第39話 心のふるさと
秋山夫妻が帰って来た。しっかりと山間の鄙びた温泉宿の生活を謳歌してきたようだ。二人ともとてもスッキリとして楽しそうな顔つきだ。その日は、みんなで土産話を聞きながら過ごした。そして、翌日役場で話があることを伝え、お開きにした。
「秋山さんも、薫子ちゃんも本当に初々しくて、お似合いのカップルでしたね」
二人が帰宅した後、百合の言葉に清も堀川夫妻も笑顔で頷いている。
「さあ、いよいよこの村も、新しい段階への第一歩を踏み出すんだ。今日はゆっくり休んで、明日に備えよう」
清の言葉に堀川夫妻も頷いて帰って行った。
翌日、清夫妻が役場に行くと、すでに全員が集まっていた。会議室に入り全員が席に着く。
「さて、今日は東先生から大事な話があるということなので、先ずは話を聞きましょう」
村長が口火を切って会議が始まった。
「先ずは皆さん、軽い気持ちで聞いてください。私がこの村に来てから、村はかなりの勢いで変貌を遂げています。簡素乍ら、村の美術館もでき、薫子ちゃんと徳さんの活躍で花畑も沢山出来ました。それから、秋山さんという心強い味方が増えたおかげで、崩壊寸前の古民家が新たな施設として生まれ変わりました。そこで、秋山さんには古民家の再生をこのまま続けていただき、将来的には村全体が一つのテーマパークとなるようなプロジェクトを推進していきたいと思うのですが」
「「村全体がテーマパーク!!!」」
全員が驚きの表情で、清を見ている。
「そうです、短期、中期、長期に係わらず、滞在型の田舎ライフを楽しんでもらう為のテーマパークです。無機質な都会で生活に疲れた人たちが、心を癒しに来るために古民家を滞在できる施設として再生してもらい、田舎での生活を満喫してもらいます。今現在、滞在者用の施設は、コテージが十棟あるだけです。少なくとも、あと二十棟の宿泊できる施設が欲しい。つまり、滞在型の古民家を二十棟、その内の四棟は個人来訪者用ので、四人ぐらいが寝泊まりできる部屋割りにします」
「でも、そんな古民家ばかりの村に、滞在したいなんて思う人はいるんでしょうか?」
秋山の疑問は尤もだ。ただ、なんの確証もなく、村をテーマパークにしたところで、人が来なければ何の意味も為さないだろう。
「大丈夫です。現代は故郷が消えていく時代です。ダムで水没したり、過疎で消滅したり、合併で名前が変わってしまったりと。だから、日本人の心のふるさとのような所が有れば、人は必ず訪れたくなるはずです。僕たちのように山や自然が好きな人は必ずいるはずですから」
「先ずは資金をどの様に捻出するかですね」
「その為にも、秋山さんに一棟あたりの改修工事について、見積もりして欲しいのです。そして、村人たちから月々二千円を一口として出資を募ります。そして、そのお金を資金として運用し、収益を分配するんです」
「つまり、村人みんなで運営する会社のような考え方かね?」
片山は彼の構想をほぼ理解した様子だ。
「そのように捉えてもらっても良いかと思います。今や、養蜂、花畑管理、来訪者の世話、農作業と全てが個ではなく、村全体で管理運営されていると言っても過言ではありません。ですから全ての運営を統括して、みんなで利益を分配していけば、みんなが豊かになっていけるんじゃないでしょうか」
「そうだな・・・。面白いかもしれないな。村が一体化してる今が思い切ったことをするチャンスかも知れない」
村長の顔も、どうやらやる気に満ちてきた。百合や美咲、薫子も興味津々と話に聞き入っている。確かに古民家を使った風景は、日本の田舎の風景として、芸術家たちの制作意欲を高める効果も期待できる。
結局、全員の賛成で『心のふるさと』構想がスタートを切ることになった。恐らく完成に至るまで、かなりの時間を要するだろう。しかし、急ぐ必要は無いのだ。急いで作れば無理がかかり、必ず歪が生じる。だから、村の速度でゆっくりと進めていけば良いのだと清は考えていた。
役場からの帰り道、百合は、小百合を抱きながら歩いている清に話しかけた。
「清さんの構想は、本当に素晴らしいと思います。でも本当に上手くいくかしら・・・」
「成功させようとか、上手く進めようなんて考える必要はないと思ってる。この村は、もう僕たちの故郷で、小百合の故郷でもあるんだ。だから、例え自分一人になっても僕はこの村を守っていきたいんだ。それで、良いんだと思う」
孤独な貧乏絵描きを、暖かく受け入れてくれたこの村に、少しでも恩返ししたい。そんな清の気持ちが伝わったのだろう。
「清さん一人じゃないですよ。私も最後まで寄り添っていきますから」
百合はそう言って、清に寄り添った。親子三人に降り注ぐ太陽の光は、希望の光のようにいつまでも二人を照らし続けていた。
END
山里にて 万里小路 頼光 @madenokouji
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