04 邪道と正道

「……これもまた、相性ってやつなのかもしれねえな」


 インターバルの間、モニターの中で荒い息をついているユーリの姿を注視しながら、立松はそのように言いたてた。


「魅々香選手と沖選手なら、沖選手のほうが格上とされている。そいつはきっと、ディフェンス能力で沖選手のほうがまさっているからなんだろう。実際問題、桃園さんも相手のスタミナが尽きるまでは、まったく有効な技を仕掛けることができなかったからな」


「ふふん。ひたすらディフェンシブにやりあって、相手のスタミナが尽きたらグラウンドで塩漬けいうのが、沖選手の勝ちパターンやったからな」


 立松とまともに口をきくのは初めてであるはずだが、沙羅選手は平気な顔で相槌を打っている。また、立松もそのようなことにかかずらっているゆとりはなさそうだった。


「きっと沖選手なら、魅々香選手の荒い打撃をのらりくらりかわして、テイクダウンを奪うこともできるんだろう。しかし、桃園さんにそこまでのディフェンス能力とテイクダウン能力はない。完全に相手にリズムをつかまれて、グラウンドでも後手に回されちまった。こいつをひっくり返すのは、並大抵じゃねえぞ」


「ユーリさんは、並大抵の人間じゃないっすよ」


 瓜子としても、そんな非論理的な言葉を返すことしかできなかった。

 決して魅々香選手を侮っていたわけではないのだが――かつてユーリは、沙羅選手こそがもっともやりにくい相手であったと評し、マリア選手はそれ以上の天敵であるとサキに評されていた。正直なところ、魅々香選手がこうまで頑強に立ちはだかってこようとは想像できていなかったのである。


(それでも……ユーリさんなら、やってくれるはずだ)


 瓜子はもう、そんな風に祈るばかりであった。

 一分間のインターバルはあっという間に終了して、第二ラウンドのゴングが鳴らされる。


 第二ラウンドにおいても、魅々香選手の動きに大きく変わるところはなかった。

 ただ、沙羅選手との試合のときと同様に、タックルのフェイントが増えている。ユーリはそのたびに右膝を振り上げて、そのたびにカウンターの攻撃をくらっていた。


「やっぱり、ラウンドの最初から寝技に持ち込む気はないようやな。またスタンドで削りまくってから、グラウンドで漬けたろういう魂胆やろ」


 沙羅選手の言葉通り、魅々香選手のタックルはすべてフェイントであり、それ以外でも組み合いに持ち込もうという素振りを見せなかった。

 がっぷり四つの組み合いは、ユーリも強いのだ。それを十分に理解した上で、ここぞというタイミングのタックルを狙っているのだろう。


 それでも、ユーリはよく戦っていた。

 さまざまな攻撃をくらってしまっているが、ダウンを奪われることはない。そして、不屈の闘志でコンビネーションを繰り出している。それを最小限の動きで回避しつつ、的確に反撃できている魅々香選手のほうを、見事と称するしかなかった。


「……こいつはまた、我慢比べになってきたな」


 ラウンドの中盤で、立松がそのようにつぶやいた。


「思い起こせば、沖選手が相手でもマリア選手が相手でも、桃園さんは粘りに粘って逆転勝ちしてみせたんだ。来栖選手に当たるまでは、ずっと豪快に勝ってきた桃園さんだけど……この一年ですっかり研究し尽くされて、対応策を練られまくってるってことなんだろうな」


「だからなのかね。オレは今のあいつのほうが、よっぽど感心させられるよ」


 しばらく静かにしていたサイトーが、笑いを含んだ声でそのように言いたてた。


「我慢比べで勝てるなら、それはそいつの地力だろ。出会い頭で一発を当てるより、よっぽど価値のあることなんじゃないのかね」


「ふん。出会い頭じゃなく、狙いに狙った一発で勝てりゃあ、そいつが一番スマートだけどな」


 そんな風に言ってから、立松は握った拳を自分の口もとに押し当てた。


「……だけどお前さんは、そんなスマートな選手じゃない。ぶきっちょはぶきっちょなりに死力を尽くすしかねえんだ」


 その声はほとんど囁き声であったので、すぐ隣にいる瓜子にしか聞こえなかっただろう。

 そんな瓜子たちに見守られながら、ユーリは死力を尽くしている。


 十回に一回は、ユーリの攻撃が魅々香選手に届くこともあった。

 しかしもちろん、ガードの上からのことである。ユーリの破壊力であればガードの上からでもダメージを期待できそうなところであったが、魅々香選手がそれらしい素振りを見せることはなかった。


 そしてそれ以上に、ユーリは相手の攻撃をくらってしまっている。

 大きな攻撃がクリーンヒットすることはなかったが、モニター上でもユーリの両腕や左の足が赤くなっているのが見て取れた。アウトローをくらい続けている左足の腿などは、赤を通りこして青黒い。きっと明日はまともに歩くことも難しいほどのダメージであろう。


 そうして残り一分となったところで、魅々香選手がテイクダウンを仕掛けてきた。

 今度は前足を狙った、片足タックルだ。

 カウンターの膝蹴りは宙を切り、ユーリは背中から倒れ込んでしまう。

 再びハーフガードの体勢となり、魅々香選手は小刻みのパウンドを打ち続け、それで二ラウンド目は終了と相成った。


 客席には、悲鳴のような声で「ユーリ!」のコールが巻き起こっている。

 サキは厳しい面持ちで、ユーリの左腿に氷嚢をあてがっていた。

 愛音は緊迫した面持ちで、ユーリの首裏を冷やしつつ、ドリンクボトルを差し出している。

 ひとり柔和な表情のジョンは、ユーリの耳もとに口を寄せて、ずっと何事かを囁き続けていた。


「泣いても笑っても、最後のラウンドだ。判定じゃ勝てねえから、一本かKOを狙うしかない」


 立松も、厳しい顔になっている。

 きっと瓜子も、同じような顔になってしまっていることだろう。

 モニター上のユーリはピンク色の頭をぐっしょりと汗で濡らしながら、とても穏やかな表情であった。


 そうして、最終ラウンドが開始される。

 大歓声の中、両者はリング中央で相対した。


 魅々香選手は、やはりこれまでと変わらぬ戦法であった。

 ここまで有利に進められているのだから、それが当然の話である。致命的なダメージを受けずに残りの時間を過ごせれば、たとえこのラウンドを落としても判定勝ちは揺るがないのだ。


 リズムやペースを変えるのは、負けている側の役割となる。

 ユーリがその動きを見せたのは、試合開始から三十秒ほどが経過したのちのことであった。

 これまで通りに打撃のコンビネーションを放つや、その最後に蟹ばさみをつけ加えたのだ。


 両足でスライディングして相手の足を絡め取る、テイクダウンを奪うための奇襲技である。

 かつて瓜子は、鞠山選手にこの技をくらうことになった。

 また、プレスマン道場においては立松がこの技をマスターしているため、瓜子も形ばかりは習ったことがある。ただし、試合で使ったことはない。よほど熟練していなければ成功させることは難しいし、失敗をすれば相手に上を取られてしまうからだ。


 それでもユーリは、果敢にその技を繰り出した。

 もちろん距離感の甘いユーリであるから、成功することはない。

 ユーリはひとりでマットに倒れ込み、魅々香選手がその上に覆いかぶさろうとしたかに見えたが――魅々香選手は途中で思い留まり、身を引いてしまった。


「……今、女の声で『引け』って聞こえたで。たぶん、来栖のババアやな」


 沙羅選手は、そのように言っていた。

 真偽のほどは定かではなかったが、ともあれ上を取られることはなかった。ユーリは速やかに立ち上がり、あらためて魅々香選手と相対する。


 魅々香選手はアウトサイドに回り込み、鋭いワンツーを繰り出した。

 それをブロックしてから、ユーリは左ジャブから右ボディのコンビネーションを繰り出し――そして最後に、今度は両足タックルに繋げた。


 バービーの動きで回避した魅々香選手は、そのままユーリの背中にのしかかり――そしてまた、サイドに回り込んだ上で距離を取ってしまう。


「はん……そういうわけか。白ブタが元気なうちは、寝技につきあうなっちゅう指示が出たんやな」


 ユーリは一分間のインターバルで、多少なりとも回復している。ユーリがどれだけタフであるかはこれまでの試合で証明されていたし、来栖選手自身も体感しているのだから、まあ妥当な対応であるのだろう。


 そうしてその後は、同じ展開が続けられることになった。

 ユーリはコンビネーションの最後に、必ずタックルや蟹ばさみを加えるようになったのだ。

 そのたびにユーリは倒れ込み、魅々香選手は距離を取る。

 普通はこれだけテイクダウンに失敗すれば、それだけでスタミナが削られるものであるが、ユーリの動きが落ちることはなかった。

 なおかつ、ユーリがそうしてテイクダウンを狙う限り、これまでのように打ち終わりの反撃をくらうことがなくなっていた。


「なんやこら。反撃をくらわんように、失敗覚悟のテイクダウンを乱発しとるんかいな。いくらなんでも、これじゃあ勝てんやろ」


「ああ。しかもこれだけ乱発してりゃあ、タイミングを読まれてカウンターをくらっちまいそうだな」


 低い声でつぶやきながら、立松の目は炯々と光っていた。


「……だが、ジョンやサキには考えがあるんだろう。そいつが成功することを祈るしかない」


 時間は、粛々と過ぎていく。気づけば、残り時間は半分の二分半だ。

 もっと時間が過ぎたならば、魅々香選手も満を持して上を取ってくるだろう。あとは時間いっぱいまでポジションキープできれば、それで勝利は確定なのである。


 客席からは、ブーイングの声があげられていた。

 ユーリが打撃戦から逃げている、と見なされてしまったのだろう。

 ここまで人気を博してきたユーリが、ついに観客にまで見放されてしまった。


 だが、気安くブーイングをあげる客などは、どうでもいい。

 心底からユーリの勝利を願っている人間であれば、今でも懸命にユーリを応援してくれているはずだ。


 そんな中、ユーリが何度目かのコンビネーションを繰り出した。

 最後につけ足されたのは蟹ばさみで、魅々香選手はやはり相手をせずにバックステップする。

 すると――ユーリはマットに尻をついたまま、ずるずりと前進して魅々香選手を追いかけ始めた。

 魅々香選手は悠然と距離を取り、レフェリーはユーリにスタンドを命じる。

 ブーイングは、勢いを増すいっぽうだ。

 残り時間は、二分を切っている。


 魅々香選手が左のショートフックと右ローを叩き込み、それをブロックしたユーリが執拗にコンビネーションを繰り出した。

 今回は、ワンツーから左ミドルのコンビネーションである。

 その最後に加えられたのは、両足タックルだ。


 その瞬間、瓜子はハッと息を呑んだ。

 深く上体を沈めながら、ユーリが右腕を振り上げている。

 マリア選手との試合でも見せた、タックルをフェイントにしたオーバーフックである。


 しかしあれは、タックルのタイミングが絶妙であったために成功した攻撃となる。

 今回は魅々香選手がタックルに備えていた上に、距離も遠かったため、当たる道理がない。


 魅々香選手は小さなバックステップでそれを回避して、ユーリの右拳は豪快に虚空を駆け抜けた。

 そして魅々香選手は、反撃のために間合いを詰める。

 オーバーフックを振り抜いた体勢のユーリは、身を屈めた状態で頭部ががら空きになってしまっているのだ。


 そのピンク色をした頭に、魅々香選手は鋭い左のショートフックを繰り出す。

 その瞬間こそ、瓜子は慄然とした。

 ほとんど地を這うようにして、ユーリの左拳がせり上がってくるのが垣間見えたのだ。


 ユーリはいまだ、コンビネーションのさなかであったのだ。

 ユーリは右のオーバーフックと左のボディアッパーを連動させていたのだった。


 ユーリの左拳は魅々香選手の右脇腹にめりこみ、魅々香選手の左拳はユーリの右側頭部に叩きつけられる。

 両者はそれぞれ半回転して、同時に倒れ込むことになった。

 どちらも、立ち上がろうとしない。それを見て、レフェリーはダウンを宣告する。


 両者同時のダウンである。

 これまで数え切れないほどの試合を観戦してきた瓜子にしてみても、それは初めて目にする光景であった。


 ユーリは頭を抱え込み、背中を大きく波打たせている。

 魅々香選手は脇腹を抱え込み、背中を小さく震わせている。

 かたやテンプル、かたやレバーのダメージだ。それぞれ質の異なるダメージを負ったユーリと魅々香選手は、申し合わせたようにカウントセブンで身を起こした。


 レフェリーは両者の状態を確認してから、試合再開の号令をかける。

 先に動いたのは、ユーリであった。

 動きの鈍い魅々香選手につかみかかり、首裏を抱え込んで、ムエタイ式の膝蹴りを叩き込む。レバーをガードした魅々香選手の右腕に、かつて『ピーチ=ストーム・アックス』と命名された重い膝蹴りが炸裂した。


 魅々香選手はたまらずユーリの胴体に組みついて、マットに引き倒そうとする。

 ユーリは身をねじり、片足をかけて、逆に相手をマットにねじ伏せた。

 ユーリのサイドポジションである。

 この試合で、初めてユーリが上を取れたのだ。

 いや、沖選手との試合を通算しても、この日にユーリがグラウンドで上を取れたのは、これが初めてのことであった。


 ユーリはすかさず身を起こして、相手の右脇腹に右膝を乗せる。

 ニーオンザベリーの体勢である。

 レバーにダメージを負った魅々香選手には、それだけで地獄の苦悶であっただろう。


 魅々香選手は懸命に腰を切り、その圧迫から逃れようとする。

 しかし、足がまったく利いていない。ユーリは美しい曲線を描く左足を振り上げて、ひと息にマウントポジションを奪取してみせた。


 魅々香選手は、大きく腰をバウンドさせる。

 すると、まるでその波に乗ったかのように、ユーリは魅々香選手の腹から胸もとに移動した。

 腰から下が自由になった魅々香選手は、両足を振り上げてユーリの上半身を絡め取ろうとする。

 それを払いのけながら、ユーリは魅々香選手の右肩をもまたぎ越した。

 そして、曲げた左足を相手の首裏にねじ込んでいく。

 三角絞めを狙っているのだ。


 魅々香選手はその拘束が完成する前に、猛然と身を起こした。

 ユーリの両足はロックしかかっているが、魅々香選手が左肘を外側に張っているため、まだ技は完成されていない。

 そうと見るや、ユーリは魅々香選手の左腕を捕らえて、腕ひしぎ十字固めに移行した。

 魅々香選手は顔にかけられたユーリの右足を払いのけ、体重をあびせようとする。

 するとユーリは両足で相手の左腕を絡め取り、オモプラッタに移行した。

 それから逃げるべく、魅々香選手は前方に転回する。


 かつて来栖選手と対戦したとき、ユーリはここから腕ひしぎ十字固めに移行した。

 だが、魅々香選手は敏捷に身を起こし、左腕を抜き取ると同時にユーリの胴体に組みついた。


 三ラウンドの終盤で、しかもあれだけダメージを負いながら、どうしてここまで敏捷に動けるのか。

 瓜子は、悪寒を禁じ得ないほどであった。


 しかし――魅々香選手の動きは、そこで停止していた。

 魅々香選手にのしかかられると同時に、ユーリの右腕が上から相手の首を巻き取っていたのだ。

 そして左腕は下側から回されて、右腕とロックされている。

 相手の首だけを両腕で抱え込んで絞めあげる、ノーアームのギロチンチョークであった。


 魅々香選手は狂ったように身をよじり、なんとか頭を引き抜こうとする。

 そうして最後にはマットを蹴って、再び前方に転回した。

 しかしユーリは腕を離さず、後方転回してついていく。

 上下が入れ替わっただけで、ポジションはそのままキープされていた。


 上のポジションとなったユーリは、おもいきり背中をのけぞらせる。

 それと同時に、魅々香選手の腕がぱたりとマットに放り出される。

 レフェリーが腕を振り、ユーリの肩をタップした。


「よしっ!」という大きな声とともに、瓜子の背中がばしんと引っぱたかれる。それで瓜子は、自分が息を詰めていたことを認識させられた。

 大きく息をついてから振り返ると、サイトーが仁王像のような顔で笑っている。

 ユーリが、勝ったのだ。

 とっさに言葉の出なかった瓜子が右の拳を差し出すと、サイトーは遠慮のない力加減で自分の拳をぶつけてきた。


 モニター上ではゴングが乱打され、ユーリの腕から解放された魅々香選手はがくりと倒れ込む。レフェリーがすかさず手をのばさなければ、後頭部をマットで打っていたことだろう。魅々香選手は、完全に失神してしまっていた。

 そしてユーリも立ち上がる力は残されておらず、魅々香選手の横で大の字にひっくり返ってしまう。


『三ラウンド、四分二十三秒、ギロチンチョークによるレフェリーストップで、ユーリ・ピーチ=ストーム選手の勝利です!』


 大歓声の中、ひっくり返ったユーリの姿が大映しにされる。

 その顔には、来栖選手と対戦したときと同じように、満腹の子猫めいた表情が浮かべられていた。


 きっとこういう試合こそが、ユーリの理想であるのだろう。

 打撃技で叩きのめすのではなく、戦意喪失した相手からあっけなくタップを奪うのでもなく、おたがいにすべての力を振り絞った上で、最終的にサブミッションを極める。これだけ勝利を重ねてきたユーリであるが、そのような試合展開で勝利できたのは、来栖選手に続いてこれが二度目であったのだ。


「本当にぶきっちょなやつだな。自分の得意なフィールドに持ち込むのに、どれだけ時間がかかってるんだよ」


「へへん。口もとが緩んでるぜ、立松っつぁん」


 立松とサイトーの言葉を聞きながら、瓜子はユーリの勝利の余韻にどっぷりと漬かっていた。

 ようやく起き上がることのできたユーリは、へろへろの笑顔でレフェリーに腕を上げられている。


 と――そこに、意識を取り戻した魅々香選手が近づいてきた。

 感情の読みにくい、爬虫類じみた無表情である。

 そんな魅々香選手が、ユーリのほうに両手を差し出す。

 ユーリは満面に笑みをたたえて、その手をしっかりと握り返した。


 魅々香選手は、なかなかその手を離さない。

 そして――彼女はユーリの手を握ったまま、その場にひざまずいてしまった。

 男のように逞しい背中が、小さく震えている。

 マットには、汗とも涙ともつかないしずくがぽたぽたと滴っていた。


 ユーリは困惑顔で左右を見回し――

 そこに、来栖選手が近づいてきた。


 来栖選手は汗で照り輝く魅々香選手のスキンヘッドにタオルをかぶせると、大きな手の平でその肩を叩く。

 ユーリの手を離した魅々香選手はそのままマットに突っ伏して、泣き崩れてしまったようだった。


 何度かその背中を叩いてから、来栖選手は身を起こす。

 その正面にたたずむのは、ユーリだ。

 八ヶ月の時を経て、両者がリングで向かい合う。リング下では、報道陣がやたらとフラッシュをたいていた。


 因縁の深い両者であるので、何か騒ぎになるのではないかと期待しているのだろうか。

 しかし、何も騒ぎなど起きはしなかった。

 ただ――来栖選手はユーリの耳もとに口を近づけて、何か短い言葉を囁きかけたようだった。

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