第32話

 「ミズキ!正面!」

 エレベーターの外からの何かが壊れる音とリンからの通信でだいたいの状況は理解していた。エレベーターはもう地下7階、何かがこちらに走ってきている音すら聞こえている。

 狭い室内での戦闘用ゴーグルと専用のマスクを着けたミズキはカタパルトハンマーミョルニルを構える。

 「ごめんねぇ…マルナ…。アモル…ッ!」

 ミズキはそう言うと同時にエレベーターの扉が開く。狼は目の前。

 「らああああああああ!」

 ミズキはジェットを点火。その火を直接浴びたエレベーターの内壁がグズグズに溶けてに爆音と熱気がこもる。息をすれば肺が焼けてしまう。ハンマーを狼の鼻先目がけて一気に叩き落とす。完全にコースを捉えている。

 「ッ!」

 ハンマーが命中する直前。狼は全身を使って急制動をかける。鼻先ギリギリで狼はハンマーをかわした。

 目標が無くなったハンマーは床に躊躇なく叩きつけられる。鐘でも鳴らしたかのような音が辺りに響いた。

 「ちぃ!大人しくしなさいよねぇぇぇ!!」

 ミズキは少しめり込んだハンマーを引き抜きながら叫ぶ。狼はすでに階段の方へ駆けだしていた。

 「こいつ!外に上がる気ぃ!?」

 「でも、シャッターが閉まってる!簡単には突破できないはずよ!」

 確かに、上へ繋がる階段は万が一の時の為にすべて封鎖している。対強襲用だ。簡単には開けられない。

 「待ちなさい!」

 ミズキはエレベーターを出て、すでに狼とは形容しがたい禍々しさを持つ目標を追いかける。かなりの高速で階段があるはずのシャッターへ走って行っている。

 「…!速い!」

 ミズキはハンマーを横に構えて、ジェットを点火する。

 「まぁぁぁぁぁぁぁぁてぇぇぇぇぇッ!!」

 ミズキはジェットの勢いで加速。少し跳ねるように走るだけで先程のまでの何倍のスピードで接近できる。

 「早く!ミズキ!」

 狼がシャッターの前へ着く。そして、すぐにシャッターが分解されていく。

 「分解が早い!さっきよりも早くなってる…ミズキ!」

 「わかってるぅぅぅぅぅぅ!!!」

 ミズキは跳ぶ。緩やかな放物線を描いてハンマーを構え。そして。

 「うおおおおりゃあああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」

 叩き付ける。

 「グルゥウウッ!」

 狼はコチラを振り返る。そして、立ち上り、腕を前に出して防御体勢をとった。

 「いい度胸ねぇぇぇ!受けてみなさいよぉぉぉぉぉぉっ!」



 ※※地上1階※※



 「ソラノ…出ない」

 リョウはあの遠吠えの様な声を聞いてからずっとソラノに電話をかけていた。未だに応答しない。ソラノは奪命のせいでケータイや通信用ナノマシンはエネルギーを吸収して使い物にならなくなってしまい持つ事ができない。なので通常はミズキがケータイを持っているのだ。だから余計に心配になった。

 「…」

 呼び出しの時間が異常に長く感じる。下の階からは先程から、低い音と合わせて地響きというか振動まで感じるようになった。

 「何してんだよっ…」

 これは明らかに異常事態だ、ソラノがこの状況に気が付かないはずがない。どこかに避難しているのかとも思ったが、それならば何かしらリョウにも連絡があるはずだった。

 「うおっ!!!?」

 いきなりの爆発音。そして今までで激しい一番の振動。下の階だ。

 「なんなんだ…」

 「リョウか!?」

 ソラノがやっと電話に出た。いつもと声色が違う。やはり何かが起きている。

 「ソラノ!?やっと出た!大丈夫か!?何か階段にシャッターみたいなのが降りてて…」

 「シャッター…会社…?階段にいるのかっ!?」

 ソラノの声は荒げていた。何か焦っている。

 「リョウ!そこから離れろ!」

 「え?」

 振動と音が段々と大きくなっていき、ソラノの声をかき消す。何かが階段を上がって来ているような音だ。

 「そこから離れろっ!!!」

 うるさい音が止み、ソラノの声が聞こえた瞬間だった。

 「…?」

 リョウは電話を持ったままシャッターを見た。

 なぜなら、いかにも分厚そうなシャッターが少しずつ溶けてきているのだ。何かの注意書きのようなものの一部に穴が開き。それに吸い込まれていくように周りが溶けていっている。

 「どうした…!?リョウ!」

 「いや…なんか…シャッターが溶けてる…」

 そう言うしかない。実際にそうなのだから。

 「グルルうぅぅ…」

 シャッターの向こうから何かが聞こえた。獣の唸りのような何かが。

 「早くっ!!!離れてぇっ!!!」

 「グルゥアァァッッッ!!」

 唸り声が聞こえた瞬間。シャッターが薄いプラスチックの様に砕けた。

 「ハァッ!?」

 リョウは思わず飛び退く。破片というか、瓦礫が床に散らばり、埃が舞った。何が起こっているのかよくわからない。

 「リョウ!?大丈夫か!?」

 「…う…うん…大丈夫、だけ、ど…」

 シャッターが砕ける時に一瞬、熊のような腕が見えた。今は煙で見ることができない…。

 リョウは一切の動きを止めて、前に集中した。

 「グルルルゥ…」

 また煙の向こうから唸り声が聞こえた。

 「…ソラノ…どういう…」

 「もうすぐしたらミズキが上がって来る…それまで耐えてくれ!」

 「耐える……?」

 唸り声がずっと聞こえている。この向こうに本当に熊でもいるのか……?

 「!」

 リョウは何か空気の変化を感じて後ろへ跳ぶ。

 直後、野太い獣の声と一緒に、熊の腕が煙を突っ切って現れた。腕はリョウが立っていた場所へ突き刺さる。

 「!!!!!」

 リョウはその光景を見て血の気が引く。

 「ソラノ!何―――」

 「ガアァァァァァァアアアア!」

 リョウの声をかき消して熊…いや、巨大な狼のような化け物が突っ込んで来た。そして、腕を高速で伸ばす。

 「イィッ!?」

 リョウは更にバックステップ。

 化け物の巨大な爪がリョウの目の前をかすめた。

 「ソラノ!?何こ―――おおおお!?」

 化け物はすぐさまアッパーのように腕を繰り出す。次の回避が間に合わない。

 「くううんぬううう!」

 リョウは反射的に身体に電流を流し、身体を加速させる。そして、すぐさま折れた足で加速の勢いが乗った蹴り。

 鉄と鉄がぶつかり合う様な音を立てて、リョウの足と化け物の爪がぶち当たる。

 「んぐっ!」

 固定具に当たって怪我をする事は無かったがエントランスまで思い切り吹っ飛ばされる。リョウはそのまま床に転げた。

 「かっはっ!いってぇ…」

 「グラアァウッ!」

 化け物が跳躍。リョウ目がけて跳んでくる。

 「ちぃっ!」

 リョウは跳ね起きてステップ。化け物の爪が床に食い込む。

 「いきなり何だよ!このッ!」

 着地。

 すぐさま腰を低く構える。目の前には化け物の横っ腹。

 「〝双天・烈突!!〟」

 翔子の得意技。掌底と膝蹴りを叩き込み、瞬時に肘打ちをぶち込む。

 有り得ないような破裂音と同時に化け物が軽い人形のようにぶっ飛ぶ。

 「キャアアアアッ!」

 化け物は中空を舞いながらとても獣とは思えない人間のような悲鳴をあげ、床へ転げる。リョウは何とも言えない気持ち悪さを覚えた。

 「何だよ…こいつ…」

 この状態、師匠の言うところのライジングモードを維持していないと危ない。

 化け物が起き上がる。ソラノと繋がっていたケータイはどこかへ飛んでいった。

 「真国はいつ上がって来るのかなぁ…?」

 リョウは自嘲気味に言い、自分の手を見る。化け物の身体が思ったより硬かったせいで出血。震えている。ライジングモードは維持しているだけでもジワジワと自分のエネルギーを消費していく。しかし、維持していないと瞬時に超人的な体術が使えない。

 「いってぇ…し、やべぇな……。ん?」

 するとエントランス中に警報が鳴る。恐らく会社中で鳴っているだろう。

 周囲の外へ通じるドア、ガラス張りの壁、それにシャッターが降りはじめた。化け物を外に逃がさないようにする為だろうか。

 警備員のおじさんが慌ててシャッターに挟まれないように逃げる。

 「…俺も逃げ場がないって事かよ…」

 「グルルルゥ…」

 化け物は何故か大人しくこちらを睨みつけている。いや、跳びかかる隙でも窺っているのだろうか。

 「何だよ…。犬」

 リョウがそう言ったのが聞こえたのか、化け物はのっそりと立ち上がった。

 「……え」

 立ち上がった姿は昨日のマシンフレームが一回り小さくなったくらいの大きさ。それよりも驚いたのはキレイに人間のように立ち上がったことだ。ごめんなさい犬じゃないです。

 「こいつ…何なんだよ…」

 「オオオオオオオォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーー!」

 化け物は雄叫びを上げるといきなり二本足で走り出す。当然リョウの方へ。

 「くっそっ!オオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!!!」

 リョウも叫び、自分に気合をぶち込む。

 化け物は大きな口を開き。跳ぶ。そのままリョウの胴に噛みつくつもりか。

 「!」

 リョウはバックステップ。

 化け物が空を噛む。巨大な顔面が目の前に。

 リョウはその場で片足を軸にして数回回転。

 「〝脚天・突風!!〟」

 拘束具を着けた足で顔面に回転の勢いを乗せた蹴り。

 何かが細かい物が折れる音がする。リョウの骨じゃなく、硬くなった毛の一本一本が折れてるようだ。というか、この化け物の毛は何かプラスチックのような感じがした。

 化け物の顔が明後日の方向を向く。

 「……!?」

 首の骨をやったか…?

 殺してしまったかという罪悪感に近いものと、倒したという安堵が入り混じる。しかし。

 「ガアアアアアアァァァァァ!」

 「グ……!エッ!?」

 リョウは戦慄した。化け物は確実に首があり得ない方向を向いているのに、リョウの身体を掴んだのだ。息が一気に詰まり、咽る。

 そして、化け物の首が音を鳴らしながら正常な位置に戻る。

 「…!ホントにバケモノかよッ!」

 化け物はリョウを掴んだまま睨む。真っ赤に眼球からは殺意しかイメージ出来ない。このままだと握り潰されるかもしれない…。

 「く…う……」

 次第に握る力が強まっていく。やはり握り潰す気か…。

 「ふっざけんな…!わけもわからねぇまんま死にたくねぇ……!」

 化け物はもう片方の手も手に添えた。両手で締めつけはじめる。抵抗してもビクともしない。

 そして、口を大きく開けた。

 「…っ」

 口には当たり前だがビッシリと牙が植わっていた。一つ一つが鏡のように光っている。

 イメージされるのは死。

 なんでこんなわけのわからないバケモノにいきなり襲われて死ななきゃいけない!?

 リョウは歯を食いしばって化け物を睨む。

 俺は雑魚キャラかよ…。何とも言えない怒りが込み上げてきた。

 「ソラノ…」

 落としたケータイが目に入り、ソラノの顔が脳裏に浮かぶ。そして、目を見開いた。息を一気に吸いこむ。

 「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッ!」

 リョウは叫ぶ。化け物はびくりと身体を震わす。リョウの身体からは蒼白い電流がパチパチと音を立てて迸る。

 「ふざけんな!」

 リョウの身体が電光に包まれる。その電流はすぐさま化け物も流れる。

 「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!」

 リョウと化け物は電流の激しい光に包まれる。エントランスの照明もそれに呼応してか、激しく明滅。またも化け物は人間の悲鳴のような声をあげ痙攣する。

 「う……るっせえ!」

 リョウは化け物の力が弱まった手を跳ね除け、床に着地。

 そして、そのまま目の前の足に掌底を叩き込む。

 「…!?」

 硬くない、というか手応えがない。撃ち込んだ後をよく見ると、そこからは黒い砂が破れた袋から漏れ出るようにして零れていた。

 化け物は悲鳴のような唸り声をあげながら体勢を崩し、リョウの目の前で膝を突く。

 「…何…だ……?」

 状況がわからなかった。しかし、今がチャンス。何も考えず、リョウは腰を低く構え、目の前の頭を思い切り蹴り上げる。

 「グブッ!」

 化け物はおかしな声をあげてなすがままに吹っ飛ぶ。

 やはり頭も手応えがない。

 化け物は宙をそのまま舞って、床にべたりと叩き落ちる。巨体のせいで振動と音がすごい。

 「リョウ!」

 「!?」

 リョウはその声に振り向く。ソラノの声だ。後ろには何人か銃を構えた護衛。初めて見たが、おそらくミズキたちの仲間だろう。慣れた動きで倒れた化け物を取り囲む。

 「ソラノ!?大丈夫なの!?」

 「あぁ…。きみこそ何ともないか?」

 ソラノはそう言いながらこちらへ走って来た。階段から来たのだろうか、息を切らせている。エレベーターは地下7階で止まっていた。

 「真国は!?」

 「たぶん来られないだろう」

 「そっか…それで?あいつは?何なの?」

 リョウは親指で化け物を指差す。化け物はゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 「それどころではなさそうだな…リョウ。アレを止められそうか?」

 「……。最初は身体硬かったけど、殴った時の手応えが今消えたところで、砂みたいなのが零れ始めてる」

 「そうか…本当はミズキやヤマトに任せないといけないのだが…」

 「来られないんだろ?どうすればいい?」

 「…出来れば殺したくない。出来れば…だ」

 「グルルルゥ…」

 そう話していると完全に起き上った化け物がこちらを睨んでいた。こちらに対する攻撃の意思がひしひしと感じられる。取り囲んでいる護衛は何もできずに銃を構えるだけ。

 「ソラノは離れてて…」

 「無茶はするな」

 ソラノの眼は鋭く化け物を見据えていた。ソラノも何かあれば奪命の力を使って戦う気なのだろうか。それこそ殺すつもりなのだろうか。

 「もちろん!」

 リョウはわざと笑顔で言って駆け出す。

 「グルル……………。ルガアアアアア!!!!!」

 化け物も護衛を軽く手で弾き飛ばし、リョウに合わせて駆け出した。

 「もうわかってんだよ!」

 弱点というか、どう攻めるかはもう考えていた。一瞬溜めを作って、リョウは真上に跳ぶ。

 ライジングモードの超人的な脚力で数メートルは中空へ。

 化け物もそれを追いかけるように跳んだ。

 「〝脚天・落雷!〟」

 跳んできた化け物が腕を伸ばしたところに加速させた足でかかと落としを叩き込む。

 「ガァッ!」

 直撃して勢いよく腕が下へ落とされ、それに引っ張られるように化け物も身体を下へ持って行かれる。

 リョウも一緒に落下。先に床へ落ちた化け物の背中に乗る。

 「要は電撃に弱いんだろォ!」

 リョウは叫び、放電。先程と同じように電撃が二人に流れる。

 「キャアアアアアアアアアアアアアア!!!!」

 「…ック!」

 化け物は痙攣しつつも暴れる。

 「キャアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアアア!!」

 相変わらずの悲鳴。そのまま数十秒は電流を流す。

 「ガアァァァァ!」

 「っ!」

 暴れていた化け物の腕が背中へ回ってくる。

 「がっ!!!!」

 命中。無茶苦茶に振り回していたであろう腕がリョウを横から殴った。化け物の背中からぶっ飛ばされる。

 「――――…」

 「リョォ!」

 ソラノは思わず声をあげる。

 リョウは弧を描いて、床へ落ちる。

 「…」

 いてぇ…。くっそ。

 声が出せなかった。ソラノの声が聞こえる。意識が霞む。

 ぼんやりとした感覚の中でソラノが駆け寄ってくるのがわかる。ここまで一撃が重いとは思わなかった。視界が赤に染まっていく。

 「リョウ!」

 ソラノの声がかなり遠くから聞こえる。そばにいるのに。

 ソラノが跪いてリョウの頭に触れ、傷の具合を見る。

 「大丈夫だ。額の柔らかいところが切れて血が止まらないだけだ…」

 ソラノはいつもの調子で言うが動きはテキパキとしている。自分のハンカチを取り出して、それを傷口に押し当てている。

 「立てるか?」

 「…あぁ……」

 リョウは辛うじて声を出すが、それよりも霞んだ視界の、ソラノの向こう。化け物がゆっくりと立ち上がろうとしていた。

 身体からは黒い粉を大量に零しながら。

 「…ソラ…の、うし、ろ」

 「…ん?」

 ソラノはゆっくりと後ろを振り返る。

 「もう起き上がるのか…。リョウ、アレもそろそろ限界だ。あと少し耐えれば応援も来るはずだ」

 「…あぁ…わかっ、た」

 ソラノはリョウの腕を自分の首に回させる。

 「立って…」

 「ん…く…」

 リョウはクラクラとしながらも立ち上がる。

 化け物も完全に立ち上がる。先程と大きさは変わっていないはずなのに、自分が不利な状況になるとやけに大きく見えた。

 「リョウ、行くぞ」

 ソラノは社員寮の方へ歩き出そうとする。

 「すまない…私がああいう敵にはあまり役に立てないせいで…」

 確かにソラノは雷姫の時のような話が通じる敵だったなら、足止めをして奪命の力を使うことができただろう。

 「いや…俺が油断した…。ソラノ。俺置いて逃げろ」

 「何を言ってるんだ。さっさと行くぞ」

 リョウの意識ははっきりしてきたが、足がついて来ない。歩く速度も遅く、化け物が完全に復活したら追いつかれてしまうだろう。

 バレているだろうがエスカレーターの影に入って隠れる。

 化け物の様子を覗く。まだ立てただけであって、動けはしないみたいだ。

 「リョウ、アレはまだ動けないみたいだ。今のうちに…。社員寮へ入ればあの大きさなら追いかけてこられないはずだ」

 「わかった……。あー。アレが使えたらなぁ」

 「アレ?」

 「雷姫倒した時の…」

 「あぁ…確かに使えればあんなモノすぐに倒せるだろうな。でも、きみは使えない」

 「いや、やってみないとわからないだろ」

 「どうするんだ?」

 ソラノとリョウはまた歩き出す。化け物は本当にまだ動けないでいるようだ。肩で大きく息をしながらただ突っ立ている。

 「どうするって…。き…」

 「き?」

 「き、キス?」

 「……」

 ソラノは無言でリョウを見た。肩を組んで歩いているせいで息が当たるほど顔が近い。

 「きみは……」

 ソラノの顔が若干紅くなっている。

 「バカだ」

 「……結構真面目に言ったんだけど」

 「第一あれは私がエネルギーを相当量吸収していたからできたことだ。こんな時に……やめろ」

 「ごめん」

 リョウはなんだか唇がムズムズする感覚を覚えた。こんな時に何を言っているんだろう。

 何だかんだで社員寮への入り口はもうすぐ。

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 化け物が完全に復活したようだ。こちらに向かって吠えている。

 「ソラノ、もう向かって来る!逃げろ!」

 「!……それは出来ない!」

 「俺の言うこと聞けよ!」

 「それはこっちのセリフだ!こうなったら殺してしまうがリミッターを解除する」

 化け物は駆け出す。身体から粉を噴き出しながら。

 「ソラ――――!」

 ソラノはリョウを入り口の方向へ引き剥がした。リョウはよろけて倒れる。

 「行け!はやく!」

 「!!!」

 ソラノは両腕を広げ、凛として睨む。

 化け物はもう目と鼻の先。仮に命を奪えたとしてもそのまま衝突してソラノが危ない。

 「ソラノォォォォォォ!!!!!!!!!!!」

 ライジングモード。それも最大の電圧をかけて身体を加速させる。

 リョウは無理矢理立ち上がり、跳ぶ。

 「リョ…う!?」

 リョウはソラノを抱き、横に転げる。身体が悲鳴を上げる。

 化け物の腕がソラノが立っていた場所を貫いた。

 「グルルルルゥ…」

 これで決めないといけない。身体はもう限界だ。このライジングモードが切れたら。強制的に眠りに落ちるだろう。感覚で分かる。

 「お前ももう終わりだろう?ケリ着けるからな!!!」

 リョウは化け物めがけで跳ぶ。そのままの勢いで蹴り。

 化け物は腕で防いだ。

 「〝脚天!突風!〟」

 その場で体勢を変え、顔面に固定具が着いた脚を叩き込む。

 今までで一番の手応えで顔面に入った。

 化け物は声もなく倒れる。

 リョウは着地。

 「…!」

 化け物が倒れて床に頭が着いた瞬間。頭が粉になり、まるで砂袋を落として破れたようにそこらへぶち撒けられる。

 「何なんだ…」

 リョウはただ茫然と立っていた。首がないまま肩で息をしているように上下に動く化け物。

 どうすればいい…?リョウはとりあえず構えは解かなかった。 

 「ソラノ……これ…」

 後ろからソラノが駆け足でこっちに向かって来る。

 「……もう大丈夫だ」

 「え?」

 ソラノが非常に落ち着いているので構えを解いて化け物を再び見やる。身体のいたる所から黒い炭のような粉が出てきている。

 「これ以上は中身が死んでしまう…」

 「…中身…?トドメは…いいのか……?」

 「そうだ……」

 ソラノとそう話しているうちに背後で砂が地面にばら撒かれるような音がした。

リョウは振り返る。そこには黒い粉が山を作っていた。

 「…消えた……」

 「終わったな。リョウ、身体は?」

 「…いや……あはは」

 「どうした?」

 急に脱力感がリョウを襲う。

 「あっはは…そうだ……力使い過ぎたんだった。っと……」

 リョウはそのまま脚からも力が抜け、膝を突いた。

 「リョウ!」

 ソラノはリョウを倒れないように支える。

 「ご、ごめん。俺、もう無理っぽい」

 「あぁ……きみに無理をさせた、すまない」

 ソラノは久しぶりに見せる優しい笑顔でリョウを抱きしめた。

 柔らかい。リョウは口にしそうだったが、言うと照れて止められそうだったので黙っておいた。

 リョウはそのまま眠るように意識を失った。

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