03 レクリエーション

 六十名から成る合宿稽古の参加メンバーは、一丸となって海岸を目指すことになった。

 水着の上からパーカーやビーチタオルを羽織った人々が、クーラーボックスやビーチパラソルなどを抱えて、和気あいあいと歩いている。その中で、ビーチタオルにくるまった瓜子はひたすら小さくなって息をひそめていた。


「往生際が悪いなー。うり坊は胸がちっちゃいことも気にならないぐらい可愛いんだから。堂々としなってば!」


「余計なお世話っすよ。今日のスパーで自分と当たったら覚悟してくださいね」


「お、私怨を稽古場に持ち込むつもり? ファイターの風上にもおけない発言だね!」


 肉感的な肢体にビーチタオルを羽織った灰原選手は、満足そうな顔でけらけらと笑っている。

 その反対側では、さらに肉感的な肢体をしたユーリが鼻歌まじりに歩いている。そちらは麦わら帽子にサングラスに淡いピンクのパーカーという姿だ。パーカーの裾から覗く白くてなまめかしいユーリの脚は、すでに存分に人目を集めてしまっていた。


 海岸には、徒歩三分で到着する。

 すでにお盆の直前であるため、海岸の混雑具合はほどほどであった。


「それでは、ここを拠点としよう。キッズクラスの門下生は必ず班ごとに行動し、保護者の目の届かない場所には行かないこと。海に入る前に、準備運動を怠らないように」


 赤星弥生子がそのように宣言すると、キッズクラスの子供たちはいっそう元気な声で「押忍!」と応じていた。

 砂浜に何本ものビーチパラソルが立てられて、そこに荷物が置かれていく。準備運動を始めた子供たちを横目に、赤星弥生子は立松のもとに近づいてきた。


「立松さん。そちらの荷物の管理に関しては、どうでしょう?」


「ああ。こっちも泳がない人間が何人かいるんで、そのお人らに頼むことにしたよ」


 こちらで海に入らないのは、鞠山選手と魅々香選手である。本来であれば、自分もそちら側であったのに――と、瓜子はほぞを噛む思いであった。


「では、こちらで荷物番をしてくださる方々と挨拶をしてもらえますか? トイレなどで席を外す際に、おたがい世話になることもあるかもしれませんので」


「おう、了解したよ。鞠山さん、御堂さん、ちょっとこっちに」


 赤星道場の側は、保護者の何名かが荷物番をするようだ。サファリハットにサングラスに原色のワンピースというリゾートスタイルの鞠山選手とキャップにTシャツにジャージのボトムというラフな格好をした魅々香選手が、立松の指示で赤星道場のビーチパラソルへと向かっていく。瓜子が何とはなしにその姿を見送っていると、今度は赤星弥生子がこちらに近づいてきた。


「挨拶が遅れて申し訳ない。君たちが合宿稽古に参加してくれたことを、喜ばしく思っていた」


「あ、いえ。こちらこそ、お誘いありがとうございました」


 赤星弥生子は赤星道場のロゴが入ったTシャツにサーフパンツという格好で、まだ手足の先しか露出していない。相変わらずの若武者めいた凛々しさで、ぴりぴりと帯電したような雰囲気も健在であった。


「しかも、こんなにたくさんの女子選手まで誘ってもらって、ありがたく思っている。きっとマリアやすみれには、いい刺激になるだろう」


「ふうん? あんたは眼中なしってこと?」


 と、まだ瓜子にひっついていた灰原選手が、ずずいと進み出た。

 赤星弥生子は、切れ長の鋭い目でそちらを見据える。


「そういう意味ではなかったのだが、何か誤解を与えたのならお詫びする」


「でもあんたって、アトミックの選手に興味ないんでしょ? 大江山とかいうやつがそう言ってたって聞いてるよ」


「ちょ、ちょっとやめてくださいよ、灰原選手。なんでそんな喧嘩腰なんすか?」


「かまわない」と、赤星弥生子が落ち着いた声で瓜子を制した。


「すみれがそのように発言したことは、私も同じ場所で聞いていた。君はその場にいなかったので、情報の伝達に齟齬があったのだろう」


「ソゴってどういう意味? もっとわかりやすく喋ってほしいなあ」


「すみれは私が《アトミック・ガールズ》の選手に興味がないと言ったのではなく、《レッド・キング》に出場しない選手には興味がないと言っていたはずだ。もしも君たちが《レッド・キング》に参戦してくれるなら、私は大きく興味を持つことだろう」


 そう言って、赤星弥生子はふっと瓜子とユーリの姿を見比べてきた。


「それに……君たち二人には、現時点でも小さからぬ興味を抱いている。だからこそ、合宿稽古に誘ったのだ」


「ちょっとちょっと! まさかこいつらを、そっちにスカウトするつもりじゃないだろうね!」


 灰原選手が慌てた様子で、横から瓜子に抱きついてきた。《レッド・キング》に参戦した選手は《アトミック・ガールズ》で干されてしまうというのが、古きの時代からの不文律であるのだ。

 赤星弥生子は、沈着なたたずまいで言葉を重ねた。


「べつだん、そのようなつもりではなかった。《レッド・キング》には女子選手が少なく、満足な試合数を組める保証もないので、無責任なことは言えない。ただ……《アトミック・ガールズ》の現状は、マリアたちから聞いている。もしも君たちが《アトミック・ガールズ》から離脱する覚悟を固められたなら、こちらは歓迎したいと考えていた」


「マリア選手や大江山すみれさんは、アトミックを離れるおつもりなんすか?」


「今は保留中だ。そもそも運営側からのアクションが見られないので、こちらも判断しかねている。しかし――」


 と、赤星弥生子はふいに鋭く目をすがめた。

 とたんに空気がいっそう張り詰めて、灰原選手がきつく瓜子を抱きすくめてくる。


「――立松さんから、話はうかがっている。あの徳久という男が、今回の一件に絡んでいるそうだね」


「は、はい。わざわざ自分のところにまで出向いてきて、チーム・フレアに参入しろとかいう話を持ちかけてきました」


「……私と君は、数回言葉を交わしただけの間柄だ。だから余計な口ははさみたくないが……あの男には、関わらないほうがいい。あの男は、疫病神のような存在だからな。あの男が《アトミック・ガールズ》の騒動に深く関わっているようなら、私はマリアやすみれも撤退させるつもりだ」


 それだけ言って、赤星弥生子はきびすを返した。

 それと入れ違いで、鞠山選手と魅々香選手が戻ってくる。鞠山選手はサングラスの向こう側で眠たげな目を細めつつ、瓜子たちをにらみ回してきた。


「あんたたち、いったい何の話をしてたんだわよ? ジュニアの殺気でお肌が火傷しそうだっただわよ」


「あの、徳久とかいう輩の話です。赤星弥生子さんは、やっぱりあいつを恨んでるんすかね」


 徳久の一件に関しては、鞠山選手たちにも周知していたのだ。

 鞠山選手はサファリハットの角度を直しつつ、「ふん」と鼻息を噴いた。


「そりゃあそいつが赤星卯月を《JUF》にスカウトしたってんなら、恨み骨髄だわよ。そのせいで、当時の《レッド・キング》は壊滅寸前だったんだわよ」


「ふーん。だけどさあ、スカウトされようがどうしようが、《JUF》を選んだのは卯月本人でしょ? 仲介役の人間を恨んだって、どうしようもなくない?」


「……あんた、ジュニアの前でそんな暴言を吐いてたら、ウサギ鍋にされるだわよ」


「だけど、それが事実でしょ? 現にうり坊は、そんなスカウトは蹴っ飛ばしたわけだしねー!」


 と、灰原選手が瓜子の頭に頬ずりをしてくる。

 ユーリの羨ましそうな視線を頬に感じつつ、瓜子は「でも」と言ってみせた。


「それを言ったら、プレスマン道場の創設者であるレムさんだって同罪のはずです。当時の卯月選手はまだ十八歳で、レムさんの後押しがあったからこそ赤星道場を離脱したんだって話ですし……でも、赤星弥生子さんがプレスマン道場の人間を恨んでる様子はないっすよ?」


「だったらどうして、仲介屋だけ恨んでるんだわよ?」


「それがわかんないっすよ。機会があったら、聞いてみようかと思います」


「……あんたはボタン鍋にされそうだわね」


 鞠山選手はずんぐりとした肩をすくめて、ビーチパラソルの陰に設置されたデッキチェアに腰を落とした。


「ま、ボタン鍋でも海水浴でも、好きにするだわよ。わたいはここでのんびりと、午後のトレーニングに向けて英気を養っておくだわよ」


「つまんないやつー! 海まで来て、どうして泳がないのさ?」


「泳ぐんだったら、屋内プール一択なんだわよ。こんな凶悪な日光にお肌をさらせる人間の気が知れないだわね。美香ちゃんも、とっととこっちに避難するだわよ」


 魅々香選手はぺこりと頭を下げて、鞠山選手の後に続いた。

 すると、ユーリが瓜子のビーチタオルをくいくい引っ張ってくる。


「ユーリも日焼け止めオイルでお肌を死守せねばなりませぬ。うり坊ちゃん、手伝ってぇ」


「はいはい。……みなさんは、お先にどうぞ」


「いや、あたしらだって荷物を置かなきゃでしょ」


 手持ちの荷物はすでに置いていたが、おおよその人間はTシャツやパーカーなどを着たままであったのだ。けっきょくサイトーを除く十一名の女子選手は、ビーチパラソルの下に再集結することに相成った。


「ユーリ様! 愛音の新調した水着をご覧になってほしいのです!」


 と、パーカーを脱ぎ捨てた愛音がユーリの前に立ちはだかった。

 胸の下側にフリルのついた、コルセット・ビスチェタイプの可愛らしい水着だ。ライトグリーンのチェック柄で、愛音にはよく似合っているように思える。


「おおー、かわゆいかわゆい。ムラサキちゃんは、グリーンが似合うみたいだねぇ」


 ユーリが無邪気に言いたてると、愛音は「ありがとうございますっ!」と頬を火照らせた。

 愛音がプレスマン道場に入門して、はや七ヶ月――愛音のアマ大会の出場と、ユーリのプロ契約という山場を越えて、両名の親睦もだいぶん深まったようだった。ユーリがプレスマン道場を離れたくない理由の中には、この愛音の存在もしっかり含まれていたのだ。


(まあ、もともとユーリさんは、いつか邑崎さんに見損なわれるに違いないっていう思い込みにとらわれてただけだしな)


 七ヶ月も稽古をともにしていれば、ユーリの本性も愛音に伝わったことだろう。それでも愛音は変わらぬ熱意で、ユーリの存在を信奉している。ユーリの魅力は外見ばかりでないということを、ユーリ本人がもっと自覚するべきなのだろうと思われた。


「それじゃああたしらも、ひと泳ぎしてくるか。花さん、荷物をよろしくね」


 小笠原選手たちも、ぽいぽいと着ているものを脱ぎ捨てていく。愛音と灰原選手を除く面々は、申し合わせたようにハーフトップとハーフパンツの水着であった。色合いなどはカラフルであるが、試合衣装と大差のない装いであるため、まったく違和感はない。普段はタンクトップである小笠原選手の見事な腹筋があらわになっていることに感心するぐらいであった。


 そうして小笠原選手らが出陣していくと、あとには居残り組の二名と、日焼け止めを所望するユーリに瓜子と、それを待ち受ける愛音と灰原選手――それに、サキだけが残された。


「サキは何やってんの? あんたは居残り組じゃなかったでしょ?」


「うっせーなあ。アタシは入念なストレッチが必要なんだよ」


 サキは左膝を守っているベルト付きのニーブレスを外しながら、そのように言いたてた。左膝の負傷はじょじょに回復しているそうだが、まだまだ完治にはほど遠いのだ。


「もう日常生活には不自由がないぐらいなんでしょ? それなのに、まだそんなごついニーブレスが必要なの?」


「だから、うるせーっての。コケてひねったりしたらこれまでの苦労がオジャンって話だから、念には念を入れてるんだよ。理解できねーなら、黙っとけや」


「なんだよー。心配してやってるんじゃん。ほんとだったら、十一月にはあんたとうり坊で統一戦だったわけだしさー」


 と、灰原選手は子供のように頬をふくらませる。

 実際のところ、サキの負傷は本当に選手として復帰できるかどうか不明なぐらい、重いものであるのだ。しかしその事実を知るのは、プレスマン道場でもごく一部の人間のみであるのだった。


「ま、今は統一戦どころの話じゃないけどね。あーあ、こう考えてみると、これまでは平和だったよねー。ややこしい話は抜きで、試合に集中できたもんなあ」


「灰原選手も、調子を上げてきたところですもんね。でも、ケージの試合を経験してる灰原選手は、一歩リードしてるじゃないっすか」


「でもなー。あんな連中に運営されてる試合は、気が進まないじゃん。バニーちゃんの衣装も封印されちゃったし! これじゃあ《NEXT》のほうがマシだよー」


「他の興行で十分な試合数をこなせるなら、それに越したことはないっすよね。……でも自分はその前に、アトミックをなんとかしたいっすよ。アトミックをあんな連中の好きにさせたくありません」


 瓜子が勢い込んで答えたとき、ユーリがまたビーチタオルを引っ張ってきた。


「お話の最中、ごめんねぇ。お背中をお願いできるかしらん?」


「ああ、了解っす」


 ユーリはすでにパーカーを脱いで、珠のお肌をさらしていた。

 今日の水着は、白とピンクのトライアングルビキニだ。しみひとつない白い背中に指を這わせると、たちまち鳥肌が広がった。


「うひー、くすぐったい! 全身がぞわぞわしちゃうわん」


 事情を知らない愛音たちに向けて、ユーリがそのように言いたてる。鳥肌の発症に気づかれたときのために、言い訳を作っているのだ。


「でもこうやってオイルを塗りたくられるのも、ほとんど一年ぶりだねぇ。去年の夏は、沙羅選手とご一緒だったっけ。……沙羅選手は、リハビリ頑張ってるかしらん」


「そうっすね。もうちょっと時期がずれてたら、今回の合宿稽古もお誘いできたんすけど」


 というか、瓜子もいちおう沙羅選手には一報を入れておいたのだ。しかしやっぱり、返答は「無理や」のひと言であった。


「あんたたちは、沙羅ともつきあいがあったんだよね。足首の骨折か何かで、全治三ヶ月だったっけ?」


「ええ。五月大会のすぐ後にプロレスの試合でやられたみたいっすから、もうちょっとで完治のはずなんすよね。……って、そんな話は灰原選手のほうがよくご存じなんでしたっけ」


「そりゃーあいつが欠場したおかげで、マコっちゃんに出番が回ってきたわけだしね! マコっちゃんを負かした恨みは、それでチャラにしてやろうかな」


「つくづく傲岸なウサ公だわね。目障りだし耳障りだから、とっとと海の藻屑に消えるだわよ」


「それはこいつらに言ってよー! あたしだって、さっさと出陣したいんだから!」


 人数が半減しても、灰原選手と鞠山選手がいる限り、静けさとは無縁である。

 ただひとり、魅々香選手だけはずっと無言でぽつねんと座り込んでいた。


「……ね、あんたはどうして泳がないの? 日焼けが嫌なわけじゃないんでしょ?」


「あ、はい。わたしは、その……肌が弱いもので、海水につかるとすぐにかぶれてしまうんです」


「そうなのー? そんな頑丈そうな見かけなのに! あんたって、とことんギャップまみれだねー!」


 灰原選手はけらけらと笑いながら、キャップを深くかぶった魅々香選手の顔を覗き込んだ。


「ね、あんたってさ、もっと肉をつけたほうがいいんじゃない?」


「え? ですが、わたしは……五十六キロ以下級が適性体重だと思うので……」


「いや、そういう話はいったん置いといてさ。目の下とかほっぺたとかに肉がついたら、あんたカッコよさそうじゃん! そんでもって髪とか眉とかをきちんと生やせば、きっとモテモテだよー?」


 瓜子はいささか驚かされたが、確かに魅々香選手が強面であるのは、やたらと骨ばった顔つきとスキンヘッドのためであるのだ。乱打戦で歪んでしまったらしい鼻筋はさておくとして、そのげっそりとこけた頬や落ちくぼんだ目もとにもっと肉がついたならば――確かに、欧米人のように彫りの深い端整な顔ができあがるのかもしれなかった。


「つくづくパーソナルスペースの概念が欠落したウサ公だわね。美香ちゃんとはほとんど初対面のくせに、干渉するんじゃないだわよ」


「だってさー、こいつってやたらと人目を気にしてるみたいじゃん? それならせめて、スキンヘッドなんてやめちゃえばいいのにさー。それだけで、ずいぶん印象が変わると思うよー?」


「……このウサ公を黙らせるには、チョークスリーパーで眠らせるしかないみたいだわね」


「い、いいんです。わたしが人目を気にしているのは本当のことですから……」


 と、子供のように細くてキーの高い声で、魅々香選手はそう言った。

 そして、落ちくぼんだ目でおずおずと灰原選手を見る。


「でも、実は……わたし、無毛症なんです」


「むもーしょー? って、何?」


「生まれつき、髪や眉が生えない体質なんです」


 ユーリの背中にオイルを塗っていた瓜子は、愕然と息を呑むことになった。

 いっぽう灰原選手は、きょとんとした顔で魅々香選手を見返している。


「何それ? 病気か何かなの?」


「は、はい。遺伝子異常が原因で……わたしの場合、他に疾患は出ていないのですけれど……」


 灰原選手は目をぱちくりとさせながら、魅々香選手のほうに顔を寄せた。


「それって、髪や眉だけの話なの? もしかしたら、首から下も?」


「は、はい。わたしの場合は、全身が……」


「えー! そしたら、ムダ毛に悩まなくて済むね! それはちょっと羨ましいかもー!」


 鞠山選手は、デッキチェアから転げ落ちそうになっていた。


「あんた……どういう脳髄をしてるだわよ?」


「だってさー、あたしなんか、脱毛の処理で何十万もかけてるんだよー? 学生の頃は、すっごいコンプレックスだったんだから!」


「……あんたに髪の生えない乙女の苦悩が理解できるんだわよ?」


「そんなの本人じゃないと理解できないだろうけど、植毛とかウイッグとか色々あるじゃん。眉毛なんかは、メイクやタトゥーでどうにかできるだろうしさ!」


 そう言って、灰原選手はにぱっと笑った。


「それに、コンプ持ちはおたがいさまっしょ! なーんかあんたが気になると思ったら、学生時代のあたしみたいにどよーんとした目をしてるんだねー。あんたなんか顔立ちはカッコいいんだから、堂々としてなって! だいたい、外見で目のくらむ男なんて、ロクなもんじゃないんだから!」


「……あんたこそ、誰よりも男の視線を気にしてるんじゃなかっただわよ?」


「へっへーん! そんなのは、男どもへの復讐だよーだ! あたしの可愛さに目がくらんで言いよってくる男なんて、片っ端から振り回してやるんだから!」


「あんたはいったい、どんなトラウマを抱え込んでるんだわよ」


 鞠山選手は、頭痛でも覚えたかのようにこめかみを押さえていた。

 いっぽう、魅々香選手は――骨ばった顔に、子供のような微笑をたたえている。


「灰原選手って……ユニークな御方なんですね」


「ユニーク? あんた、いつの生まれよ! どっかの魔法老女じゃあるまいし!」


「やかましいだわよ! 美香ちゃん、そんな低能ウサギにつきあってたら、あんたまでIQが低下するだわよ!」


 やいやい騒ぐ一同を横目に、瓜子はオイルの瓶に蓋を閉めた。

 すると、ユーリがくりんと振り返り、ピンク色の唇を瓜子の耳もとに寄せてくる。


「ユーリって、ちょっぴり灰原選手のことが苦手だったのだけれども……もしかして、それは同族嫌悪だったのかしらん?」


「いや、ユーリさんと灰原選手は、そこまで似てないと思いますよ。ただ、違う方向性で素っ頓狂なんだと思います」


「うみゅ、そっかぁ。……まあ何にせよ、苦手意識は保持したまま、灰原選手のことがちょっぴり好いたらしく思えたようでありますぞよ」


「奇遇っすね。自分もっすよ」


 ユーリは「あはは」と楽しそうに笑った。

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