千十三話 光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスと<ルシヴァル紋章樹ノ纏>

 常闇の水精霊ヘルメは霧雨を《水幕ウォータースクリーン》越しに吸収し、体から蒼穹の色合いの美しい魔力を放つ。

 魔樹の上のほうから吐き出されている煙雨の影響は、そのヘルメとヘルメが繰り出した《水幕ウォータースクリーン》などのお陰もあってあまり無く、俺たちの周囲に視界の悪さはない。


 そのヘルメに、


「魔石に触れると、何かのスイッチが入ったように樹皮に光の筋が走り、宙空に渦が発生。その渦から水気を有した煙のような丸いモノが出てそれがモンスターに変化した。だから魔石や樹皮には触れないように」

「はい――分かりました」

「にゃ~」


 黒豹ロロがヘルメに挨拶。


「あ、先ほどのロロ様の機動は、閣下とわたしの遠距離攻撃から逃れようとする敵の心理を事前に読んだような狩りの仕方でした。ロロ様は閣下の魔法の射撃方法を参考にしたのでしょうか」


 思わず黒豹ロロを見る。

 黒豹ロロも俺を見た。


「偏差撃ちか。たしかにそうかもしれない」

「にゃおおぉ~」


 魔蝶モンスターの上でエジプト座りを行う黒豹ロロはドヤ顔を浮かべて俺を見つめてくる。キラキラとした瞳からは、褒めて~といった心の声が聞こえてくるようだ。


「ロロ様の獲物を追う動きは華麗であった!」

「ロロ様~魔蝶ケープルンパの仕留め方は躍動感があってお見事でした!」


 パパスとリューリュがそう叫ぶ。

 先ほど黒豹ロロが倒した魔蝶モンスターの名はケープルンパか。


 相棒は尻尾をパパスとリューリュに振って声援に応えている。

 リューリュは黒豹ロロに近付こうとしたが、


「リューリュ、今は周囲を警戒だ」

「うん、シュウヤ様や神獣様の近くにいると戦いの邪魔になる。わたしたちはわたしたちにできることをしないと!」


 パパスとツィクハルの二人はそう発言。

 リューリュとパパスとツィクハルは、ゼメタスとアドモスに会釈をして、黒い狼の背に手を当てて何かを語りかける。


 その三人を乗せている黒い狼は頷くように、


「「「ガルゥ」」」


 と返事をしつつ、アドゥムブラリの真下に移動。

 三人を乗せている黒い狼は大きいシベリアンハスキーみたいで可愛い。


 そして、異界の軍事貴族のシルバーフィタンアスとも似ていた。会いたい。

 銀灰猫メトにも会いたいな。


 その黒い狼に乗っている三人はツアンに近付いていた。

 ツィクハル、パパス、リューリュの三人の黒い狼の肉球は魔皇獣咆ケーゼンベルスと同じく丈夫そう。足場の悪さを苦にしていない。


 パパスは大柄だが、パパスを乗せている黒い狼は軽やかに段差を跳び越える。

 四肢に生えている毛のふさふさが可愛い。


 ツアンと会話を終えたリューリュは<神剣・三叉法具サラテン>たちの宙を躍るような飛翔を見て、歓声を発していた。


 隣で笑顔を見せるツィクハルも美人さん。

 パパスは鼻が大きく醜男。が、体格はいいし、魔斧レガールは頼りになる。


 そんな騎兵部隊を見ていると、<従者長>のママニたちが気になった。

 サイデイルでも戦いは順調かな。<筆頭従者長選ばれし眷属>の女王キッシュに光魔騎士デルハウトとシュヘリアにハンカイもいるから余裕か。

 友のハンカイには一度断られているが、<筆頭従者長選ばれし眷属>か<従者長>に……。


 と、魔樹の右の空中で浮遊中だったアドゥムブラリが降下してきた。


「いきなり魔蝶のモンスターが湧いたか。が、湧いても、周囲のモンスターは此方側に寄ってくる気配がない。外のモンスターは放っておくか? そして、ふと、セラのゾルの家にあった魔法陣を思い出したんだが……」


 アドゥムブラリは昔、


『……地獄火山デス・ロウに近い領域を治めていた門閥貴族の一人がベキア・ラモレンだった。そして、マークはメリアディ様の勢力下でもあった頃の戦旗の一つでもあるんだ。だから、運命だと思っただけだ』


 更に、その魔法陣の修復に関して、


『<召喚術>と死霊術を組み合わせた魔法と推測。この魔法陣を使うには、メリアディ様に信仰を捧げることが重要だろう。さらにメリアディ様が好む本物の生贄も必要だ。だが、他にも必要かもしれない。なにしろ、この魔法陣は古いうえに修復も中途半端だ』


 他にもあるが、皆との会話で色々と考察していた。

 現実のイケメンなアドゥムブラリに、


「あぁ、魔霧の渦森の、ゾルの家の納屋の床に刻まれていたメリアディ様と関係した魔法陣。そこには、アドゥムブラリと幼なじみの戦旗のマークが刻まれていたんだったな」

「……そうだ。覚えていてくれたんだな……まぁ魔霧の渦森の件はミスティとクナも関係し、ヴィーネが探検した地下も謎が多い。忘れないか」

「……当然忘れないさ。あの魔法陣の修復は、魔王アドゥムブラリに成長した今なら可能なのか?」

「あぁ、魔霊装備もレプリカを含めてほぼ復活したから、いけると思う。が、それは今度で、いつかだ」

「そっか、いいのか?」

「おう。俺たちは今魔界セブドラにいるんだ。わざわざセラの魔法陣修復に向かうってのもな。修復し、儀式を実行したとして……ベキア・ラモレンの戦旗と関連の深い武装魔霊の召喚に成功しても、俺の幼なじみ本人が復活するわけではない……自分で言っといてアレだが、優先度は低い」


 納得だ。

 魔界セブドラにいるほうがメリアディ様の勢力を探せるだろう。


 そして、<筆頭従者長選ばれし眷属>のミスティの兄ゾル。

 ゾルはヘカトレイルの魔法ギルドに所属していた元一級魔術師。

 本物のクナは、そのゾルとホムンクルスのクナの策略により、長い間家の地下に閉じ込められていた。

 そのゾルは闇神リヴォグラフの七魔将紫闇のサビードにも通じていた。

 闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトの前身、闇の骨兜ダークボーンヘルムはゾルがサビードから入手していたから、俺が手に入れられた。

 死神ベイカラの恩寵を得ているユイは、そこで死にそうになった。


 色々と繋がりが深くて薄ら寒さすらある。


 そのことは言わず、


「……おう。乱入に備えて、先に外のモンスターを倒すのもありと言えばありだ。が、魔樹を斬るか破壊した影響でそいつらが俺たちに襲撃をかけてきても、魔王級のアドゥムブラリならば、対処できるだろう?」


 そう笑みを交えて聞くと、アドゥムブラリはニヤッと笑う。

 体から虹色の魔力を発した。その魔力の影響で金色の長い髪が風を孕んだように持ち上がり、背中側で綺麗に靡く。


「「おぉ」」


 ゼメタスとアドモスが、そのアドゥムブラリの様子を見て驚いていた。

 ツアンも少し驚いていたが、ツアンはアドゥムブラリ本人から聞いたかな。


 ゼメタスとアドモスは後頭部の毛に包まれていたから、魔王級に急成長したアドゥムブラリとは、まだ会話をしていなかったはず。


 人族にも見えるアドゥムブラリは片腕を伸ばし、


「――ふっ、余裕だとも! 背中のアムシャビスの翼も復活! シュミハザーに囚われても、秘かに俺の衣服や翼にマークとして残っていた<武装魔霊・バムソウル>と<魔弓魔霊・レポンヌクス>に<魔矢魔霊・レームル>も復活を果たしたのだ!」


 翼を羽ばたかせたアドゥムブラリは背中にある壺やなぐいの矢筒から、複数の魔矢を浮かせて取り出す。

 その複数の魔矢を<導魔術>で操作しているように頭上に展開させた。


 両手に赤く光る魔弓を召喚し、その魔弓を掲げる。


 翡翠の蛇弓バジュラのような光る弦。


 アドゥムブラリは、番えるような仕種から魔弓を構える。

 すると、真上に展開されていた魔矢が、魔弓を構えた先へと向きを変化させた。


 魔矢の乱射から、一点の存在に向けて集中攻撃も可能な遠距離攻撃かな。


「まだまだあるぞ――」


 それらの<魔弓魔霊・レポンヌクス>に<魔矢魔霊・レームル>の魔弓と魔矢が消える。


「<アムシャビスの紅光眼兜>も復活!」


 先ほど見せていた兜を装着した。

 双眸と額の位置には赤く光る眼のような魔宝石が五つ付く。


 赤茶が混じる金髪は隠れた。


 アムシャビス族特有の兜で、スークを思い出す。

 その兜を消したアドゥムブラリは、驚いているゼメタスとアドモスを見て、


「ゼメタスとアドモス! 俺はこのように、昔の単眼球の武装魔霊ではない。主のお陰で大復活を果たした! しかも魔王級に進化したのだ!」

「おぉ、アドゥムブラリ殿が魔王級! 素晴らしい! 我らも嬉しいですぞ!!」

「おめでとうございます! 閣下の配下でありなら、諸侯の仲間入りとは……恐れ入りまする! 更にお持ちの様々な武装魔霊も進化していると分かりまするぞ!」


 二人の言葉にアドゥムブラリは感動したような表情を浮かべて、


「フハハ、ありがとう! さすがは魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスだ。よく分かっている!」


 そう発言しておどけたように両腕を振るってポージング。


 すると、近くにいるバーソロンが拍手。

 リューリュ、パパス、ツィクハルも、アドゥムブラリとゼメタスとアドモスのやりとりが面白いのか、拍手していた。

 アドゥムブラリは、


「仲間たちにその一端を見せよう。レプリカのレグサールの偽武装魔霊も復活している。レプリカだが、神獣と打ち合えたように丈夫だ。が、その魔霊系の武器よりも……フハハハ、偽魔皇の擬三日月が、ついに!! 使えるようになったのだぁぁ、見て震えるがいい!」


 アドゥムブラリは楽しげに叫ぶ――。

 と、片腕から闇炎を発生させて、目の前に丸い闇炎を造る。

 同時に胸元の三日月型のワッペンが外れて、その丸い闇炎と重なった。


 三日月型のワッペンと闇炎が融合、大きな闇炎の塊となって蠢きまくる。

 アイテム錬成か?


 同時に半透明なユキノシタ模様の記章が外れて浮かぶと、蠢く闇炎の塊から離れるようにアドゥムブラリの周囲を旋回。融合中の闇炎の塊は大斧へと変化を遂げた。


 アドゥムブラリは、その大斧の柄巻を握る。


「精霊よ、《氷槍アイシクルランサー》で俺を攻撃してこい」

「え? レプリカの三日月の試し切りですか?」

「ふむ。いいから寄越せ」

「はい――」


 斜め下にいるヘルメは《氷槍アイシクルランサー》を斜め上にいるアドゥムブラリに二発放つ。


 その《氷槍アイシクルランサー》を凝視したアドゥムブラリ。


「いいぞ、ナイスだ、常闇の水精霊!! フハハ――」


 ヘルメの方向に体を向けながら大斧を左右に二度振るう。

 ヘルメの二つの《氷槍アイシクルランサー》が先端からスパッと大斧の刃に切断された。


「「おお」」

「どうだ! レプリカとはいえ、この偽魔皇の擬三日月は強力なのだ――」

「ふふ、もっと連射したくなりましたが、アドゥムブラリの成長は嬉しく思います」


 アドゥムブラリは、その大斧と似た重そうな武器を掌の中でスムーズに回しながら宙空を前進し、右手が持つ大斧を左から右へと振り抜く。


 ――紫電一閃。

 ――刀のような鋭い斬撃に見えた。


 半透明なユキノシタ模様の記章も飛翔しながら大斧を振り回すアドゥムブラリに付いていく。


 そのユキノシタ模様の記章の前後に鎧と防護服が融合したような衣装の幻影が浮かんでいた。


 あの幻影の防護服も武装魔霊、魔霊系か。


「ンン」


 相棒が、その回る大斧とアドゥムブラリの動きを追うように頭部を回す。


 アドゥムブラリは大斧と似た武器を巧みに扱う。

 重そうだが……その重さを活かすように、掌から手の甲へと大斧が移動していく速度は速い。少し湾曲している大斧の柄が、ぐわりぐわりと回りながら手首の上に移動し、また一回転――手首の上に戻る速度も速かった。アドゥムブラリの前腕に大斧の柄巻がくっ付いているように腕の回りを回っていく。


 アドゥムブラリは、その遠心力で回っているようにも見える不思議な大斧を扱っている前腕を下から斜め上へと振るい、大斧を手放した。


 大斧は魔線を発しつつ、宙空でくるくる回りながら旋回軌道となった。

 アドゥムブラリの両手と大斧から出ていた魔線が繋がると、アドゥムブラリの手に戻っていく。


 ハンカイの斧スキルを思わせる。


 その大斧の柄巻を左手で掴み直したアドゥムブラリは大斧を上から振り下ろし、柄巻を逆手に変化させて斜め上へ振りあげる。

 更に掌の中でくるくる大斧を回転させてから、柄巻を握り、斜め下に大斧の刃を振り下ろす一閃を繰り出した。


 同時に大斧の刃から紫色の魔刃が飛び出た。


 飛び出た魔刃は《水幕ウォータースクリーン》を越えて敵の魔素があった方角に向かった。煙雨の影響で視界が悪いから詳細は分からないが、木々の倒れた音が響くと、魔素の一体が揺らぎ倒れた。


 倒れたのは、魔素の形からして、樹毛剣バハかロペル螟蛉蟻かな。


 アドゥムブラリが持つ大斧の刃と柄は少し反っている。

 斧槍のバルディッシュにも少し似ているか。

 その大斧をまたも真上に放る。


 赤色と黄色と紫色の魔力を柄と刃から放つ大斧と似た武器はアドゥムブラリの回りを旋回していく。


 ――かなり格好いい斧系統の武器だ。

 しかもブーメランでもある。


 昔、アドゥムブラリは重くて使えないと言っていた。

 ブーメランで、シーフォの武器のレプリカ。


 アドゥムブラリは、その大斧を手で掴まず己の体の周りを旋回させていく。

 そのまま両手を胸元に組みながら鷹揚に飛翔を行った。

 赤茶が混じる金髪を靡かせながらの飛翔を、何もしらない女性たちが見たら見惚れるかもな。


 仔牛革色の貴族が着るような防護服はアドゥムブラリに似合う。


 大斧と似た武器は、飛翔しているアドゥムブラリが着ている防護服スレスレを飛翔しながらアドゥムブラリと共に前進を続ける。


 ブーメラン機動の大斧と似た武器を<導魔術>のように扱っているのか。


「アドゥムブラリ、その大きな斧ブーメラン、偽魔皇の擬三日月は、魔皇シーフォのレプリカ武器だよな。ずっと前に、重くて使えないと語っていた」

「――その通り! あるじのお陰で重い武器が使えるようになったのだ!」

「使えるようになって良かった」


 アドゥムブラリは涙ぐみながら偽魔皇の擬三日月の刃を掲げ、


「おうよ! 主に感謝だぜ!」


 と満面の笑みを浮かべる。いい面だ。

 そのアドゥムブラリは、急に真面目な顔付きとなり、涙を隠すように丁寧に会釈をしてから斜めに上昇――。


 仕種といい、イケメンか! 否、イケメンか。


 ま、相当な戦力を得たと実感。


「閣下、アドゥムブラリ殿の進化ですが……」

「我等がグルガンヌ地方に行っている間に進化を?」

「おう、そうだ。更に驚くと思うが――」


 止めていた<血道第四・開門>を意識。

 <霊血装・ルシヴァル>を発動。そして、


「テーバロンテを倒した際に<血道第五・開門>の<血霊兵装隊杖>を獲得した――」


 血の兵装に合わせ「ングゥゥィィ」とハルホンクの防護服も対応してくれた。

 目の前で浮かんでいる血の錫杖を握った。


「このように――<光魔・血霊衛士>を得た」


 と話しながら<光魔・血霊衛士>二体を魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスの前に生成。


「「な、なんと――」」

「「「おぉ」」」


 ゼメタスとアドモスは驚く。

 二体の<光魔・血霊衛士>と俺の<血霊兵装隊杖>装備を見たツアンにリューリュ、ツィクハル、パパスも驚いていた。

 そして、二体の<光魔・血霊衛士>を生成したから、<血魔力>の消費は中々に多い。

 が、あと数体の生成はいけそうと分かる。

 ま、今は二体だけにしておくか。


 実際の戦闘で試すのは今回が初。

 徐々にならしていこう。

 ――血の錫杖をゼメタスとアドモスの前で振るう。

 同時に<光魔・血霊衛士>を自律可動させた。


 先端が尖る棍で<刺突>を繰り出す血霊衛士が渋い。


「おぉ、今<刺突>を!? しかも閣下とお揃い気味の甲冑傀儡兵! 閣下と槍衾が可能なのか!!! 羨ましい……あ、閣下の血の兵装は光魔ルシヴァル宗主専用吸血鬼武装の完全武装でしょうか!!」

「そうだ」

「素晴らしい! まさに血皇帝の装備! 同時に甲冑傀儡兵には嫉妬を覚えまする……が、アドモスよ、我らは閣下の大眷属!」

「――うむ! ゼメタス、我らも負けていられぬ」


 二人は血が滲む骨剣を重ねた。

 骨から出た魔力もルシヴァルの紋章樹を宙空に描く。


 同時に指輪の闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトが何かを求めるように点滅。

 それは俺の<血魔力>と魔力を求めていると分かる。

 魔界王子を屠ったからこそだと分かるが、覚悟するか……。


 <滔天仙正理大綱>――。

 <龍神・魔力纏>――。

 <経脈自在>――。

 <水月血闘法>――。

 <黒呪強瞑>――。

 <性命双修>――。

 <滔天内丹術>――。

 <光魔血仙経>――。


 など、スキルを意識し、発動する。

 即座に嵌めているその闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトの指輪へと<血魔力>と魔力に生命力と精神力を送る。


 さすがにアドゥムブラリのようには無理だから、僅かで止めた。

 しかし、僅かでも、胃が捻れ切れる感覚か。


 体が痛い……魔軍夜行ノ槍業が揺れた。


『弟子、光魔騎士のアドゥムブラリといい、魔界沸騎士長の大眷属のためと分かるが、あまり生命力を与えすぎないように』

『弟子が干からびてしまう』

『カカカッ、レプイレス、それはないから安心しろ。しかし、これほどの器を持つ魔君主が今までにいたか?』

『否……いない』

『あぁ、己を傷めても構わず、連続的に眷属たちに己の生命力と精神力を分け与える魔君主とか……魔命を司るメリアディ様でも、ここまではないと思う』

『うん、体が痛いのに、泣けてくる……』

『……弟子は最高の魔君主の器。我の魂を預けるに値する……』

『そうだな。あの単眼球の元魔侯爵のなれの果てが魔王級での復活だ。顎が外れる思いだったぜ。そして、今度は魔界沸騎士長たちの成長のために、また己の身を削るとは……漢だろ……』

『そうだな。まさに益荒男だ。魔界王子テーバロンテから膨大な魔力を得て直ぐのコレだからな。やることが豪快すぎるぜ』

『あぁ、デラバイン族からの希望の眼差しを一身に受けただけはある』


 魔軍夜行ノ槍業に棲まう師匠たちの思念に何も返せない。

 <筆頭従者長選ばれし眷属>たちも同じような言葉を言ってくれるかな。その八人の師匠たちの思念は徐々に遠のいた。

 と、闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトと魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスが魔線で繋がり、魔線が稲妻となった。


「「――おぉ?」」


 額の前立と繋がる眉庇が、星屑のマントのような光を帯びる。

 兜の横から槍烏賊の部位が伸びては縮む。

 甲冑の溝から魔力を吹かせた。それは、ぼあぼあの魔力の噴出具合と異なる勢いだ。

 二人の骨盾の縁から虹色の魔力が放射状に出る。


 放射状の魔力は、ルシヴァルの紋章樹の枝模様となった。

 魔界沸騎士長としての意味、眷属としての意味だろう。


「閣下の生命力と精神力に<血魔力>が……」

「我らに――」

「なんということだ――」


 魔界沸騎士長たちは銀と金と赤と漆黒が彩る肉鎧の節々から色合いが異なる魔力を勢いよく噴出させていった。


 脇腹の溝が蛇腹に動くと、溝から赤と黒の粉塵のような魔力が噴出していく。


 ゼメタスとアドモスは、鎧に強力なエンジンを備えているように、重低音を立てながら、無数の魔力を噴出させていく。


 その無数の魔力が骨盾から出ていた虹色の魔力と融合し、同じようなルシヴァルの紋章樹を描く。


 刹那、魔界沸騎士長たちの体が輝いた。


 二人だけを囲う狭い範囲に立体的なルシヴァルの紋章樹が浮かぶ。


 ルシヴァルの紋章樹の上部は太陽のような光を放つ。

 下部は月のような暗い光。

 ゼメタスとアドモスの上半身はその太陽の輝きを受けて血色の炎のマークが刻まれて強まったようだ。


 ゼメタスとアドモスの渋い頭蓋骨兜の回りの模様が生命の木を思わせる。


 下半身は暗い水に浸かったような淡い色合いとなり、ルシヴァルの紋章樹の根っこがゼメタスとアドモスの甲冑の足に絡んでいる。


 更にアニメイテッド・ボーンズと似た黒と赤の骨が地面に幾つか落ちていた。


 同時に魔界沸騎士長の二人から微かな神意力を感じた刹那――。


 ピコーン※<魔界沸騎士長・召喚術>が進化します※

 ※<光魔沸夜叉将軍・召喚術>※スキル獲得※

 ※<ルシヴァル紋章樹ノ纏>※スキル獲得※


 おぉ、ゼメタスとアドモスが光魔沸夜叉将軍に進化を遂げた。

 闇の獄骨騎ダークヘルボーンナイトは捻れて縮小。シンプルな捻れた漆黒と金色と白銀色の指輪に変化を遂げた。

 更にルシヴァルの紋章樹の絵柄が刻まれた。半透明な紋章樹はカバラを思わせる魔線が点々と繋がっている。更に俺の体と魔線が繋がる。


 <経脈自在>で移動が可能な魔点穴と関係があるようだ。ゼメタスとアドモスと連動した<魔闘術>系統でもある?


「おぉ、閣下、我は<光魔沸夜叉将軍>に進化し、<赤獄騎士軍団長>のスキルも得ました。同時に魔界セブドラで獲得していた<外式・沸騎士>と関係した赤獄騎士長アドモスでもあるようです!」

「私も<光魔沸夜叉将軍>に! 同じく<黒獄騎士軍団長>のスキルも得ました! そして<外式・沸騎士>の影響を受けた黒獄騎士長のゼメタスでもあります」


 <外式・沸騎士>は知らなかったが……。


「おお?」

「なんと!?」

「え?」

「「「「ウォォォォン!」」」」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスたちも驚いていた。


「進化……二人はルシヴァルの紋章樹を纏っているのですか?」


 ヘルメがゼメタスとアドモスに聞くと、ゼメタスとアドモスは頭部を回し、己と相方を見てから、


「……これが、光魔沸夜叉将軍の……」

「「――<ルシヴァル紋章樹ノ纏>――」」


 二人のハモった声がハウリングして、凄まじい。


「「「おぉ」」」

「<ルシヴァル紋章樹ノ纏>……それはゼメタス将軍アドモス将軍独自の<魔闘術>でもある?」


 ヘルメがそう聞いていた。


「否、閣下も関係します。この<ルシヴァル紋章樹ノ纏>は、閣下と私たちの光魔ルシヴァルと関係した<魔闘術>系統のスキル。魔界沸騎士長の能力が総合的に上昇したと分かります。更に、<黒南風もののふ>、<夜叉ノ衝き>、<月虹斬り>、<黒鳶ノ星彩>などのスキルを覚えましたぞ」

「はい、<ルシヴァル紋章樹ノ纏>は閣下と関係する<魔闘術>系統のスキル! 我らの結界的な能力でもある! そして、我も、<赤北風もののふ>、<疾風打ち>、<月影走り>、<暗紅ノ盾打突>を覚えましたぞ!」


 ゼメタスとアドモスがそう語る。

 心象世界のような効果もあるか。


「凄い……」

「ぬぉぉ~ゼメタスとアドモスも進化したのか!」


 と、宙空にいたアドゥムブラリも寄ってきた。


「「進化しましたぞ! 閣下の光魔沸夜叉将軍に!」」


 ゼメタスとアドモスはハモリながら答えた。


「将軍とか凄いが……主よ、その顔色……俺に続いて魔界沸騎士長たちにまで生命力を注いだのだな……」

「……あぁ、大丈夫。皆が強くなれば、俺も嬉しい」


 無理して笑いながらポーションを取り出してがぶのみ。

 ふぃ~っと……。


「「「――陛下!」」」

「「閣下ァァ」」

「ゼメタスとアドモスが眼から黒い涙と赤い涙を……でも、閣下……」

「主……まったく、胸がときめくだろうが――」

「旦那――」

「「「ウォォン――」」」


 皆が、膝を地面に突いて頭を垂れた。

 魔皇獣咆ケーゼンベルスは香箱座りで頭を下げる仕種が可愛い。

 アドゥムブラリは泣きそうな表情のまま怒って頭部を下げていたから、笑ってしまった。


「――はは、さ、皆、頭を上げてくれ。そして、ゼメタスとアドモス、足下に転がっている煌びやかな骨は、上等戦士の素かな」


 そう俺が言うと、ヘルメは黙って背後から俺に体を寄せてくれた。

 一方、ざっと音を立て立ち上がった光魔沸夜叉将軍ゼメタスとアドモスは沸騎士だったころと変わらずに、


「――そうであります! 今閣下から頂いた能力で、新たに生成が可能になりました、<黒獄アニメイテッド・ボーンズ>を!」


 と説明してくれた。上等戦士の骨か。


「――はい、我は<赤獄アニメイテッド・ボーンズ>を得た! ですから、この足下の骨は我らの骨の一部、黒獄アニメイテッド・ボーンズと赤獄アニメイテッド・ボーンズです。グルガンヌの滝壺に、ゼガの魔コインと共に浸ければ、新たな上等戦士を生み出せまする!」

「では、ゼガの魔コインがあれば、ゼメタスとアドモスの部下を増やせるのか」

「「はい!」」


 ゼガの魔コインの集まり次第だが、いずれ上等戦士軍団を生成可能……。

 もし量産化が可能なら、骸骨魔王のような勢いとなる?


「ゼメタスとアドモス、その黒獄アニメイテッド・ボーンズと赤獄アニメイテッド・ボーンズはおまえたちが持つべきだ。回収できるか?」

「体内と愛盾・光魔黒魂塊に格納が可能となりましたので可能です」

「愛盾・光魔赤魂塊ならばセラのアイテムも持ち運べるかもしれません」

「おお、そりゃ朗報だ」

「……皆の進化が凄まじい!」


 ツアンがそう発言。


「俺も進化したお陰だ」

「<血道第五・開門>の成果でしょうか」

「そうだ。魔界王子テーバロンテを倒したさい獲得かくとくした<血道第五・開門>と<血霊兵装隊杖>を試す前に、心を整えようしたんだ」

「俺とグラド殿がバーヴァイ城を見回っていた時ですよね」

「そうなる。魔の扉の鏡を回収して、戦闘型デバイスに入れた時だ」

「……なんてこったい。あの短い間に……」

「ふふ、閣下は修業モードに入ると、沙羅貂も言っていましたが、集中力が増しますからね」


 ヘルメが右肩に体を寄せながら語ってくれた。

 然り気無く魔力を俺に送ってくれるヘルメは優しい。


 愛があるなぁ、ほんっと。

 ……お尻が輝いても許そう。


「……ツアン……ケーゼンベルスにも説明するとだな……内観ないかんの修行と修業を兼ねて基本の<魔闘術の心得>を意識し、丹田たんでんの魔力を練り始めた。そこから、<魔闘術の仙極>、<水月血闘法>、<戦神グンダルンの昂揚>、<魔雄まゆう飛動ひどう>、<仙魔奇道せんまきどうの心得>、<経脈自在けいみゃくじざい>、<滔天とうてん仙正理大綱たいこう>などに他にも使用したが、色々とスキルを実行しつつ<血道第五・開門>を意識したんだ……」


 そこで間をあけた。

 ケーゼンベルスは静かに頷く。

 下にいる黒豹ロロと獣同士で見つめ合っていた。


 無我の境地同士の繋がりか。


 そのまま、俺もある種の無我の境地だったかもな、と思いながら、


「……魔界セブドラの大気に俺の意識が混じる感覚となった次の瞬間、<血脈冥想>を得たんだ。同時に、心の中に小さい血の三角が思い浮かび、その三角の中に心を注ぐと、はすの花と座禅を連想して……俺は自然と、その蓮の上で結跏趺坐けっかふざ座禅ざぜんを行っていた……」


 あの時は、自分でも自分が分からないと言えばいいか。

 自然体だった……。


「血の蓮に座禅を行った閣下……あの時、神妙な心境だったのですね……そして、その時、閣下は消えたのです」

「「「なんと!」」」

「消えた!?」

「まぁ!」

「ウォォォン、驚きだ」

「座って消える、陛下とは……」

「消える修業……」


 ヘルメと頷き合う。

 ゼメタスとアドモスに、ツアン、バーソロンにケーゼンベルスも少し驚いていた。リューリュとパパスも驚いている。


 俺は皆を見るように、


「そうらしい。で、また現れた俺は、キサラから習い途中の掌法の構えを取った。自然と体が動いたような感覚、今にして思えば、魔界セブドラに促された? そして、<魔手太陰肺経>の訓練を数度行った。そうしたら、<光魔血仙経>、<滔天魔経>を得た。そこから次々に<血仙掌打>、<血仙瞑貫手>、<血仙拳>、<滔天掌打>、<滔天拳>、<滔天肘打>、<魔経舞踊・蹴殺回し>を獲得。更に少し遅れて皆にスキルを披露している間に<光魔形拳>を得た。キサラにも感謝だ……」

「おぉ、短い間の訓練で……」

「……神懸かり。にんともかんとも」


 ツアンとアドモスは放心状態といったように語る。


 しかし、アドモスから、にんともかんとも、を聞くことになるとは……。


 ゼメタスは体から噴出させていた魔力で見えなくなっていたが、その魔力を脇腹の溝から吸い込みつつ頭部を晒し、


「過去のキサラ様との模擬戦が活きた……」

「……そうだ、感慨深い、キサラの喜ぶ顔が目に浮かぶ」


 直ぐにでも魔の扉の鏡を使い皆に……。

 が、今は今。


「ふふ」

「そうして、奥義のような<魔闘術>系統と血と水の格闘スキルを無数に得られたのですね」

「そうだ。更に新しく獲得した<血脈冥想>は血道と関係している。結構重要なんだ」

「旦那は<瞑想>を持っていましたが……」


 ツアンがそう聞いてきた。


「おう、<血脈冥想>は、<瞑想>と同系統の魔力回復を促す上位版。が、それはオマケだ。<血脈冥想>は血魔力時空属性と関係し、これからの血道の発展に必要不可欠な修業スキルだと認識している。<血道第五・開門>と関連した<血脈冥想>は、今後の俺の命運を握るスキルかもしれない」

「<血道第五・開門>からの昇華のための<血脈冥想>ですかい……」


 ツアンの言葉に頷いた。


「新たな血道の理を得た閣下、その命運……」

「命運……私は黒骨のすべてを閣下に捧げる思いですぞ……」


 ゼメタスの熱い魂は分かっている。


「先ほど本契約のクリスタルを使用し、大厖魔街異獣ボベルファを、俺たちがいるこの地方に呼び寄せたが、その大厖魔街異獣ボベルファとの繋がりも<血脈冥想>があるからこその繋がりとなった。センティアの手のような効果となったんだ」

「「「おぉ」」」


 皆は驚く。

 近くで見ていたバーソロンは笑顔を見せている。ヘルメは、


「本契約のクリスタルの使用と<血脈冥想>にそのような繋がりがあったとは気付きませんでした。センティアの手、では、大厖魔街異獣ボベルファの下に閣下は転移を? ディアのようなパブニングが?」


 思わずニヤッとしてしまいそうになる。

 が、真面目に頷いて、


「精神体だけ大厖魔街異獣ボベルファの〝霊脳魔花ボベルファの場〟に転移したのかな。繋がったとも言える。そこは大厖魔街異獣ボベルファのコントロールルーム。で、その場所に慌ててやってきたミトリ・ミトンと念話を行えた。ミトリ・ミトンの姿が見えて、ミトリ・ミトンも俺が見えていた。お互い<魔街異獣の担い手>を持つからだと思う」

「では、鬼魔人&仙妖魔の軍がここに……」

「玄智の森から離脱した精鋭はかなりの強さと聞きました。ここに来訪するのなら、デラバイン族たちも大いに喜びましょう」

「……そうだな。時間にしていつぐらいになるか不明だが」

「え、軍が? 陛下?」


 バーソロンの顔の横に『聞いて、ないよ~』という文字が見えた。


 大厖魔街異獣ボベルファに乗っている軍隊のことは伝えたつもりだったが。

 ハルホンクの防護服を意識して、鬼魔砦統帥権の鬼闘印を胸元に出す。


「――胸の鬼闘印が証明となる。俺が玄智の森で助けた魔将オオクワ、アラ、トモン、ジェンナ、ザンクワ・アッリターラ、魔界騎士ド・ラグネスなど、鬼魔人と仙妖魔の数千人が大厖魔街異獣ボベルファには乗っている」

「「おぉぉ」」

「陛下は俺たちの援軍として大厖魔街異獣ボベルファを……」

「デラバイン族の避難先にと用意してくれたと思っていたけど、援軍までも……」

「凄い……」

「なんという思慮深い陛下。二つ同時、否、我らの行く末を案じて、どう転がっても大丈夫なように色々と思案して下さっている……」


 バーソロンとリューリュとツィクハルとパパスはそう語る。


 すると、沙が


「皆、器は<天賦の魔才>を持つ。戦略も天才的と納得したであろう。そして、大厖魔街異獣ボベルファとやらは、今日や明日に到着するデカブツではない。まだまだ不透明。だから、妾たちは、今は今として活動するのみ!」


 そう言ってくれた。頷いて、


「そうだな」

「「「「はい」」」」

「器、妾の神剣でその魔樹を斬るか? 一応妾たちは遊撃に備えたが」

「ムラサメブレード・改と血魔剣でスムーズに斬れなかったら<神剣・三叉法具サラテン>を使うかもだ。ま、そのまま遊撃を頼む。俺も遊撃に回るかもだ」

「承知!」

「はい、わたしたちは左側の敵に備えます」


 <神剣・三叉法具サラテン>の沙羅貂はアドゥムブラリたちがいる右側から離れて魔樹の横から左側へ向かった。


 フィナプルスの夜会を触り魔力を送る。

 黒髪のフィナプルスが現れた。

 フィナプルスは金色のレイピアを振るいながら振り返り、丁寧に礼をしてくれた。


「フィナプルス。この魔樹に嵌まっている極大魔石を採取する。が、採取する際、魔石に触れただけで、モンスターが周囲に湧く。皆でその湧いたモンスターを倒す予定だから、フィナプルスを呼んだ」

「分かりました」

「アクセルマギナも出てくれ――」


 戦闘型デバイスから銀色の粒子が迸る。

 直ぐに銀色の粒子はアクセルマギナを模った。


 魔銃を片手にもった汎用戦闘型アクセルマギナが右に現れた。

 ブルパップ方式のP-90と似たアサルトライフルのような魔銃を持つ。


 スリングスイベルと似た金具と魔線を帯びたチェーンは胸ベルトと繋がっている。

 外骨格のようなプロテクターは変わらない。


「アクセルマギナ、また頼む」

「はいマスター! 貴重な極大魔石の回収をがんばります! あ、フィナプルスさんも、よろしくお願いします――」


 スリングスイベルと似た金具を動かし、背中に魔銃を回したアクセルマギナは、フィナプルスに手を差し出す。


「――はい、こちらこそ、よろしくお願い致します」


 フィナプルスとアクセルマギナは手を握り合った。

 魔科学の技術が詰まるアクセルマギナと魔術が極まった感が強い魔界四九三書の一つに異世界を支配する存在が手を握り合う。


 不思議で熱い瞬間だ。


 後方の根っこに立つツアンとリューリュ、パパス、ツィクハル。


 その四人は<血霊兵装隊杖>の兵装について会話をしながら、ヘルメが展開している《水幕ウォータースクリーン》の外を見張っていた。

 煙雨の影響で視界が悪いが、モンスターの群れの魔素は分かる。


 そのツアンは、魔素の反応が動く方向へ右手を伸ばした。

 三人に注意を促す。

 たしかに、視界が悪いところには複数の魔素がある。


 魔素の形からして、リベーラの魔猿、緑竜カデルだろう。


 が、その魔素のモンスターが襲い掛かってくることはないかな。


 先ほどアドゥムブラリが紫の魔刃を飛ばした時も、こちら側へと乱入してこなかった。

 その理由は、【ケーゼンベルスの魔樹海】の支配者の魔皇獣咆ケーゼンベルスが近くにいるからだろうと予測。


 が、魔界王子テーバロンテが消滅した際は突撃をかましてきたから……。

 神格を有していようと、あまり関係ないかもしれない。


 ツアンは、ククリ刃から血色の<血甲光斬糸>を斜め上に伸ばしていた。


 その血色に光る糸に、上から落下してきた落ち葉がふれると、落ち葉は切断されながら儚く燃えて散る。


 ヘルメは極大魔石が嵌まっている魔樹を見ながら、


「――閣下、極大魔石の数は魔樹の上側のほうが多いです」

「あぁ」

「……しかし、今、わたしが見ている幹に二つの極大魔石がありました。一つの魔樹にこれほどの極大魔石が嵌まっていようとは……予想外です」

「おう。お得感満載な魔樹だ。だから雑な破壊で極大魔石を壊したくない」


 ヘルメは数回頷く。


「極大魔石は貴重な品。閣下の戦闘型デバイスのナ・パーム統合軍惑星同盟の品に、【塔烈中立都市セナアプア】の魔の扉の鏡から魔界に移動する際に必要となる重要なエネルギー源」

「おう。極大魔石はあればあるだけお得だ」

「はい――」


 アクセルマギナも頷いていた。

 ヘルメは魔樹に触れないように慎重に魔樹の周囲を飛行しながら一周。


 エレニウムエネルギーの極大魔石を戦闘型デバイスに納めたらナ・パーム統合軍惑星同盟の報酬をゲットできる。


 ビームライフルとビームガン。

 フォド・ワン・ユニオンAFV。

 は魔界でも使えるだろう。


 フォド・ワン・プリズムバッチも試してみたいが、試すのは惑星セラだな。


 戻ってきたヘルメは、


「触っただけでモンスターが出現ですから、魔樹を破壊したら相当な数のモンスターが出現することは必定。魔宝地図の宝箱を思い出します」

「そうですな!」

「モンスターが多ければ私たちも活躍できる」


 光魔沸夜叉将軍となったゼメタスとアドモスは、気合いの入った魔力を体から噴出させている。


 レベッカたちとの冒険は楽しかった。

 ヘルメは「ふふ」と笑い、ゼメタスとアドモスに水を掛けて、頭蓋骨の兜を光らせてから少し上昇。


 と、ケーゼンベルスが、


「言っていなかったが、先ほどのように魔樹に触れただけでも、モンスターは湧く」

「あぁ、このような魔樹は豊富にあるようだな。【ローグバント山脈】から見えていた煙突のような魔樹が、この魔樹なんだろう?」

「そうだ」

「【ケーゼンベルスの魔樹海】に無数の雨を作り出しているものでもあるわけか」


 俺がそう言うとケーゼンベルスは僅かに頷くような素振りから、


「……」


 歯牙が目立つ口を晒すように魔息を発し、巨大な魔樹を見上げ、


「……その通り、煙雨を吐く極大魔石を有した魔樹。我らには恵みの雨でもある。そして、朽ちる寸前の最期にも大いなる恵みをもたらす」

「へぇ、この魔樹が寿命をまっとうすると、どうなるんだ?」


 目の前の巨大な魔樹は樹齢にすると数千年以上は生きているようにも見える。

 素材的にエアーズロックのような岩と言われても納得できる。

 ケーゼンベルスは、


「魔樹が枯れた最期には、強い輝きを放つ煙雨を吐く。その輝いた煙雨は美しい霧を纏う白い柱のような魔力柱に変化するのだ……それが【ケーゼンベルスの魔樹海】に降り注ぎ、森の新たな養分となって、美しい白い魔花サクリファスを無数に咲かせる。小川や泉も造る……それは我らケーゼンベルスの力となり、我らの領域の証しとなるのだ」


 へぇ、白い魔花サクリファス……。


 名前といい【ケーゼンベルスの魔樹海】はロマンティックだな。

 自然と胸がときめくし、感動を覚える。


 魔英雄シャビ・マハークとの関係といい、自由を愛する魔皇獣咆ケーゼンベルスの幼少期が気になった。


 ケーゼンベルスの父と母に親族、眷属の壮大な過去話があるはずだ。


 あ、魔皇獣咆ケーゼンベルスたちと初めて遭遇した場所はガレ場で、小川が流れていて白い花も無数に咲いていた。


 あれが美しい白い魔花サクリファス。

 美しい場所だった。


 すべてに意味がある……。

 またまた感動……。


 だからこそ、この魔樹の破壊は……。

 煙雨を吐き出す魔樹は【ケーゼンベルスの魔樹海】のパワーの源でもある。

 だとしたら破壊行為は……。


 渋いケーゼンベルスを見上げながら、


「極大魔石の採取の仕方だが、魔樹を破壊せず、モンスターも発生させない方法はなにかないか?」


 と聞いたら、急に不機嫌そうに、


「――異なことを。素直に魔樹の破壊を行えばいいではないか」


 と発言するケーゼンベルス。


「魔樹を破壊してしまうと、白い魔花が咲かなくなり、小川も泉も発生しない。モンスターも湧いて森を汚すことになる。源左サシィとの交渉に使えるからといって、無理してないよな?」


 俺がそう聞くと、ケーゼンベルスは双眸から稲妻を消して優し気に、


「ふっ、気遣いは無用。魔樹を破壊し、モンスターが大量に出現することで【ケーゼンベルスの魔樹海】は汚れるが、それもまた一つの自然で道理なのだ」

「道理か……」


 俺がそう呟くと、ケーゼンベルスは笑ったように大きい歯牙を見せる。

 そして、


「ふっ、我らは血肉を欲する魔獣。【ケーゼンベルスの魔樹海】にはモンスターの血肉を求めるモノが、我らを含めて多いのだ。それもまた魔界セブドラの自然の習わしである。清すぎる水には魚が棲まない。勿論、汚れすぎるのもよくないことだがな」


 陰と陽、中庸に通じた、ことわざにありそうな言葉だ。

 そして、ケーゼンベルスたち以外にも、モンスターの血肉を求めるか。

 それにはモンスターは当然だが、細かな微生物も含まれるのかもしれない。


 微生物もまた違う微生物を求めるように、食物連鎖、自然の体系が【ケーゼンベルスの魔樹海】にはあるんだろう。


「汚れもまた自然か」

「そうだ。勿論、眷属たちが傷付くことが増えるからモンスターの流入や発生は歓迎しない。しかし、生と死、魔素の還元と調和は、すべてを含むのだ」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスの言葉に納得だ。

 そのケーゼンベルスは、


「煙雨を吐く極大魔石を有した魔樹は、他にも無数に存在する。破壊された後も数年から数千年の間にひっそりと【ケーゼンベルスの魔樹海】のどこかで誕生するはず……だから気にせず破壊を試みればいい」


 極大魔石の採取は可能か。

 デラバイン族のための同盟だったが、【ケーゼンベルスの魔樹海】を持つケーゼンベルスとの同盟は俺たちにも重要。


「分かった」

「ふむ。源左サシィの魔族たちによる魔樹の破壊をわざと見逃したこともある。そして、我は、魔樹の破壊を一度も行ったことがない。だから少し破壊が楽しみなのだが……こんな我の思いを、眷属たちはどう思っているのか、多少の不安はあった……」


 ケーゼンベルスは今までにない口調でそう語りながら、リューリュたちを乗せている黒い狼たちに視線を向けていた。

 黒い狼たちは魔皇獣咆ケーゼンベルスの気持ちが分かるのか、リューリュたちを乗せたまま頭部を少しだけあげると、


「「「ウォォォン」」」


 と鳴いてケーゼンベルスに応えていた。

 リューリュたちは、黒い狼たちの体にしがみついて落ちなかったが、慌てていた。

 黒い狼たちの言語は分からないが、鳴きながらケーゼンベルスに向ける視線には、信頼と愛がある。絆を感じた。


「魔樹を破壊しても大丈夫と聞いて安心を覚えたが、源左サシィが必要としているように、俺たちにとってもかなり貴重な品が極大魔石。だから、魔樹ごと極大魔石の破壊は、もったいないお化けなんだ」

「ふふ」


 ヘルメが笑う。

 ケーゼンベルスとバーソロンは不思議そうに、


「もったいないおばけ?」

「……陛下が懸念する、もったいないお化けモンスター……」

「すまん、バーソロンとケーゼンベルス、もったいないお化けとは、モンスターのことではなく、単なる極大魔石の破壊は惜しい。ということを表すたとえ話、気にするな」

「たとえ話……」


 そう呟くケーゼンベルスは歯牙の間から魔息を発していた。きょとん顔も可愛いバーソロンは、


「そうでしたか」


 と発言。頷いた。

 ケーゼンベルスに、


「で、極大魔石だけの採取の仕方は分からないんだな?」

「ウォォン。破壊する以外に採取する方法は分からぬ。源左サシィの魔族たちも爆破していた」

「「「ウォォォォン」」」


 リューリュ、ツィクハル、パパスを乗せている黒い狼たちもケーゼンベルスの言葉に同意するように鳴いていた。


「ともがらも魔樹の破壊をしていい。と言っている」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスと眷属たちは、俺たちを信頼し友として、森が汚れる行為を許すということか。寛大だ。


「感謝しよう」

「ふっ、我もだ」

「ンン、にゃ」


 黒豹ロロも応えていた。


「閣下とケーゼンベルスとロロ様を見ていると、何年も一緒に過ごした間柄に見えてきました」


 ヘルメが少し嫉妬の雰囲気を織り交ぜながら語る。

 すまんが分かる。短い付き合いのケーゼンベルスだが、既に相棒的。

 相棒と同じように心の温かさで通じ合っている感覚が強い……。


 すると、長い髪を髪留めで綺麗に纏めたバーソロンが、


「陛下の剣術も拝見したいですが、極大魔石の採取ならわたしにお任せください。<魔炎双剣ルクス>と<ルクスの炎紐>が魔樹に通用するかもです。極大魔石を傷つけずスムーズに取り出せるかもしれません」

「炎の魔剣と、両手首から伸ばす炎の紐か」

「はい」

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