千百十四話 魔鋼族ベルマランたちと歯の魔族たち

 ◇◆◇◆


 暗がりの通路を進むと重厚な魔鋼扉が次々に開いていく。

 魔鋼扉が開く魔法の仕組みは、〝魔鋼萼を扱いし者〟と呼ばれている魔鋼族ベルマランの干渉を拒む仕組みを利用している。


 その扉が開いた先の通路を進むと、私の歩行速度に合わせたように通路の先に複数のメジラグが現れる。


 さぁ、日課の狩りの時間だ。


 ひしめき合うメジラグの移動速度に変化はない。

 今日も同じメジラグ。

 角が固く動きが速いハイメジラグや、水妖剣を扱うドボルもいない。


 楽な狩り。

 

 メジラグの頭部の魔角は太刀魚に似た長いノコギリ刃。

 胴体は細長く、二本の脚は魔族のようだが、蛇の尾を持つ。


 そのメジラグが二十、八、九、三十を超えて、まだまだ廊下の先から現れてくるのを見ながら……。


 ――ベルマラン流魔剣術。

 ――<バマルの構え>。


 右手で柄巻を握る魔剣ラガンハッシュの切っ先と左手の指先をメジラグたちに向ける。


 <バマルの構え>のまま歩いた。

 通路の先から寄ってくるメジラグの群れに近付く。


 メジラグの群れは、私ではなく魔剣ラガンハッシュの暗く光る刃に反応し、一斉に頭部の魔角の先端を向けてきた。


 メジラグは魔角を伸ばす直前の動きで首のつけ根を少し晒す。

 その鱗と鱗の接着面は滑らかだ。

 そして、いつものように遅い動きでもある。

 と考えた刹那、狩る――。

 と迅速に前に出ながら魔剣ラガンハッシュを左から右へと振るい抜いた。


 手前にいたメジラグの胴体を魔剣ラガンハッシュの暗い光を帯びた剣刃が通り抜けた。

 斬ったメジラグの上半身がズレて床に落ちた。

 残った下半身から血飛沫が噴出。


 視界が血に染まった直後――。


「「ヴァブァッ!!」」


 奥にいた数体のメジラグが仲間の血飛沫を浴びながら頭部を突き出してきた。

 それら数本の魔角が右腕と体に衝突し火花が散る。構わず邪魔な魔角を折るように魔剣ラガンハッシュを左から右下へと振り下ろした。


 数本の魔角を右腕で折りつつ、魔剣ラガンハッシュの剣刃で魔角を切断し、右にいたメジラグの頭部と体を魔剣ラガンハッシュで捉え、斜めに両断し倒す。


 すると、他のメジラグたちが、


「「「ヴァブァッ!!」」」


 と叫びつつ再度頭部を突き出す。

 複数の魔角が、私のハトビガ魔鋼の鎧と衝突。


 外から見たら串刺しにされたと思うだろう。


 だが、ハトビガ魔鋼の鎧と私の体は頑丈だ。

 そして、魔剣ラガンハッシュの剣身と柄でも魔角の先端を受けて防いでいる――しかし、衝撃は殺せない――そのままメジラグたちに押されてズルズルと後退。

 魔鋼扉と背中が衝突し、微かな振動と痛みを背に得るが、それだけだ。


 メジラグの魔角が体に幾つ当たろうが、メジラグに噛みつかれようが、私は他の囚人たちとは違う。


 ハトビガ魔鋼の体と融合しているハトビガ魔鋼の鎧には傷は付かない――掌の中で魔剣ラガンハッシュの柄を横回転させる。刃と柄で防いでいる魔角の先端を横と斜め下にズラした直後、魔剣ラガンハッシュを垂直に振るい上げた。

 魔剣ラガンハッシュの刃が、鎧と当たっていた複数の魔角を切断しながら目の前のメジラグの体を両断し、更に前進しながら魔剣ラガンハッシュを斜めに振り下ろし、二体のメジラグを斬り捨てた。

 煌めく剣線が、周囲のメジラグの体と【バードイン迷宮】の長い廊下を僅かに照らす。

 近くにいるメジラグたちは、魔剣ラガンハッシュの切れ味を見て動きを止めた。一方、奥にいるメジラグたちは魔角のノコギリ刃の先端を私に向けてくる。


 裂けたような口から泡のような魔力を出して、


「グベヴァブァ」

「グベヴァ!」

「「「ヴァブァッ!!」」」


 叫ぶように喋るいつもの言葉……。

 私には理解できない。

 メジラグの言葉は、魔鋼族ベルマラン語でも、傷場近辺の地域などに多い魔界セブドラ共通語でもない。

 バードイン地方の言語だろうか。

 貴重な言語トークンを飲めば理解できるとは思うが、そのような貴重なアイテムはここにはない。

 

 通路にひしめくメジラグたちは、それぞれ喋っている言葉の質を変化させつつジリジリと近付いてくる。

 

 重心を少し下げ……。

 ベルマラン流魔剣術の<ラガンの構え>を取る。


 <魔闘気の心得>を意識。

 <ベルマランの魔闘気>を発動。


 次の瞬間――。


 右手が魔剣ラガンハッシュの刃と化すように右腕ごと魔剣ラガンハッシュを前方に突き出す<魔鋼萼・一刃>を繰り出した。


 ――手前にいたメジラグは反応できず。

 直進した魔剣ラガンハッシュは、メジラグの魔角の先端を裂き、額と頭部ごと体を貫いた。


 裂けた二つの体を吹き飛ばした私は魔剣ラガンハッシュと共に直進し――。


 数体のメジラグの体を貫き、吹き飛ばした。

 勢いが止まった直後、右足の爪先を軸に横回転――。

 制動もなく――魔剣ラガンハッシュを振るい回した。

 左右にいたメジラグの胴を魔剣ラガンハッシュの刃が捉え斬り、二体のメジラグを輪切りにした。


 その場で一周もしない内に<ベルマランの魔闘気>を強める。

 左足の踵で床を強く蹴って僅かに前進。

 風を孕む魔剣ラガンハッシュの柄を右のメジラグの魔角の刃に下から衝突させて、鎬をけずるように前進――。


「グベヴァ!?」


 そのメジラグが驚きのまま背後のメジラグたちの魔角に体を貫かれ口から血を吐いて絶命するのを見ながら、俄に魔剣ラガンハッシュの柄を斜めに上げた。剣刃で魔角ごと目の前のメジラグの体を切断し、その体を退かす。


 続けて、両手握りの魔剣ラガンハッシュの切っ先を少し上げて引く。

 <ハッシュの構え>に移行。

 そのまま<ベルマランの魔闘気>を強めて魔剣ラガンハッシュを突き出しながら前進し、数体のメジラグを串刺しにして倒した。

 再び魔剣ラガンハッシュを振るい回す。

 剣に突き刺さったメジラグの死体を吹き飛ばしながら前進し、死体と衝突し怯んだメジラグたちに魔剣ラガンハッシュを突き出して倒していく。


 魔剣ラガンハッシュを軸にして、【バードイン迷宮】の通路にいる数十のメジラグを倒しながら進んだ。


 すべてのメジラグを倒したところで、動きを止めた。


 ……暗がりの【バードイン迷宮】の通路はまだまだ先に続いている。


 T字路を二つ抜け、十字路の右を進み、三叉路の中央を進んだ先には、【バードイン霊湖】に出られるだろう魔法の膜の張られた出入り口がある。

 メジラグはその魔法の膜を抜けて【バードイン霊湖】から私たちのいる【バードイン迷宮】へと侵入してくると聞いた。


 一度、魔剣ラガンハッシュで半透明な魔法の膜を破ろうと試みたが、破れなかった。

 正確には突き抜けはしたのだが……それだけだった。


 魔鋼族ベルマランの象徴と呼べる魔剣ラガンハッシュなだけはある。

 が……魔剣ラガンハッシュだけが突き抜けても、私が半透明な膜を抜けられなければ意味がない。


 それに、私の足には他の囚人と同じくリダヒの魔輪が嵌まっているからな。【バードイン霊湖】に出られても、魔輪が途中で爆発するかもしれない。


 この足の魔輪を外そうとした囚人は多い。

 が、大半の囚人は失敗し、魔輪が爆発。

 片足や両足を失った囚人の末路は酷いものとなる。

 生きているタフな囚人もいるが……。


 そして、私は魔鋼族ベルマランで、手足はハトビガ魔鋼と一体化している。

 魔輪が爆発しても足は無事なはずだと、過去に魔剣ラガンハッシュで数回斬りつけたことがあるが、魔輪は固く、切断できなかった。


 リダヒの魔輪はハトビガ魔鋼と同様に頑丈だ。

 

 更にリダヒの魔輪は別として、【バードイン霊湖】に出られたとしても、ハトビガ魔鋼の体は重い。


 推進力を生み出す装備を装着しない限り、水の世界では浮遊すらもできないだろう。<魔闘気>か<魔闘術>、<導魔術>、<仙魔術>の魔技を極めていれば別だと思うが……。

 私も<魔闘気>系統には自信がある。

 が、それはハトビガ魔鋼を活かす<ベルマランの魔闘気>に<マカラの魔闘気>だ。体の外に推進力は生み出せない。


 だから推進力さえなんとかできれば、魔鋼族ベルマランは肺が水に満ちても生きられる故に、【バードイン霊湖】から外に出ることは可能かもとは思うが……【バードイン霊湖】の水が普通ではない可能性もある。


 魔界セブドラの湖は大抵、何かがある。

 

 水の精霊ウォールド、レバント、闇の精霊ベルアード、サジュなどの力が濃い場合は、魔鋼族ベルマランでも耐えられないかも知れない。雷精霊ローレライの力が濃い場合は、ハトビガ魔鋼でも防げないはず、稲妻を浴びて死ぬだろう。


 また、魔龍類、水棲のモンスターなど未知のモノが【バードイン霊湖】に棲んでいれば危険性は増す。

 冥界シャロアルの出入り口とも通じているかも知れない。

 隠れた傷場があればまた別なのだが、セラから膨大な魂や魔力などを得られる傷場を魔界王子テーバロンテが放っておくわけがない、【バードイン霊湖】には傷場はないだろう。


 だから【バードイン霊湖】からの離脱ではなく、【バードイン迷宮】の集積官のリダヒを倒し、魔鋼扉の鍵を入手するほうが確実か?


 しかし、集積官のリダヒは魔鋼扉を開ける際に鍵を使っていない。

 魔鋼扉は自動的に開閉されていた。

 

 ならば開かれた瞬間を狙うしかないが、過去に、その行動に出た囚人たちが扉に挟まれて体が真っ二つになったのを見ている。

 だから気軽に仲間を募るのは中々に難しい、至難の業だろう。

 

 と、【バードイン迷宮】からの離脱方法を考えながら魔剣ラガンハッシュをアイテムボックスに仕舞い、メジラグの残骸に向けハトメルの魔袋を放った。


 ハトメルの魔袋に触れた床が光る。

 メジラグの残骸も光を帯びると、光に包まれるように残骸は消える。


 他のメジラグの死骸もすべて消えた。


 途端にハトメルの魔袋が膨れ上がり、直後、背後から「「ブービーブービー」」と低い音が連続的に響いてきた。


 この通路を塞いでいた魔鋼鉄の多重扉がスライドして開く音も聞こえてきた。

 いつもの音だと気にせず、収縮し元に戻ったハトメルの魔袋を拾う。


 【バードイン迷宮】の暗がりの通路の先を見てから振り返った。

 開く魔鋼扉を見ながらその通路を進む。


 ハトメルの魔袋集積場に向かった。

 

 メジラグの素材を吸収したハトメルの魔袋をハトメルの魔袋集積場に提出し、衣服や食事に替えるのが、【バードイン迷宮】に囚われた者たちの仕事。


 私も他の囚人と同じように、毎日毎日この作業の繰り返しだ。


 メジラグの素材は魔界王子テーバロンテの眷属の魔歯ソウメルや百足魔族デアンホザーなどの贄になると集積官のリダヒから聞いたが、本当なんだろうか。


 ハトメルの魔袋集積場の壁にある魔界王子テーバロンテの彫像が見えてきた。

 ……百足魔族デアンホザーと似た巨大な彫像。

 あれを毎日見ていると、いやでもその造形をこと細かに覚えてしまうが、それだけだ。


 百足の神なぞ信仰しない。

 私たち魔鋼族ベルマランのマカラが信仰するのは……。


 祖先のハトビガ・グラナダ様。

 またはハトビガ様にハトビガ魔鋼の扱い方を授けたとされる破壊神サージメント・バイルス様や破壊神ゲルセルク様に魔神ベルマラン様だ。

 

 マカラを含めて支族が多い魔鋼族ベルマランは、他の魔族たちから〝魔鋼萼を扱いし者〟〝ハトビガ魔鋼の加工者〟〝無窮のグラナダの者たち〟などと呼ばれていた。

 

 しかし、マカラの一族と魔鋼族ベルマランはどうなっているのか……。

 もう数百か、下手すれば数千年は経っているだろう。

 

 魔鋼族ベルマランに伝わる魔剣ラガンハッシュを継承している私が囚われたことで、魔鋼族ベルマランのマカラの一族は魔界王子テーバロンテに負けたことになる。

 マカラの一族は廃れたかも知れない。

 更に残った魔鋼族ベルマランも分裂したかもしれない。

 魔傭兵となっていればマシ……。

 魔界王子テーバロンテに利用される一派も出たかもしれない。

 

 そんなことを考えつつハトメルの魔袋集積場に戻ってきた。

 すると、どういうことか。

 ハトメルの魔袋集積場の様子がいつもと異なる。


 囚人の魔族たちがごった返していた。

 ここに囚われ続けて数百年経つが……こんなことは一度もなかった。

 

「……お、鋼魔族もノルマを終えたか」


 そう話しかけてきたのはロズコ。

 私と同じ長剣類の魔剣を扱う男だ。

 そのロズコに、


「この状況はどういう……ことだ?」

「……数時間前からこの状況だ」

「……集積官のリダヒは、どうしてここに現れない?」


 ロズコは両手を広げ、


「本来なら現れるが、現れていないな、分からん」


 と囚人たちを見ながら語る。

 囚人たちはハトメルの魔袋集積場の外壁や魔鋼扉に武器をぶつけて壊そうとしている。

 魔界王子テーバロンテの彫像に武器をぶつけている者もいた。


 更にはリダヒの魔輪を外そうと武器の刃を当てている囚人もいた。いつもなら魔輪が爆発してしまう。

 更に魔鋼扉が開いて、血相を変えたリダヒが現れるはず。


 だが、魔輪は爆発せず、光も帯びていない。

 リダヒも現れない。

 囚人たちの魔輪は今にも壊れそうな勢いだが、まさかな……。


 魔鋼扉が固く閉じられたままなのも、今までにない。

 その思いのまま、


「……リダヒやその上の存在たちに何かがあったのか?」


 と聞くと、ロズコは黒ずんだ天井を見ながら、


「……そうだな。この【バードイン迷宮】の上層階で何か起きたのかもな……」


 私も見上げつつ、


「……上層階か。天井に巨大な孔が空けば、脱走のチャンスか?」

「突拍子もないが、それはそれで、この【バードイン迷宮】を縦に貫ける何かってことだ、怖すぎだろ」


 ロズコの言葉に頷いた。

 無難に、ハトメルの魔袋集積場の魔鋼扉が開いてくれたら、脱走は楽にできるかも知れない。


 と、その魔鋼扉を見る。

 

「あぁ、天井の孔は冗談だ。で、皆は、あの扉が開くことを期待しているのだな」

「そうだろう」


 円系のハトメルの魔袋集積場に集まっている囚人たちと同じように、狩り場に通じている開かれたままの魔鋼扉を見て、


「……狩り場の魔鋼扉も開いたままか。奥の魔法の膜が消えた場合は、【バードイン霊湖】のメジラグや水妖剣を扱うドボルに水が大量に流入してくるかも知れない」

「……鋼魔族、いやなことを言うな……」

「が、どう考えてもオカシイ状況だ」

「もしそうなったら……俺は溺れ死ぬ……ヒレえらがないからな……」

「あぁ」

「冷静だな。鋼魔族のお前も泳げないだろ?」

「私は普通の水なら生きられる。が、その通り泳げない。歩いていけるところまで行くしかないだろうな」

「……歩いてか……ずっと気になっていたんだが、その鋼鉄の兜は脱げるのか?」


 ロズコが興味深そうに私の頭部を見ている。


「手足と違い、脱げることは脱げるが、魔鋼族ベルマランにも色々と掟があるのだ」

「……掟か。兜の家紋のような印にも意味が?」

「ある。お前の胸鎧にも魔傭兵の印のように、意味がある」

「なるほど、これは魔傭兵ラジャガ戦団の印だ」

「聞いたことがない」

「ハッ、そうだろうよ。バーヴァイ地方で活動していたからな」


 ロズコは少し機嫌を悪くしていた。

 そのロズコは、


「隊長なら……」


 と呟く。


「魔傭兵ラジャガ戦団が魔界王子テーバロンテに反旗を?」

「……そこまでは期待していない。が、隊長は熱い野郎だ。二番隊のエンとヒャンは、俺たちが捕まる前に離脱済み。そのエンとヒャンなら、隊長に情報を伝えてくれているはずだからな」

「ほぉ……」

「ミジャイ隊長は、魔界王子テーバロンテを嫌っているが、上手くテーバロンテの眷属たちの配下に潜り込んで、ここの解放に動いてくれるはずだ」

「……」


 金で動く魔傭兵も実は様々で、忠義で動く集団もいると聞いたことはある。



 ◇◆◇◆



 <血鎖探訪ブラッドダウジング>が指す廊下の先では激戦が繰り広げられている。


 この辺りは少し水気があり、悪臭も立ちこめていた。

 

 激戦は通路を塞ぐような戦い。

 通路の幅は十メートル前後か。

 少し先の幅は更に狭まっている。

 鋼鉄の兜と鎧を着た者たちと、体が歯のような素材で構成されている魔族たちが争っていた。

 天井まで五メートルもない。

 そんな手狭な通路で、体が歯のような素材で構成された魔族たちが背後の鋼の扉を守っている。


 体が歯のような素材で構成されている魔族たちは、両手を盾やハンマーに変化が可能なようだ。

 頭部の角もノコギリ刃として伸ばせるらしい。

 そして鋼鉄の兜と鎧を着た者たちの攻撃はあまり効いていない。

 

 この魔族は、略して歯の魔族にしようか。

 魔歯ソウメルの部隊かな。


「あれが魔歯ソウメルの部隊だとして、魔歯ソウメルもあの中に?」

「……魔歯ソウメルも歯のような見た目らしいですから、いるかもしれないですね」


 ミジャイの言葉に頷く。

 その歯の魔族は、両手のハンマーを振るって鋼鉄の兜と鎧を着た魔族たちを潰すように殺していた。頑丈な兜と鎧は残るが、他の体が潰れるように死んでいる。が、鋼鉄の兜と鎧と四肢にも傷を受けず、床を転がって後退している強者もいる。鋼鉄の兜と鎧は皆頑丈なようだが、体の強度には差があるようだ。


 そして、鋼鉄の兜と鎧を着た集団は分が悪い。

 その分が悪い魔鋼のパルダに似た魔族たちは、略して鋼の魔族にするかな。

 

 ミジャイとキサラとアイコンタクト。

 足下にいる黒猫ロロは何も言わず、エジプト座り。


 このまま背後から鋼の魔族たちごと、奥の通路を守る歯の魔族に戦いを仕掛けることはできる。

 

 が、鋼の魔族たちは話が通じるかも知れないし、ちゃんと戦える相手に卑怯なことはなるべくしたくない。


『御使い様、<雷狂蜘蛛>で一掃できるかも知れませんが』

『すべてが敵ならそれでもいいが、今回はしない』

『はい、交渉を優先ですね!』

『おう』


 闇雷精霊グィヴァの<雷狂蜘蛛>の魔法かスキルは気になる。

 正直直ぐにでも見たいが、今度だな。


 そして、一先ず<無影歩>を解く前に……。

 キサラたちに、


「<無影歩>を解いて鋼の魔族たちと話をしてみようと思うが、いいかな。戦いになったらごめん」

「はい、気になさらず、シュウヤ様の優しさは話の分かる魔族になら通じるはずです」

「にゃ」

「はい、従います」


 キサラと黒猫ロロとミジャイから了承を得た。

 キサラの姫魔鬼武装のアイマスクから覗かせる蒼い双眸は少し潤んだように輝いている。


 俺の判断が嬉しいようだ。

 微笑んでくれた。


 そのキサラは、両手首に黒い数珠を出現させると、少し後退。背後からの急襲を備えての後衛のポジションだ。


 何気ない後衛のポジショニングだが、その背景を想像させるほどに巧みな位置取りだ。


 サッカーなら、リベロ的なスイーパーのDF。

 中盤の底ならアンカーを任せられるだろう。


 野球ならセンターか、キャッチャーか?


 バスケなら……アメフトなら……。


 と、一瞬で色々と考えさせられるキサラは、迷宮都市ペルネーテの迷宮世界の経験はないが、故郷のゴルディクス大砂漠での経験は膨大だ。

 自由連邦に所属する独立都市を巡る争い。

 古代遺跡には迷宮もあったはずだからな。


 更には、狭い場所の戦闘も日常茶飯事だったはずだ。


 冒険者云々ではない黒魔女教団での経験値は計り知れない。

 やはり凄い女性だ。


 そして、美しすぎるから、戦いの最中だと言うのにエロい気分になってしまう。

 

 そんなキサラの両手首の黒い数珠が光を帯びた。

 数珠は一瞬で鴉の姿を象り、宙を舞う。

 続けて、腰元の姫魔鬼武装の百鬼道の書物が光った。

 

 そのキサラは、俺を見ながらノースリーブのおっぱいをより強調するように体を開いた。

 

 半身の姿勢となると、煌めく魔導書が自動的に開く。

 捲れながら紙片が飛び散っていった。

 同時にキサラの足下に墨色と<血魔力>が混じる魔法陣が展開された。


 そのキサラの美しい唇が動く。


「ひゅうれいや、謡や謡や、ささいな飛紙……」


 ハスキーボイスの<魔謳>の歌声だ。

 百鬼道ノ八十八の紙人形の発動か。


 侍の十兵衛と忍者の千方の<魔具飛式>。

 雑兵の紙人形<飛式>も同時に踊るように展開させると、紙人形が俺とミジャイに触れてきた。


 紙人形が触れると活力を得た。


「ありがとう、キサラ」

「にゃ」


 黒猫ロロの頭部には橙色の魔力を帯びた忍者の千方が載っている。相棒の戦神イシュルル様と戦神ラマドシュラー様の加護の証明の橙色の魔力は半透明に燃えているような見た目で、細かい燕の形をした粒子が散っている。


「ふふ、はい」


 ミジャイにも紙人形が触れた。

 すると、ミジャイの魔力が倍増したように見えた。


「おぉ、これはキサラさんの……」

「にゃ~」

「はい、この紙人形を展開させる能力は、百鬼道ノ八十八と言います。ですので、フォローと守りは私にお任せください」


 キサラの喋りと態度を見たミジャイは体が震える。

 とても嬉しそうだ。

 美人さんからの贈り物だからな。


 そのミジャイは、


「……さすがは光魔ルシヴァルの<筆頭従者長選ばれし眷属>の一人! 凄い能力をお持ちのようだ……そして、ありがとうございます!」


 ミジャイのドレッドヘアがどこぞの戦闘民族のように持ち上がったように見えた。


 が、野郎よりもキサラだ。


 キサラはダモアヌンの魔槍は出現させていない。

 そのダモアヌンの魔槍の柄の孔から伸びるフィラメント群を弦に替えてギターのような楽器にして演奏してくれる時があるんだが、今回はお預けか。


 そんな美しい四天魔女と呼ばれていたキサラは視線を鋭くさせながら周囲を窺う。


 キサラに死角は存在しない。

 思わず写真を撮りたくなる姿だ。


 そこで、千方を頭に乗せた黒猫ロロは俺を見ると、「ンン」と喉声を鳴らしつつ、黒豹に似た黒い獣に変身した。

 首元の毛が多いから黒狼っぽい姿だ。

 

 その黒狼ロロさんだが、俺を見続けながら、瞼を閉じては開いて親愛の情を示してくれた。


 意味はだいたい理解した。

 肩の竜頭装甲ハルホンクを意識。

 防護服の袖から魔雅大剣を吐き出させる。

 

 黒狼ロロは跳んで魔雅大剣の柄巻に噛みつきキャッチしながら一回転して着地。

 

 ミジャイは両手に手斧を出して構えた。

 その準備を終えた皆を見て、


『ヘルメ、外に出て液体のまま待機、または付いて来られるか?』

『はい、液体のまま歯の魔族の背後に移動し、その歯の魔族たちへの奇襲か、硬そうな扉の先に侵入できるか試すのですね』

『その通り。抜けられたら、俺が前に出たタイミングに合わせて扉の解錠を試みてくれ。ダメなら前進して、そこにいるだろう歯の魔族連中を倒してくれて構わない。直ぐに追いつく』

『分かりました!』


 左目に棲まう常闇の水精霊ヘルメは、左目から涙が零れるように落ちて廊下を進み始める。

 液体ヘルメにも<無影歩>は効いている。

 そのまま前進し、鋼の魔族たちと歯の魔族たちが戦う廊下を進む。両方の勢力は、スイスイと廊下を進む液体ヘルメに気付いていない。


 ま、速度もそうだが、激戦の最中だ。

 液体ヘルメの色合いも床の色合いと同じような感じで分かり難いし、気付く存在は少ないよな。


 その液体ヘルメは歯の魔族たちが多いところを抜けた。

 扉の先に進んでいた。

 どうやら扉の先に抜けられたようだ。

 同時に<無影歩>を解く。

 

 一呼吸後、鋼の魔族たちに近付く。


 <血鎖探訪ブラッドダウジング>は怪しまれるかも知れないが……その鋼の魔族たちに、


「こんにちは、鋼の兜が似合う魔族の方々。奥の扉を突破したいので、俺たちと手を組みませんか?」

「――な!?」

「「――え?」」


 歯の魔族たちと戦っている鋼の魔族たちは振り向いて来ないが、後衛の者たちが振り向き、一斉に腕を上げてきた。

 得物の切っ先を俺たちに向ける。

 魔杖から伸びる魔刃からブゥゥンという音が響く。

 両腕の魔機械的なクロスボウ装備と鋼鉄の筒の中から覗かせる鋼鉄の矢は威力がありそうだ。


 が、一方的に先制攻撃は仕掛けて来ない。

 ゼロコンマ数秒の間に、鋼の魔族たちと話ができると判断。

 

「俺の名はシュウヤ、背後の仲間の名はミジャイとキサラとロロ。ここに囚われていると聞いている魔傭兵ラジャガ戦団の仲間を救いに来た者です」


 魔界セブドラで通じることが多い南マハハイム共通語だから通じないかも知れない。

 

 間が空いた。

 その間にも、前衛の鋼の魔族たちには死ぬ者が続出している。


 すると、俺たちに武器を向けていた鋼の魔族たちがアイコンタクトし合い、


「どこかで聞いたことがある言語だ。が、敵ではないだろう」

「あぁ、手を組むべきだ。これはバーヴァイ地方の言語ではないか?」

「あぁ、傷場の地域に住まう者たちに多い言語だ。そして、セラの人族にも見えるが……魔傭兵らしいな」

「魔傭兵の仲間の救出か」

「……俺たちを襲わない時点で、信用できるだろう」

「あぁ、手を組もう! あの魔歯魔族トラガンは強烈で強い」

「セブランに隊長の意見に同意します」

「私も賛成だ。ここに来るまでに犠牲を払いすぎた」

「あぁ、しかし、ここで、こんな状況で話しかけてくる連中と出会うとは思わなかったがな」

「「――あはは」」

「「たしかに!」」


 と、知らない魔界セブドラの言語で語り合う。

 そして、一部の鋼の魔族たちは、俺たちを味方と認識したのか直ぐに振り返り、前衛たちが戦う歯の魔族に武器を向けてから、前衛たちにポーションを投げ、<導魔術>系統のスキルを繰り出してフォローの魔法を発動していた。


 一方、前衛は熾烈。

 歯の魔族が体の一部を筒にして、筒から無数の歯茎か歯の弾丸を射出している。

 その歯の遠距離攻撃で、鋼の魔族の前衛は、兜と鎧に傷は受けていないが、それ以外の箇所を貫かれて四肢を失う者たちが増えていく。

 

 歯のマシンガンとか喰らいたくねぇ。

 そして、臭いの元はあの歯のようだ。

  

 そんな歯が銃火や砲火のように行き交う前衛の中で、ひたすら耐えている鋼の魔族がいた。


 その前衛を救おうと後衛の魔族が火線に飛び込む。

 弾丸のような歯を体に喰らいながらも耐えていた前衛に近付いた後衛は、その前衛の背中を掴むと、背後に引っ張って離脱させた。


 見事前衛の仲間を助けた鋼の魔族は格好いい。


 すると、何人かの鋼の魔族たちが連携するように互いの鎧を叩き合いフリーな指先で番号を示す。

 軍隊用語か部族用語か手話的な会話の後、一人の鋼の魔族が後退し、俺たちに近付いてきた。


 その鋼の魔族は、


「魔傭兵ラジャガ戦団の方々! 共闘と行こう。俺の名はバスラート。魔鋼族ベルマラン、バイバルト族の出だ」


 とデラバイン族と同じく南マハハイム共通語で話しかけてくれた。鋼の魔族は魔鋼族ベルマランというのか。


 で、バイバルト族ってのはベルマランの氏族の一つか。

 ドワーフやオークと似ている魔族ということかな。


「……了解、よろしくお願いします。前衛の味方に俺が前に出ると伝えてください」


 右手に白蛇竜小神ゲン様の短槍を召喚。

 左手に王牌十字槍ヴェクサードを召喚。

 バスラートさんは、両手の長柄を見て頷くと、皆に向け、


「皆ァァ、交渉は成立した!! 魔傭兵ラジャガ戦団の救出に来たシュウヤさんが前衛として向かう。道を空けろォ――」


 と指示した直後――。


「「「「おう」」」」

「「承知」」


 魔鋼族ベルマランたちは返事をしながら<魔闘術>を活性化。横壁に向かうように一斉に退いた。

 一糸乱れぬ動きで、統率された一団と分かる。


 渋い鋼の兜が似合う集団に尊敬の念を持ちつつ前進。


 そして、<血道第三・開門>――。

 <血液加速ブラッディアクセル>を発動。

 <黒呪強瞑>と<闘気玄装>も連続発動。


 歯の魔族たちが筒のような形の両手から射出している歯の弾丸が迫ってくるが、構わず――膨大な<血魔力>を王牌十字槍ヴェクサードに込めた。

 そのまま地面に刺さる機動となるように少し跳躍して<投擲>を行う。


 同時に<夜行ノ槍業・召喚・八咫角>を召喚。

 <夜行ノ槍業・召喚・八咫角>は天井スレスレ、否、擦っているが構わない。着地しながら前進。その間も王牌十字槍ヴェクサードは直進し――。

 飛来してくる歯の弾丸を貫き、歯の魔族の胴体を豪快に貫いたところを視認。

 王牌十字槍ヴェクサードは更に背後の歯の魔族の足を裂いて、床に突き刺さった。

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