千四十八話 常闇の水精霊ヘルメと合流
アドゥムブラリから〝列強魔軍地図〟を返してもらった。
「まだ【源左サシィの槍斧ヶ丘】とは距離があると思うが」
「あぁ」
〝列強魔軍地図〟を仕舞いながら相棒の頭部を歩く。
サシィは腕先を斜め前方に出している。それに隣にいるビュシエは頷きつつ少し体を浮かせると、その体から<血魔力>を出した。
そして、「<血道・血法院銀燭道>――」を発動。
相棒の斜め前方から百八十度の空間にずらりと並ぶ銀燭を展開させる。
複数の銀燭はプログラミングされたような動きで上下左右に並ぶ。と、幾何学的な模様を描いたと思ったら、奥へ奥へと道を描くような動きに移行して並び出す。
遠近法で描かれた道にも見えた。
「ンン、にゃお~、にゃ~」
無数の樹葉が生い茂る林冠を踏みつけてぐいぐいと加速するロロディーヌは、本当に楽しそう。
俺の首に付着している触手から直に気持ちは伝えてこないが――。
微かな振動が触手には起きていた。その振動の微妙な差で、相棒の気持ちは理解できた。
そんな触手手綱から手を離しつつ、背中に金髪が靡いているビュシエに、
「ビュシエ、その血道は、俺たちを【吸血神ルグナドの碑石】にまで導いた?」
「はい、そうですが、能力的には上昇しています。この銀燭道は対モンスターの結界となり、わたしたち光魔ルシヴァルの戦闘能力が向上する領域となるのです。<
「「へぇ」」
「……ビュシエの姐さんは、既に光魔ルシヴァルの女帝の雰囲気がありますぜ」
「あ、ありがとう」
ビュシエは微妙な礼の仕方だったから、姐さんと言われるのは少しいやなのかな?
そのビュシエは蒼い双眸で俺を一心に捕らえながら近付いてきた。
頬は斑に赤く染まっていく。
相貌には純粋な美しさがあるから、ちょいと照れる。
魔眼ではないが、光魔ルシヴァルの宗主として……。
眷属が体から発する汗や血の匂いから好意的な感情と強い煩悩が理解できてしまう。
それが、俺の感情とも繋がってくるからなんともいえない。
<
そして、自然と股間の脈動を感じてしまい、セラの欲望MAX生活を思い出して少し笑ってしまった。
「ウォン、友の加速は凄い……」
そう発言したケーゼンベルスが身構えるように体勢を沈めた。
少しだけ「ガルルゥ」と獣の声を発しているケーゼンベルスは香箱座りに移行したようだ。
相棒の体毛で胴体が隠れた。
頭部だけが毛の上にちょこんと出ているケーゼンベルスさんだ。
そんな頭部の上に樹の葉が落ちてきた。
頭部に葉を乗せた秋田犬に見えてしまった。
思わず笑う。
「どうした、器、笑って、ん、あぁ、ふふふ」
「「ふふ」」
「ケーゼンベルス様が、か、可愛い」
「は、はい」
「ふむ」
「ふ」
「シルバーフィタンアスに似ていますね」
「あぁ」
見た目は黒いシベリアンハスキーだろう。
ツアンが言ったように
そして、その
そんなケーゼンベルスの横にいるサシィは、<源左魔闘蛍>を発動。
<魔闘術>系統の技術の高さの表れか、丹田から拡がった魔力を体に纏う速度は俺並みに速い。
纏った魔力の色合いは淡い部分もあれば、薄い光となって周囲の背景を取り込んでいるように透明になっている部分もあった。
そして、その体と防具服の節々から、蛍の形の小さい魔力を無数に放っている。
すると、足下の
「ンンン――」
喉声を発して高々と跳躍、一瞬空を飛んだ気分となった。
夜空とは異なる暗い空が目の前に――。
百八十度の視界を占めた。金玉が浮き上がってギュィンと沈むような感覚を得た。
皆の足や腰には触手と黒い毛が巻き付いているから安全だ。
刹那――視界は下がる。
相棒の跳躍は一々迫力があるな――着地しては、また跳躍――。
直ぐに山を二つ越えた。
と、その先、左奥の山のあちこちに集落らしき点々とした灯りが見え隠れ――。
――天辺の付近は、源左砦かな。
近辺のやや高度が乱高下する山が左場と右場か。
窪地は槍斧ヶ丘。総じて、【源左サシィの槍斧ヶ丘】の灯りだろう。
古き良き日本の風景を思い出す。
僅かな着地の衝撃を感じると同時に視界は緑が多い山に変化。
着地をスムーズに行うロロディーヌの制動が見事だった。
腹から触手を下に伸ばし、ホールディングアンカーの要領で地面に引っ掛けた触手を収斂させて一気に地面に近付くような移動を試みたのかも知れない。
と、また
山の一つを軽々と跳び超える。
着地――そのまま山の斜面を四肢で滑るように下ってから、後ろ脚で斜面を蹴ったのか、また直進――【源左サシィの槍斧ヶ丘】の近くの山へと突入。
もう――奥座敷の庭や右場と左場とも地続きな源左斧槍山の範疇だと思うが――。
視界は樹と葉が多いから分からない。
跳べば一発だと思うが、ここからこの速度で跳んだら【源左サシィの槍斧ヶ丘】を越えてしまうだろう。
神獣ロロディーヌは速度を落とした。
同時に鼻先をクンクンと動かす。
嗅覚で源左砦の位置を把握したかな。
樹と枝葉で視界は悪い、というか、先は見えないが、
「神獣様、真っ直ぐ、こっちです」
サシィの言葉だ、相棒は、そのサシィが腕を指した方角に自然と頭部を向けていた。ロロディーヌはゆっくりと進み出す。
直ぐに血の匂いが鼻を突いた。
前方から斜めの方向の樹は、竜巻を浴びたように薙ぎ倒されている。
マーマインと源左の者の争いか。
常闇の水精霊ヘルメの攻撃もあるかもだ。
戦場の空気感はまだ残っているから、一気に旅人気分は霧散した。
山道に出ると地面に転がっているマーマインの死体が増えた。
斜面の下のほうでは……。
マーマインの死体を喰らっているイノシシモンスターなどがいた。
他にもマーマインの死体に群がっている大きい蟲モンスターも発見。
見た目が百足とカブトムシが合体したような蟲……。
変な液体を体の節々から発している。
グロいから攻撃したくなった。
が、相棒は無視して先に進む。
「ウォォォン! 【ケーゼンベルスの魔樹海】では許さぬが……」
ケーゼンベルスは怒っていた。
が、近くにいるアクセルマギナに撫でられて大人しくなっていた。
俺も余計なことはしない。
源左の者の死体はないように見えた。
と、前方に樹を倒すように積まれたマーマインの死体の山が立ち塞がる。
「ウォォォン! 我が吹き飛ばすか?」
ケーゼンベルスが少し体を大きくさせて、相棒の目元に近付く。
動いたような気がしたが、ここからではよく分からない。
と、足下が少し震動。
「ンンン」
喉声を鳴らすと鼻息を荒くした。
「ケーゼンベルス、必要ないって返事だと思う」
「分かった!」
「「「ウォォン!」」」
ケーゼンベルスは尻尾を揺らしながら、黒狼隊のケン、ヨモギ、コテツの近くに戻る。
すると、
「ンン」
喉声を鳴らしつつ――。
『あいぼう』『もえもえ』『ぶしゃー』『たべる?』
相棒が気持ちを伝えてくれた。
意味は『萌え萌えキュン』ではない。直ぐに理解した。
「焼却処分してしまっていい。要するに、汚物は消毒を頼む!」
「ンン、にゃごぁぁぁ――」
死体のマーマインの山は燃焼し、炭化。
南無――【源左サシィの槍斧ヶ丘】の栄養源になってくれ。
炎を吸い寄せる
と、喉元から、
「フシュゥ、ガルゥゥ――」
といつもと異なる鳴き声を響かせる。
「「おぉ~」」
「ウォォォォン!」
「熱風といい、迫力が凄まじい!」
「紅蓮の炎を絶妙にコントロールするように口に吸い込むところは格好いいな! 神獣やりおる!」
アドゥムブラリが凄く興奮していた。
黒い翼がバタバタと忙しなく動いている。
貴族風の衣装でイケメンなだけに、単眼球の頃と似たテンションだから面白い。
そして、あの頃を思い出すと、なんか切なくなった。
「ンン――」
神獣ロロディーヌは直進、山道を進む。
と、櫓を有した砦が見えてくる。
「シュウヤ殿と皆さん、右場の最前線の砦、右場の簡易砦です」
「了解、では、このまま直進し源左砦に向かいたいところだが、まだだ! 相棒、止まれ。サシィ、少し話せるか?」
と、動きを止めた
サシィも
サシィは、
「<
「それでもいいが、そうではない。上笠連長の一人、重臣のタチバナについてだ」
「タチバナがどうしたのだ」
「マーマインと通じていた」
「え!? それはまことか?」
「確証は得ていない。バシュウとハザルハードの二人との会話からの情報だ。そのタチバナは源左の者で、マーマインの背乗り、成り済ましではない。バシュウを通じて、己の権益のため源左の情報をマーマイン側に流していたようだな。時には源左の者の命を利用し、マーマイン討伐も行う。上手い具合に手柄を独り占めし、帳尻を合わせていたと推測する。他にも様々な取り引きがあったはずだ」
「……あぁ、なんたること……いつも冷静だったタチバナが……裏切り者……不甲斐ない……わたしのせいなのか」
サシィを責めているわけじゃないんだが……。
親方として当然の、自責の念がでてしまうか……。
一国一城の主のサシィだからな。
そのサシィに、
「サシィ、自分をそう責めるな」
「……あぁ、シュウヤ殿のタチバナの行動の予想を聞かせてくれ」
「色々とある……非常に可能性は低いが、開き直って、サシィの命を狙うかも知れない」
「……な! ぐっ、うぅ……」
信頼していた者たちの裏切りはキツイだろう。
サシィは動揺したが、直ぐに深呼吸をしてから、少し落ち着いた。
そして、俺を見て、
「すまない。取り乱した」
「気にするな。上笠の重臣からまた裏切っていた存在が出たんだ。そうなるさ」
「あぁ……」
頭部を左右に振るってから、落ち着きを取り戻したサシィ。
「大丈夫そうだな」
「あぁ、大丈夫だ」
「さすがは【源左サシィの槍斧ヶ丘】に名が付く親方様のサシィだ」
そう本心を告げながらリスペクト――。
胸元に手を当て、ラ・ケラーダをサシィに送る。
サシィは誇らしげに胸を張った。
和風の鎧は、乳房の形に少し膨らんでいるから魅力的。
「ふ、鬼姫と呼んでくれてもいいのだぞ?」
鬼姫も格好いい響きだが、ま、
「はは、鬼姫も渋いが、あ、鬼と言えば、庭に、闇遊の姫魔鬼メファーラ様の彫像があった。メファーラ様の信奉者が源左には多いのかな?」
「それなりに多い。わたしも他の神々と同じくメファーラ様が好きだ。時々、お祈りと共に血を捧げている。それに、源左独自の<魔闘気>と通じている部分もあるのだ」
「「ほぉ」」
「へぇ」
「そうなのか、他の神々を信奉する者たちは多いのかな」
「多い。数多の神々、斧槍山の自然を信奉している者もいる。それよりも、タチバナの裏切りについて聞きたい。可能性が低いとはいえ、本当にわたしの命を狙ってくるだろうか。庭の戦いは見ているのだぞ?」
「俺たちがいないところでサシィを狙うかもだ。そして、バシュウとハザルハードのマーマイン連中が、俺たちごとサシィを倒してくれと願っている可能性もある……最後のは、あくまでも忠誠心が低く、サシィを慕う気持ちもなかったらの推測だが……」
「……バシュウが裏切った時点で、一緒に裏切らなかった理由はなんだろうか」
「マーマインの都合、バシュウとタチバナは、予め示し合わせていたようだ」
「あぁ……そう、なのか……だから、か……」
サシィは数回頷く。
アドゥムブラリたちも頷いた。
ビュシエは話を聞きながら、周囲を見回している。
「……この段階で、タチバナがどこかに逃げていれば、特に問題はないかな」
「上笠の立場として、今も残っていたのなら、わたしが一人のところを暗殺しようと準備しているかもしれない?」
「可能性は低いが、ある。しかし、マーマインが倒れた今となっては、その線も薄いと思う」
「……ふむ……」
「俺もそう思う。タチバナの立場となって考えれば……重臣の立場を維持しようと躍起になるかもな」
アドゥムブラリがそう発言。
「だろうな……」
「弱腰なら何もせず、上笠の立場、重臣の一人としてサシィを支えるだろう。今まで以上に働いて事なきを得ようとするはず」
「……」
「それに、裏切りは裏切りだが、源左の上笠の立場が気に入って、権力を維持したいからこそバシュウを利用していただけかもしれない? サシィへの忠誠が高い故の矜持、慕う思いからくる行動かもだ」
俺を睨む視線を嫉妬故としたらの予想だが……。
嫉妬ではなく殺意だったのなら……何か切り札がある可能性も否定はできない。
「矜持に慕う思い……言われてみたら、わたしを見つめてくることはあったような気がする……」
そう発言したサシィは考え込む。
上笠の重臣たちの派閥の関係性は、俺には分からないことが多い。
そこで、〝列強魔軍地図〟を取り出した。
「サシィ、【源左サシィの槍斧ヶ丘】の源左砦の周囲のここだが……」
【源左ゼシアの命秘道】。
【源左喜平次の石碑】。
【源左蛍ノ彷徨変異洞窟】。
【
【緑王玉水幢ノ地下道】。
【源左ミーロの墓碑】。
【開かずのゲイザー石棺群の間】。
【コツェンツアの碑石】。
【源左サシィの隠れ洞窟】。
【マーマイン瞑道】。
「このタチバナゲンサイの
「タチバナのご先祖の墓だ……過去に謀反を起こしたと聞いている。強者だったとも」
「強者……立花弦斎、祖先か」
もしかしたら、タチバナの切り札が【立花弦斎の羨道】かなとは思ったが……。
開かずのゲイザー石棺群の間とコツェンツアの碑石も怪しいんだよな。
「そうだ。この墓が、今のタチバナキョウノスケと関係があると?」
「現状では、あるかもってぐらいだ」
「ふむ。命を狙ってくる心配は減ったが、どちらにせよ心配の種だ。だから、ここでシュウヤ殿の眷属となりたい。シュウヤ殿、お願いできるだろうか――」
と片膝で鼻先を突く。
「ンン、にゃお~」
と、
「わわっ」
「ロロ殿様の触手がぁぁ」
「閣下、先に飛び降ります、がっ、捕まった!」
「「――きゃぁ」」
「「「――おぉっ」」」
「――我は大丈夫だぞ、ウォォォン!」
「「「「ウォォン!」」」」
魔皇獣咆ケーゼンベルスと黒狼隊は飛び降りて着地。
相棒は触手を絡めた皆も地面に下ろしていた。
相棒的には、この場でサシィの<
砦が遠くに見えるが、右手の森の陰でやってしまうか。
「――分かった、サシィ、行こう。皆、周囲を頼む」
「やった!」
「「「了解」」」
「承知」
「サシィもここでか、器よ、<血魔力>は大丈夫なのか?」
「あぁ、ちょい補給したいところだが――」
すると、砦から見知った魔素が飛来してきた。
「閣下ァァァァ」
常闇の水精霊ヘルメだ。
ドンッと衝撃波を宙空で発したヘルメは、目の前でターンするような機動を行ってから、お尻を魅せつつ着地――。
思わず拍手。
「よう、ヘルメ、ただいま」
「閣下――」
と抱きつくヘルメの背中を撫でた。
「マーマインの親玉は討ち取ったぞ。右場と左場と、窪地の守りは大丈夫だったようだな」
「はい、マーマインはすべて倒しました。良かった……」
と、また俺の胸元に頭部を預けてくる。
少し見上げたヘルメは、俺の唇を凝視してきた。
お望みとあらば――。
ヘルメの唇に己の唇を合わせた。
そのままヘルメの柔らかい唇を唇で味わうように上唇を吸い込む。
ヘルメも俺の唇を吸いながら舌を出してきた。
その舌を吸い込むと、魔力を得る。
ディープなキスを行いながら、ヘルメに言おうとしていたが、ヘルメが回収していた血を送ってくれた。
『ありがとう』
とヘルメを抱きしめる力を強めると、ヘルメは体の表面の一部を液体状にして、その液体状の体から血を交ぜた水を俺に送ってくれた。
活力を得る。
キスを終えるとヘルメは離れた。
「ふふ、閣下の気持ちがなんとなく分かりました」
「お、おう。いつも感謝している」
と、サシィとビュシエが視界に映る。ジト目だった。
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