルの部屋だとマルナに怒られ、最悪データを消される可能性がある。暑さが流石に限界に来たら食堂にでも行くつもりだ。ちなみに今26話がちょうど終わった所だ。切りもいいのでリョウは停止ボタンを押して、休憩も兼ねてアモルに話題を振った。
「アモルちゃんはどのキャラが好き?」
「うーん。そうだね…。アモルは、テファかな」
「お、テファかぁ…。かわいいもんね」
テファは清楚な感じで、主人公のレイザードと恋をする、このガオウバインのヒロインである。しかし、中盤に敵の卑劣な罠で殺されてしまう。その死に方というか、最期がかなり衝撃的だったせいで、深夜枠に放送が移されたとも噂されている。
リョウは少々複雑な気持ちになってしまった。好きなキャラが死ぬというのは結構きつい事があるから。
「かわいさもあるけど、性格とか、あと乗っている機体も好きだね」
テファの機体は、銃などの遠距離からの攻撃を得意としていて、何よりの特徴は、背中にある白い大きな翼だ。
「あの翼が綺麗で好きなんだよ。ロボットっぽくないし、天使みたい!」
天羽は大きく手を広げて言った。
「そっか。俺も好きだなぁ」
「アモルもあんな感じで、護ったり、援護したりで、助けたいな」
「お母さんを?」
「うん」
「お母さんが好きだな」
「そうだよ!リョウお兄ちゃんはママのこと嫌い?」
また答えにくい質問をしてくる。リョウはしばし顎に手を置いて考えた。
「…そうだなぁ……俺は、嫌いじゃないけど。苦手なのかな…?」
「そうか…。まぁ人には得手不得手というものがあるよね」
「まぁ…ね」
自分より小さな子供にこんなセリフを言われると、年上として振舞う自信が無くなる。
アモルはうんうんと頷いてアニメの方へ眼を戻す。
「さあ!続きを観よう!早く次の話が観たいんだよ!」
さっきの26話の最後でレイザードが知らない兄を名乗る人物が現れ、そのままエンディングになる気になる終わり方だったのだ。
たしかに何故マルナがアニメなど観せるなと言うのかわかった気がした。この設定、アモルとアモルの知らない姉、シュルムの関係に当てはまる。
「次が気になる?アモルちゃん」
「うん!だって、今まで見ず知らずだったお兄さんが出て来たんだよ!?しかも、機体がかっこいいし!」
レイザードの兄、ガンレインは格闘家としても強く、しかも、ガオウバインの元となった機体ガロウバインに乗る、外見はガオウバインの銀色一色バージョンの様なもので、なかなか人気のある機体だ。アモルがかっこいいと言ってもおかしくはない。
「アモルちゃん」
「なんだい?リョウお兄ちゃん」
リョウは聞いてみたくなった。自分に本当は姉がいて、それが自分と同じアプリエイター。しかも、イヴ製薬に掴まって、今まで酷い事をされてきたことを知ったらなんというか?その姉が脱走していると聞いたら何と思うか?
リョウは唾をゴクリと飲んで口を開いた。
「もしさ、自分に知らない兄弟なんかがいたらどうする…?」
「……」
アモルはリョウの顔を見て止まる。
「……」
しばらく見つめ合う。アモルが思考を巡らせて、リョウの考えていることを考察してしまったかもしれない…。そんな風に思った。
「うーん。そうだね。逢いたいな。もしそんな人がいるんなら、お話しして、ママと一緒にいたい」
アモルはそう言って、にっこりと笑った。そして、続ける。
「だから、アモルはリョウお兄ちゃんにもママと仲良くしてもらいたいな!」
「…あはは。そっか」
リョウは笑うしか出来なかったが、何だか嬉しくなった。それと同時に、複雑な気持ちになったのだった。
「さて、次を観ようじゃないか!」
アモルは意気揚々と再生ボタンを押した。
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