千二十五話 【マーマイン冥道】の突破だ!


 紅蓮の炎は直進し、【マーマイン冥道】の奥にまで行き渡った。

 熱波が谺し、重低音と地響きが響き渡る。

 不思議と熱波を肌に感じるリズムと――。

 ――地響きと重低音が聞こえてくるタイミングが重なった。


 神獣ロロは、


「にゃごぉ」


 と少し低音の鳴き声を発して――。

 吐いた紅蓮の炎を急激に口に吸い寄せていく。

 吸引力が凄まじい、眩しい火の粉が頭部の周りに散った。

 足下の神獣ロロは揺れながら紅蓮の炎の吸引を終えた。

 

 周囲は火の粉塗れ――。

 ま、これはこれで良い。

 何百もの多種多様な花火が舞っているようで、綺麗だ。

 

「ツブツブ、イッパイ、ピカピカ、ヒカッテイル!!」


 肩の竜頭装甲ハルホンクが反応。

 魔竜王の蒼眼が激しく揺れた。


「火の粉は相棒の炎が元だが……喰いたいとか言うなよ?」

「ングゥゥィィ、ウマカッチャン……」


 火の粉に特攻してハルホンクに吸わせるか?

 と思ったが、神獣ロロは周囲の火の粉を払うように「ンン」と微かな喉声を発しながら頭部を少し左右に揺らす。燕の形をした魔力で火の粉を吸収していた。


 神獣ロロが体の周囲に燕の形をした魔力の群れを展開させているお陰で、火の粉は降り掛かってこない。


 その神獣ロロは大型犬が濡れた体を乾かすように体を振動させる。激しく揺れた。体は乾いているが、火の粉が気になったのか?


 ま、我慢――相棒は体の揺らしを止める。


 頭部を少し上げ、【マーマイン瞑道】を見据えた。


「ンン、にゃおぉぉぉぉ」


 勝利宣言を行った。咆哮で足下が振動する。

 同時に【マーマイン瞑道】を凝視――。

 手前はそうでもないが……。

 洞窟の地面の中央以外は、ほとんどが焦爛と化している。その形状はドラゴンの鱗や樹皮に硝子の破片などが一緒くたになったような複雑な形状に変化を遂げていた。


 中央は真っ赤な溶岩道。

 耳を澄ますと、周囲から沸々と燻すような音が聞こえてくる。

 その真っ赤な地面を水で冷やしたら水蒸気爆発が起きそうだ。

 

 そして、神獣ロロの紅蓮の炎を防ぐような防御魔法を展開できるマーマインはいなかったようだ。


 いたとしても奥に退いたかな。

 その【マーマイン瞑道】の前方に出たゼメタスとアドモスが振り返り、


「――一先ずは我らの勝利!」

「――うむ! 閣下、少し先を偵察してきますぞ!」

「了解」


 ゼメタスとアドモスは光魔沸夜叉将軍らしく体に魔力を纏う。

 武者を彷彿とする眉庇と鍬形くわがた台と縦長の鍬形くわがたの前立の飾りが光を帯びた。


 フォースフィールド的な魔法力を得た骨の盾を掲げながら、

 

「<黒南風もののふ>――」

「<赤北風もののふ>――」


 黒と赤の粉塵魔力を全身から発して前進。

 溶岩流のような道の熱気と、ゼメタスとアドモスの魔力が擦れたのか、足下から盛大な火炎が吹き荒れるなかを悠々と進む。


 その足下から噴き上がる凄まじい火炎は、時折黒と赤の粉塵魔力と混ざり、その炎をも体に纏いながら低空を滑るように驀進していく。


 <黒南風もののふ>と<赤北風もののふ>か。

 <ルシヴァル紋章樹ノ纏>とはまた異なる<魔闘術>かな。


 二人の鋼の肉鎧も魔界沸騎士長の時から少し進化している。

 沸騎士→魔界沸騎士長への進化で、鋼と骨に筋肉のような組織が備わったが、魔界沸騎士長→光魔沸夜叉将軍への進化では、表面の模様に合うような柔軟性と硬度が保たれていそうなスラスターの溝が節々に増えた。


 そのスラスターのような溝から漏れ出て行く魔力の勢いは凄まじい。その魔力の中には、ルシヴァルの紋章樹の絵柄が神秘的に点滅を繰り返しながら現れていた。その壮観さは、まさに光魔沸夜叉将軍で、美しい。


 下から噴き上がるような凄まじい火炎を受けている具足と星屑のマントから珍しい色合いの火花が散っていた。

 その火花の軌跡が極彩色豊かでまた美しい。


 一見は、地獄を進む暗黒の髑髏騎士のようにも見えるが、髑髏の天使にも見えるかもしれない。

 

 後退していた<神剣・三叉法具サラテン>たちも、


「神獣の炎は一段と強烈であった!」

「はい」

「私たちも少し前を見てきましょうか。器様、よろしいでしょうか」


 神剣に乗ったサーフィン機動で宙空を舞う三人は可憐だ。


「いいぞ」

「はい。では、沙、羅、行きましょう」

「うむ!」

「はい――」


 光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスの真上を沙羅貂が飛翔していく。

 貂が先頭なのは珍しい。そして、沙は壁際や天井付近をゆっくりと飛翔していた。神々の残骸を探しているのかな。ゼメタス&アドモスにテンは熱波をあまり気にしていない。

 

 すると、背後からサシィたちの気配を察知。


 サシィは神獣ロロの左前足付近に来ると、


「……沙殿たちは灼熱の中を悠々と進んでおられる。あの軽装には秘密があるのか? ……あ、シュウヤ殿は、今も神獣ロロ様の上に?」

 

 と話しかけてきた。

 そのサシィを見ようと――。

 神獣ロロの頭部の左側へと移動し、下を見ながら、


「あぁ、俺はここだ。沙たちは偵察だ。ゼメタスとアドモスは言わずもがな、沙羅貂も意外に耐久性は高い」


 仙女風の衣装は可憐で防御力は低そうに見えるが、元々は神剣サラテンだからな。

 

 見上げているサシィは笑顔を見せる。


 そのまま頷き、


「よかった。マーマインたちを燃やし尽くしたのは神獣ロロ様の息吹なのだな?」

「おうよ。ロロの必殺技、紅蓮の炎だ」

「にゃ~」


 神獣ロロは頷きつつ返事をした。

 視界が前後に揺れたが、片足と腰に相棒の黒毛と触手が絡んでいるから落下はしない。


 サシィは頷いて、


「必殺技! 納得だ! 今も洞窟内部に熱気が残っている。このような紅蓮の炎を吹ける神獣ロロ様は凄い……そして……」


 そう発言すると、【マーマイン瞑道】に視線を向けて、


「……中央は固い岩盤だと思うが溶けている? 製鉄所の大きな溶鉱炉にも見える……」


 唖然とまではいかないが、感心しているように語る。


 源左砦の製鉄所には専門の巨大蹈鞴とかあるのかな。

 そのことは聞かず、相棒の、


「相棒は他にも戦神ラマドシュラー様や戦神イシュルル様と通じた必殺技を放てるかもだ。橙色の魔力の炎を纏い、放つこともできる」

「あ、なるほど! 戦いの最中に見せていた神獣様独自の<魔闘術>系統は神界セウロスの神々からの加護の証明でもあるのか!」

「燕の形をした魔力を見ていたんだな」

「あぁ、見ていたとも! 奥座敷の戦いと、【マーマイン瞑道】の出入り口を巡る戦いの最中にな! 火の粉ほどの燕の形をした無数の炎を体の周囲に発し、足には炎を宿しながら駆けていく姿は、非常に美しかったぞ。更に、マーマインに己の両前足を見せるように飛び掛かり、肩を喰らいながら地面へと押し倒し、首に牙を立て、胸を四肢で蹴り、その胸と腹をも四肢の爪で掻きむしるように裂いて倒していた!」


 頷いて、


「相棒らしい機動だ」


 サシィは頷いて、相棒を見ながら、


「その直後、他のマーマインは神獣様に突撃を始めた。神獣様は慌てない。一瞬、動きを止めてから、右斜め前に跳躍を行いつつ右前足で宙に弧を描く。その振るった前足の爪で二人のマーマインの首を刎ねた。その際、体勢がつんのめって転倒していたが、その転げた先にあった死体を後ろ脚で蹴り、そのまま低空を跳んで、身を捻り、己に迫っていたマーマインたちの攻撃を見事に避けきると、源左の者を攻撃しようとしていたマーマイン兵たちに、体当たりを行った。多数のマーマインを吹き飛ばして、源左の者を見事に救ってくれたのだ」

「おお~」


 相棒の格好良い姿が思い浮かぶ!

 神獣ロロも鼻から魔息を出して、


「ンン、にゃ」


 と鳴いていた。サシィは、


「まだあるぞ。素早い機動で反転した神獣様は、他のマーマイン兵と源左の者の争いを素早く察知した。マーマイン兵が前方に繰り出していた素槍と魔刀目掛けて、己の体を差し向けるように突進し、そのマーマインたちの素槍と魔刀の攻撃を、源左の者たちの代わりに体で受けてくれたのだ……その体を張った神獣ロロ様……穂先と刃が体に喰い込み、血を流していた。その姿は痛々しかった。私は、直ぐに『神獣様!』と声を発して魔銃を撃った。マーマイン一体を弾丸で倒したが、神獣様は、そんな助けは要らないと言うように痛がる声を発しながら、長い尻尾を鞭の如く振るい回し、マーマインたちの足を見事に引っ掛け転倒させていた。そこから神獣様は唸り声を発して力強く前進。荒ぶる声もあげて、注目を集め、そのまま転がっていたマーマインの首に己の頭部を滑り込ませるように喰らい付き迅速に仕留めると、俄に真横へと跳躍を行い、飛来していた複数の手斧を避けた。着地後の隙もなく、地面を蹴って直進し、体に刺さっていた槍や刀を周囲に弾き跳ばしつつ、転倒して起き上がろうとしていたマーマインたちへと迅速に近付いた。その走る最中、神獣様は体から複数の触手を伸ばし始めた。それらの触手の先端から骨剣が生まれ出る機構は不思議だった。そして、起き上がろうとしていたマーマインたちの体に触手から出た骨剣が次々と突き刺さっていった。一瞬でマーマインたちの体は穴だらけとなったのだ! その凄い光景を見た時、私は全身が震えるほどの深い感動を覚えていた……」


 それは見てなかった――。

 膝を突いて相棒の頭部を撫でていた。そして、


「……あの戦いで傷を受けていたのか」

「ンン」


 相棒は喉声を微かに鳴らして応えてくれた。

 よくやった。と心で伝えると、掌越しに橙色の燕の形をした魔力を寄越してきた。


 はは、相棒はいいこだ。

 と、下にいるサシィが、


「……生まれて初めて見る光景だったこともあるが……なんという素敵な神獣様なのだと深い尊敬の想いも得た。だから、魔皇獣咆ケーゼンベルス様と共に、私の、否、源左の新しい守り神になってもらいたい思いでもある!」

「はは、守り神か」


 神獣ロロは喉をゴロゴロと鳴らし、


「にゃおぉぉ」


 とサシィに向けて鳴いていた。

 守り神と呼ばれて嬉しかったようだな。


「ロロは喜んでいる。しかし、俺と同じく風来坊だからな。ずっと源左の者たちを守るわけではないぞ」

「うむ! それは分かっている!」


 サシィは相棒の戦う姿を思い出して興奮しているのか、魔斧槍源左を左手に召喚して掲げていた。

 

 そのサシィに相棒の魔雅大剣のことを言うか。


「見たかもしれないが、神獣ロロは大剣も使うんだ」

「幅広の魔大剣だな。口に咥えていたり、触手で持っていたりと、あ、今の体の大きさとは合わないのか」

 

 頷いた。


「あぁ、巨大な神獣ロロディーヌ状態だと魔雅大剣も爪先と変わらない大きさだ。そして、魔獣、黒豹、黒虎、黒馬、黒グリフォンの小型~中型の大きさなら魔雅大剣という名の魔大剣も使うことがある」

「ンン」

「神獣様も剣術を学んでいる?」

「おう。相棒も俺と同じく剣術をそれなりに体感している。ユイとヴィーネにカルード、ビーサなど、眷属には、剣術の先生となりえる存在が複数いるんだ。だから、相棒なりに剣術を学んでいたこともあるかもしれない。まぁ、触手から出る骨も、昔から剣だしな」


 ちょい前の魔界王子テーバロンテと戦った時……。

 魔雅大剣の扱いの上手さを見て……。

 相棒に、神獣大剣師の戦闘職業をプレゼントしたくなったと考えていた。


 サシィは頷きつつ、


「……魔大剣の柄巻を口に咥えながらの特攻は凄かった。体が魔大剣と一体化したような斬撃乱舞をマーマインの連隊に浴びせていたぞ」

「へぇ」

「触手の裏側にある肉球に魔大剣の柄巻が吸い付いて見えたのは、不思議だったが……」


 あぁ、と同意。

 俺も前に、相棒の触手の裏側の肉球に物が付着するのを見て『ドラえもん』の手のような効果があるのかと思っていた。


「相棒の肉球には不思議な吸着力があるってことだろう。スーパー肉球なんだ」


 と半笑いで冗談っぽく発言。

 サシィは真面目な表情を浮かべたまま頷き、相棒と俺を見て、


「……なるほど、すーぱー肉球か……」

「ンン、にゃ~」


 相棒はサシィに首下から出した太い触手を向ける。

 裏側の肉球をマッサージしろ?


「おぉ、伸縮自在の太い触手の裏側には、桃色の肉球ちゃんが……」


 サシィは肉球の魅力に負けそうな喋り具合だ。

 そのサシィは、桃色の肉球に指を当ててツンツクしていた。面白い。


「……この肉球ちゃんを備えた触手ちゃんは、体中から出せるのか?」


 不思議と触手まで可愛く見えたようだな。

 俺も同じだから嬉しくなった。そして、

 

「あぁ、たぶん、触手は体のどこからでも出せると思う。首下から出すことが多いかな」

「……そうなのか。そして、黒豹の大きさの時に触手だけが大きくなって、その触手に魔雅大剣という名の魔大剣を格納していたのは見ていて不思議だったぞ。抜刀術も学んでいるのかと思わずジッと見てしまった」

「へぇ、魔雅大剣を触手と毛に絡ませて体の横に付けつつ、その触手と毛で鞘を造り、格納していたのは見たが……触手の中にも魔雅大剣を格納できたのか。しらなかった」

「ンン――」


 相棒は背中に付着させていただろう魔雅大剣をサシィに見せた。


 触手の肉球と柄巻がくっ付いている。

 

「――そうだ。この魔大剣を扱っていた。これが魔雅大剣なのだな!」

「にゃご~」


 相棒はドヤ顔で鼻息を荒くする。

 鼻息をまともに受けたサシィの黒髪はオールバックになった。

 綺麗な黒髪がぶあっと靡いてしまう。眉毛は細いが、日本人顔と分かる。


 サシィは少し体が震えていたが、大丈夫か?

 そのサシィは、


「……触手で包んだ魔雅大剣を、源左魔銃から弾丸を撃つように射出していたのは非常に面白かった……」


 そんなことまでしていたとは、あ、


「事前にサシィが源左魔銃を使ったとか? それか、俺を乗せていた時に魔銃をぶっ放した奴がいたからかな」


 サシィは数回頷いて腰から源左魔銃を取り出して、それを見せながら、


「数回使った! 神獣様は、私の源左魔銃の真似をされたのか!」

「ンン、にゃぉぉ~」


 相棒は『そうだにゃ~』と言うように――。


 触手を魔雅大剣の柄巻に当てると、柄巻と剣身の一部を触手が吸い込み始めた。

 蛇が獲物を飲み込むように見える。

 触手の先から図太い骨剣の切っ先が伸びているようにも見えたところで、魔雅大剣を吸い込む動きが止まった。

 

 相棒は触手から出す骨剣の大きさをフランベルジュの形や特大剣の大きさに変化させる時があるから、あまり驚きはない。


 が、魔雅大剣は骨剣とは異なる独自の魔力を有しているから、独自のスキルがある? 

 相棒が触手と魔雅大剣をコラボさせた、オリジナルの攻撃方法を開発したのかな。

 

 すると、触手から剣身を見せている魔雅大剣と触手からジュッと音が響き、魔雅大剣が触手の中から射出された。


 マーマイン瞑道の地面に突き刺さる。

 触手の中の骨剣が撃鉄のように魔雅大剣と衝突した?

 魔雅大剣の柄頭には雷管はないと思うが……。

 魔雅大剣の飛び出る速度は<神剣・三叉法具サラテン>並とまではいかないが、結構な速さだった。

 

 触手の中で何らかの圧力を高めて、一気に圧力を解放させている?

 ま、神獣の触手パワーで魔雅大剣を吹き矢の如く飛ばす新能力を獲得したと思えばいいか。


 相棒的には大したことはしていないような印象を抱くが。


「相棒なりに源左魔銃の真似をしたようだ」

「ふふ……あっ」


 サシィの近くに向かった神獣ロロの触手だったが、サシィを撫でず、震えていた。


「ンン」


 と微かな喉声を発した神獣ロロ

 黒豆のような触手は、サシィの黒い髪に触れるか触れまいかの距離でふるふると震えている。この辺りは猫だ。


 普通に触ればいいと思うが……サシィは、


「神獣ロロ様、私に触れてもいいぞ」


 と少し前に出る。


「ンン」


 神獣ロロはサシィの黒髪と背中を優しく触手の裏側で撫でてあげていた。


 撫でられているサシィは頬を朱に染めて、


「神獣様の優しさを感じられる。嬉しい……あ、神獣様の前足は大きい……大きいが、可愛い魔猫と同じような足なのだな……」

「ンン」


 神獣ロロはサシィに向け喉声を鳴らすと、左前足から少し白銀の爪を伸ばした。


「わわ、爪の出方は魔猫と同じ!」

「にゃぁ~」


 神獣ロロも嬉しそうに反応するサシィに応えて連続的に爪の出し入れを行う。

 

 その度に地面が少し削られた。

 相棒は魔雅大剣に絡めた触手を引き戻しつつ、その魔雅大剣の柄巻を俺に向けてきた。


 俺とハルホンクに預けるつもりか。

 その柄巻を握りつつ、肩の竜頭装甲ハルホンクに当てて、


「相棒、ハルホンクに一旦預けるんだな」


 神獣ロロは頭部を少し上向け、


「にゃ~」


 と返事をした。

 足下が揺らぐと同時に長い耳で俺の頭部を撫でてきた。


 そのまま相棒の長い耳には好きなようにさせて、


「了解、ハルホンク、頼む」

「ングゥゥィィ」


 肩の竜頭装甲ハルホンクが魔雅大剣を吸い込んだ。

 すると、アドゥムブラリが宙空から寄ってきた。


「神獣、敵を一網打尽! 見事な炎だった!」


 神獣ロロは「ンン」と喉声を鳴らして返事をする。

 俺への長い耳の悪戯を止めた。

 頭部から複数の触手を出して、浮遊中のアドゥムブラリにそれらの触手を伸ばしていく。

 

 アドゥムブラリは、飛来した触手を上下左右へと迅速に体を動かし避けていたが、片足に触手が絡まった。


 アドゥムブラリは変なポージングを取って「んう!」と奇声を発して変なポージングのまま宙空へ逃げようとした。相棒は、


「ンン――」


 と喉声を鳴らしつつ触手を少し引く。

 触手が更にアドゥムブラリの体に絡まると、アドゥムブラリは諦めたのか体を弛緩させた。


「ンン、にゃ~」


 と相棒の喜ぶ声が響く。

 アドゥムブラリは金色の髪をくしゃくしゃに弄られていく。

 が、途中で「うはは――」と嬉しそうな声を発したアドゥムブラリは相棒の触手を一つ掴んでいた。


「――念願の触手の肉球をゲット!!」

「ンン」


 アドゥムブラリは面白い声を発して掴んだ触手を掲げていた。

 『取ったど――』と言う、鰻かウツボを捕まえた漁師に見える。

 

 アドゥムブラリの背後に後光のような魔力が見えたような気がした。


 サシィは『なんだなんだ』と笑顔を見せて笑っていた。


 アドゥムブラリは触手の裏側の肉球を一生懸命に指でモミモミしている。

 その顔が面白い。

 神獣ロロは喉声を数回鳴らしつつ、他の複数の触手でアドゥムブラリの金髪を弄りながら、アドゥムブラリの尻をポンポンと連続的に叩いていた。

 

 そのじゃれ合う様子が微笑ましい。

 ヘルメがいたら、アドゥムブラリと神獣ロロに水をピュッとかけるに違いない。


 そこに、


「ウォォン――」

「ウォォォン――」

「「ウォォォン!」」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスたちが外から【マーマイン瞑道】に入ってきた。


「ここが【マーマイン瞑道】か! 主、奥に突撃しよう! 洞窟を抜ければ【ローグバント山脈】に出るのだろう?」

「おう。だがまぁ慌てるな」

「ウォォン! 承知! しかし、出入り口の膜は尋常ではない魔法、結界のように見えたが……奥は普通の洞窟か……」

「あぁ、この奥は【マーマイン瞑道】と名があるように、マーマインだけの道で【ローグバント山脈】に続いているだけかもしれない。が、【ローグバント山脈】の地下道と通じていて、【ローグバント山脈】の地下に住まう他の勢力と遭遇する可能性もある」

「承知した! 【ローグバント山脈】から見知らぬモンスターが現れ、【ケーゼンベルスの魔樹海】に侵入することが何回もあったから、十分にありえるだろう」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスはそう語る。

 数回頷いた。


 【ローグバント山脈】の山頂部からの大パノラマを想起。

 ……【ローグバント山脈】は広大だ。

 

 あの時の光景は今も目に焼き付いている。

 

 すると、ツアンと二体の血霊衛士に黒狼隊も【マーマイン瞑道】の中に入ってきた。


 その血霊衛士は一旦消した。


「シュウヤ様、外にいたマーマインたちを倒しました~」

「旦那、外のマーマイン軍は全滅させました。逃げずに立ち向かってくるマーマインは勇気がありますね」

「【マーマイン瞑道】の周囲を見て回りましたが、マーマインはいません」

「――奥座敷に一旦戻りますか?」


 リューリュとツアンとパパスとツィクハルがそう発言。


「戻らない。中に進むつもりだ。が、今は少し休憩しよう」

「「「はい!」」」


 ツアンは一呼吸後、


「今消えたばかりの血霊衛士は、ずっと俺たちの背後を守り、囮となって前線を維持してくれていましたが、戦術的な操作は旦那が?」

「特に意識はしてなかった。血霊衛士はアクセルマギナ程ではないが、人工知能的な自律稼働。光魔ルシヴァルの共生細菌やルシヴァルナノパワーがエンタングルメントを起こして、光魔ルシヴァルと関係した者を守っているのかもしれない」


 と予想しながら語った。


「理由は分かりませんが、血霊衛士は旦那と離れていても、アクセルマギナの姐さんのように動けると」


 頷く。


「喋れないが、そう考えていい。しかし、現在では、距離が離れていても高度に動けるのは数体だ。<血魔力>を込めた量で変化するようだが、血霊衛士の数が多ければ、それだけ質が下がる」

「なるほど、彼らが使うのは旦那と似た槍武術ですから、凄く頼もしい」


 ツアンの言葉に頷く。

 そのまま流れでポーション類をアイテムボックスから取り出し、


「リューリュたち、これを受け取れ――」


 リューリュ、パパス、ツィクハルとサシィにポーションを投げていく。

 

「ポーションだ。瓶ごとに体力と魔力が回復する液体が入っている。それを飲んで休憩にしよう。魔煙草もあるが、それは今度機会があればあげよう」

「嬉しい……大好きな陛下からアイテムを、ありがとうございます!」

「へ、陛下からアイテムを! ありがとうございます!」

「頂きます!」


 ツアンにも放った。


「旦那、俺にも?」

「おう」

「シュウヤ殿、ありがとう、頂く!」


 最後のサシィの言葉に頷いた。

 

 魔皇獣咆ケーゼンベルスは神格を持つ大魔獣。

 スタミナの概念はないぐらいの強さだろう。


 が、サシィは源左の一族で、リューリュ、パパス、ツィクハルはデラバイン族だ。

 源左の者もデラバイン族も、強さは普通の人族を有に超えているとは思うが、それでも連戦はきついはず。


 魔皇獣咆ケーゼンベルスは体を少し小さくさせながら体勢を低くして、香箱座りで休んだ。

 ケン、コテツ、ヨモギの黒い狼たちも、そのケーゼンベルスの横に移動して休み出した。


 親子に見えて微笑ましい。


 銀白狼シルバを思い出す。

 銀灰猫メトと同じく【塔烈中立都市セナアプア】に戻れば会えるんだ。

 我慢しよう。

 

 サシィはアイテムボックスからアイテムを色々と取り出した。

 足下にござを敷く。

 その上に折り畳み式の腰掛けの床几しょうぎを置いて腰掛けた。

 

 そこで、ポーション類の蓋をお淑やかに開けてゆっくりと飲む。


 姫武将として豪快な印象があったが……。

 評定の間は立膝だったし、律儀な日本人の一面を感じさせる。


 そのサシィは、


 ふぅ、と息を吐きながら、汗ばんでいたのか、額に付着した髪を横に流してから懐から手ぬぐいを出して、首と顔を拭いている。


 俺と目が合うと視線が泳いでから俺に視線を向け直した。

 笑顔を送ると、サシィも笑みを見せて頬を朱に染める。


 そして、恥ずかしそうな表情を浮かべてから黒髪を触りつつ、【マーマイン瞑道】に視線を向け、


「……【源左サシィの槍斧ヶ丘】の奥座敷の庭の奥地に、このような秘境があるのは知らなかった。ダイザブロウたちは知っていたかもしれないが……更に、マーマイン軍は数千人はいたはず……シュウヤ殿たちとの同盟がなければ、奥座敷は、ここの軍に急襲されていたということだ……」


 と、途中から不安げな表情に変化させながら語っていた。

 槍斧ヶ丘を正面から攻めていた軍と、バシュウと、バシュウの配下の上笠影衆と、マーマインの魔銃部隊が連動していたら……為す術もなく【源左サシィの槍斧ヶ丘】は落ちたかもな。


「あぁ、実際、【源左サシィの槍斧ヶ丘】を裏から攻めた可能性が高いだろう」


 俺がそう語ると、サシィは頷いて、


「マーマインたちが、槍斧ヶ丘を定期的に攻めていた理由にも説明が付く……」


 そう語った。

 皆も頷く。


「あぁ、外に注意を向けておいて、内から崩壊させる。共産主義が好みそうな超限戦などを思い出す。アンダーカバーの任務で潜入していたバシュウは、源左の者へとなりすましていた。そのバシュウは、源左の大事な役所の人材を、マーマインや他国の者でも採用可能にしようとしていたのかもしれないぞ。一見は、源左の者に見えるように変装させてな」


 バシュウに付いた上笠影衆たちを想像しながら語る。


「な!? 水泡に帰するとは、我らには従順なフリをして、隠れながら、源左の者を貶め攻略するために、そこまでのことをバシュウが考え実行に移していたと……」


 頷いた。日本でも北朝鮮工作員などが行った背乗(はいの)りは有名だ。

 韓国人や中国人もあった。ましてや、堂々と工作機関をバックに議員にまでなっている存在もいたからな。スパイ天国もイイカゲンにしてほしかった覚えがある。


「……主は、そういう国や勢力が実際にあったように語る……」


 アドゥムブラリがそう言った。

 頷いて、


「あぁ……過去世にな」


 俺の知る日本はそうだった。

 国の基幹、役人の国籍条項撤廃など、売国政策を推し進めていた県と府があった。

 日本を大切に想う政治家なら、まずそんな無能な政策は行わないが、当時は内憂外患ないゆうがいかんなことばかりで、溜め息ばかりだったからなぁ。


「……すまん、話がそれた。で、そのバシュウに指示を飛ばしていた存在がマーマインの中にいる可能性も考えようか」

「マーマインの知恵者か……」

「バシュウだけでこの絵図を描いていたのなら、手っ取り早いんだがな?」

「あぁ」

「ま、バシュウの他にも魔将が多いようだから、魔将を束ねる首魁に、背後に知恵者がいたとしても、【源左サシィの槍斧ヶ丘】への侵攻計画を逸早く俺たちが潰したことに変わりはないだろう」


 俺が推察を元にそんな事を語ると、アドゥムブラリが、


「……だろうな。それらの者も、主たちの反撃速度は読めなかっただろう……」


 と発言。

 頷いて、


「バシュウかその裏にいるか不明な存在も、源左の者たちの反撃をある程度想定していたからこそ……この【マーマイン瞑道】に軍を集めていた可能性もある。が、アドゥムブラリが言ったように、俺たちの、疾きこと風の如くの勢いは計算しきれなかっただろう」

「……疾きこと風の如くか……」


 サシィの呟きだ。

 春秋時代の呉越同舟など、有名な言葉を幾つも生み出した孫武。その孫武が残した兵法書の一部を書いた『孫子の旗』の句、『疾如風、徐如林、侵掠如火、不動如山』はサシィも知っているかもな。


 アドゥムブラリは両手を腰において胸を張りながら数回頷く。

 イケメンなだけに似合う。

 そのアドゥムブラリは、


「速さが大事なら、バシュウや智恵者対策に、考える暇を与えず、迅速に【マーマイン瞑道】を進むべきだと思うが」

「おう。まぁそうだが、〝列強魔軍地図〟がな――」


 と、〝列強魔軍地図〟を取り出す。


「このように、【マーマイン瞑道】の中の地図はでない」

「ほぉ、〝列強魔軍地図〟も完璧ではないのだな。魔界セブドラの地上用ってことか」

「あぁ」


 右腕の戦闘型デバイスの簡易地図ディメンションスキャンのほうが地図としてここでは機能していた。


 〝列強魔軍地図〟を仕舞う。


「分岐した道があったら迷うか。が、ここで時間を置くにしても、【マーマインの砦】側の出入り口付近で爆破の罠を構築されるかもだぞ?」

「それはある。俺たちが近付いた途端、洞窟が崩れるとか……」

「……主が敵でなくてよかった。しかし、魔素の探知を掻い潜る<無影歩>のようなスキル持ちが敵側にいるんだ……さっさと進もうぜ」


 アドゥムブラリは【マーマイン瞑道】を見回すと、少し慌てたような口調に変化していた。


「まぁ待て。バシュウらしきマーマインの名を聞いている。トロイスという名を二槍流のマーマインが語っていた。そのトロイスがバシュウなら、俺たちがここで戦っている間に、もう【マーマイン瞑道】を進んで【マーマインの砦】に到着しているか、【マーマイン瞑道】の奥深くにある地下砦に逃げたかもしれない。だから今は、動かざること山の如し。と言っておこう」


 アドゥムブラリはニヤリと笑う。

 

「……トロイスがバシュウだった場合を想定か。バシュウも頭が切れそうだ。そして、先の会話に合わせた、主がよく語る『風林火山』だな」

「おう……」


 と答えて一瞬リューリュたちを見た。

 アドゥムブラリも釣られて、休んでいる黒狼隊を見る。


 魔皇獣咆ケーゼンベルスは俺たちを黙って見据えていた。


 その視線だけで、何もかも見通されているような気になる。


 アドゥムブラリは、黒狼隊とサシィを見て……。

 俺が何を言いたいのか分かったようだ。


 アドゥムブラリは頬をぽりぽりと指で掻いて、


「……たしかに休むことも重要か。では話を戻すが、マーマインたちに魔銃を使う部隊が殆どいなかった理由の推察だが……魔銃を扱うには、特殊な訓練が必要だったりするのか?」

 

 そう語るアドゥムブラリはサシィに視線を向ける。

 サシィは頷いた。


「……他の魔族には訓練が必要な者は多い。が、得意とする魔族もいる」

「魔銃を得意とする魔族がいるなら、マーマインは交易品にしようとしていた?」

「ありえる。あ、製鉄技術に製鉄所の設計図なども盗まれていたのなら……【メイジナの大街】、【サネハダ街道街】での取り引きや身を守る戦いにも影響がでてくる……」


 サシィはそう語ると、苦虫をかみつぶしたような表情を浮かべた。


 マーマインから【メイジナの大街】、【サネハダ街道街】の魔族たちに、魔銃と製鉄技術が漏れた可能性か。

 【源左サシィの槍斧ヶ丘】で採れる鉄や鉱石類だからこそ意味のある高炉なら、製鉄技術の利権は保たれると思うが……。

 それに、【ケーゼンベルスの魔樹海】の極大魔石の採取の目処は立っている。

 俺たちと源左の者たちは新たな大同盟を結んだ。

 【サネハダ街道街】と【サネハダ街道街】にいる大魔商と、源左の者たちが何を取り引きしていたのかは分からないが、これからは、その交渉にもコネがあるバーソロンが加わることになるし、何かと有利に進むと思うが……。


 そう考えながらも、バシュウの立場を予想し、


「単なる【マーマインの砦】のバシュウの派閥のための品とかな?」

 

 そう言うと、アドゥムブラリが、


「バシュウがマーマインでも上笠のような立場なら、そうかもな。智恵者、マーマインの首魁に対する献上品とかもありえる」


 そう語る。皆が頷いた。

 すると、ツアンが皆に視線を回してから、


「バシュウはいつからマーマインと連んでいたんですかね」


 と聞いていた。

 サシィは責められたと感じたのか、表情が暗くなった。


「分からない……私が生まれる前から、バシュウと上笠連長は生きている」

「……すみません」

「否、ツアン殿は源左に来たばかりだ、謝ることではない」

「はい」


 サシィは、そう返事をしたツアンに微笑んで応える。

 俺は皆に、


「……上笠首座と副首座のダイザブロウとキクシゲの語りによれば、バシュウは『水泡に帰した』と言ったようだからな。だから今は、源左の技術も、完全には漏れていないと前向きに認識しようか」

「おう」

「うむ、分かった!」

 

 サシィも笑顔となってくれた。よかった。

 そのサシィに、


「魔銃についてだが、源左の者には重要と分かる。が……他の魔族は言語と紋章の魔法にスキルを重要視すると思うんだが、取り引きに使えるのか?」


 サシィは、体から蛍の形をした魔力を出して、


「使える。勿論、シュウヤ殿が言うように、大半の魔族は言語と紋章の魔法やスキルを重要視する。我らの魔銃を小馬鹿にする魔族も多い。しかし、その魔族は大概……口だけだ」


 少し武威を示すように語る。

 休んでいるリューリュたちも頷いていた。


 デラバイン族に魔銃を使う存在はいなかったな。


 頷いてから、サシィに、


「【源左サシィの槍斧ヶ丘】に住む源左の者は、全員が源左魔銃を扱える?」

「あぁ、幼い時から扱えるとも。源左の者は老若男女全員が魔銃を扱えるのだ! 源左の者独自の魔銃に関するスキルもある。銃剣術も発展していて、<魔闘気>も源左独自のモノがある!」


 サシィは自信有り気に語る。


 <魔闘術>系統の<魔闘気>か。

 源左独自なら覚えたいが……。

 ハイクラスな<魔闘術の仙極>を覚えていると、初期の技術を学ぶのは難しいとかあるのか?


 そこは<経脈自在>と<血脈冥想>と<光魔血仙経>と<滔天魔経>があるから平気かな。

 その修業のことではなく……。


「子供たちが鉄の孫の手を持っていたのは……」


 サシィは笑顔で、


「そうだ。魔銃の訓練に使う孫の手だ」


 と語った。銃剣術の訓練に木銃を使うのと同じだ。

 それは俺の知る日本の、江戸時代から近代でも同じだったはず。


 すると、前方を探索していた光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスと沙・羅・貂が戻ってきた。


「器、そろそろ進もう! 神々の残骸らしきモノはあったが、今は先に進むべきじゃ」

「閣下ァァァ」

「敵はいませんでしたぞ!」


 各自の神剣に乗っているテンは少し先に進みながら振り返っていた。


「了解、皆、準備しろ、ケーゼンベルスも頼む」

「ウォォォン! 承知した!!」

「洞窟の幅はマーマインの軍が進んできたように、かなり幅広いと思う」

「はい、閣下の言う通り、幅は広いまま続いていましたぞ」


 ゼメタスの言葉に皆が頷いた。


「承知した! サシィとパパスたちよ、乗れ」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスは頭部を下げて体勢を低くした。

 大きい鼻先から漏れた魔息の影響でサシィの黒髪が背中の上を靡いている。黒狼隊のリューリュ、パパス、ツィクハルは、


「「「はい!」」」


 そう返事をすると、黒い狼たちが、


「「「――ウォォン!!!」」」


 と鳴き声を発して魔皇獣咆ケーゼンベルスの背中に跳躍した。

 ツアンと、テンとゼメタスとアドモスに向け、


「皆、先は暗くなると思うが行こうか。沙たちは先行していい。ツアン、ゼメタスとアドモスは乗ってくれ」

「ンン、にゃ~」


 相棒が触手手綱を寄越してきた。

 その手綱を掴むと、いつものように先端がニュルッと伸びて、俺の首に付着。その触手の先端は平たい、冷えピタ的な感覚だ。


 相棒との繋がりのスキル<神獣止水・翔>で心が通じ合う。


「「ハッ!」」

「了解――」

「承知! 先にいくぞ、器――」

「「先に行きます」」


 テンが先に進む。

 相棒は跳躍していたツアンに、ゼメタスとアドモスにも触手を絡めると、一気に三人を頭部に乗せた。


 そのゼメタスとアドモスの具足は月明かりのような光を放っていた。その足が相棒の後頭部の毛の中に沈み込む。

 神獣ロロの毛がふあふあと揺らぐさまは面白い。


 ツアンも着地し、胸に手を当てた。

 俺もラ・ケラーダの挨拶を返す。


「にゃ~」


 前進し始める神獣ロロディーヌ。

 ゼメタスとアドモスは俺に向け、骨剣と骨盾を叩く挨拶をしてから振り返り、【マーマイン瞑道】の前方を見た。


 ツアンは、


「待ち伏せが怖いですが……」


 と言いながら振り向く。


「あったら俺が対処する」

「ふ、さすが旦那だ、俺たちもついてます」

「おう」


 そんな野郎同士の会話中にも――。


 前にいるテンは見えなくなった。

 が、巨大な神獣ロロは瞬時に――。


 そのテンを越えた――。

 三人のふんどしパンティはちゃんと見といた。

 

 が、エロ紳士を貫く。

 

 アドゥムブラリは右斜め上を飛行中。

 アドゥムブラリもエロ紳士を貫いたのかは不明だ。


 サシィたちを頭部に乗せた魔皇獣咆ケーゼンベルスも付いてくる。


 【マーマイン瞑道】を暫く走り続けた。

 途中で、<神剣・三叉法具サラテン>たちも相棒の頭部に乗ってきた。

 暗さが増してきた――。


 ◇◇◇◇



 ゼメタスとアドモスに<神剣・三叉法具サラテン>たちが報告してくれたように、ほぼ直線に近い洞窟を爆速で進んだ。

 


 時間にして数十分ぐらいか。

 湾曲した洞窟もあったが、お?

 

 ――案の定、地下に向かう別の洞窟が見えた。


 神獣ロロディーヌは一旦足を止める。

 鼻先がふがふがと動いているから、一応相棒的にはマーマインの匂いを追えていると思うが、魔皇獣咆ケーゼンベルスも止まった。


 アドゥムブラリが、


「どうするよ、主、魔素の探知には引っ掛からないが、探知も絶対ではないからな……」

「あぁ、簡易地図ディメンションスキャンや掌握察にも反応はない、相棒とケーゼンベルス、どっちだろう」

「ふっ、上だ」

「ンンン、にゃご――」


 と神獣ロロが口から炎を吐いて駆けた。

 斜め下に続いている洞窟は進まず、炎を時折吐きつつ直進していく。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスも続いた。


 偵察用ドローンを使い、<無影歩>を実行したほうがいいかもしれないが――。

 そう考えたのも束の間――。


 前方の洞窟の至るところにマーマインの物資が積まれた空間が見えた。

 そこに突入する神獣ロロ――。

 洞窟を塞ぐように板組みされた砦が見えてきた。

 が、櫓門やぐらもんは少し開いている?


 魔素を感じられない。

 マーマインの魔銃部隊が隠れている?


 が、いないようだ。

 急遽捨てた砦か?

 微かに開いているとか、入ってくるなら入ってこい、罠があるぞ?

 兵法三十六計の空城の計を考えてしまう。


 ――砦の背後と洞窟の壁に伏兵が?


 進みながら<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>を左右に連射。

 洞窟の壁に<夕闇の杭ダスク・オブ・ランサー>の闇の杭が突き刺さりまくるが、何も起きない――。


 天井にも<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を放った。

 が、同じく何も起きない。


「器、急にどうした?」

「あぁ、前方の砦が怪しいなと」

「魔素はない。突入しようぜ」

「あぁ、そうだな」


 すると、相棒は触手手綱を震動させる。


『におい』『おく』『いない』『まーまいん』『まずい』『おく』『くちゃい』『うんち』


 と、さいごの気持ちで、吹き出すように笑ってしまった。


「ンンン――」


 相棒は喉声を鳴らしつつも速度は落とさない。

 微かに開いている木製の櫓門やぐらもん目掛けて、触手骨剣を繰り出した。


 その大きい門ごと派手にぶち壊す――。

 砦の内部はもぬけの殻、地面に大量のまきびしが撒かれてあるぐらいだ。

 少し遅れて、背後の魔皇獣咆ケーゼンベルスが、


「ウォォォン! いいぞ、友よ!」


 と吼えていた。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスの大きな声が響いても、伏兵は現れない。

 捨てられた砦ごと洞窟が崩れる気配もない。

 

 俺たちを乗せた相棒は駆けた。

 幅はそのままだが、斜面のような岩場になってきた。

 大きな海食洞のような環境も変わらない。

 

 そこを駆け上がっていく。


「ンン――」


 すると、前方に巨大な魔法の膜が見えてきた。

 左右の洞窟の壁の突兀には、どす黒い注連縄のようなモノと髑髏が複数結ばれている。

 鞣された皮が無数に岩壁に張られていた……。

 鞣された皮らしきモノは【ローグバント山脈】と【源左サシィの槍斧ヶ丘】の地図か……。


 血が混じっている。


 げ、源左の者たちの生皮が元か?


 他にも魔界の神々を祀るような祭壇が岩壁には複数あった。


 見たことのない魔界の神と思われる戦士の彫像がやけに多い。


 そして、生皮と鞣された皮の飾りは至るところにあるから……。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスに乗っているサシィも気付いたかもしれない。


 鞣された皮と生皮の飾りは気色悪いドリームキャッチャー的。


 ……魔界セブドラらしいといえば、らしいが……。


 そんな左右の壁がある斜面を上がっていくと――。


 黒色と鈍色の魔法の膜が見えてきた。

 その巨大な膜は【マーマイン瞑道】の出入り口にあったモノと同じ。

 神獣ロロは動きを止めて横に飛ぶ。


 呼吸を合わせたように魔皇獣咆ケーゼンベルスが突進し、


「サシィたちよ、耳を塞げ――そして、友、任された!! 気色悪い膜は我が!!」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスはそう言うと、口を広げ、


「『消し飛ばす!!! ウォォォォォォン!』」


 と、神意力を有した咆哮を発した。

 マーマイン瞑道の半透明な膜をぶち抜いて破壊――。

 刹那、魔界の神っぽいマーマインの戦士を思わせる幻影が現れる。


「『<瞑道結界ハザルハード>を破りし神意力を有するモノ……我らの土地に――』」

「『――我に神意力を向けるとは、小童が!!!!』」


 ケーゼンベルスが繰り出した神意力を有した衝撃波によって、マーマインの戦士を思わせる幻影は一瞬でちりとなった。


 そして、一気に外が見えた。暗いが、外のほうが明るい。


「「うあぁ~」」


 外には転がって倒れまくっているマーマイン兵たちがいた。

 【マーマイン瞑道】の出入り口付近の坂の下のほうにまで転がったマーマイン兵士たち。


 残ったのは出入り口の両端にあった灯籠に残っていた少数のマーマイン兵士のみとなった。

 

「ンン、にゃ、にゃお~」


 ロロディーヌが鳴いて――。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスの体に触手を当てながら駆けていく。


 同時に胴体から無数の触手を繰り出す。

 触手は二手に分かれて、出入り口の左右にいるマーマインたちに向かう。

 触手から出た骨剣が【マーマイン瞑道】の出入り口の灯籠ごとマーマインたちを粉砕した。


 相棒は外に出た。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスも前進――。


「ここは【ローグバント山脈】!」

「ついたか!」

「はい!!」

「早速、左上の空域を偵察します――」


 沙・羅・貂が相棒の頭部から離れた。

 アドゥムブラリは右上に上昇して空を確認しつつ、


「【マーマイン瞑道】の砦は急ぎ逃げた後だったようだな。用心し過ぎたか」


 そう発言。


「ま、考えることは重要だ」

「うむ! そして、山だから当然だが、樹が多い!」

「おう。マーマイン兵士の動きから、〝列強魔軍地図〟で確認するまでもないが、【マーマインの砦】は左斜め前方、あそこだ!」


 と左斜め前方に左腕を差し向けた――。

 山間に聳え立つ縦長の魔塔にも見える灰色の砦を指摘――。


「おぉ! 私はついに……」

「ウォォォン! パパス、リューリュ、ツィクハルは下りろ」

「「「はい!」」」


 黒狼隊は先に魔皇獣咆ケーゼンベルスから降りた。

 沙が俺の近く、左前方を浮遊しながら、


「器、灰色の砦の麓にも幾つか要害があるぞ」

「あぁ……」


 と答えつつ〝列強魔軍地図〟を仕舞う。

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