第30話

 ※※オーコックス・インダストリー地下7階※※



 「ママ?なんでいつまでたってもこの部屋を出られないの?」

 まだ幼さが残る少女は、端末で作業をしている母親に言う。

 「ごめんねぇアモル…色々あったみたいで、まだ外に出られないらしいのよ」

 ショートカットのマルナは優しい母の笑顔で自分の娘、アモルに言った。

 「むー。アモルは外に出たい!ねぇ?ママ、何かあったんでしょ?」

 「何もないわよ。もう少ししたらお外に出られるから」

 「ん~!ん~!」

 アモルは地団駄を踏む。その度に肩までの細く長い髪の毛が揺れた。

 昨日の事件のせいで、現在、アモルとマルナの二人には厳戒態勢が敷かれており、地下7階の最重要区画にあるラボの一室から出ることができない。

 部屋のスライドドアが突然開く。

 「マルナ室長!」

 声を少し荒げて入って来たのは部下の男性研究員だった。まだ入社して間もない為か、昨日からの事件のせいで少し興奮している。

 アモルが少し肩をビクつかせた。

 「なに?子供がいるんだから少し静かに出来ないの?」

 声を押し殺しながらマルナは入り口の方へ向かう。

 「それが、昨日の襲撃―――」

 「だからそんな話を子供の前でしないで!」

 マルナはすごい剣幕で男性研究員を部屋の外へ連れ出す。

 「ママ!」

 アモルは慌ててマルナを追う。その拍子に手に持っていた絵本が落ちる。

 アモルが追いつくはずもなく、スライドドアはぴしゃりと閉まる。

 「ママ…。襲撃って…何…?」

 アモルは今にも消えそうな声で言った。静かな白い部屋にアモルは取り残され、絵本の開いているページには狼が描かれていた。



 ※※Mユニット第三公園※※



 「ふぅ…今日はこれで帰ってオッケーよ」

 翔子は満足そうに着崩れた制服を正しながら言う。

 リョウは放課後、翔子に稽古をつけてもらったのだが、これが朝の仕返しなのか昨日のサボった分なのか、非常にハードだった。

 どういうものだったかというと、翔子の技をひたすら避けるか受けるかというしごきに近いものや、いきなりガオウバインの動画を見せられ、見様見真似でやってみろという芸人顔負けの無茶ぶりなどなど……地獄のような数時間だった。

 「鬼……」

 「なんか言った?」

 翔子は冷ややかな目でこちらを見る。

 「なんでもありません……」

 時計を見ると時刻はとっくに20時を過ぎており、あれだけ動いたにも関わらず、翔子は息も切らせていない。

 「…あ…ありがとうございました…」

 「明日もサボんじゃないわよ」

 「サボらないけど…これはキツイ…」

 「甘ったれてんじゃないわよ!そんなんだから骨が折れるのよ!」

 「無茶苦茶な…」

 「ごちゃごちゃ言わない!さっさと帰ってご飯食べて寝なさい!」

 翔子はまるで母親のようなセリフを吐くと、自分のバッグからタオルを取って、乱暴に身体を拭いた。

 シャツの中を拭いているとその下に着ているインナーが見えてしまう。夜でもはっきりと。下着だと思い、リョウはなんだか悪い気がして目を逸らす。気を紛らわせるためにリョウは無理矢理何か話し始める。

 「と、ところでさ?」

 「ん?」

 「師匠だったら、どういう男と水族館とかに遊びに行く?」

 「へ?」

 翔子は固まった。シャツの中に手を突っ込んだままなのでくびれがバッチリ見えている。暗めの色のインナーなのにそのラインがしっかりと目に焼きつく。

 「どどどどど、どうしたのよ?急に!?」

 翔子は顔が真っ赤だ。

 「いや、特に深い意味はないんだけどさ…。師匠ならどういう男を遊びに誘うのかなぁ…と」

 「…いや…」

 「師匠?」

 「私に好きな人なんてい、いいいいるわけないじゃない!」

 翔子は必死になってタオルを振り回す。

 「なるほど…好きな相手か」

 「バカ!死ね!」

 翔子は表情を急に変えてタオルを鞭のようにしならせ、ぶっ叩いてくる。

 「いて!師匠!やめっ!」

 「うるさあああああああああああああい!」

 翔子は狂戦士の如くリョウを追いかけ回した。


 

 「…マジで痛かった…」

 リョウは辛うじて翔子の猛追から逃れ、帰路についた。

 「やっぱりそうなのかな…」

 リョウは腕組みをしながら考える。やっぱり女の子は好きな人を誘って水族館なんかに遊びに行くものなんだろうか。

 「でも、俺は…アリなのか…?湯野原さん…」

 いや、別に好きじゃなくても誘ったりするはずだ。そう、自分に言い聞かせる。

 「でも真国がなぁ……。っていうか、今って厳戒態勢だったよな……」

 昨日の夜はマシンフレームが襲ってきて骨まで折っているのに、「女の子が遊びに誘うのはどういう時で、どういう相手なのか?」など考えている自分の慣れ具合に呆れた。周りの非平和慣れしている人たちのせいとも思った。

 「いかんなぁ…」

 ソラノと会う前の自分はもっと大人しい、どちらかというと事なかれ主義な人間だった気がする。それが今やアプリエイター。ソラノや、自分の身を守ろうと翔子に戦い方まで学んでいる。

 「お…」

 そうこうしているうちに会社の前に着いてしまった。とりあえずシャワーを浴びてスッキリしたい。その後に夕食を食べて宿題をして音楽でも聞きながら寝るとしよう。

 「警備員さん」

 リョウは昨日の警備員のおじさんに話しかける。あんなことがあっても逃げ出さずに出勤してくるとは生粋の日本人気質を感じてしまう。

 「あぁ…稲葉くん。おかえり」

 「もう大丈夫なんですか?」

 「ん?あぁ、大丈夫だよ!あんなことで仕事休んじゃ、警備員失格だからね!」

 「あはは…あんまり無理しないようにしてね」

 「稲葉くんもだよ!ああいう時は逃げないと!」

 「あはは…」

 リョウは愛想笑いのような微妙な笑みを浮かべておじさんに言い、タッチパネルを操作して社屋に入る。本当にあんなので警備員が務まるのだろうか?

 「あ、そういえば」

 リョウは自分の足を見た。足にはまだ固定具を取り付けたままだった。だいたいはもう治っているし、シャワーも浴びなければならないので外してもらわなければならない。

 「うっし…」

 リョウは社員寮に向かっていた身体を地下への降りるエレベーターへ、そして、エレベーターのボタンを押す。

 「…ん?あれ?」

 押せば反応するはずのボタンが光らない。リョウは更に連打する。

 静かなエントランスでボタンをポチポチ叩く音だけが聞こえる。

 「…?」

 リョウは首を傾げる。ボタンが光らないだけかと思ったが、エレベーターが来る気配もない。

 壊れたのか?

 「しゃーない……。階段使うか……」

 リョウは少し離れた階段の方へ向かうことにした。歩き難くてめんどくさかったが、このまま固定具をしたままシャワーを浴びられないのも寝苦しいのも耐えられなかった。



 階段があるはずの場所へ来てみるとリョウは立ち止まった。

 「あれ…?」

 下へと続く階段が、シャッターのようなもので封鎖されて先に進めないのだ。もちろん前はこんなものなかった。各フロアへ入る為のセキュリティゲートはあっても階段は普通に上り下り出来ていた。

 …これは…なんかあったな…。

 リョウがそう思った瞬間だった。

 「―――!?」

 何かの叫び声のようなものが下の階層から聞こえた。狼の遠吠え、簡単に言うとそうだった。しかし、その声の中に人間の声のような、悲鳴のようなものも織り交ざって聞こえた。

 「…何だよ…」

 その遠吠えは何度も何度も聞こえ、その後に衝撃音のようなものがかすかに聞こえた。何かが暴れている。という感じだ。

 「…ソラノ…」

 ソラノが心配になってきた。とりあえずケータイを取り出し、電話をかけてみる。

 ソラノが出るまでの時間がいつもよりも異常に長く感じた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る