千四十五話 <鬼想魔手>の試し


「<鬼想魔手>を試す――」


 <鬼想魔手>を発動。

 <鬼想魔手>が目の前に誕生。


 <導想魔手>のように無数の魔線で構築されているわけではないが、魔線が目の前に集結したように見えた。

 

「<鬼想魔手>の見た目は少し怖いですね。近くで見たら意外に大きい」

「……<鬼想魔手>、奇想鬼腕書ピューリケルの書物が魔力の塊のようなモノに変化したことも不思議ですが……見た目がハイ・オーガの手と似ている。鬼の手と呼ぶのも分かります……」


 サシィとビュシエがそう発言。


「ハイ・オーガか、セラにも高鬼オーガ王鬼キングオーガがいるんだが、それと同類かな。ハイ・オーガはキングより弱い?」


 ビュシエは、


王鬼キングオーガとそう変わらないはず。そこまでは詳しくないですが、ゴブリン系の上位種とされる存在がハイ・オーガです。わたしはそう呼んでいました。神格落ちの堕落の王魔トドグ・ゴグを信奉しています。あ、欲望の王魔トドグ・ゴグと呼ばれることも多いです」

「へぇ」


 サシィも、


「ハイ・ゴブリンやホブゴブリンなら集団で槍斧ヶ丘の右場と左場に現れることがある」

「【源左サシィの槍斧ヶ丘】に来た当初は、マーマイン以外にも源左の土地を攻めているモンスターは多い印象を覚えた」

「あぁ、いる。【ローグバント山脈】、【ケーゼンベルスの魔樹海】、【メイジナ大平原】、【バーヴァイ平原】などにもゴブリン系の巣はあるだろう。更に【メイジナの大街】と【サネハダ街道街】に行く道中や、【レン・サキナガの峰閣砦】と【ベルトアン荒涼地帯】の周囲にも現れることがあるのだ」


 頷いて、


「それらのゴブリン系統は、マーマインとも争っていたのかな」

「そうだと思う」


 すると、魔軍夜行ノ槍業が少し震える。

 装丁の金具が自然と外れて揺れた。


『ビュシエが言うように、見た目はハイ・オーガと似た手だ』

『……似ているが、異界のモンスターの手が元。そして、弟子はすんなりと<鬼想魔手>を覚えたが……一抹の不安は禁じ得ない』


 厳つい口調のトースン師匠は思念でそう語る。


『異界のモンスターを取り込んだ故の<鬼想魔手>だ。大丈夫だろう』


 <奇想鬼腕書ピューリケル>と<鬼槍ピューリケル>を最初に獲得したが……。

 鬼の手の<鬼想魔手>への進化は、異界の鬼を使役したってことかな。


 一瞬、前鬼と後鬼を使役したとされている役小角を思い出す。


『弟子は、<導魔術>系統の修業も積んでいる。その修業の成果が<鬼想魔手>であるようにも思えるぞ』

『……ふむ』

『……異界の鬼の存在と通じている先ほどの吸霊胃無アングストラという存在は、生きた魔界四九三書でもあるのか?』

『そうかも。異世界を内包した魔界四九三書……』

『あの指輪は、弟子の奇っ怪な血刀連撃の大技で仕留めたが、異世界の出入り口にも思えた……』

『【幻瞑暗黒回廊】にありそうな異世界だったな』

『吸霊胃無アングストラがその異世界の力を自由に出せていたのなら、あの指輪を弟子が装備したら、相当な能力アップになりえた?』

『シュリはマゾか? 俺は能力アップしようが、あんな指輪は嵌めたくねぇ』

『……そうね、知らない間に捕食されているとか嫌すぎる』

『ふむ……夜行光鬼槍卿の弟子がハルホンクを喰らっている故のシュリの発言かと思うたが?』

『……弟子なら、あの指輪を使いこなせたか』

『そう。リスクがあると思うけどね、さすがに怖いか』

『……ふむ。カカカッ、指輪の件は、今だから言える話、弟子よ、冗談として考えよ。気にするでないぞ』

『は、はい』


 飛怪槍のグラド師匠はお爺さんの声だ。

 そして、八怪侠、八槍卿と呼ばれている八人の頭目だから、いつ聞いても恐縮してしまう。


『それで弟子ぃ~。その<鬼想魔手>だが、四つに分けることが可能なのか?』


 獄魔槍のグルド師匠がそう思念で聞いてきた。


『あ、今意識してみます――』


 <鬼想魔手>が四つに分かれた。

 一つの<鬼想魔手>よりも薄まって小さくなったが操作は個別に可能。偵察用ドローンよりも楽。

 

 この四つの<鬼想魔手>は物が持てると分かる。

 

「四つに! シュウヤ殿が斧槍で斬り伏せた時と同じ」

「シュウヤ様、この<鬼想魔手>は<導魔術>系統でもあるということでしょうか」


 目の前にいるビュシエとサシィが驚きつつ、そう発言。


「……獲得の仕方から断言はできないが、魔線が集結したように見えることといい、<導魔術>系統の<導想魔手>と似ているから、そうだろう」

「はい」

「……」


『<鬼想魔手>は小さく薄くなったが、四つに分割が可能だな』

『はい』

『……<鬼想魔手>。やはり異世界の存在の能力を弟子が得たということか』


 セイオクス師匠がそう思念を寄越す。


『思わぬ恩恵か。まだ分からないけどね』


 シュリ師匠がそう不安そうに思念で告げてきた。


『異世界だろうと、鬼槍ピューリケルも弟子に対応したのだ。恩恵だろう』

『うん。奇想鬼腕書ピューリケルの書物も鬼槍ピューリケルを通して使い手と融合した形だからね』


 目の前で<鬼想魔手>を見ているサシィは、


「指の爪は鋭そう……手刀による攻撃も可能?」


 そう聞いてきた。頷いて、


「可能なはず――」


 思わず拝むポーズで、四つの<鬼想魔手>を操作――。

 ――<滔天拳>と<血仙瞑貫手>を使う――。

 二つの<鬼想魔手>が地面に突き刺さる。

 残り二つの<鬼想魔手>で人差し指と中指を揃えた手刀の<血仙瞑貫手>を繰り出した。

 

 その手刀の<鬼想魔手>が大きい岩を貫く。


「「おぉ」」


 サシィとビュシエが驚く。


『格闘系のスキルも可能!』

『物を持たせることも可能ならば、槍を持った夜行光鬼槍卿の弟子が四人増えるということか』

『……おいぃ、もしそうなら、今回の<鬼想魔手>の獲得は大きいぞ』

『『『あぁ』』』

『……<導想魔手>と似た<鬼想魔手>の獲得!! 魔界九槍卿はより多彩な戦術の展開が可能になった』

『<血想剣>と<血想槍>より燃費がいいのも重要だな』

『ふむ。<光魔・血霊衛士>の運用もあるからな、魔力と<血魔力>の消費は少ないほうが有利となる。だからこそ今回、弟子は飛躍的に戦闘能力を伸ばしたことになる……まさに、夜行光鬼槍卿であり、魔界九槍卿だ……』

『イモリザの第三の腕もある。フェイク、拳の攻撃も合わせると、槍武術のグレードが発展したのと同じことか』

『あぁ。先の<山岳斧槍・滔天槍術>の修業獲得といい、底知れない実力の持ち主が弟子だ』


 トースン師匠がそう思念を伝えてきた。


『……おう。魔人武王と弟子を倒し、俺たちの体を取り戻してくれる存在で、俺たちの魔君主だからな』

『ふふ、魔城ルグファントの魔君主として、異形の魔城を復活させてくれる光景が目に浮かぶ……』

『楽しみだけど、まだまだ先。そして、鬼槍ピューリケルも優秀な武器に見えたわ』

『あぁ』

『あ、頭目は、空間の亀裂の先に見えた見知らぬ世界と、弟子との関係をどう見ているの?』

『異界と弟子の関係は、単に時空属性故の関係性じゃろう。詳細は、弟子も分からぬように、儂にも分からぬ』

『そっか』

『俺らも瞑界と獄界ゴドローンの名は知っているが、実際に行ったことはないからな』

『ふむ。黒き環ザララープや【幻瞑暗黒回廊】もある。我らが知らないだけで、名の知らぬ異世界は無数にあるじゃろう』

『それもそうね』

 

 魔軍夜行ノ槍業の師匠たちの語りが思念で響いてきていたが、そこで聞こえなくなった。


 ――<鬼想魔手>を一つに戻す。

 色合いが少し変化し元の大きさになった<鬼想魔手>を上下左右に動かす。

 宙空に浮かぶビュシエの回りを一周させてから、サシィの前に移動させた。


 ビュシエとサシィは<鬼想魔手>に近付いた。

 

「触っても?」

「わたしも触りたいです」

「いいぞ」


 と、二人は<鬼想魔手>を触る。

 触ったと分かるが、<導想魔手>とはまた感覚が異なる。


「硬いです」

「うむ。<鬼想魔手>、指の数が八本……掌は源左の者と似ているが、甲には……血管と傷もある……シュウヤ殿、痛くないのか?」

「まったく痛くない」

「そ、そうなのですね」


 ビュシエは傷のところを擦ってくれていた。

 優しい。視線を向けると照れたように視線を逸らす。

 サシィも少し遅れて、<鬼想魔手>の傷のところを人差し指で擦り始めた。

 

「「……」」


 変なことをしてボケたほうがいいと思ったが、一瞬そのボケかたを忘れた。

 喘ぎ声を発すればいいんだろうか。


「血管のような部分はビクビクしているが……シュウヤ殿、感覚は」

「ビクビクしているのは、魔力の流れがあるからだ。痛みや気持ち良さはない」

「そ、そうか、す、すまない」

「あ、はい……」


 ビュシエとサシィは反応が乙女か。

 話を変える。


「サシィ、その<鬼想魔手>に乗れるか試してくれ」

「了解した――」


 と、サシィが乗った。


「落ちる気配もない。<導想魔手>のように足場になる」

「おう」

「空中の足場にもなる便利なスキルが<鬼想魔手>。超大型巨人ハザルハードの時に用いていた<導想魔手>のような使い方の他にも、分身のような囮など……戦闘の幅が拡がることは容易に想像ができる」

「そうだな。さぁ、俺たちも行こうか。ビュシエ、途中から石棺を用意してくれ」

「はい――」

「それじゃ、サシィ、前方に思いっきり跳躍してくれ、足場は俺が用意する」

「わ、分かった――」


 前方にサシィが飛ぶ。

 慣性で落ちる前に素早く<導想魔手>をサシィの足下に用意。

 俺の足下には<鬼想魔手>を用意して、その<鬼想魔手>を蹴って斜め前方に飛ぶ。

 サシィは<導想魔手>を蹴って前方に跳ぶ。

 ビュシエは俺たちの横を石棺に腰掛けながら進む。

 足の組み具合がエロティック。

 

 が、あまりビュシエを見ない。

 サシィの足下と俺の足下に<導想魔手>と<鬼想魔手>を交互に作りながら前進を続けた。

 

「サシィ――もう良いだろう。次のタイミングでビュシエの石棺に跳び移るぞ――」

「ふふ――了解した――」


 サシィは<鬼想魔手>を駆けて蹴り、跳ぶ。

 宙空で、両手を広げて豊かな胸を揺らすような一回転半シザースで、ビュシエが腰掛けている石棺に跳び乗った。

 俺も続いて<導想魔手>を蹴って、石棺に片膝を滑らせながら着地。


 ビュシエは石棺の端で、長柄の棍棒を持ちながら立っている。

 舟形石棺と似ているのもあるが、渡り船を案内する女神のようなビュシエだ。

 

 そして、ギリシア神話に登場する冥界の河、アケローン川の渡し守カローンを思い出した。


 そんなことを思い出していると、ビュシエが、

 

「ふふ、お二人とも楽しそうでしたので、わたしも<鬼想魔手>と<導想魔手>に乗ってみたくなりましたよ」

「いつでも言ってくれ。と言いたいが、今は石棺で行こうか」

 

 そう言いながらサシィに手を差し伸べた。

 サシィは微笑んで俺の手を握る。


 ビュシエは、


「はい、加速します――」


 と、櫂のように長柄の棍棒を少し動かして、石棺を加速させる。

 

 またまた冥界の河の渡し守カローンと、ダンテとウェルギリウスの話を思い出す。


 直ぐに、先を行っていた神獣ロロディーヌと魔皇獣咆ケーゼンベルスの姿が見えてきた。

 相棒たちは速度を落としてくれていたようだ。


「ウォォォン!」

「ンン、にゃお~」

「「閣下!!」」

「お、きたきた」

「大旦那の魔素の気配を俺たちが察する前に、ロロ様は動きを止めてましたよ」

「ンン」


 皆の話を聞いていると、相棒の触手がサシィとビュシエに絡む。

 

「ビュシエとサシィ、相棒の頭部に行こう」

「はい――」


 サシィが先に石棺から飛び降りた。

「はい、では――」


 目の前にいたビュシエはブレながら相棒の触手に運ばれる。

 石棺が消えたが、俺にも相棒の触手が絡むと、一気に相棒の後頭部に引き寄せられた。


 神獣ロロの長い耳に包まれながら触手手綱が首に付着。

 そして、


「んじゃ、相棒、加速をよろしく」

「ンン、にゃお~」


 【ローグバント山脈】を一気に駆け抜ける。

 相棒と魔皇獣咆ケーゼンベルスはマーマイン瞑道を使わないようだ。


 ま、巨大な姿で駆け巡りたい気持ちはよく分かる。


「ンンン――」


 巨大な神獣ロロディーヌが、俺の心の声に応えるように喉音を大きく響かせてくれた。


「ウォォォン! 速くなったが、ついていける――」

「さて、〝列強魔軍地図〟を見てみる――」


 〝列強魔軍地図〟を取り出して、皆に見せた。

 【ローグバント山脈】の中にあった【吸血神ルグナドの碑石】が【吸血神ルグナドの碑石の跡地】になっていた。


「地名が変化した」

「吸血神ルグナド様の神像と石棺にアイテムも回収したからか」

「あぁ」


「シュウヤ様、それは魔地図ですね」

「そうだ。ビュシエもこれに魔力を込めてくれると助かる。そうすると、ビュシエの知る地形が、この地図に刻まれるんだ」

「分かりました」


 ビュシエが〝列強魔軍地図〟に触れる。

 と、一瞬で、〝列強魔軍地図〟に吸血神ルグナド様の支配領域が刻まれる。

 魔毒の女神ミセア様と宵闇の女王レブラ様に悪神デサロビアの領域に闇神リヴォグラフの闇渦の領域などのはっきりと記された部分と霞が掛かったエリアも現れた。

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