千百二十二話 魔嗅豚族プレグシュルのファウナと、古の十層地獄の獄官魔王カイガトの魔札

「にゃ、にゃ~、にゃおぉ」


 エトアさんの足に頭部をぶつけて何回も甘えていた黒猫ロロは宝箱の角に頭部と胴体を寄せる。

 エトアさんはジアトニクスさんに頭部を撫でられ、皆に褒められていた。と、その中にいた魔族の女性が足下にいる黒猫ロロの頭部を撫でようとしたが、黒猫ロロはイカ耳となって「ンンン――」と鳴きながら、その魔族の女性の手から逃げた。

 

 宝箱の周りを駆ける。


 あの『ンンン』という喉声は毎回だが、『捕まってたまるかにゃ~、ははは~』的な声にも聞こえるんだよな。


 元囚人の魔族のジアトニクスさん、アマジさん、ビートンさん、ギンさん、ピエールさん、ヒビィさんに、まだ名前の知らないフーと似ている金髪の魔族さんなどが、【グラナダの道】のヴァイスンさんたちが床に下ろしたポーションの箱に群がって、


「ポーションを頂く!」

「シュウヤの旦那、頂くぜぇ」

「俺も遠慮なくいただくとしよう」

「俺も頂きます。あ、皆待った。鋼魔族が使った霊魔宝箱鑑定杖というアイテムを疑うわけではないが、ファウナ~、この瓶の中身が本当にポーションなのか確認してくれ」

「あ、うん」


 ロズコが元囚人仲間に頼んでいた。

 魔刀を持つアマジさんの隣にいたファウナさんという魔族が振り返る。

 乙女走りで此方に走り寄ってきた。

 可愛らしいファウナさんという名の女性魔族は一見人族に見える。

 ミディアムの髪で赤茶色。耳は髪で隠れている。

 ノースリーブの戦闘用の装束を着ている。露出された両肩が綺麗だ。

 二の腕には魔族の家紋のような印が刻まれていた。

 大きいおっぱいにくびれた腰は魅惑的。

 腰ベルトに複数の短剣と魔杖を差しているが、魔法使い系には見えない。と、左腕の肘にもう一つ腕が生えていた……三腕の魔族か。

 そのファウナさんはポーションをロズコから受け取った。

 他のポーションを飲もうとしていた魔族たちは、ポーションを持ったまま、


『あぁ、ファウナがいたな』


 と言うような感じでポーションを飲まずにファウナさんの様子を見守っている。


 ファウナさんは、ポーションを頭部に近づけながら反対の手の指でポーション瓶の蓋を外して床に落とす。すると、ファウナさんの双眸が顔の中に吸い込まれるように消える。


 ――え?

 代わりに、顔から色々な鼻が次から次へと現れた。

 その鼻でフガフガとポーションの匂いを嗅ぐと、周囲の空気の流れが急激に変化し、鼻の孔に周囲の空気が吸い込まれては吐き出されていく。

 

 ファウナさんの周囲に旋風が起きた。

 床に落ちていたポーションの蓋が浮き上がっては落ち掛かるが、また浮き上がる。


「ンンン――」


 相棒が興奮してその蓋に飛び掛かった。

 見事に両前足で蓋を挟んでキャッチし、蓋を噛み噛みしながら転がっていくが、その反動で蓋は口から落ちて、またファウナさんの足下に吸い寄せられていく。


 蓋の動きは磁石に鉄が引き寄せられているようにも見えた。

 黒猫ロロは蓋を追い掛けようとしたが、ファウナさんの風の影響を感じて直ぐに退いていた。


 ファウナさんの複数の鼻は、掃除機のように周囲の空気の吸引と排出が可能なようだな。


 豚のような鼻以外にも、他の動物やモンスターの鼻もある。


 ポーション瓶を両手に持つヒビィさんとは違う。

 そのヒビィさんは、体の一部を伸ばして空気を取り込み膨らんで、ファウナさんの造り出す風に乗って宙空に浮かび上がっていた。


 先ほど背中に穴を複数作り、俺に恐怖を与えていたヒビィさんだったが、あのような動きが可能なら、普通の冒険者パーティにいたら重宝されるかも知れない。

 

 セラだとモンスターとして冒険者に攻撃を受ける確率が非常に高いと思うが……。


 そして、ファウナさんの鼻は、ブレス的な遠距離攻撃も放てるんだろうか。と、そのファウナさんは複数の鼻を顔の中に格納するように仕舞う。


 三腕は掌から魔力の波動のようなモノを発していた。

 一瞬で元通りの綺麗な人族に似た顔に戻る。


 ファウナさんをよく見たら、眉間と耳元に突起物がある。

 そのファウナさんはポーションを飲んでから、


「ふふ、皆、ポーションは飲んで大丈夫。皆が持っているのは、高級回復ポーションで間違いない。他のポーション瓶も同じはず。高級魔力回復ポーションに魔法能力増加ポーションもありそう。そして、宝箱の長剣と短剣は匂いからしても呪いの品で間違いないから、触ってはだめ。だから、そこのラムーさんの鑑定は確かってこと。私の魔嗅豚族プレグシュルの誇りにかけて保証する」

「了解した」


 ロズコたちが一斉にポーションを飲んでいく。

 ポーションの中に炭酸が入っていたらシュワッとして喉ごしが良さそう。皆がポーションを飲んでいるのを見ると、キンキンに冷えたビールや炭酸水を飲みたくなってきた。


 美人な顔に戻ったファウナさんは俺に会釈。

 俺も会釈を返した。


 そのまま、他の場所で戦う血霊衛士の操作はしっかりとしながらも、ラムーさんを見る。ラムーさんは、宝箱の中の品を霊魔宝箱鑑定杖で鑑定中。

 数回頷いていたから、鑑定に成功した品が多いようだ。

 その成果を聞こうかな。すると、ロズコが、


「シュウヤ様、魔嗅豚族プレグシュルのファウナは<魔多嗅覚器官>などを持つんだ」

「顔に鼻を生み出して、ポーションなどの確認ができる能力か。その<魔多嗅覚器官>は、毒の他に、呪いの品なども分かるのかな」


 ロズコは頷いてファウナさんを見る。

 ファウナさんは、


「はい、ある程度分かります。そして、ロズコとアマジとは仲良くさせてもらってました。魔鋼族マカラ・ベルマランのイスラとも何回か会話したことがあります」

「あぁ」


 とイスラさんも頷く。

 一方、そのイスラさんとミューラー隊長たちはポーションを仕舞うのみ。

 鋼の兜を皆の前では脱げないルールでもあるんだろうか。

 それとも、あの鋼の兜と頭部は融合している?

 もしそうなら、栄養は体で触って吸収とか?

 イスラさんの手は鋼の手のように見えるからそうなのかも知れない。同じ魔鋼族ベルマランのバスラートさんは〝魔砂状図〟を足下に展開中。

 そして、モイロさんとミューラー隊長と傍にいる鋼の兜が似合う【グラナダの道】の面々と、上下の階段がありそうな通路や広場に相棒が運んできた宝箱がありそうな他の場所について相談し合う。

 その間も同じ階層を探索している二体の血霊衛士と偵察用ドローンの先が行き止まりになった。直ぐに背後の道を戻って、他の通路を目指す。

 

 下で戦う血霊衛士のことを告げるか。

 

「ミューラー隊長と皆、下の階層を進んでいる血霊衛士がいるんだが、そこには研究施設のような部屋があり、そこで百足高魔族ハイデアンホザーと戦っている。そして、まだ遭遇していないが、魔素の気配で多数の魔歯魔族トラガンがいると判断できた。だから、【バードイン迷宮】の監督官の魔歯ソウメルもいるかも知れない」

「「おぉ」」

「「「下か!!」」」


 魔界王子テーバロンテの眷属がいると聞いた魔族たちも反応。

 ミューラー隊長も、


「それは僥倖」

「研究施設なら、薬品類などのお宝がありそうです」

「あぁ、それらしき素材は棚に見かけた」

「では、ラムーの鑑定が終わり、宝物のことが分かり次第、下に行きましょう」

「おう。時間的に地上で戦っていた他の魔族たちが、この階層か今話した血霊衛士の一体が活動中の階層に来ているかも知れないから、慎重に行こう」

「「はい」」

「シュウヤ様と隊長、失敗もありましたが、呪いの品以外の鑑定は完了です」

「「「おぉ~」」」

「――お」


 ラムーさんと宝箱の傍に寄った。

 宝箱の中身を確認。

 柄が男の一物を模した長剣と柄が女の陰部を模した短剣を除いて……。

「呪いの品以外を教えてくれ。まずは、この魔札――」


 と宝箱に入っている魔札を――。

 将棋の駒を持つように人差し指と中指で挟んで持ち上げた。

 その魔札から炎が噴き上がる。


「――閣下!」

「にゃご」

「シュウヤ様――」

 

 ヘルメと相棒とキサラがラムーさんを退かす勢いで傍にきたが、大丈夫だと笑顔を向ける。


「あ、大丈夫そうですね」

「……少し焦りましたよ」


 心配してくれたヘルメとキサラに、


「すまんが大丈夫。髪の毛も焦げてないだろ」

「ンン」


 相棒から『心配させるにゃ』とでも言うように、フック気味の肉球パンチを脛に数発受けた。


 人差し指と中指が少し熱い。

 が、指は焦げない。炎は魔札に収斂された。

 魔札の魔力の内包量は中々で、自然と指先が温まる。

 まだ魔札に魔力は送らないが、能力アップ効果は確実か。

 鋼の兜に銅色が多いラムーさんは頷く。

 鋼の兜の双眸の位置には目の形の模様があるだけで仮面にしか見えないが、やはり、ラムーさんはイスラさんと同じく俺の顔が見えていると分かる。

 

「……それは、伝説レジェンド級、名は古の十層地獄の獄官魔王カイガトの魔札。持っているだけで火属性と魔法能力が上昇し、魔力を通せば、属性関係なく、魔力に応じた火属性魔法を無詠唱で発動可能になるようです。更に、獄官魔王カイガトと契約できる機会があるようですね。契約後の効果は不明です」

「「「「おぉ」」」」

「凄いお宝だ……」

「獄官魔王カイガトと契約できる機会も得られるとは……」


 皆が驚く。

 そして、ラムーさんの声は女性の声だが、スロザの古魔術屋アンティークの頭が禿げた渋い店主に見えた気がした。


 まあ、語りようが少し似ていただけだろう。

 ――キサラのおっぱいの感触を右肩越しに得た。


「ここで十層地獄の王トトグディウスと関わりがありそうなアイテムとは! しかも属性が関係ないのは結構な代物……」


 そう語るキサラは少し興奮していると分かる。


「あぁ」

「はい!」


 キサラの息遣いとチャンダナの香水を嗅ぐと少し興奮してしまうが、楽しそうにしているキサラを見て自然と幸せな気分になった。


 魔札を凝視しているキサラは微笑む。

 そして、その魔札を宝箱に戻し、次は……ヒキガエルに乗っている小さいおっさん。


「生きたヒキガエルも謎だが、俺たちを見続けている小さいおっさんは……」


 まさか時空を股に掛ける小さいおっさんではないだろうな……。 

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