千八十九話 ルマルディ<筆頭従者長(選ばれし眷属)>になる


「嬉しい、わたしもついに……」


 と、ルマルディの片目が金色に変化。

 一瞬ヘテロクロミアに変化したが、もういつもの蒼色の瞳に元通り。その金髪のルマルディを凝視。

 ルマルディの衣装は、戦闘用かな。

 皆とお揃いのサイデイル用の戦闘衣装で基調は同じ。ドココ製かクナ製だろうな。

 個人個人に合わせて作られているようで、キッシュやクナにベリーズとも異なる。胸元が開けていて、乳房の大きさと引き締まった腰に少し大きいお尻の形が分かる衣装。

 両足が網タイツなのがバッチグーだった。

「……おう、待たせたな。先約を優先して後回しになってしまった」

「大丈夫、タイミングが合わなかっただけ。あの時はサイデイルとセナアプアを結ぶ転移陣もまだない状況ですからね……塔烈中立都市セナアプアの争いも上界と下界がひっくり返るほどの激しさです」

「あぁ」

「……ペレランドラを救った、ネドーの評議員&魔法学院の空魔法士隊と空戦魔導師たちとの戦いに、【魔術総武会】のアキエ・エニグマと大魔術師アークメイジたちとの絡みに、大魔術師ケンダーヴァルことフクロラウドに、【闇の八巨星】たちとの潰し合いから、【テーバロンテの償い】との全面戦争……などなど……寒気を覚えるほどの激務で激しい争いの日々、それを解決したシュウヤさんには……英雄以外の言葉が見つからない……そして今、その英雄のシュウヤさんがこうして傍にいてくれている。わたしにとっては奇跡に近い……ですから、少しの時間なんてたいしたことではない。これも運命と思いたい……ふふ」


 ルマルディは喜色満面。


「そう言ってくれると助かる」

「ふふ、あ、ひょっとして……」


 そう語るルマルディは俺をジッと見つつ、


「……わたしを気にしてくれていたのですか?」

 

 と聞いてきた。


「当然だ。仲間であり、気に入った女性がルマルディ、前にも言った通りさ」


 そう素早く返答すると、ルマルディは蒼い双眸を揺らし、胸元に片手を当てて恥ずかしそうに微笑む。


「……嬉しい」


 頬を朱に染めながら呟くルマルディ。

 少し照れを覚えた。


 首を指で掻きながら、


「……サイデイルの空軍を頼まれてもらった手前もある」


 笑顔でそう言うと、ルマルディもニコッとしてから、


「何を言いますか。空の仕事は当然わたしの役回りですよ。それに、わたしは評議員たちが持つ空魔法士隊と空戦魔導師たちに追われていた身で、シュウヤさんと大事な同盟相手のレザライサとも争っていた仲……そんなわたしをサイデイルの皆さんは、さも当然と言わんばかりの笑顔を浮かべて迎え入れてくれた。そして、仲間としてわたしを頼ってくれていたんですから……」

「あぁ、俺も頼った」

「はい! 仲間として頼り頼られる関係は……やはり心地がいい。そして、毎日がとても楽しかったんです」


 としみじみと語るルマルディ。


「それなら良かった」

「はい! 後……シュウヤさんは……」


 ルマルディは途中で言葉を止めた。


「どうした?」

「はい、シュウヤさんは光魔ルシヴァルの眷属化を行うと凄まじい痛みを感じて、能力もダウンしてしまうと聞きました……その事もあって、気後れしていたのです……」


 あぁ、と頷く。

 

 ルマルディは少し視線を下げて目尻を下げる。

 申し訳ないといった表情を浮かべていた。

 

 キッシュたちから聞いたか。

 そのルマルディは、


「……そして、キッシュさんとロターゼさんとオフィーリアさんたちに、そのことを含めて……『暗殺された父と母が絡む評議員たちや【白鯨の血長耳】と魔法ギルドの【魔術総武会】など、敵の多いわたしを、はたして皆さんは心から受け入れてくれるのか、不安なのです』や、他にも、『数多くの人たち……空魔法士隊を殺してきたわたしが新たな道を選んでいいのか……』など、色々な相談をしたのです……」


 ……ルマルディの父と母が評議員たちとの争いで暗殺されていたのか……知らなかった。


「そのキッシュさんから『……ルマルディ、今、お前はここにいる。それが答えだと思うが、ま、悩むのは当然か……では、空極のルマルディを、わたしが用心棒として個人的に雇ったと思ってくれていい。そうすれば気が楽になるだろう? しかしだ。シュウヤから魔導札・雷神ラ・ドオラを預かったんだろう? ……少しぐらい我慢しろと言いたい、フンッ』と……言ってくれました。最後にイジケるキッシュさんが可愛かった……とりあえず、『はい、すみません』と答えましたが、最後の魔導札・雷神ラ・ドオラの部分は気にせず……キッシュさんが言われたように、サイデイルの皆さんと共に過ごしてきたからこそ感じられる想いですからね、納得しました。ですから、サイデイルの皆さんと共に過ごすことで、【円空】で辛かった様々な出来事を癒やせたのです」


 キッシュにも何かプレゼントを考えよう。

 魔界の品を皆にまだ渡していなかった。

 後で渡せたら渡すとしようか。

 ルマルディの元雇い主の評議員ヒューゴ・クアレスマには裏があると過去にルマルディは語っていた。

 現在の評議員ヒューゴ・クアレスマは、【白鯨の血長耳】の勢力に鞍替えしている、ルマルディとレザライサの関係性もあるからなんとも……。

 バーソロンの情報網と、宿屋がケアンモンスターと化した事件の原因は死蝕天壌の浮遊岩を調査したケアンたちが原因だ。その事象も含めてレザライサとの会談は必須か。


 そう思考していると、ルマルディは、


「でも、シュウヤさんが魔界セブドラに行って消息を絶ったと聞いた時は……暫し、頭が真っ白となりました……そして、もっと早くキッシュさんにお願いして、わたしを眷属に迎えてくれるように強く願い出れば良かった。と後悔していました……」


 俺が魔界セブドラに消えた後か……。 


「やはり悪かったな、ごめん」

「あ、謝らないでください。最初に言った通り、タイミングです。キサラさんたち眷属になるためにがんばっていた方々がいるんですから」

「あぁ」


 そう必死に語るルマルディの背後に、<筆頭従者長選ばれし眷属>たちの苦悩が見えたような気がした。


 ルマルディも優しいからな。

 そんなルマルディを労るように、少しでも伝われば、との想いで、安心させるように、


「眷属化で痛みを味わうことだが、それは気にしないでいい。だいたい<筆頭従者長選ばれし眷属>を十四人も作り、<従者長>も十三人作った俺だぞ? 痛みは慣れっこさ。あ、妊娠して出産したわけではないからな?」


 と笑顔を向けながら、お腹を抱えるような仕種をした。


 ルマルディもニコッとしてくれた。


「ふふ、分かってます」

「<仙魔術>系統も毎回内臓の何処かが痛む。そして、俺には<天賦の魔才>があるし、眷属化で失った分の能力は成長力が高い分、直ぐに取り戻せる。ついこの間も魔界の空にいた巨大モンスターを倒して、結構な量の魔素を得たところでもあるんだ。だからその点の心配はしなくていい」

「はい、安心できました。ありがとうございます」


 ルマルディはお礼を言うと、頬が徐々に朱に染まっていく。


「おう、そろそろ眷属化を行うか」

「はい、あっ」


 と、ルマルディは顔を上げた。

 視線の先は天井――壁の上の小さい窓か。


 そこに、こちらを覗く黒猫ロロ銀灰猫メトがいた。


「はは、相棒とメトの特等席だな」


 黒猫ロロ銀灰猫メトは鼻を突きだして、窓硝子の匂いを嗅いでいる。


「ふふ、たしかに」

「では、光魔ルシヴァルの<光魔の王笏>を使う!」

「はい! お願いします!」


 気合いが入ったルマルディを見ながら<血道第五・開門>を意識。

 血の錫杖のカンだけを出す。

 そして、<光魔の王笏>を発動――。

 不思議な音色が響くと、体から大量の光魔ルシヴァルの宗主の血が迸る。

 その濃密な血潮は紅波として周囲に拡がり、部屋ごと俺とルマルディの周りを満たした。

 

 室内にあった小物類と机の飾りが浮く。

 この血の世界は半透明さもあって視界は明瞭だ。

 外から見たら不思議な光景だろうな。

 黒猫ロロ銀灰猫メトは前足を硝子に押し当て、肉球を見せていた。


 可愛いから笑った。

 と、いかん、目の前のルマルディは――。

 

 慌てた様子で立ち泳ぎを行っている。


 『大丈夫か?』

 

 と、思念を伝えるようにルマルディへ片手を伸ばす。

 ルマルディは微笑みながら落ち着きを示す。

 両腕を拡げて全身で光魔ルシヴァルの血を吸い込み始めると胸元が光を帯びた。更に衣装の表面にルシヴァルの紋章樹の幻影が見え隠れ。

 不思議と衣服が透けて、根っこの部分の月虹が素肌の表面に走っているのが見えた。


 <ルシヴァル紋章樹ノ纏>的な色合いだった。


 同時にルマルディの表情が強張った。

 口から大量の空気の泡と銀色の泡を吹く。


 一気に苦しそうな表情へと移り変わった。

 ルマルディの肺の中に俺の光魔ルシヴァルの血が満ちたか。

 人族のルマルディからしたら溺れるどころではないはずだ。


 が、これも<筆頭従者長選ばれし眷属>になるための儀式。

 

 銀色の泡はルマルディの周りを回り始める。

 更に綺麗なルマルディは、口から肺の空気をすべて吐き出すように大量の空気の泡と銀色の泡を吐き始めた。

 そこに、窓から陽が血の液体世界にいる俺たちを射す――。

 と、陽は血の中で黄金の鴉と蜂たちへと変化し、その一部の鴉と蜂は、血の世界を遊泳しながら俺とルマルディに衝突してきた。


 魔力を得た。


 他の黄金の鴉と蜂の一部は、血と銀色の泡と混じり七色に輝く。


 と、その七色の黄金の鴉と蜂の一部は目映い閃光を放ちながら――。

 血の液体世界の中を転移するようにあちこちに移動を繰り返す。


 そして、移動した場所で小さい鴉と蜂と龍とルシヴァルの紋章樹の模様を幾つも展開させるや否や、オレンジ色のテルミット反応のような輝きを放ってからパッと血の中に消えた。


 まだ目に残るほど強烈な光だった。

 銀色の泡だけがルマルディの回りを巡っている。


 刹那――。


 血の中に七福神の格好をした血妖精ルッシーと水鴉に黄金の鴉と蜂が次々に出現していった。


 これらは<旭日鴉の導き>の影響か。

 太陽神と関係している、ここが女王キッシュが支配するハーデルレンデの土地、サイデイルの影響もあるだろう。

 

 銀色の泡の群れは、今もルマルディの周りを巡っていたが点滅を繰り返す。とルマルディが光魔ルシヴァルの血の吸引する速度も上昇し血の流れが速まりルマルディの戦闘装束の一部が勢いで、はだけてしまう。おっぱいの一部が見えてしまった。嬉しいが、紳士を貫く。

 銀色の泡の群れは悩ましいルマルディの素肌と乳房の一部の表面を這いながら上昇し金色の髪を持ち上げていく。


 一部の銀色の泡は消えたが一部の銀色の泡は子宮を模ってルマルディを囲った。この銀色の泡の動きは前とは異なる。

 七色の銀色の泡も黄金の鴉も初。

 ビュシエ、サシィ、アドゥムブラリの時よりも銀色の泡と血の流れが加速しているように思えた。


 血の錫杖のカンの音色も強まった。

 すると、銀色の泡の一部がルシヴァルの紋章樹の幻影に変化。

 銀色の泡の群れと、そのルシヴァルの紋章樹の幹と無数の枝葉が繋がり始めた。<筆頭従者長選ばれし眷属>と<従者長>を意味する系統樹もあるが、今までにない光景だ。系統樹だろうか。

 続いて、泡の中に幾つものルマルディの姿が映り込んだ。

 これも初だ。と、その泡の中にはルマルディ以外もいた。

 これは、ルマルディの過去の記憶か?

 刹那――え? 視界が――。

 蒼穹を華麗に飛翔している男性を追い掛けている男女たち? 

 ここは塔烈中立都市セナアプアか。

 前後左右には、様々な飛空艇と色々な形の浮遊岩に超巨大浮遊岩の上界にあるだろう無数の魔塔が建ち並んでいる。


 空を飛ぶのは空魔法士隊か魔法学院の生徒だろう。


 先頭の男性は凄まじい速度で魔塔と魔塔の間を縫うように飛翔していく――。

 時折、ホバーリングを行うように旋回を行って振り返っていた。


 生徒たちに向けて細い火炎の魔法を指先から出している?


 魔杖無しでか。


 そして、バーソロンのような炎の紐か?

 生徒たちに方向を示しているのか、教鞭を振るっている?


 それにしても……紐のようで紐ではないし、炎でもないのか。


 <珠瑠の花>のような輝く紐でもない。

 見たことのない炎のクレヨン的なモノか?

 炎のような魔線が指先から出ていて、その出ている宙空だけが、大気に混じるように不思議な色合いに滲んでいた。

 近くで、その魔法の紐のような滲んでいる部分を小一時間観察したい。

 そんな魔法を指先から放出している男性の髪は金色で双眸は蒼い。鼻が高く、顎骨もしっかりとしているし、かなり端正な顔立ちだ。


 そのイケメン男性は背後から付いてくる生徒たちを見守るように指先から出していた炎の紐か不明な魔法を短くすると、その場で待機。


 そんな男性の真上を巨大な飛行戦船が通っていく。


 飛行速度が遅い生徒たちが現れて、待機している男性の周りを囲うように整列していった。


 宙空機動戦術は空魔法士隊と戦ったことがあるから見覚えがある。


 そして、中心にいる男性は魔法学院の教師だろう。


 両手を振るって生徒たちに指導している。

 生徒たちは、宙空で浮遊しながら宙に浮かぶ鉛筆のようなモノを<導魔術>のような技で操作して、同じく宙に浮かぶ魔法の紙に指導された内容を書いていく。

 <導魔術>かは不明だが、空魔法士隊、魔法学院独特のスキルがあるんだろうか。


 と、視界が一気にズームアウトするようにダイナミックに引いていく。


 不思議だが、引っ張られるような感覚――。

 

 魔塔と魔塔の間と――。

 魔塔の中で暮らす多種多様な方々の生活模様が――目の前に映し出されながら――。

 とある魔塔の室内でズームアウトのような移り変わりの視界は止まった。


 少女が空を飛翔している男女たちを触ろうと、大きい窓硝子に小さい手を当てていた。

 外で飛翔しているのは、先ほどの教師っぽい男性と生徒たちかな。


「ママ、パパたち!」


 と少女が指摘する。


 その少女を抱く女性は『ふふ』と笑みを見せながら、


「そうね、わたしたちのパムアーの魔塔にまでわざわざ来たのかしら」


 と発言して、窓の外で、飛翔している男性を眺めていた。

 端正な顔立ちの男性は、魔塔の室内にいる女性と少女に気付いたかな。


 少女を抱く女性の近くには、アルルカンの把神書が浮いている。

 アルルカンの把神書の本としての色合いに変化はない。

 すると、そのアルルカンの把神書が突如、俺と相対するように表紙を向けてきた。


 そのアルルカンの把神書は、表紙に一つ、二つ、三つの眼球を出現させる。

 眼球はギョロギョロと蠢いて俺を見る。

 俺の観察か空間の観察か不明だが、アルルカンの把神書は俺が見えている?

「……」

 アルルカンの把神書は、何かを察知しているような雰囲気を醸し出した。

 これはルマルディの過去だと思うが……。

 過去に対して、リアルタイムに干渉しているのか? では、この視点は、神の視点とでもいうのか……ルマルディの血と、俺の光魔ルシヴァルの宗主との血の交換が要因でルマルディの過去の記憶を見ているだけだと思っていたが、過去の時空間に干渉しているのだとしたら、とんでもない事象だ。


 ……この視点の中にいる俺の精神体は、特異点、四次元超立方体のような存在なのか?

 まさかな……と、アルルカンの把神書は、何事もなかったように少女を抱く母親の周りを廻る。さすがに気のせいか。

 いくら時空属性がある俺だとしても、な……。

 

 四次元超立方体のような五次元的で特異点的な事象が、そうそう起きるわけがない。

 

「ママ、わたしもパパとママと一緒にあの蒼いお空を飛びたいな~」

「ふふ、一緒にお空を飛ぶのは楽しそうだけど、まだ少し早いわ、ごめんね」

「――おおおう、元気なちびっ子ルマルディよ、お前がルマやルディと一緒に空を飛べるようになるには……最低でも五年の修業は必要だろう? なぁ、ルマァ」

「ふふ、そうね」

「そんなことない! わたしは、もう浮けるんだから!」


 少女ルマルディは、母の胸から離れて浮かぶ。

 ルマとルディが両親の名か。

 二人の名を合わせた名前だったんだな。


 ルマルディは五歳に満たない年齢だと思うが……<魔闘術>も扱えるようだし、飛行術をマスターしているのは凄い才能だ。

 母親のルマは真剣な表情を浮かべていた。

 と、右目の魔眼を発動しルマルディを凝視。

 右目の瞳が金色に変化を遂げた。

 母親もヘテロクロミアか。

 虹彩の内部と表面に小さい魔法文字が無数に発生し、小さい魔法文字が毛細血管のような高分子の模様を形成している。


 同時に眼前の空間が圧縮を受けているように湾曲していた。


 ルマルディと同じ魔眼か。

 ルマルディは、遺伝で母のルマからあの魔眼を引き継いでいたってことだろう。

 

 一族由来の能力だろうか。

 またはユイの<ベイカラの瞳>のような魔界か神界の神々の恩寵か。

 もしくは、エセル界にも神がいて、その影響をルマルディの一族が受けているとか?

 

 或いは、塔烈中立都市セナアプア独自、重力場が異なる宇宙的な影響を受けている一族がルマルディたち……。


 ま、可能性はいくらでもあるか。


 ルマルディの母のルマは魔眼を発動させたまま娘を満足そうに見て笑みを浮かべていた。

 

「……ふふ、ルマルディ、凄いわ!」

「うん! 見てて、パパより速い飛行できるから!」


 ちびっ子ルマルディは母に褒められて凄く嬉しそうにはしゃぐと、全身から魔力を発して窓際の天井まで素早く浮上。


 そして急降下を行う。

 子供に見えない飛行能力だ。

 母のルマは、真顔のまま少し唖然としてから、


「……ふふふ、六の属性……しかもそれが密接に融合している。魂魄といい、なんて高い資質なのかしら……」

「喜ばしい成長だが、このままだと魔法ギルドの魔術総武会がどう出てくるか分からねぇぞ? アキエ・エニグマとかな。商環境を持つネドーやドイガルガなどの評議員もちょっかいを出してくるかもだぜぇ?」

「そうね……そうなったらわたしが矢面に立てばいい、ルディもいる」


 と語る。

 アルルカンの把神書は、窓越しに飛翔していた男性を見てから、近くにいるルマとルマルディを見て、


「……あぁ、おまえたちなら守れるだろう」

「うん」

「しかし、ルマルディを見ると、空極という言葉がチラつくぜ?」

「ふふ、アルルカンにもいつものルディの口癖が移ったの?」

「あぁ、幼い身でありながら六属性を扱えるルマルディだ。あの飛行術といい、魔力操作も他の子供の比ではない」


 アルルカンの把神書は言い切る。

 ルマルディは母親と空を飛翔している父親に自分の姿を見せるように大きい窓に手を当てながら飛び回っていた。


 ルマは、微笑ましくルマルディの様子を見てから、なぜかアルルカンの把神書を睨む。


 が、直ぐに溜め息を吐いて魔眼を終わらせた。


 蒼眼に戻すと、アルルカンの把神書に、


「少ししたら、アルルカン、ルマルディを頼むわよ」

「少ししたらか。同極の心格子を譲るとどうなるか……いいのか?」

「うん、この子は将来、わたし以上の【アルルカンの使い手】となるはずよ。そして、風と炎の魔紋ティンソル&バミヴァルも譲るから」

「すべてか……」


 少女ルマルディは、そういったアルルカンの把神書と母親の会話は聞いていない。ルマルディは窓の外の蒼穹を見つめては、笑顔となって小さい両腕を広げて飛ぶと窓に少し頭部をぶつけていた。

 ルマルディは気にせず、父親のルディの真似をするように腕を動かしながら窓際を飛び回っていく。

 そんなルマルディに母親のルマは、

 

「ルマルディ、お外に行きますよ」

「え! 一緒にお空を飛ぶの?」

「お空を飛ぶのはまだ禁止、わたしと一緒よ」

「えぇ~」

「もう、我慢しなさい!」

「やだ――」


 と母親から逃げる少女ルマルディの動きは速いが、母のルマは――、


「ふふ――」

 

 余裕の笑みから飛ぶと、一瞬で飛んでいた少女のルマルディに近付き、両手と胸で優しくルマルディを抱きかかえた。


 ルマはそのままルマルディを抱きつつ、窓際を「ルマルディ、前はママのここが好きと言ってくれていたじゃない」と言いながら浮遊し続ける。


「うん、だけど……」


 飛行術といい、ルマルディの母のルマも相当な魔術師、魔法使いか。

 ここでは空戦魔導師か。

 アルルカンの把神書も、そのルマの後を付いていきながら、


「ルマルディ、嫌がるな、母親のルマはお前に――」


 と、途中で聞こえなくなった。


 娘のルマルディを抱く片腕には同極の心格子のブレスレットが嵌まって光っていた。

 

 ルマは、外で多数の空魔法士隊を指導するルディを見て、


「――空魔法士隊【炎刀速】の訓練はもう終わりでしょうから、ルディを迎えに行きましょう」

「わ~い、ママもパパに負けず劣らず速いから好き! あ、アルルカンのどばっと出る魔力と魔刃をいっぱい出してみせて!」

「ふふ、エセル魔熱土溶解で固めた魔法部屋ならいざ知らず、ここでは出しませんよ」


 と、ルマルディを抱く母のルマは、浮遊しながらアーチ状の出入り口から外に出た。

 渡り廊下に移り、ルディたちが暮らしていた魔塔から離れて飛ぶ。上界のどこかの魔塔か。


 広い部屋だったからルマルディの家庭は裕福だったようだな。


 と、視点が移り変わる。


 父親と母親と一緒に空を飛ぶルマルディ。

 三人は小さい浮遊岩に着地した。


 ルマルディは成長して十代になったぐらいだろうか。

 今のルマルディの面影がある美少女だ。


 傍にはアルルカンの把神書もいた。

 父親のルディが、妻のルマと娘のルマルディを見て、


「飛行術は完璧に近い。<魔闘術>の操作もスムーズ。よし、ここで休む予定だったが……このまま魔剣灘の浮遊岩に向かい、対空魔法士隊のスリーマンセル用の対人訓練をするか?」

「え?」

「ルディ……せっかくの休日の理力相の浮遊岩なんですよ?」

「……」

「ルマルディ、お前は将来、空極のルマルディと呼ばれるようになるのだからな」

「もう、またそれ? だいたい気が早いって。わたしまだ十一になったばかりよ? それにそんな強くなっても仕方ないじゃん。お母さんとパパのほうがわたしより強いのに……」

「そうですよ、たしかにルマルディの才能は他の子とは大きく異なりますが、今は普通に過ごしましょう。この子の性格に合わせてあげるべきです」

「……ルマ、この子のためだ」

「ダメです……今日は、親子三人の休憩の場のはずです!」

「そうだぜぇ、気楽に生きる、ケセラセラだぜぇ」

「ふふ、アルルカン、分かってる~」

「――ガハハ、って、俺を擽るなァ~」


 楽しそうだ。


「パパ、アルルカンの把神書もああ言ってるし、休もうよ?」

「……しかし……」

「ではせめて、お弁当とお茶を飲んで、景色を楽しんでからにしましょう」

「ふむ……」

「ふふ、それじゃ、パパも、ほら、お母さんと一緒に、あそこで弁当を食べようよ。あ、見て、噴火浮遊岩から出ている火流星雲! 吸魔浮遊岩が凄い勢いで吸い込んでいく!」

「あぁ、美しい光景だ、思えば……」

「はい……」


 と、ルディとルマは見つめ合う。

 それを見ていたルマルディは頬を朱に染めつつ、一人端のほうに移動して流星群のような動きを示す変わった雲を眺めていく。


 不思議な雲の動きだ……。

 眺め的に、上界のどこかだろう。


 そして、浮遊岩と浮遊岩が作り出す光景は……濃霧的な、ホワイトホールから出たような物質をブラックホールが吸うような雲と魔力の流れにも見える。


 美しくも不思議な光景だった。

 と、また視点が変化。


 場所は教会のような場所……。

 え? 葬式か……。


 先ほど仲良く話していたルマルディのパパさんが……。

 

 ルマルディの父親の大きい肖像画が中央に鎮座し、無数の花々が肖像画の周囲に飾られてあった。

 

 喪主の母親は沈痛の顔色。

 魔法学院の制服が似合うルマルディは成長して十代後半か。


 そのルマルディは、充血した泣き腫らしたような双眸で、父親の肖像画をずっと眺めている。


『パパ……パパを殺した奴はわたしが殺す。絶対、絶対に……お母さんは評議員ヒューゴ・クアレスマと敵対している上院評議員テクル・ホーキスルの持つ空魔法士隊【空龍】と空戦魔導師ベナトリクに【運び屋・イチバル】たちが怪しいという情報を入手していたけど……』


 ルマルディの思念が聞こえてきた。


 そんなルマルディや母親に寄り添う家族や親類は多い。

 アルルカンの把神書はルマルディの傍にいた。

 

 また視点が移る。


 いきなりの魔法の撃ち合いの場面となった。

 

 上界と下界を繋ぐ巨大な浮遊岩が幾つも並んでいる場所だった。


 そこで魔法を撃ち合っているのは、ルマルディの母親のルマ、背後にはルマルディと<魔霊術アルルカン>を発動中のアルルカンの把神書。

 

 ルマルディの母のルマと戦っているのは全身が黒尽くめの魔術師と魔剣師たち。魔剣師はムラサメブラード・改のようなエネルギー刃を擁した魔杖を握りながら、ルマたちに接近戦を仕掛けていた。

 同時に炎球に雷球に風槌などが、防御魔法を展開しながら魔法剣を振るっているルマたちに向かっていく。


 ルマルディも風槌と火球と雷球を同時に出して魔剣師たちを牽制。

 低空を飛行しながらそれらの魔剣師に近付き、至近距離から爆発したような巨大火球を浴びせて一気に魔剣師たちを屠る。


 ルマは、躍動する娘を見ずに、相対している黒尽くめの魔術師と魔剣師たちに向け、


「あなたたちは、闇ギルドの【運び屋・イチバル】よね?」


 といいながら<炎衝ノ月影刃>を放つ――<炎衝ノ月影刃>の月の形をした炎と風の刃の群れがルマたちに迫っていた炎球と雷球と風槌を打ち砕く、と、魔術師たちの体をも貫いた。


 そこに、ルマルディの攻撃を回避し、往なしていた、強者の黒尽くめの魔剣師たちが、


「しねぇぇ」

「こいつを殺し、娘も殺す――」


 とルマたちに接近戦を仕掛けた。

 刹那、アルルカンの把神書が、


「あ? ルマルディは殺させねぇよ! 速いが、対処は可能だ――」


 と言いながら本が開く。

 開かれた頁から黒獅子のような存在が飛び出る。

 とルマたちに魔杖を振るってきた魔剣師たちの攻撃を頭部や身に喰らいながらも、


「「ぐぇあ」」

「ぬがぁぁぁ――」


 その魔剣師たちの体を抉るように喰らって倒していた。


「ふふ、一気に数が減ったわ、ルマルディ、大丈夫よね?」

「うん、でも母さん……わたしたち、待ち伏せされてる……」


 ルマルディの視線の先には、黒尽くめの魔術師たちの後続が現れていた。

 母のルマは、


「そのようね……二人とも、少し気合いを入れましょう――どうにかきり抜けるわよ――。そして、評議員ヒューゴ・クアレスマが所有するパンダクニル評議宿とクイリナーレ魔法学院があるリンパクルの大通りに向かいましょう――」

「うん」

「了解したぜぇ!」


 アルルカンの把神書の声が響くと、ルマは体から魔力を発し、腕を伸ばす――アルルカンの把神書からも放射状に魔線が出ると、その魔閃が瞬く間に巨大な鮫の頭部に変化し、口を広げつつ上下の顎と歯牙を晒しながら突進し、黒尽くめの魔術師に向かう。

 

 黒尽くめの魔術師たちは、アルルカンの把神書と鮫の頭部に向け火球と雷球を飛ばし後退するが、巨大な鮫の歯牙には、魔法の文字が刻まれている。その歯牙と衝突した火球と雷球は吸収されながら咀嚼されて喰われて消えた。アルルカンの把神書と巨大な鮫の頭部は直進し、魔術師たちも喰らっていた。


 ルマとルマルディとアルルカンの把神書が黒尽くめの魔術師と魔剣師の襲撃を突破したところで視点が変化――。


 また激戦で、室内戦。


 げ、ルマの片腕が、服がはだけて見えた乳房も潰れて……。

 そのルマは片膝を地面に付けたまま円状の層の厚い防御魔法で振り降ろされていた大太刀の攻撃を防ぐ。


 が積層とした防御魔法の層が何層も大太刀に切断されて消える。

 

 ルマの背後にいるルマルディは回復ポーションをルマにかけていた。


 アルルカンの把神書は叫ぶ。

 大太刀を振るう金髪の空戦魔導師に突進し、アルルカンの把神書は魔力を放出させて、それを巨大な鮫の頭部に変化させて、その鮫を向かわせたが、金髪の空戦魔導師は余裕の間で後退、アルルカンの把神書から「待てや――」と魔線が迸る。その魔線は黒獅子に変化して、後退した空戦魔導師と衝突した、と思ったが、その場にはもう空戦魔導師は居なかった。


 すると、遠くから、


「――チッ、アルルカンの使い手めが……」

「逃げるなよ、ロルラードでオマエを喰らう。そして名を明かせや――」

「ハッ、巨大魚とか、俺はまともにやり合うようなアホではない。じゃあな――」


 と、その空戦魔導師の気配が消えた。

 ルマルディは、周囲を探りつつも、直ぐに、


「……今の強者は去ったのね、でも、お母さん……」


 ルマの口の端から血が流れていた。

 アルルカンの把神書も、ルマとルマルディの傍に寄る。

 ルマは、


「ふふ……そんな顔をしないの。あ、ルマルディ、片腕を出して」

「もっと回復ポーションを飲んでよ!」

「いいから――」


 ルマは、ルマルディを抱くように、ルマルディの片腕に自身が嵌めていた同極の心格子を嵌めていた。

 すると、ルマの顔色がみるみるうちに悪くなっていく。


「あ――」


 怒ったようなルマルディを、傷が酷いルマは無事な片手で強く抱いた。


「お母さん……やだよ」

「ルマルディ、強くなりなさい。空極になるのよ、そして、アルルカンの把神書……ルマルディを……」


 ルマは血の涙を流しながら語る。

 アルルカンの把神書は、


「……分かった。俺に任せろ。絶対に空極のルマルディにしてやるさ」

「うん、よかった。ルディ……ごめんなさい、貴方の大事な娘を最期まで、うぅ……」


 血の涙を流したままのルマは娘のルマルディの肩にもたれかかるように項垂れて死んでいた。

 なんて光景だ……。


「うあぁぁぁぁあぁぁぁぁあ――」


 涙で視界が真っ白となったが、直ぐに視界が映り変わる。

 余韻もない――。

 城のような場所を歩く制服を着たルマルディと男たちがいた。

「先輩、今日もクアレスマ様の護衛なんですか?」

「なに? 当たり前でしょう。貴方たちも【円空】の三番隊だし、時間的に赤雷と砲雷の浮遊岩に行っているはず。それに、【フィンレディンの魔法店】がある【魔塔フェンレディン】の守備に就く話もあったはず」

「はい、そうですが、この間、三番隊から六番隊の隊長たちから、ルマルディ先輩と親睦を深めたいと、お願いがありまして……」

「可愛い後輩に免じて、共に親睦会に出ませんか?」

「いやよ、男が多いし、わたしも忙しいの」

「えぇ」

 ルマルディが所属していた【円空】の上司の空戦魔導師と後輩たちか。そこにアルルカンの把神書が、


「ガイとリュウガ、残念、ルマルディはお高いんだ。諦めろ」

「「……」」


 残念がる後輩たちに綺麗な笑顔を向けたルマルディは、サッと身を翻して飛ぶ。

 また視点が変化。だれかと戦って、片目と体に傷を受けたのか。

 痛々しいルマルディの姿が……。

 そのルマルディは見たことのある通りに向かって、あ、マコトか? と手術台に載ったルマルディに視界が切り替わる。マコトに片目の治療の施術を受けていたのか。

 刹那、一転して視界は元通り――。

 光魔ルシヴァルの血の大半を吸い終わったルマルディだ。

 ルシヴァルの紋章樹と重なっていた。

 虚ろな表情だったルマルディは意識を取り戻したように俺を見るとルマルディにルシヴァルの紋章樹が重なると、幹が太くなり、枝も伸びて万朶の銀色の葉と花を無数に咲かせていく。微かな音楽が響き心を癒やす感覚を得た。

 葉と花から銀色と<血魔力>がプロミネンス的な動きで放出されていた。

 ルシヴァルの紋章樹の根がルマルディに絡む。

 幹の上部と枝葉は非常に明るく、根っこは暗い。

 ルマルディ自身の頭部も明るく、足下は暗い。 

 樹の屋根の天辺は太陽を思わせる明るさ。まさに陽。

 樹の根の真下は月を思わせる暗さ。まさに陰。

 太陽を彷彿とさせる樹の屋根と幹と枝から迸っていく輝く魔線はルマルディと繋がっていた。すると、幹から銀色の葉と万緑の葉が付いた榊のような棒が出る。

 その榊のような棒を掴んで――。

 皆と同じくルマルディの体を祓うように撫でていく――。

 榊の葉と触れたルシヴァルは、恍惚とした表情を浮かべていく。

「アァァ――」

 

 喘ぎを発した。榊のような棒に祓われる度に喘ぎ声が太くなる。

 体と衣服の表面に無数の血の筋が走り消えては繰り返す。

 続いて、血の線から数学染みた暗号のような文字が迸っては消えた。

 すると、榊の棒は俺の魔力を吸ってから自然と離れてルマルディの体へと直進、そのルマルディの体の中に浸透して消えた瞬間――ルシヴァルの紋章樹の幹と枝と葉に――。

 光魔ルシヴァル一門の類縁関係が樹状に模式化された系統樹の<筆頭従者長選ばれし眷属>と<従者長>と光魔騎士などの名が刻まれている円が出現していく。


 第十四のアドゥムブラリの名もある。

 第十五の大きな円に、ルマルディの名が刻まれた。

 すると、ルマルディは、系統樹のルシヴァルの紋章樹と融合しつつ、まだ残っていた周囲の血を体内に取り込んでから、床に倒れた。

 直ぐに駆け寄って、ルマルディを抱き上げる。


「ルマルディ――」

「……」


 ルマルディはまだ目を開けない。

 美しいルマルディの顔には吸血鬼ヴァンパイア系統の証拠と言える血管が浮き出ている。そのルマルディに<血魔力>を送ると、


「……ぁん……ここは、あ、シュウヤさん……え……あぁ、わたし――」


 ルマルディは吐息を吐き甘い声を発しながら気が付くと、俺の胸元に顔を埋めた。

 背中を撫でながら、


「起きたか。俺の<筆頭従者長選ばれし眷属>となったはず。ルマルディ、立てるか?」

「はい……」

 背中を支えつつ立ってもらった。

 ルマルディの質が変化していることは分かる。

 ルマルディは己の両手を見てから、俺を見て、

「わたし、凄い……自分の声も心に響く……これが<血魔力>……<魔闘術>系統と似ていると分かります。戦闘職業も<魔極蒼穹霊師>から、<霊空魔導血師>に変化を……」

「おぉ」

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