千二十六話 マーマイン巨人の幻影

 宙空から周囲の偵察を行っていた貂と羅が空から灰色の砦に近付く。

 灰色の【マーマインの砦】の麓には、沙が指摘したように、高楼を要した小さい砦がある。


 すると、山に聳え建つ灰色の砦から狼煙が上がった。

 続けて灰色の砦の下に多い高楼や周囲の森林と山間からも銅鑼の音が響いた。


 バシュウはやはり、もうあの灰色の砦に逃げ込んでいたか。

 遠くにいる存在と思念会話を行っていたようだから、当然かな。


 そして、高楼から複数の魔矢と弾丸が貂と羅に向かう。

 貂と羅は、魔矢と弾丸を見ないで華麗に避けていく。

 

 更に、魔矢と魔弾が連続的に射出されて貂と羅に向かった。 

 貂と羅は緩急を付けた動きで弾丸と魔矢の遠距離攻撃を避け続けた。

 すると、巨大なマーマイン戦士の幻影が、灰色の砦から出現した。


 先ほど魔皇獣咆ケーゼンベルスが霧散させた幻影か?


 右手に斬馬刀のような大きな魔刀を持つ。

 左手に大きな魔斧を持つ。


「「「おぉ」」」


 突如現れたマーマイン巨人の幻影に皆が驚く。

 相棒も驚いて、


「ガルルルゥ」


 と唸り声を発した。

 長い耳で俺の頭部を叩くのは止めてほしい。


 が、耳裏の産毛のフェザータッチが気持ちいいからいっか。


「ウォォォォォン! 我が消し飛ばした小童こわっぱか!」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスがそう叫ぶ。


 巨大なマーマイン戦士の幻影はヒレエラを有している。


 今まで通りのマーマインの姿、手足は人族と同じ。 

 バシュウが体から発したらしい戦士のような幻影と同じかな?


 巨大なマーマイン戦士の幻影は斬馬刀と大きな魔斧を迅速に振るう。

 

 と、斬馬刀と大きな魔斧から幅広な魔刃が生まれ出て貂と羅に向かう。


 貂と羅の飛行速度は速い。

 その魔刃を悠々と避けた。

 貂と羅の背後の斜面に二つの魔刃が衝突し、ドドドッと重低音が響いた。

 

 その斜面は削れて崩落が始まる。

 魔刃は本物か。

 ここからだと巨大なマーマイン戦士の幻影はただの幻影に見えるが、実は半透明なだけか?

 

 巨大なマーマイン戦士の幻影は斬馬刀と大きな魔斧を振るいまくる。


 武器自体も幻影に見えるが……。

 その振るわれていく斬馬刀と大きな魔斧から大量の魔刃が生まれ出て貂と羅に向かった。


 貂は上に、羅は下に――。

 魔刃の避け方が一々華麗で魅了される。


 まさに天女、『観る者厭くこと無し』だろう。


 二人は魔法陣を宙空に描くように飛翔を続け、それらの魔刃を連続的に避けまくる。


 と、貂と羅は速度を落とす。

 

 振り返りながら体を斜めに畳ませるような機動で神剣と神刀を振るった。


「見事な剣筋じゃ」


 沙は冷静に語る。

 珍しい……『グヌヌ、なにしてんじゃー』と叫んであの巨大なマーマイン戦士に突っ込みに行かない。


 貂と羅は飛来してきた魔刃を連続的に叩き切った。


 貂は神剣に馬のような形の幻影を生み出すと、その馬の幻影を纏う神剣を振るう。

 

 魔刃の斬撃も放つ。

 あれは<仙王術・神馬佳刃>か。

 <仙王術・仙鼬籬装束>はまだ使っていない。


 その魔刃の<仙王術・神馬佳刃>で、巨大なマーマイン戦士の幻影が繰り出した無数の魔刃を連続的に撃破したが、魔刃の数は多く、強度、質も高い。


 魔刃が再び迫った貂と羅は、速度を上げて、斜め上へと飛翔していった。


 巨大なマーマイン戦士の幻影が繰り出した魔刃には追尾性能はない。


 貂と羅に衝突しなかった魔刃は山の斜面と連続的に衝突し、斜面の岩場と木々が切断される。

 崩落がすごい。


 巨大なマーマイン戦士の幻影が繰り出した魔刃は、魔界の神々の一柱を思わせる攻撃力だ。


 幸い俺たちには、その魔刃は飛来して来ない。


 すると、宙空にいる羅は<御剣導技>と叫んだようだ。


 羅は、神剣を元に、美しい魔力の琴を造り上げていた。


 半透明に見えるが、不思議な琴。


 神剣の剣身が龍甲で磯。

 魔力の琴柱がその上にある。

 羅は、その琴柱が支える無数の弦を指先で弾く。


 美しい音色の旋律を奏でた。


 美しい音色が武器になるように、光る弦から魔力の糸の攻撃を巨大なマーマイン戦士の幻影に繰り出す。


 魔力の糸の攻撃は羅仙瞑道百妙技<仙羅・絲刀>だろう。


 連続的に魔力の琴から美しい音色が響く。


 その度に<仙羅・絲刀>の魔力の糸、光る糸が、灰色の砦と巨大なマーマイン戦士の幻影に向かう。


 音波攻撃にも思える。



 巨大なマーマイン戦士の幻影は斬馬刀と魔斧を振るいつつ<仙羅・絲刀>の魔力の糸を斬る。


 その斬馬刀と魔斧から巨大な魔刃を繰り出した。


 迎撃しきれない<仙羅・絲刀>は、巨大なマーマイン戦士の体を通り抜け灰色の砦に突き刺さった。


 その隙に、貂が神剣と神刀を振るう。


 神剣と神刀から飛び出た魔刃が、巨大なマーマイン戦士の幻影へと向かう。


 その貂が繰り出した二つの魔刃は巨大なマーマイン戦士の体を通り抜けた。

 灰色の砦の高楼と激突。壁に穴を空け、中にいた複数のマーマイン兵士を倒す。


 巨大なマーマイン戦士は幻影で、魔刃は本物か。


「サシィとケーゼンベルス、あの巨大なマーマインは、魔界の神の幻影か?」


 そう聞くと、サシィは、


「たぶんそうだろう」と言い、


 ケーゼンベルスは牙歯を見せつつ魔息を吐いて、


「――気に食わぬが神格を有しているのだ、神である」

「名は知らないか」

小童こわっぱの名など知らぬわ!」


 怒ったように喋るケーゼンベルスは怖い。

 小童か。魔皇獣咆ケーゼンベルスは【ケーゼンベルスの魔樹海】を、ともがらの黒い狼のケーゼンベルスたちと幾星霜と守り続けていたんだろうな。


 すると、周囲からゴォォッとときの声が上がる。


 前方の坂の山道と左右斜め前方の藪からも軍喚いくさよばいが響き渡った。


 その左右からもマーマイン兵士がドッと現れる。


 ――ここに伏兵を用意していたのか。

 その兵士たちの前方や後方に、巨大な迷彩柄の風呂敷が捨てられていく。


「フン! マーマイン共め、やはり伏兵がいたか!」


 沙は敵の動きを読んでいたのか。

 やりおる。


 迷彩柄の巨大な風呂敷からは魔力を感じないが、魔素を消す効果があるのか。


 回数に限定がある隠蔽用アイテムか。


 源左たちは、人の魔素の形をした囮魔玉を持っているとケーゼンベルスは語っていた。


 その藪から現れたマーマイン部隊の得物は素槍と手斧が多い。

 【マーマイン瞑道】の前と中にいた部隊と同じ。

 

 山道を降りてくるマーマイン部隊の得物は魔刀か。

 後衛の部隊には盾持ちと魔銃持ちと射手が多い。


 その後衛には部隊長と目される浮遊しているマーマインがいた。

 魔術師のローブに足下からヘルメのような霧を発生させている。

 

 その浮遊しているマーマインは貂と羅に向け、風と氷の攻撃魔法を繰り出していた。

 魔法攻撃を繰り出したマーマインの隣には槍使いの大柄なマーマインを乗せた魔獣がいる。


 あの騎兵は強者。

 そして、俺たちの斜め前方にいるマーマインたちとの距離は一キロあるかどうか。


 その近いマーマイン部隊と山道を降りてくるマーマイン部隊の中に……バシュウの姿は見えない。黒髪の源左の者が交ざっていれば、直ぐに分かると思うが……。


 バシュウは、なんらかのスキルかアイテムで源左の者に変身をしていたのなら、もう変身は解いているかもしれないな。それに上級将校以上の特別な存在なら、天守閣にいるかな。


 そして、マーマイン兵士の数はざっと三百~千はいそうだ。


 降りてくる兵士たちの姿はまだ山林で見えにくいが……皆に向け、


「――ゼメタスとアドモスにツアンは降りて、周囲の山道と藪を警戒しつつ、迎撃に当たれ。沙とアドゥムブラリは、貂と羅と前衛組のフォローを空から頼む。そして、細かな戦術は、魔皇獣咆ケーゼンベルスとサシィに合わせろ」

「ウォォォン! 我は左のマーマインを狩ろう!」

「「承知!!!」」


 ゼメタスとアドモスは降りると、早速、


「近付いてくる歩兵部隊は、私たちが潰しますぞ!」

「――先陣は我が!」

「否、一番槍は私だ――」


 光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスが駆けた。

 【マーマイン瞑道】近くは土と砂利で舗装された道。

 

 ゼメタスとアドモスは<ルシヴァル紋章樹ノ纏>を使ったようだ。

 二人の甲冑が光を帯びる。

 

 頭部付近の、陽を意味する旭日が強く輝いた。

 足下付近は、陰を意味するように月虹を放つ。

 

 その光魔沸夜叉将軍たちの体がぶれる。

 ゼメタスは血の滴る骨剣を突き出す剣突のモーションに入った。

 アドモスは骨盾でゼメタスのフォローか?

 

「<黒鳶ノ星彩>――」

「<疾風打ち>――」


 スキル攻撃か。

 早速、二体のマーマインの首を潰すように刎ねた。

 突剣機動のゼメタスだったが、今までにない見た目だった。


 ――『ぴいひょろろ』と鷹のような音を響かせつつ、黒鳶とインバネスのような幻影を甲冑の上に生み出していた。


 星屑のマントの煌めきと合う。

 空中を浮遊しているアドゥムブラリが、その格好良いゼメタスを見て口笛を吹いていた。


 そのアドゥムブラリが、


「戦いの立案には了解したが、主はどうするんだ」

「俺と相棒は、あの巨大な戦士の幻影を発生させている大本の存在を直に叩く。それか、交渉しに灰色の砦へと直に乗り込む」

「ハハハッ、やることが豪快だが、器らしい作戦だ!」


 沙が笑いながら神剣を持つ片手を上げてそう発言。

 アドゥムブラリは頷いて、


「シンプルでいい。が、主と神獣なら可能。マーマインの首魁を倒せば、戦いは終わったようなもんだ」

「たしかに旦那と神獣様だから可能。それに巨大な戦士の幻影を発生させている存在が、マーマインの首魁なことは明白ですからね。そして、俺も旦那のフォローができればしたいところですが……」

「あぁ、ツアンは黒狼隊を率いてマーマインの軍を頼む」

「はい。では降ります――」


 ツアンは相棒の頭部から降りた。


「おう、サシィもマーマインの軍を頼む。血霊衛士を二人傍に付けるが、遠慮せずに魔斧槍源左で暴れてくれて構わない」

「ふふ、分かった!」


 サシィは魔皇獣咆ケーゼンベルスから降りる。

 <滔天仙正理大綱>を意識、発動する。

 <闘気玄装>を発動し強める。

 <黒呪強瞑>を再度発動し強めた。

 そして、<血道第五・開門>を意識、発動。

 既に展開させている<血霊兵装隊杖>も意識して、血の錫杖を頭上に生み出した。

 相棒が嫌う<霊血装・ルシヴァル>はまだ発動しない。

 血が滴る錫杖を掴みつつ<光魔・血霊衛士>を発動。


 全身から迸る<血魔力>はサシィの背後に向かう。

 と、一瞬で<血魔力>の塊は二体の血霊衛士となった。


 下にいるツアンはサシィと会釈。

 そして、魔皇獣咆ケーゼンベルスを見上げつつ、


「ケーゼンベルス様とサシィの姐さん、俺たちは右側の敵を倒しにいきます」


 そう言うと、サシィは魔斧槍源左を右側に差し向け、


「黒狼隊と私たちは光魔沸夜叉将軍ゼメタス殿とアドモス殿に続くのだな」


 そう語る。

 ツアンは頷きつつ、


「はい、そうなります。パパス、リューリュ、ツィクハル、光魔沸夜叉将軍に続き、右の部隊から叩きますぜぇ!」


 と宣言。


「「「ハイ!」」」


 パパス、リューリュ、ツィクハルが返事をした。


「ウォォォン! 我は左を潰そう!」

「「「ウォォォン!」」」


 ケン、コテツ、ヨモギは魔皇獣咆ケーゼンベルスに返事をしていた。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスは、ケン、コテツ、ヨモギの黒狼たちを優し気に見てから頷く。

 と、一気に視線を鋭くさせた。

 歯牙を晒し、魔息を吐くと、「ウォォォォン!」と叫んでから左側にいるマーマインたちに突進を開始した。魔皇獣咆ケーゼンベルスは近くにいたから、土煙がこちらにまで飛んできた。


 ま、相棒の周囲には薄らと橙色の燕の魔力が展開されているから、土煙を吸い込むことはないが……。


 ツアンを見た。

 ――ツアンは駆けながら左手に持つ光るククリ刃を<投擲>。 


 <投擲>されたククリ刃は手斧を持つマーマインの眉間に突き刺さる。


 続けてツアンは右手を振るう。

 光るククリ刃を<投擲>。

 光るククリ刃が素槍を持つマーマインに向かった。


 同時に<血甲光斬糸>を実行していた。

 二つの光るククリ刃から迸った血の糸がマーマイン兵士二人の頭部を貫いた。

 

 強いツアンたちが戦う兵の数は千人は軽く超えているが、魔皇獣咆ケーゼンベルスがいるから大丈夫だろう。


 しかし、魔銃部隊は怖い。

 が、皆を信じよう。


「器よ、貂と羅ばかりに活躍はさせられない。あの魔界の神のような幻影の牽制には妾も向かうからな」

「分かっている、頼む」

「うむ、任せよ。先に出るぞ」

「了解」


 沙は微笑んでから相棒の頭部から離れた。

 巨大なマーマイン戦士の幻影と戦っている貂と羅の下に向かう。


 さて、下の加勢にフィナプルスとアクセルマギナを出すとしよう。


 腰ベルトにぶら下がっているフィナプルスの夜会に魔力を送った。

 魔界四九三書のフィナプルスの夜会が煌めく。

 フィナプルスの夜会の煌めきをバックに右腕の戦闘型デバイスを意識。

 ――『アクセルマギナ、出ろ』と思念を強めた。

 フィナプルスが、俺の腰から生まれるようにフィナプルスの夜会から出現。

 ほぼ同時に右腕に嵌まる戦闘型デバイスから銀色の魔力が迸った。

 その銀色の魔力は一瞬でアクセルマギナに変化を遂げる。


 相棒の頭部にフィナプルスとアクセルマギナが着地。

 フィナプルスの翼を広げる姿は天使的で非常に美しい。


「二人とも、下のマーマインたちと戦い、サシィとパパスとリューリュとツィクハルを助けてやってくれ」

「「はい!」」


 アクセルマギナとフィナプルスは颯爽と巨大な相棒の頭部を走ってから飛び下りる。


「ンン」

「分かってる。このままだと目立つから小さくなってくれ」

「にゃ――」


 神獣ロロは一瞬で黒猫ロロに変化。

 自然落下中の俺の首に触手を巻き付けてくる――。


 足下に<導想魔手>を生成し、その<導想魔手>を蹴った。

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