第31話

 ※※少し時間を遡ってオーコックス・インダストリー地下5階モニタールーム※※



 「どうしてこうなったのよぉ!」

 ミズキは声を荒げた。目の前のモニターには、真っ白な部屋に倒れている白衣の女性が映し出されている。

 「マルナは大丈夫なのか?」

 ミズキと対照的に落ち着いた様子でソラノは誰にもなしに聞く。モニターの中で倒れているのがマルナだ。

 「最初に駆けつけた時に突き飛ばされて、気を失っているようです」

 傍にいた女性研究員が震えながら続けた。

 「岡本君が部屋に入った時に何か聞いちゃったみたいで…。すみません…」

 岡本君とは彼女の部下か同僚なのだろう。彼女もかなり動揺している。

 「その岡本とかいうのが余計なコト喋ってぇ?」

 ミズキが腕組みをして言う。眉間のしわが後で取れなくなるんじゃないのかと思える程、顔をしかめている。

 「はい…いきなりの厳戒態勢で部屋からずっと出られなかったことに加えて、その…岡本君の言葉や、その後部屋に一人きりになったのが精神的にダメージになったようで…」

 「…はぁ…」

 ミズキはあからさまに大きくため息を吐いて額に手を当てた。それを一瞥してソラノは口を開く。

 「マルナには危害を加えないのか?」

 「今のところはその兆候はなさそうです…」

 「母親だからな…」

 「でも…ギリギリのラインだと思います」

 「…どういうことだ?」

 「はい、彼女の精神安定の値が段々と下がっています。このままだとマルナさんにも手を出さなくとも、暴れ出す可能性はあります」

 「…催眠ガスは?」

 「もう使いました」

 「結果は?」

 「吸引はしたものの、全く効果はありませんでした」

 ソラノは顎に手を置き少し考える。

 「やはり誰かが直接捕まえるしかないな…」

 「あたしが行くぅ?」

 ミズキが自分を指差して言う。確かにミズキならば鎮圧できるだろう。しかし、捕まえる、施設へのダメージを最小限に止めることに関してはどうだろうか?ソラノはそう考えながらミズキを見た。

 「なによぉ…ソーラぁ…」

 「別に…」

 「顔に出てるわよぉ?「ミズキじゃ何もかも壊しちゃう」ってぇ」

 「…わかってるじゃないか…」

 「…ホントだったのぉ?」

 微妙な緊張感のない空気になった瞬間、スライドドアが開いてリンが入ってきた。

 「下に行くのはガルムとヤマトよ。もう二人には準備させてある…ミズキ、あなたは万が一の時の為に地下6階で待機していて」

 「何か作戦でもあるのか?」

 ソラノがみんなの言いたい事を代弁した。

 「一応ね…。ガルムに囮、または動きを封じてもらって、遠距離からあの子に強力な麻酔を打つわ、ヤマトの狙撃技術なら確実に急所に入れられる。そして、そのまま動きを封じる。だけど、それもあの子に効くかがわからない…もしかしたら、体内構造も変わってる可能性があるから…」

 「そうか…でも、今できる最善はそれなんだな?」

 リンは神妙な面持ちで頷く。

 「いざという時は、ミズキ…」

 「なんかあたし、完全に破壊神みたいになってるわよねぇ…」

 ミズキはそう言いながら承諾の意味で笑う。

 「みんな…気を付けて」

 ソラノは嫌な胸騒ぎを覚えながら、モニターを見つめた。

 モニターの中には相変わらず倒れているマルナと、頭を抱えて肩で大きく呼吸をする漆黒の人狼が立っていた。



 ※※地下7階エレベーター内※※



 「外すなよ」

 銀髪の大柄な男、ガルムはその体躯に似合った低い声で言った。身体にはゴツゴツの鎧のような服、アーマースーツを着ていた。鉄板を繋ぎ合わせたというより、柔らかい鉄板が素材の服と言った方がいいかもしれない。これである程度の攻撃や衝撃には耐えることができる。

 「お前、誰に言ってるんだよ…」

 その脇で手際よくスナイパーライフルの組み立て、調整を行うのは金髪のヤマト。いつも使うライフル、アグニはこの作戦には全く向いていないので持ってきてはいない。

 作戦は簡単だ。このアーマースーツを着たガルムが目標の動きを止める。そこにヤマトが麻酔銃を的確な場所に打つだけだ。問題なのは麻酔銃が効くかどうか。効かなかった場合、最悪反撃される事が考えられる。力ずくで取り押さえるしかない。しかし、目標の能力が厄介だ。下手をすると死ぬかもしれない。

 「まぁ…ミズキに任せたら会社ごとぶっ壊しそうだからな。しっかりと成功させないと」

 ヤマトが少しニヤケながら言う。

 「…ふん、確かに」

 「聞こえてるわよぉ」

 ナノマシンの骨伝導による通信からミズキの声が入った。ミズキはひとつ上の階で腕組みでもしているのだろう。ジトッとした目が容易に想像できる。

 「そうならないようにぃ、ちゃんとしてよねぇ……。あの子を殺したくない」

 その声からは真剣さが伝わる。

 「わかっている」

 「もちろんそのつもりだ」

 ヤマトとガルムは返事をすると、別の声が通信に割り込んできた。リンだ。

 「二人とも…準備はいい?」

 「「オーケイ」」

 二人が同時に返事をすると、止めていたエレベーターの扉が開いた。

 その先にはいつもと変わらない、白を基調とした若干眩しさすら感じる通路が広がった。二人は通路に出る。ガルムが歩くとガチャリという重厚感のある音がした。

 しばらく通路を歩く。通常はあまり用のない最重要区画であるがだいたいの構造は同じなので今どの辺りなのかはわかる。

 「向こうの扉を開けるわ」

 その言葉と同時に緊張感が一気に高まる。目標を閉じ込めていた部屋の扉が開いたのだ。これで目標は部屋から出るはずだ。マルナを傷付けないが為に頭を抱えて苦しんでいたのだから。

 「目標は扉を出たわ、ゆっくりそっちへ向かってる。まだ距離はあるわね」

 「ガルム…」

 ヤマトがそう言うと、ガルムは何も言わずにヤマトの前に着く。この100メートル以上は続くメイン通路が一番幅広い。ここで目標を押さえ、麻酔銃を撃ち込む。

 「ミスんなよガルム」

 「それはこっちのセリフだ」

 ガルムが十数メートル先へ歩いて行く。ヤマトも立ったままスナイパーライフルを構える。

 「今、メインの通路に出るわ、気を付けて」

 ヤマトのグリップを握る手に力がこもる。ガルムも構えをとった。

 「来たか…」

 ヤマトのスコープからはメイン通りから例の部屋への曲がり角が見える。そこからゆっくりと狼のような鼻先が現れ、身体が出て来た。二足歩行しているのを見ると、なんというか狼男のようにも見えた。体格は大人より小さいくらいだが。

 「元がアレだからな…」

 ヤマトは独り呟く。

 目標はメインの通路に入るとこちらにゆっくりと歩いて来ている。試しに標準を心臓に合わせてみた。会社の演算システムと繋がっているスコープは目標の心臓の位置を想定して表示してくれている。

 「リン」

 「なに?」

 「目標の行動というか、動きが予想と違ってゆっくりしてる。今なら撃ち込めるが?」

 「それなら、行って」

 「了解」

 迷いなく返事。

 発砲。

 ヤマトにとっては、おもちゃに感じてしまうほどの反動と音。麻酔薬の注射針のような銃弾が的確に胸に命中した。

 「キュウウンッ!」

 目標は犬の悲鳴のような異質な声を出して胸を押さえる。上手くいけば麻酔薬とナノマシンが心臓のポンプで全身に回り、すぐに立てなくなるはずだ。

 「命中」

 ヤマトはそれだけを言い、構えを解かない。スコープでそのまま様子を見る。

 目標が身体を震わせて胸を押さえたまま動かない。

 「…」

 ヤマトとガルムはその様子をジッと窺う。普通の猛獣、人間ならすでに倒れているはず。

 「どう?目標に―――」

 「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオォォォォォォォォォォォォォ!!!」

 リンの通信をかき消したのは、目標の雄叫びだった。あまりの音量にヤマトとガルムは耳を塞ぐ。

 「く…」

 「う…効いてなかったか…」

 ヤマトは銃を構えた。

 目の前では恐ろしい光景が広がっていた。

 「始まったわよ…。周囲の構成物質を分解、吸収、再構成…。仕掛けられる?」

 目標の狼の周囲がナノマシンでの分解が行われて、壁が飴で出来ているかのように溶けていく。

 「やってみるしかないだろ!ガルム!」

 「おうっ!」

 ヤマトの合図でガルムが走り出す。

 狼の周囲の壁や扉、色々なものが溶けて吸収される。そして、それに比例してか反比例してか、身体自体がだんだんと大きくなっていく。

 「おおおおおおおおおおおお!!!」

 ガルムが大きく声をあげて狼に掴みかかる為走る。アーマースーツの補助を借りれば捕まえて放さずにいられるだろう。

 ガルムと狼の距離は60メートル程、近付いている間にも周囲は溶けていき、身体は大きく、禍々しくなっていく。

 「!」

 突如、狼は本来の狼らしく四つん這いに姿勢を変える。

 「ガルム!来るぞ!」

 「わかっている!」

 ヤマトは効かないと分かっているが、目や急所に向けて麻酔銃を撃つ。

 「ち」

 ヤマトの銃弾はすでに硬化しているのであろう皮膚に弾かれる。

 ガルムと目標の距離、残り15メートル。

 狼も駆け出す。もうすでに最初の体格を優に超えていて、立ち上がればガルムよりも大きいかもしれない。

 「ヌウウウウウウウウウウ!!!!」

 二人が接触する寸前。狼は立ち上がった。

 激突。

 ガルムはアメフトのタックルよろしく狼の懐に飛び込んだ。ガルムは狼と一緒に倒れ込む。

 「…っく!」

 ガルムは狼を床に押さえ付ける。体格で言うと同じくらい。アーマースーツの補助を借りている今ならしばらくは押さえられているはずだ。そこから拘束するしかない。

 「グルゥ…!」

 狼の暴れる力が想像以上でガルムは今にも弾かれそうだった。

 「ックッソ!ンン!」

 アーマースーツの補助モーターがフルで稼働している音が聞こえる。

 「ガルム!イケそうか!?」

 ヤマトはそう言いながらダメ元で人間なら急所である場所に何発も麻酔弾を撃ち込む。

 「…キツイな…どうする」

ガルムはもう限界に近そうだ。いつもなら軽く冗談を言うのだが、全く声に余裕がない。

 「…体内に入った麻酔とナノマシンの情報を確認したわ…。全く作用してない…」

 リンの声がしっかりと響く。

 「あたしが行くぅ?」

 ミズキの声が割って入る。口調は変わらないが気が進まない様子なのはわかった。

 ヤマトは舌打ち。

 「早くしろ!でも…もう…俺が持たんぞ…」

 ガルムは声を絞り出す。

 「気合入れなさいよぉ!男の子でしょぉ!?」

 「…はは…冗談…おお!?」

 ガルムが言いかけた時だった。

 周囲の壁やガルムのアーマースーツまでも分解され、溶け始めたのだ。それと同時に狼が徐々に身体を大きく成長させていく。

 「くっそ…マジで…ヤバそうだ…早く…。っく……」

 「リン…奴は人間の身体も分解できるのか?」

 「…理論的にはできる…はずよ、でも確認はしてない。このまま暴走したら…あり得るわね」

 「このままだったらガルムがヤバい…。ミズキっ!」

 「なるべく殺さないようにするわぁ…」

 ミズキの重い声が聞こえる。おそらくエレベーターに向かっているだろう。

 「ガルム、ミズキが来るまで押さえていられる?」

 リンがそう言う頃にはすでに狼の身体はガルムの二倍にはなろうかとしていた。

 「もう…厳しいな」

 ヤマトはガルムの苦しげな声を聞きながら後ろのエレベーターの階数表示を確認した。下の矢印を表示して地下6階を示している。十数秒でミズキが降りてくる。

 その時。

 「ゴハァッッ!」

 ガルムの声と壁がぶち破られる音が通路に響いた。

 「!?」

 ヤマトは正面を向く。そこにはガルムはいなかった。横の壁に大穴が開いており、そこを貫通させられたのだろう。そして、その状況を確認しただけで精一杯だった。

 「ち」

 ヤマトは舌打ちした。

 巨大化した狼が突進してきていて、すでにヤマトの目と鼻の先にいたからだ。禍々しい毛なのか棘なのかわからない体毛、恐ろしい紅い眼、しかしながら獣臭さや生々しさが感じられない。作り物だからか。

 当たるな。そう思いながらもヤマトは横に跳んだ。

 「…っ!」

 狼の腕が、目にも留まらぬ速さでヤマトを掻き分けるように撥ね飛ばし、壁に叩き付けた。一瞬のことだった。

 「ち……くしょ……」

 ヤマトはそのまま気を失った。

 狼はそのままエレベーターの方へ向かう。

 エレベーターの階数表示は地下7階を示した。

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