千二十話 魔皇獣咆ケーゼンベルスと上笠連長首座大三郎

 その老臣に、


「神聖ルシヴァル大帝国の名でバーヴァイ城で建国宣言をした以上は、その名の下での同盟ですが、重要なのは、デラバイン族とケーゼンベルスたちと源左の一族の平和、民たちの安寧」

「分かっておりますとも、魔皇帝シュウヤ殿。大同盟ですな」


 老臣ダイザブロウは、最初どうなることかと思ったが、大丈夫そうだ。

 サシィは皆に、


「ダイザブロウに皆、では、シュウヤ殿と大事な話をしてくる」

「「「「はッ」」」」


 タチバナは視線を鋭くさせていたが、納得したのか、己の意見は腹に引っ込めたようだ。

 しかし、源左側からしたら、この同盟を拒む理由は少ないように思える。

 上笠のタチバナが持つ利権が、俺たちと仲良くなることで崩れる?

 だとすると、【マーマイン瞑道】を見つけただけに、タチバナとマーマインの繋がりを勘ぐってしまう。それかタチバナは、サシィが裏切り者と言ったレン・サキナガと繋がりがある?

 サシィはアドゥムブラリと沙・羅・貂にヘルメを見てから、


「皆様も、付いてきてください」

「了解」

「にゃ」

「「はい!」」

「ウォォン! 少し待て――」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスがそう発言しながら評定の間を前進した。

 同時に体を少し大きくさせる。大きい狼となったケーゼンベルスは老臣の前に移動して大きい鼻先を向けた。その鼻孔と歯牙の間から魔息がゆらりゆらりと漏れる。


 ケーゼンベルスは、ダイザブロウに見覚えがあるのか?

 上笠のキクシゲとバシュウは狼狽うろたえる。


「「ひぃ――」」


 と悲鳴を発した。

 一方、老臣ダイザブロウは魔皇獣咆ケーゼンベルスと対峙しても眉一つ動かしていない。

 堂々とした態度だ。髪は丁髷ちょんまげだし、まさに、ザ・侍だ。


 そのダイザブロウは左手に片鎌槍を召喚する。

 と、左半身から魔力を放出し魔力を纏う。

 その魔力には月の紋様と『月雲』という日本語が浮いていた。


 その月の紋様と日本語を浮かばせている魔力と片鎌槍が繋がった。

 魔力が繋がると月の紋様と日本語は消える。

 <魔闘術>か<導魔術>だと思うが、渋い。


 レイガとムサシにタチバナも同じ系統の<魔闘術>か<導魔術>を使っていたが、学びたい。

 そして、ダイザブロウが本当に片鎌槍を召喚するとは思わなかった。


 片鎌槍を召喚したダイザブロウと魔皇獣咆ケーゼンベルスが剣呑な雰囲気となる。

 ダイザブロウが武器を出したことで、黒い狼のコテツとヨモギが「「ウォォォン!」」と鳴いて魔皇獣咆ケーゼンベルスを守るように前に並んだ。


 やや遅れて「ウォォン!」と鳴いてケンも並ぶ。

 三匹を従えている雰囲気を醸し出した魔皇獣咆ケーゼンベルスは口から魔息を放ち、


「『……我に怖じけず槍を召喚とは……やはり、あの時の小童か……ちゃんと生き抜いていたのだな』」


 と神意力の籠った思念と言葉を周囲に放つ。

 ダイザブロウを含めた上笠の重臣たちは姿勢を崩した。


 そのダイザブロウは片鎌槍の石突で畳を突いて、なんとか姿勢を正すと、


「……魔皇獣咆ケーゼンベルス。わしのことを覚えていようとは……」

「覚えているとも、槍の小童! お前は、我に傷を与えた小童であろう」

「ふはは、わしを小童か……が、その通り、お前に吹き飛ばされ、小さい黒い狼に腹を食い破られたが、生きていたのだ……」


 老臣ダイザブロウはそう語る。

 積年の恨みを持つ?


 が、魔皇獣咆ケーゼンベルスは笑顔を見せるように口を開き、


「ふっ、それならばいいのだ……」


 嬉しそうに語ると、老臣ダイザブロウから離れて俺と相棒の側に寄ってきた。

 老臣ダイザブロウは泣きそうな表情を浮かべて、


「ま、待て、あの時、お前に救われたことは分かっていた……眷属の黒い狼を殺したわしを……なぜ、敵のわしを生かしたのだ……わしはあれ以来、恥辱のまま生きている……」


 そう発言。


「……ん? 恥辱が分からぬ……。我がお前を救ったことは、理解していたのか?」

「理解しているとも……」

「ふむ」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスはダイザブロウを睨む。

 ダイザブロウは己の腹に片手を当て、


「……そうだ。不自然に白い花弁が宙空に集結し、その白い花弁が、わしの傷口に集結してきたのだからな……同時にわしの<魔闘気>を回復させながら傷をも癒やしてきた……あのような傷と心を癒やす技術は、わしらにはない……」

「あれは<サクリファスの癒やし>だ。しかし、なぜ恥辱なのだ?」

「お前に救われたからだ……」

 

 過去、ダイザブロウと魔皇獣咆ケーゼンベルスにはそんな出来事があったのか。


 サシィに視線を向けると、


大三郎ダイザブロウは……」


 と何かを語ろうとしたが、


「姫、否、サシィ様、要らぬこと――」


 と、ダイザブロウはサシィの言葉を止める。


 源左の一族は魔界セブドラで生きるため【ケーゼンベルスの魔樹海】の魔樹から極大魔石を採取していたと予測。が、その度に大量のモンスターが出現する。ケーゼンベルスたちはそれを止めようとしていたが、源左の一族からしたら、ケーゼンベルスも同じモンスターだからな……。


 そして、上笠連長首座のダイザブロウが、魔皇獣咆ケーゼンベルスたちが評定の間に入った瞬間、黒い狼たちを貶していた理由か。


 魔皇獣咆ケーゼンベルスに、


「ケーゼンベルス、敵対していたダイザブロウの命を救っていたのか。理由は?」

「当時の、小童の槍武術を見てな……命を奪うのは惜しいと感じたのだ」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスがそう語る。


 ダイザブロウは、


「……わしの武術を見て……か……魔皇獣咆ケーゼンベルス。お前は時折、わしらの同胞を救っていたが、それが主な理由だったのか」

「ふ、小童共は気付いていたのか」

「……あぁ、偶然には思えないからな。しかし、わしらは、お前たちをモンスターと見なして、一方的に攻撃を……」


 ダイザブロウがそう申し訳なさそうに語る。

 と、魔皇獣咆ケーゼンベルスは少し唸り声を発してからダイザブロウと重臣たちを見据え、


「小童、否、名はダイザブロウか、気にするでない。バーソロンにも言ったが、今日限りで過去の遺恨は流そうではないか。今日、主とお前たち【源左サシィの槍斧ヶ丘】の者たちは同盟を結んだのだからな。それは同時に我らケーゼンベルスと源左サシィ槍斧ヶ丘の者たちとの同盟が成ったのと同じことだ」

「「「ウォォン!」」」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスはそう語る。

 コテツ、ケン、ヨモギの黒い狼たちも同意するように鳴いていた。


 ダイザブロウは片鎌槍を消して片膝を畳につけると、肩を揺らしつつ。


「……はい、魔皇獣咆ケーゼンベルス様」


 小声でたどたどしく発言。

 ダイザブロウは泣いている?


「ウォォォン! 泣くとは、やはりまだまだ小童にすぎぬ」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスは笑うように発言。

 ダイザブロウは涙を流していた面を見せて、立ち上がり、


「ふはは、この歳になって、こう何回も小童呼ばわりされるとは思わなんだ。しかし、いい……ものだな……」


 と、しみじみと語り、またも涙を流した。

 体格のいい武将だが、泣いていると普通のお爺さんに見えてしまう。


 なんて声をかけたらいいのか分からないが……。


「……大三郎ダイザブロウ……お前は……父と娘を……」

「姫、否、サシィ様、いいのです。シュウヤ殿たちとのお話を優先されるがよい」

「……分かった、皆、行くぞ」


 サシィは少し涙ぐむ。と、俺たちを見てからサッと身を翻して評定の間から出た。

 ダイザブロウは満足そうに頷いていた。


 タチバナは依然として俺を睨む。

 が、視線を向けると誤魔化していた。


「にゃ~」


 黒豹のロロディーヌが黒猫ロロに変身。

 左腕を下に向けて、


「肩にくるか?」

「ンン」


 黒猫ロロは頷く素振りを見せてから、左腕にぴょんと跳躍し、二の腕を蹴って肩に乗ってくる。


 肩の竜頭装甲ハルホンクが相棒の後ろ脚に合わせて厚手の生地に変えてくれたから痛みはなかった。


 さて、皆と視線を交えてから――。

 評定の間を歩いて廊下に出た。


 サシィと共に板の間の廊下を歩いた。

 足の裏がヒンヤリとする板の間だ。


 何かぞうきん掛けの掃除をしたくなる。

 

 廊下の左側は漆喰の壁と襖の扉がある。

 右側は木戸と縁側があり広い庭が見えた。


 この奥座敷に来る前にもあった広い庭と通じていると分かるが、やはり広い庭だ。


 所々に魔界セブドラの神々の彫像がある。

 宵闇の女王レブラ様は直ぐに理解した。アラビアン風の長椅子に座る悩ましい姿は〝魔界セブドラの神絵巻〟に描かれていた物と同じで、立体的な彫像だからリアルだ。

 石のボウルには血が入っている。源左の一族の中には、宵闇の女王レブラ様の信奉者がそれなりにいるってことか。

 槍を持つ見たことのない魔界の神の像があった。

 闇神アーディン様なら、デルハウトが信仰していたが……。


 他にも怪しい輝きを放つ石燈籠も無数にある。

 鯉のような魔魚が棲む小さい池もあった。


 風情があっていい。手持ち花火を行いたくなる。


 そんな庭を見ながら廊下を進むと、サシィはある部屋に入った。


 その案内された部屋は評定の間よりも狭い。

 サシィは、


「シュウヤ殿、話とは?」

「あぁ、俺は地図のアイテム〝列強魔軍地図〟を持つんだが、そのことで、伝えることができた」

「〝列強魔軍地図〟? 魔地図の一種か」


 魔地図は知っていた。

 似たような地図はあるようだからな。


「その通り。本人がその地図を持った状態で新しい場所に行けば、詳細に、その地形と地名が刻まれて、ランドマークも記される。更に〝列強魔軍地図〟に他の人が魔力を込めると、その人が記憶している地名と地形が刻まれる。記憶と、現在の地形が異なる場合は立体的に霧などが覆って朧気な地形となるようだ。ま、実際に見たほうが早いか――」


 肩の竜頭装甲ハルホンクに仕舞ってあった〝列強魔軍地図〟を取り出し、サシィに見せた。


 皆も見てくる。

 【源左サシィの槍斧ヶ丘】の最奥地。

 

 山の端を削った懸崖の地に造られた源左砦とよく分かる。

 その山と崖の上に立つ奥座敷の周囲を拡大。


 本当に広い庭だ。同時に地下も広大と分かる。

 そして、先ほど発見した……。


 【源左ゼシアの命秘道】。

 【源左喜平次の石碑】。

 【源左蛍ノ彷徨変異洞窟】。

 【立花弦斎の羨道】。

 【緑王玉水幢ノ地下道】。

 【源左ミーロの墓碑】。

 【開かずのゲイザー石棺群の間】。

 【コツェンツアの碑石】。

 【源左サシィの隠れ洞窟】。

 【マーマイン瞑道】。

 

 の中の【マーマイン瞑道】に指を当てた。


「――ここに、【マーマイン瞑道】がある。知っていたか?」

「こ、これは……知らなかった! しかも地下道がこんなにたくさんあるなんて。あぁ、私の隠れ洞窟も分かるのか……この魔地図は、伝説レジェンド級……神話ミソロジー級の代物なのか?」

伝説レジェンド級だったかな」

「……ほぉ~、神話ミソロジー級に思える精細さだ! が、それでも凄く貴重な魔地図だと思うぞ。ここまで詳細だと求められる技能もそれなりに高くないと扱えないと思うが……そして、大魔商でも貴重な類の魔地図だ。諸侯が持つとされるアイテムだな」


 サシィがそう発言すると、皆が笑顔を浮かべて頷きながら、


「陛下が持つべきアイテムですね」

「旦那だからこそ扱える地図のようですな」

「主用にカスタマイズされた魔地図ってことだろう。主の名も記されているからな」


 アドゥムブラリがそう発言。


「はい、閣下にはちょうどいいアイテムです。魔界騎士ド・ラグネスと会ったら褒めましょう。水をぴゅぴゅっとかけてあげます!」

「あぁ、尻を輝かせてあげるべきだ」

「はい!」


 キリッとドヤ顔をわざと作る。

 アドゥムブラリとツアンにアクセルマギナから笑い声が響いたが、気にしない。

 笑顔になったヘルメは真面目に数回頷いている。


「閣下の鬼魔人と仙妖魔の軍がこの領域にきたならば……」


 光魔沸夜叉将軍ゼメタスがそう呟くとサシィが鋭い視線を寄越してきた。


「シュウヤ殿は他にも軍を持つのか」

「あぁ、デラバイン族を助ける前に、助けた魔族たちがいるんだ」


 俺がそう言うと、サシィは直ぐに笑顔になる。


「そうなのだな! シュウヤ殿らしい!」

「ありがとう。で、肝心の【マーマイン瞑道】だが」

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