ACT.3 咲き乱れる戦乙女
01 二つのオファー
《アトミック・ガールズ》五月大会から二日後の、火曜日である。
その日は午前中に一本の取材があっただけの、実に平和なスケジュールであったため、ユーリと瓜子は出先で昼食を片付けて、そのまま道場に向かう算段であったのだが――その昼食のさなかに連絡を受けて、またまた新宿駅前のカフェにて千駄ヶ谷と打ち合わせをすることになってしまった。
「このたび、格闘技マガジンにおいて女子選手の特集号が刊行されることが決定したとのことです」
開口一番、千駄ヶ谷はそのように語らっていた。
ホットのハーブティーをすすりながら、ユーリは「ほへー」ととぼけた声をあげている。
「そりは豪気なお話でありますねぃ。ありがたくも、それに関連した取材の依頼がユーリに持ち込まれたというお話でありましょうかぁ?」
「はい。ちょうど六月は上半期の人気投票の結果が発表される時期でありますため、それに入賞した上位十名の選手をピックアップするという企画であるようです」
「ほうほう。ちなみに、ユーリちゃんは何位であったのでしょう?」
「ユーリ選手は昨年下半期から連続で、第一位を獲得されたとのことです。遅ればせながら、お祝いの言葉を届けさせていただきたく存じます」
「おお、第一位! 今年はまだ二回しか試合をしてにゃいから、失墜と転落を覚悟しておりましたよぉ」
と、ユーリは嬉しそうな笑顔を覗かせた。
無糖のフルーツジュースで咽喉を潤しつつ、瓜子も内心で「よし」とガッツポーズを作る。これは格闘技雑誌において開催されるファイターとしての人気投票であるのだから、素直に喜んでいいはずであった。
ちなみにユーリは一昨年の下半期までずっと三位あたりをキープしており、去年の上半期で二位に上昇、そして去年の下半期でついに一位の栄誉を授かったのだった。
「そりでは、うり坊ちゃんは如何でございましょう? うり坊ちゃんは今年になって四戦連続KO勝利などというスペシャルな快挙を成し遂げておられるのですから、そろそろランクインも夢ではないはずと念じていたユーリちゃんなのですが」
「いやいや、自分みたいなぺーぺーが割り込めるスキなんてないっすよ。人気と実力を兼ね備えた選手なんて、他にもゴロゴロしてるんすから」
瓜子がそのように答えると、千駄ヶ谷は「いえ」とふちなし眼鏡の角度をなおした。
「猪狩さんは、第三位に入賞しておられます。これは確かに、本年の素晴らしい戦績が反映されての結果であるのでしょう」
完全に油断をしていた瓜子は、「ほえ?」とおかしな声をあげてしまった。
そこにユーリの、「すっごーい!」という快哉の雄叫びが重ねられる。
「十位圏外から、突如として第三位! それってユーリがデビューしたときと同じぐらいの急浮上じゃないですかぁ?」
「はい。格闘技マガジンの担当者も、感服されていたご様子です。遅ればせながら、猪狩さんにもお祝いの言葉を届けさせていただきたく存じます」
「い、いや、それってマジなんすか? いくら何でも、いきなりすぎる気がするんすけど……」
「私は、冗談を好みません」と、千駄ヶ谷は黒革のブリーフケースから一枚の書類を取り出した。そこに記載されていたのは、人気投票の上位十名の名前である。
1位 ユーリ・ピーチ=ストーム
2位 小笠原朱鷺子
3位 猪狩瓜子
4位 雅
5位 赤星弥生子
6位 沙羅
7位 まじかる☆まりりん
8位 マリア
9位 バニーQ
10位 イリア=アルマーダ
そこには、確かにそのように記されていた。
「ありゃりゃ。サキたんはランクアウトしてしまったのですねぃ」
「はい。サキ選手は昨年末の無差別級トーナメントで敗退し、本年は試合を行っていないのですから、妥当な結果なのではないでしょうか。試合で結果を残せなかった選手が下位に落ちるというのは、至極健全な姿であるように愚考いたします」
それは確かにその通りなのかもしれないが、瓜子としては忸怩たる心地である。昨年も今年も一度ずつしか試合を行っておらず、今年の試合では瓜子に敗北を喫したイリア選手が第十位に潜り込んでいるのだから、なおさらだ。
「それに、来栖選手も入ってないんすね。なんだかんだ、毎回十位以内には名前があったと思うんすけど……」
「来栖選手は昨年に一度しか試合を行っておらず、なおかつその試合ではユーリ選手に敗北しています。そしてそれ以降、引退の噂が流れていたことが、人気の低迷を呼び込んだのではないでしょうか。そちらの票は小笠原選手に流れたような印象であると、担当者はそのように述懐しておりました」
「小笠原選手に?」
「はい。今後の無差別級を担うのは小笠原選手であると、そういう期待がかけられているのでしょう。小笠原選手が人気投票で第四位以上に浮上したのは、これが初めてであるようなのです」
それは、嬉しくもあり物悲しくもある話であった。
しかしまた、人気投票で選手の価値が決まるわけではない。『コスプレ三銃士』の面々が全員ランクインしていることからもわかる通り、こういったアンケートにはキャラ人気というものも大きく関わってくるのだ。だからこそ、ユーリも地上最弱の時代から第三位などという分不相応の結果を残していたのだった。
「それでは、あらためまして……格闘技マガジン女子選手特集号の企画に関しては、全面的にオファーを受諾するということでよろしいでしょうか?」
「はいはい、おまかせいたしますぅ。……それに、上位十名の選手がみーんなピックアップされるってお話なのですよねぇ? うり坊ちゃんと一緒に誌面を飾れるなんて、なんだかワクワクしちゃいますぅ」
そう言って、ユーリは世にも幸福そうに微笑んだ。
つられて笑顔を返しつつ、瓜子は千駄ヶ谷のほうに向きなおり――そして、背筋をのばすことになった。その氷の刃を思わせる眼光が、真正面から瓜子を見据えていたのである。
「な、なんでしょう? 自分に何か落ち度でもありましたか?」
「いえ。せっかくですので、猪狩さんのお気持ちもご確認させていただきたく思います。……猪狩さんも、このたびのオファーを全面的に受諾していただけますでしょうか?」
「そりゃあもう、自分みたいな新米の選手がピックアップされるなんて、この上なく栄誉なことなんでしょうから――」
と、そこで瓜子は危険な予感めいたものを察知することになった。妖怪退治を得意にする某マンガの主人公であれば、ぴぴんと頭頂部の髪が逆立っていたところであろう。
「……ちょっとお待ちくださいね。どうして千駄ヶ谷さんが、自分なんかの返事を気にかけてるんすか? 自分がその企画に参加しようとどうしようと、ユーリさんの選手活動には何の関係もないっすよね?」
「いえ。このたびの企画は、女子格闘技界の今後の隆盛に大きく関わってくるものと思われます。ユーリ選手のご活躍もあって一般層に認知されつつある女子MMAという競技が、またひとつ上のクラスにステップアップする飛躍のきっかけに成り得るのではないかと、わたしはそのように推察しています」
「はあ、そうっすか。……でも、自分は無関係っすよね?」
「いえ。格闘技マガジンの担当者は、ユーリ選手のみならず十名の人気選手を大きく後押ししようと考えておられるのです。その中でも、人気投票においてベストスリーに選ばれたユーリ選手と小笠原選手と猪狩さんにスポットを当てて、特集号の表紙に抜擢しようという案も持ち上がっているほどであるのです」
「じ、自分がユーリさんや小笠原選手と並んで、雑誌の表紙っすか。それもまた、光栄なお話っすけど……まさか、水着とかじゃないっすよね?」
「無論です。格闘技雑誌の表紙に水着のピンナップなどが相応しいとでもお考えなのでしょうか?」
「ああ、それならよかったです」
瓜子はほっと、安堵の息をついた。
その間隙を突くようにして、千駄ヶ谷の冷徹な言葉が脳天へと叩きつけられてくる。
「水着のピンナップは、センターのカラーページに予定されています。女性選手ならではの華やかさをアピールする手段としては、至極順当なものでありましょう」
「そちらはお断りします」と、瓜子は脊髄反射で答えてしまった。
千駄ヶ谷は顔色ひとつ変えることなく、再びふちなし眼鏡の角度をなおす。
「もちろん雑誌のメインとなるのは、各選手のインタビューや試合内容の分析、あるいは所属ジムの歴史やトレーニングメニューなどであり、純然たる格闘技ファンに向けられた内容になる予定です。人気選手による水着グラビアというのは、あくまでフルコース料理におけるデザートのごとき存在に過ぎません」
「素晴らしい企画っすね。水着グラビア以外に関しては、もちろん全面的に協力させていただきますよ」
「猪狩さん」と、千駄ヶ谷の声がいっそう冷たい迫力を帯びる。
「実は私は長きにわたって、貴女に隠し事をしておりました。まずはその件について、お詫びを申し上げたく存じます」
「い、いきなり何の話っすか? どんな話をされたって、水着の撮影なんて絶対に御免っすよ?」
「猪狩さんは去年の夏、ユーリ選手とともに女性ファッション誌『ミリアム』の巻頭ページを飾るモデルとして抜擢されました。それ以来、猪狩さんに対するモデル撮影の依頼が何度なく弊社に持ち込まれていたのです」
「ほうほう。それは興味深いお話ですにゃあ」
「ユ、ユーリさんはちょっと黙っててください。……それ、マジで言ってるんすか? どうしてスターゲイトに、そんな話が舞い込んでくるんです? 普通だったら、所属してるジムのほうに連絡が来るはずっすよね?」
「ユーリ選手とご縁のある出版業界の関係者には、すでに猪狩さんの存在も専属マネージャーとして広く認知されているのでしょう。また、ユーリ選手のマネージングに関しては弊社が受け持っているのですから、猪狩さんに対するオファーも弊社に願い出るべきと判断したのではないでしょうか」
まったく冗談を言っている様子もなく、千駄ヶ谷はそんな風に言葉を重ねていった。
「ですが、猪狩さんはモデルとしての活動を敬遠しているように見受けられました。よって私は猪狩さんに代わって、それらのオファーをすべてお断りしていたのですが……これは余計な差し出口であったでしょうか?」
「い、いえ。どうせ自分も断ってましたから、それはありがたいぐらいの話っすけど……」
「恐縮です。当時の猪狩さんはMMAの選手として活動を始めたばかりであり、また、スターゲイトの契約社員としても入社一年目の多忙な時期でありました。そのようなさなかにモデル業までこなすというのはあまりに負担が大きかろうと、私もそのように考えた次第です」
そのように語りながら、千駄ヶ谷の眼光はいよいよ鋭くなっていく。
「しかし……このたびの依頼は、モデルではなくファイターとしての猪狩さんに対するオファーとなります。それを念頭に置いて、今一度熟考していただきたく思います」
「いや、どれだけ考えても答えは変わりません。色気でお客を釣ろうなんて、邪道っすよ。……あ、別に、ユーリさんに文句をつけてるわけじゃないっすからね? 他の方々がどうしようと文句をつける気はないっすけど、自分はそういう売り出し方をしたくないってことです」
「猪狩さんの水着姿を求めておられるのは、男性ファンのみではありません。弊社のリサーチによりますと、およそ半数は女性ファンであるかと思われます」
「リ、リサーチって何すか? そんなの、数えようがないでしょう?」
千駄ヶ谷は数ミリだけ首を傾げると、おもむろにブリーフケースからタブレット端末を取り出した。
無言でそれを操作したかと思うと、画面を瓜子たちのほうに向けてくる。
そこに表示されていたのは、ユーリのCDに掲載されていた瓜子の水着画像に他ならなかった。
「な、何なんすか? 嫌がらせは勘弁してください」
「嫌がらせではありません。画面を下にスクロールしてください」
瓜子が覚束ない手つきでその命令に従うと、画像の下には短文のコメントがつらつらと記載されていた。
「ふむふむ。『うりぼーちゃん、超かわいー!』『肌きれー。どうやってケアしてるんだろ??』『憧れるぅ。わたしもショートにしちゃおっかな』『妹にしたいっ!!!』」
「お、音読しないください! ……何なんすか、これ?」
「こちらは、SNSにアップされた画像に対するコメントです。ざっと確認しただけでも、女性ファンの勢いが圧倒していることは瞭然であるかと思われます」
「ど、どうしてそんな画像がネットに拡散されてるんすか! ちょ、著作権だか肖像権だかに抵触するんじゃないんすか?」
「さきほどの画像は通販用に公開されているサンプル画像であり、盗用ではなくリンク機能で表示されているため、法的に問題はありません。……私の主張はご理解いただけたでしょうか?」
「はいっ! うり坊ちゃんには、これだけ大勢の女性ファンがおられるのですねぃ。まあ、うり坊ちゃんのかわゆらしさを思えば、これが自然の摂理なのでしょう!」
「ユ、ユーリさんは黙っててくださいってば。だからって、自分が自分の気持ちをねじ曲げてまで、見せたくもない水着姿をさらす理由はないっすよね?」
「えー?」と不満そうな声をあげたのは、ユーリであった。
「なんか、それってずるいにゃあ。セイレンケッパクを信条とするうり坊ちゃんには相応しからぬセリフなのではないかしらん?」
「そ、そんなもんを信条にした覚えはないっすよ。それに、何がずるいっていうんすか?」
「だってユーリがお歌の仕事でぶちぶち言ってたとき、うり坊ちゃんは千さんの味方だったじゃん。アトミックのリングでお歌を披露するときも、コレはアイドルじゃなくファイターとしてのユーリさんがファンに求められてるんすよーとか言ってなかったっけ?」
「そ、それは……そうだったかもしれませんけど……」
「ユーリのライブでアトミックの会場が盛り上がれば、それは女子格闘技界の発展にもつながるんすよーとかも言ってなかったっけ? ほんでもって、自分もユーリさんのお歌を楽しみにしてますよーとか、ぐいぐいプッシュされてたような記憶も……」
「あ、あれはユーリさんが不安そうだったから、自分なりに応援してたんすよ」
「にゃるほど。ならば今度は、ユーリがうり坊ちゃんを応援する番なわけなのだね」
と、ユーリが顔いっぱいに笑みを広げた。
邪心のない、無垢な天使のごとき笑顔である。
かたや正面では、千駄ヶ谷が勤勉な死神のような目つきで瓜子を見つめている。
かよわき人間にすぎない瓜子には、もはや逃げ道など残されていないようだった。
◇
数十分後、瓜子とユーリはプレスマン道場を目指して街路を歩いていた。
瓜子の足は、限りなく重い。天使と死神に挟撃された瓜子は、まんまと格闘技マガジンの編集部に全面協力するという言質を取られてしまったのだった。
「にゅっふっふ。撮影の日が楽しみだにゃあ。いったいどんな水着が用意されるんだろうねぇ?」
「ユーリさん……あなたには、血も涙もないんすか?」
「うにゅ? うり坊ちゃんは、まだへにょへにょモード? ならばユーリが力の限り、応援してさしあげましょう!」
「いや、ほんとに勘弁してください……因果応報ってあるんすねえ。自分はもう、無責任にユーリさんを応援してた自分を絞め殺してやりたいぐらいっすよ。あはははは……」
「むにゃー! うり坊ちゃんが、生ける屍のごとき眼差しになっておる! 大丈夫だよぅ。きっとうり坊ちゃんのファンたちも、大絶賛の嵐だから!」
そんな不毛な言葉を交わしている間に、道場に到着してしまった。
いつぞやと同じように、正規のレッスンが始められる前の自由練習時間である。ここ最近は、《アクセル・ジャパン》に出場する卯月選手と早見選手の最終調整で、この時間も道場は賑わっていた。
「オス! キョウはハヤかったですね、ユーリ・サン、ウリコ・サン」
と、真っ先に瓜子たちを出迎えてくれたのは、名誉顧問のレム・プレスマンであった。本日も、マフィアのボスさながらの迫力である。
「オトトイのシアイケッカ、キきました。フタリともショウリで、おメデたいです。ワタシ、とてもウレしいです」
「ありがとうございますぅ。これも道場のみなさんのおかげですぅ」
この二週間ばかりで、ユーリはすっかりレム・プレスマンと打ち解けていた。もともとユーリはジョンやオリビア選手など、陽気な外国人と相性がいいのだ。
「ユーリ・サン、ローでヒダリアシ、イタめたとキきました。スパーリング、ムズカしいですか?」
「いえいえ! 昨日は一日ゆっくり休養を取らせていただいたので、完全回復のかまえなのです!」
「ではまたノチほど、ウヅキ・サンとスパーリング、おネガいします」
卯月選手は現在、リング上でジョンと立ち技のスパーに励んでいた。早見選手はマットの上で、多数の男子選手を相手に寝技のサーキットを行っているようだ。
何にせよ、まずは着替えとウォームアップである。瓜子とユーリは連れ立って更衣室に向かい、その手前で立松と出くわすことになった。
「おう、猪狩。さっき、オファーの電話があったぞ」
瓜子はいっぺんで脱力して、かたわらの壁にもたれかかってしまった。
「申し訳ないっすけど……その話は後にしてもらっていいっすか? まだちょっと、受け止めきれる気力がないんで……」
「なに? 一昨日の意気込みはどうしたんだよ? まさか今さら臆病風に吹かれたんじゃないだろうな?」
「一昨日?」と、瓜子は力なく立松の顔を見返した。
立松はうろんげに眉をひそめつつ、その目にずいぶんな熱意をたたえている。
「あの……オファーって、格闘技マガジンからのお話じゃないんすか?」
「なんの話だ、そりゃ? パラス=アテナから、次の大会のオファーだよ」
そう言って、立松はいっそうの熱意を沸き立たせた。
「ライト級の、暫定王者決定戦。お相手は、メイ=ナイトメア選手だ。……まさか、断りゃしないよな?」
瓜子はいっぺんで、目が覚めたような心地であった。
「ほ、本当にそんな話が、自分に回ってきたんすか? しかも、お相手がメイ=ナイトメア選手って……」
「ああ。他のトップファイターは温存しておこうってハラだろう。お前さんがここ最近の勢いにまかせてメイ=ナイトメア選手を止められるかどうか、切り込み隊長に任命されたんだよ。まったく、栄誉な話じゃねえか」
「自分が……暫定王者決定戦……」
つまり、その試合に勝って暫定王者となれば、近い将来に正規王者のサキと統一戦を行うということだ。
瓜子は壁にもたれたまま、深く深く息をついてみせた。
「なんか……海の底に突き落とされたげく、無理やり海面に引っ張りあげられた心地っす……これじゃあ、気持ちがもたないっすよ」
「さっきから、さっぱりわけがわからねえな。大丈夫なのか、こいつ?」
立松の心配そうな声に、ユーリの朗らかな笑い声が重なった。
そして、再び天使のような微笑みをたたえたユーリの顔が、瓜子の視界に割り込んでくる。
「夢想が現実になっちゃったね! 二人が同じ日にタイトルマッチだってよ! ユーリはもう、心臓が暴れ回って苦しいぐらいだよ」
「……そうっすよ。そういう笑顔は、こういうときにこそ見せてください」
瓜子も気力をかき集めて、なんとかユーリに笑い返してみせた。
脳裏には、メイ=ナイトメア選手の野獣じみた眼光が浮かびあがっている。
ついに、あの不気味な選手とリングでやりあうことができるのだ。
しかし不思議と、瓜子の中に驚きの気持ちはなかった。
それが暫定王者決定戦になろうなどとは、まったく予期することもできなかったが――瓜子はいずれどうあっても、この選手と雌雄を決することになるのだろうと、そんな根拠のない確信めいた思いを抱いていたのである。
勝てるかどうかは、もちろん誰にもわからない。
ただ瓜子は、ラニ・アカカ選手との試合中に、何か不可思議な感覚をつかみかけていた。頭の中身が沸騰したように熱いのに、気持ちだけは妙に研ぎ澄まされていた、あの不可思議な感覚――それをとらえたと思った瞬間、ラニ・アカカ選手は瓜子のハイキックによってマットに沈んでしまったのだ。
メイ=ナイトメア選手ならば、瓜子がそれをきちんとつかみきるまで、リングに立っていてくれるだろう。
それもまた、根拠のない確信めいた思いであった。
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