千十二話 ケーゼンベルスの魔樹海の極大魔石を有した魔樹


 魔皇獣咆ケーゼンベルスがバーヴァイ平原を疾駆――。

 両前足が前に出るタイミングで、視界が沈む――が一瞬でフアッと上がる。

 ケーゼンベルスの四肢が前後に躍動し、万緑の【ケーゼンベルスの魔樹海】の木々がだんだんと迫ってくるようにも見える迫力のある機動だ。


 が、不思議と上下の揺れ幅が小さくなったところで――。

 地面を強く蹴ったケーゼンベルスは跳躍を行った。

 

 巨大なケーゼンベルスの両足が前に揃う。


「ウォォォォン!!」


 魔皇獣咆ケーゼンベルスらしい猛々しい声を響かせながら――大きい樹と樹の間へと突入。

 ――新鮮な空気が臓腑を癒やすような感覚を受けた。

 ケーゼンベルスが【ケーゼンベルスの魔樹海】に入ったことで森林の精気のような魔力が増した?

 

 少し肌寒い。が、フィトンチッドはいい匂い。

 ――桜餅のような匂いが濃くなったから餅が食べたくなった――。


 いい匂いで、いい空気――。

 だが、人間には吸い過ぎは良くないとか聞いた覚えがある。


「ウォォォ――ン!」


 魔力を有した魔声で吼えた魔皇獣咆ケーゼンベルス。


「少し驚いた」

「ンン」


 相棒は肩から降りた。


 と、前方の木々の枝葉が勢いよく下に傾いた。

 木々が突進する魔皇獣咆ケーゼンベルスに対して、頭を下げた?


 更に魔皇獣咆ケーゼンベルスは魔力を発し「ウォォォン!」とまた咆哮――。

 視界がケーゼンベルスが発した魔力の影響で不可思議世界となった。


「きゃ――」


 赤黒色、黄緑色、黄色、黒色、焦げ茶色、銀色、金色の魔力の嵐……。

 その下から噴き上がる魔力の影響ですべての髪の毛が逆立ったバーソロンは可愛い悲鳴を発していた。


 産毛の生え際の細い項が、また魅力的。

 耳の下に小さい炎のマークがある。

 ほくろのようで、ピクミン的なマークでもあり可愛い。


 そのバーソロン、スカートは穿いていないが……。


 下から強風を受けたスカートを完全に捲れないように、股間に両手を当ててスカートを押さえているような悩ましいポージングを取っていた。


 そのバーソロンは蹌踉めいて抱きついてくる。

 おっぱいの柔らかさを胸元に得た。


「陛下、す、すみません」

「いいさ――」


 ギュッとハグしたった。


 バーソロンは「ぁ……」と熱い吐息を漏らし抱きしめ返してくれる。


 嬉しかったが、素早くバーソロンの背中に手を当てて、横に立たせてあげた。


 バーソロンは潤んだ瞳で俺の唇を見て「……陛下……」と呟く。

 そのバーソロンは途中でハッとして、胸元に手を当てて敬礼してから、少し体を引いて頭部を下げてきた。


 健気なバーソロンに笑顔を向けながら、


「……ケーゼンベルスの毛の根元、頭部からの魔力の噴出具合は凄まじかったな」

「あ、はい。ケーゼンベルス様の土地に関わる特殊なスキルでしょうか」

「たぶんな」


 今も、木々が笑うような不思議な森の音が谺する。

 俺とバーソロンは頷き合いながら、周囲を見ては前方を見た。


 走る魔皇獣咆ケーゼンベルスに合わせて――木々が左右に開いた?


「おぉ」

「前にはなかったです」

「あぁ」

「閣下~、ケーゼンベルスが不思議な魔力を発したようですが」

「にゃ~」


 背中に乗っていたヘルメが頭部に跳び乗ってきた。

 黒猫ロロはヘルメの水飛沫を飲んでいた。


「前方の木々の動きが面白い」

「あ、本当!」


 モーゼが海を割ったような印象で次々に枝葉と幹が横に移動しながら倒れゆく。

 バーヴァイ城に向かう時にはなかったが――圧巻だ。


 バーソロンも言ったが、先ほどの咆哮は、【ケーゼンベルスの魔樹海】を支配している証拠のスキルを発動したのかもしれない。


 そんな森の中を駆けに駆けるケーゼンベルス――。


 ――乗っているだけで楽しい。


「にゃ、にゃ、にゃ~」


 肩に戻った黒猫ロロさんも凄く楽しげだ。

 小さい触手で前方を差しては、宙空を飛び交う妖精のような細かな虫を突く。

 ポポブムに乗っていた頃を思い出しているのかもしれない。


 友のケーゼンベルスに乗っての移動はポポブムと同じで楽しいんだろう。

 空旅より楽しそうに見える。


 そんな黒猫ロロだったが、時折、ケーゼンベルスの毛根をほじくるように、触手と前足で掘っていた。匂いも嗅いでいる。


 何か虫でもいたのか?

 そこを叩いて、うんちスタイルを取る黒猫ロロさん。


 なんかドヤ顔だ。


黒猫ロロさんや、さすがにここでうんち&おしっこはダメだぞ」

「ンン、にゃ~」

「と、友よ、そこは我の頭部、うんちとおしっこは外で頼む……」


 動揺したケーゼンベルスの声が面白い。


「ンンン」


 黒猫ロロはうんちじゃないというように、違う毛根部分を両前足で掘り出した。

 

「友よ、ムズムズして……」

「にゃごぉ」

「友……よ、そこは痒い……」

「にゃぉ~」

「友よ……そこは気持ちいいぞ!」

「――にゃご」


 と、頭部が揺らいで宙に持ち上がった黒猫ロロさんを掴んだ。

 肩に置く。


「相棒、背中の頭巾に入っておけ」

「にゃ~」


 ハルホンクが用意した背中の頭巾の中に黒猫ロロは入った。


「ふふ、昔を思い出します」

「か、可愛い神獣様のロロ様……」


 バーソロンがそう褒めた黒猫ロロだったが、頭巾の中から前足を出して俺の耳朶を叩いてきた。戯れたい気分なんだろう……許そう。


「閣下ァ、ここは温かいですが……」

「はい……」


 ゼメタスとアドモスの声だ。

 俺の背後で、ケーゼンベルスの毛に埋もれて頭部だけが見えている。


「閣下……身動きが……」

「ケーゼンベルス殿……」


 ゼメタスとアドモスがそう声を漏らす。


「二人は重いからだと思う。少しの間、我慢だ」


 そう告げると地面、否、ケーゼンベルスの頭部が揺れた。


「――ウォォォォン! 魔界沸騎士長たちが噴出する魔力が我の肌をムズムズさせるからだ。そのまま我慢しろ!」

 

 駆けるケーゼンベルスがそう叫ぶ――衝突した樹の枝と葉が散った。

 先ほどの左右に移動して見えたのは勘違いかな。

 それともトレント族?

 昔……魔境の大森林で遭遇したトレント族との会話を思い出す。


 トレント族との会話は……忘れよう。


 枝を吹き飛ばす快走は気持ちいい――。

 巨大な魔皇獣咆ケーゼンベルスの前足が樹の根っこを捉えたと思ったら、もうその樹と前方の小川を越えた――思わず振り返った。


 ――枯れ葉と葉が風を撒く。


 根っこは潰れていない。

 と、勢いよく振り向いたせいで肩にいた黒猫ロロが、


 「ンン――」と喉音を鳴らして降りた。


 黒猫ロロから猫パンチを足に喰らうが、気にしない。


 しかし、ケーゼンベルスの体格と機動力からして、根っこは粉砕されるかなと予想したが、意外だ。グラドの馬魔獣ベイルの蹄は豪快に根を粉砕していた。


 ――まぁ、堅い蹄ではそうなるか。

 というか、ベイルが凄すぎる。

 普通の馬ではないからと言えばそれまでだが。


 そして、ケーゼンベルスの足裏には、柔らかさと硬さを併せ持つスペシャルな肉球があるに違いない。


 そんなこんなで数分後――霧と雨が急激に強まった。

 と、魔素の気配を周囲に感知――。


「閣下――」


 素早くヘルメが《水幕ウォータースクリーン》を周囲に張った。

 

「もうすぐ着くぞ――」


 そう告げたケーゼンベルスの大きい耳が背中を撫でてくる。

 産毛と耳が擦れてくすぐったい。

 

「ンン、にゃ~」


 足下にいた相棒は黒豹に変身し、ケーゼンベルスの鼻先に移動していた。

 すると、あちこちに竜鱗のような樹皮と熱水噴出口のような穴を持つ大きな樹が見えてきた。


 中央の樹が一際でかい。

 あれが、煙雨を吐く極大魔石を有した魔樹か。


 よく見たら樹皮に大小様々な魔石が魔宝石の如く付いていた。

 大きな魔石が付きまくっている。

 あの中に極大魔石があるのか?

 あ、あった。幹の上のほうに極大魔石があった。しかも二つ、あ、三つ!

 え? というか一つの樹に何個極大魔石があるんだよ。


「ンン――」


 先に黒豹ロロが飛び降りた。

 

「ウォォォォン! 着いた! 皆、降りろ」

「もう着いたのか! ケーゼンベルス様の移動は凄まじい」

「皆、降りるぞ、背中のメンバーは途中から一気に静かになっていたが……」


 沙が静かなのは意外だ。

 と見たら、ゼメタスとアドモスと同じように頭部だけ毛の中から出ていた。


 砂蒸し風呂かよ。モフモフを堪能し過ぎだ。


 そして、ケーゼンベルスの灰色が混じる黒色の毛はある程度操作が可能か。

 肌が仄かに赤くなっている沙羅貂は、毛の中から離脱、宙空に展開されている《水幕ウォータースクリーン》を越えて宙空を飛翔していく。


 <神剣・三叉法具サラテン>の沙羅貂は、


「ついたかぁ!」

「うふふ、前のモフモフベッドとは異なり、温かいモフモフ風呂で気持ち良かった~」

「ふふ、モフモフに包まれる移動はロロ様に負けていませんでしたね」


 そう発言。大満足って面で、肌の艶が良さそうに見える。

 

 ケーゼンベルスはチラッとその三人の様子を睨むように視線を向けていた。

 威厳を醸し出しているが、どことなく微笑んだ? 優しさもあると分かる。


「――旦那、先に降りますぜ」

「――主、周囲の魔素はモンスターだろう。先に狩っとくか?」


 ツアンとアドゥムブラリも飛び降りていく。

 

「「「ウォォォン!」」」


 大人しかったリューリュ、ツィクハル、パパスを乗せた黒い狼たちもケーゼンベルスから飛び降りた――。


「降りましょう」

「おう」


 バーソロンと一緒に下りた。ヘルメも続く。

 直ぐに目の前の大きな魔樹の根元に移動した。


 近くの樹皮に嵌まっている魔石を触る。

 と、魔石の周囲の樹皮に光の筋が走った。

 刹那、右の空間に渦を巻く煙玉のようなモノが出現、そこから魔蝶のモンスターが現れた。

 <鎖>を放つ――《氷矢フリーズアロー》も繰り出した。

 が、魔蝶モンスターは余裕で避けていく。


「生意気です――《氷槍アイシクルランサー》――」


 ヘルメの十八番も避けた魔蝶モンスターは動きが速い。

 が、その動きを正確に捉えるように駆けていた存在、黒い閃光を思わせる動きの黒豹ロロがいた。


「ガルルル――」


 レアな獣声を発して、素早く飛び掛かっていた。

 魔蝶モンスターは結構大きかったが――。

 突き出した前足の爪で、大きな翅の片方を宙空で見事に穿つ――。

 <刺突>に見えた。更に、後ろ脚の蹴りが、魔蝶モンスターの胴体を連続的に貫く。

 そのまま魔蝶の胴体に乗っかった黒豹ロロは他の樹ごと魔蝶を押し倒し、触角ごと魔蝶の頭部をガブッと喰って倒していた。


 野性味溢れる黒豹ロロは、頭部を上向けた。

 

 勝ち誇ったように「にゃぉぉぉぉ」と鳴いていた。


「ウォォォォォン! 友の動きは俊敏である!」

「にゃぉぉぉん!」


 ダブルの叫び。


「うわぁ、魔蝶ケープルンパのフェロモンがまったく通じないロロ様強し! 鮮やか過ぎる!」

「神獣様、素敵でした……」

「はい、格好いい動きでした! 俺も魔斧レガールで活躍したい」


 リューリュ、ツィクハル、パパスがそれぞれ褒めると、


「「「ウォォォン」」」


 リューリュ、ツィクハル、パパスを乗せているケーゼンベルスの黒い狼たちも、相棒の動きを褒めるように声を発していた。


 俺もだが、皆、拍手。


 しかし、触っただけでモンスターが出現とは……。

 極大魔石を有した魔樹の破壊だが……削るとその度に出現するのか。

 壊槍グラドパルスで<闇穿・魔壊槍>を繰り出したら極大魔石が壊れる可能性が大。

 とりあえず、どのように極大魔石の回収をしたらいいか、ケーゼンベルスに聞くか。

 とケーゼンベルスに聞こうとしたが、宙空に《水幕ウォータースクリーン》を展開させていたヘルメが華麗に下りてくる。

 

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