千話 魔界騎士グラドと黒馬獣ベイルに勝ち鬨

 ◇◆◇◆


 ここは強風が吹き荒れる魔界セブドラのマセグド大平原。現時点で傷場はないが、無限魔峰、デェインの隠陽大鉱山、魔賢ホメイス大滝、右拳緑命岩、魔皇ペジトの大古墳迷宮、魔皇ヒュベルの異界道などには多くの天然資源が存在すると言われている。

 実際に魔界王子テーバロンテの勢力の者によって採掘や採取がされていた。そのような地名が多いマセグド大平原とマセグド城を巡り、恐王ノクターの勢力と魔界王子テーバロンテの勢力との間では争いが起きていた。マセグド平原の東にマセグド城がある。


 マセグド城は魔界王子テーバロンテの居城バードインを支える四大支城の一つ。


 そのマセグド大平原に異変が起きた。

 神界の諸勢力や恐王と悪神と魔界王子との争いの余波ではない。

 マセグド大平原の強風が止まり、斜陽の空に閃光が連続的に走る。閃光が走る度に、マセグド大平原の空を数千年支配し続けていた<テーバロンテの斜陽>が消え始めていた。

 その閃光はバーヴァイ地方から発生している。

 閃光を発しているバーヴァイ地方の斜陽は完全に消えていた。バーヴァイ地方の空には、無数の青白い光柱らしきモノが発生している。


 怪異か奇跡か。

 当然、マセグド大平原で争う両軍の勢力にも動きがあった。

 事の始めは、魔界王子テーバロンテの勢力を率いているマセグド城の城主ヘゲルマッハ・ローランド。

 

 恐王ノクターの軍の千人長と愛刀ヘゲルマッハで数十合打ち合い、<永豹斬り>で仕留めた後、苦しげに胸元を手で押さえる。


 心臓の内部に侵入していたバビロアの蠱物が消えたと理解したヘゲルマッハ。ほぼ同時に魔界王子テーバロンテが消滅したことを理解した。


 しかし、

『なんでだ、なんで、こ、こんなことが……俺はなんのために仲間を、同胞を犠牲にして……あぁ……ビジャスの叔父貴に父さんの言った通りだった……これが報い……か……だが……』


 と妹の顔を思い浮かべていた。

 妹の心臓にはバビロアの蠱物が入っていない。お前は、これで数千年と続いた負の螺旋から離脱できる……と笑顔を見せる。


「あぁ……が、最後にメリア……の笑顔が見たかったな。俺は……これで、良かったのか……」


 と、哀愁を見せるように呟きながら涙を流し、消えゆく斜陽に愛刀を向けながら倒れた。

 マセグド大平原が血に染まる。

 ヘゲルマッハの体内には、既に無数のバビロアの蠱物がいて暴れ回っていた。それによってその倒れたヘゲルマッハの体が爆発するように散った。


 打って出ていた城主の大将がいきなりの爆発死。


 これにより魔界王子テーバロンテの軍は大きく瓦解した。


 副将メリア・ローランドは泣き叫びながらヘゲルマッハの亡骸を探そうとしたが、同じ副将ロゲウス・マウアーに体を押さえられた。そして、メリアが独自に雇い入れていたペントリアム魔傭兵と共に戦場からの離脱を試みる。


 一方、恐王ノクターの勢力を率いるのは、恐蒼将軍と呼ばれているマドヴァ。


 四本の腕が握る赤色に輝く魔大剣と蒼色に輝く魔大剣を扱う。

 そのバーヴァイ族の恐蒼将軍マドヴァは、恐王ノクターの眷属の一人で、悪神ギュラゼルバンの魔公爵級のノゲェンホルスを屠り、そのノゲェンホルスの頭蓋骨を利用した骨兜を被っている。


 四眼と四腕の魔族と言えばシクルゼ族に近いが、そのシクルゼ族よりも大柄で、額の左右にアシメンメトリーの角を生やしている魔族がバーヴァイ族だった。


 そして、魔界王子テーバロンテの四大支城バーヴァイ城を支配していた一族の末裔でもある。


 その恐蒼将軍マドヴァが直に率いる恐蒼特攻三千人大隊は急激に力を失った百足魔族デアンホザー大隊と蜘蛛魔族ベサン大隊を僅か数刻で全滅させ、パジアルの丘を攻めていた。


 パジアルの簡易砦の殿を務めていたペントリアム魔傭兵の強者を仕留めたマドヴァ。

 マセグド大平原の戦いも終局に向かう。

 

 マドヴァは勝利の宣言を兵士たちに行い、暫しの休憩の後、マセグド城に進撃を開始すると宣言。

 そのマドヴァは将校たちを呼び、マセグド大平原の戦いの報告を受けていた。


 そのマドヴァは空を見上げる。

 傍に控える恐蒼将軍の副将カラも空を見上げ、


「マドヴァ様、先ほどの急激な敵軍の総崩れと、この空の現象は関係が?」


 そう発言、恐王ノクターの眷属の一人でもある恐蒼将軍マドヴァは頷いて、


「そうだ、久しぶりの魔神殺しの現象だ。魔界王子テーバロンテになにかがあったことは確実だろう」

「え!」

「なんと!」

「「「おぉ」」」


 副将カラと、副将キベルに各三千人長たちは驚きの声を上げていた。



 ◇◆◇◆



 指先から出ている<血鎖の饗宴>の血鎖が閃光を発している。

 称号は似たような魔神殺し、融合しないのはなんでだろう。


 すると、周囲の地面からキラキラと煌めくエネルギーのようなモノが青白い炎を発しながら出現。

 そのまま蒼白い光柱となって魔界セブドラの空と繋がった。


 その蒼白い光柱の中には無数の魂のようなエネルギー体が密集している?

 無数の動植物とモンスターの幻影のようなモノが泳ぐように上昇し、他にも餓鬼道を思わせる苦しそうな表情を浮かべている子供や大人の魔族たちの光景や、幸せそうに笑い合う魔族たちの幻影も現れて消えながら上昇していく。


 この地方の魔族たちや自然の思念のようなモノだろうか?

 それとも魔界王子テーバロンテが吸収しきれていなかった魂、自然のような魂だろうか。

 テーバロンテの神意力となっていたのはこの地方のエネルギー源でもあった?

 分からないが、普通ではない現象だろう。


 そんな超常現象の蒼白い光柱と繋がった空は閃光を発した。


 テーバロンテが作り出していただろう斜陽が吹き飛ぶように消える。

 白い巨大な輪のような雲が誕生しては、連続的にパルサーのような閃光を発していた。


 閃光が走った部分は、白んだ薄い雲が棚引くように拡がっていく。


 黒猫ロロも俺と一緒に黙って空を見ていた。

 その黒猫ロロと目が合うと、


「ンン、にゃお~」


 と鳴く。ご飯をくれ?

 そんな印象を抱いたから、思わず少し笑う。


「魔界王子テーバロンテを倒したんだな」

「にゃ~」


 黒猫ロロは鳴きながら、俺の足に頭部を寄せてくれた。


「皆の戦いも終わったかな」

「にゃ」


 バーヴァイ城と破壊された城壁を見た。かなり広範囲に及ぶ。

 無事な城壁側で戦っていただろう百目血鬼とどめちきも戻ってきた。

 

 その百目血鬼の全身の肌には目があるが、美しい日本女性の姿だ。

 

 その百目血鬼の背後、バーヴァイ城の左側はほぼ破壊された状況かな。

 黒猫ロロは鼻をクンクンとさせて少し前進していたが、尻尾を立たせながらトコトコと歩いた後、エジプト座りでバーヴァイ城と低空を飛翔しながら近付いてくる百目血鬼を見ている。


 相棒的には、もう戦いは終わっていると判断したか。

 血魔剣を召喚、百目血鬼は傍に寄ると、


「主、敵の親玉を倒したようだな」

「おう」

「魔界王子テーバロンテが倒れたことは、魔界セブドラの神々に知れ渡っただろう」


 <武装魔霊・紅玉環>のアドゥムブラリもそう発言。


 中に残存勢力が残っていたとしても、魔界王子テーバロンテが倒れた以上、百足魔族デアンホザーと蜘蛛魔族ベサンの隊の士気はガタ落ちのはずだ。

 戦いにもならずに終了だろう。


 もう一度周囲を見渡す――。


 左前方には平原があり、左奥から先は大森林と山々が見えた。

 あの大森林と山々が【ケーゼンベルスの魔樹海】で魔皇獣咆ケーゼンベルスが棲んでいるらしい。


 ケーゼンベルスは見てみたい。


 そう思考した瞬間、その【ケーゼンベルスの魔樹海】の森が爆発。

 絨毯爆撃が起きているように爆発が後方へと連鎖している。

 相棒も驚いたのか、


「――にゃご?」


 疑問風に鳴き、俺の横を通り過ぎて、その森のほうにまで走る。

 山脈と地続きの山の一つが爆発し、山の一部が崩れていた。


 魔界王子テーバロンテが消滅した影響で、あの大森林でも何かが起きている?


「相棒、その森は後回しだ。壊槍グラドパルスと俺のスキルも調べる。バーヴァイ城の地下にも色々とあるようだからな」

「にゃお~」


 壊槍グラドパルスは、依然と異空間の前でソフトクリームを作るように螺旋回転している。

 あぁ、ソフトクリームを食べたくなった。


 しかし、ここにソフトクリームなんてあるわけがない。


「壊槍グラドパルスが止まっているところにいくぞ」

「にゃ」


 血魔剣に、


「百目血鬼、戻ってもらう」

「分かった」


 百目血鬼は血魔剣の中に収斂するように戻った。

 黒猫ロロと一緒に壊槍グラドパルスが回転しながら異空間の前で止まっているところに近付いた。


 先ほど此方側に走っていたであろう黒馬は此方側に近付いたと分かる。

 が、黒いシルエットとしか分からない。

 異空間の表面は白んでいるし、凝視すると網の重なりと靄のようなモノで見えなくなる。

 が、少しでも見る角度を変えると、ふと洞窟的な穴の全体像が見える時がある。


『器よ、壊槍グラドパルスは毎回、魔界セブドラではこんな調子なのかもしれんぞ?』

『戦いで使用し消えた後、魔界のどこかで、毎回、この異空間の前で止まるのを繰り返していたと?』

『うむ』

『壊槍グラドパルスに触れた場合、狭間ヴェイルの穴に吸い込まれてしまうかもです』


 羅がそう思念を寄越すと、その黒馬に騎乗している人物が手を翳す。

 壊槍グラドパルスに向けて手を翳した?


 すると、網が重なり靄がかかっている異空間の表面が凹む。

 輝いていた壊槍グラドパルスは呼応するように振動を起こした。

 黒馬に騎乗している人物が映っていた表面の窪みは元に戻ると、異空間の表面に波紋が生まれる。


 壊槍グラドパルスは螺旋回転を続けたまま。


 異空間の波紋が収まると、黒馬に騎乗している人物が右上の方向に増殖されるように同じ光景が映し出された。

 黒馬に騎乗している人物が腕を翳す万華鏡のように収縮拡大を繰り返す。

 合わせ鏡的なドロステ効果で、不思議な環の無限ループ?


『触って掴みたくなったが……』

『器は勇気があるが……』

「相棒、どう思う?」

「にゃお~」


 と、触手を一つ壊槍グラドパルスに伸ばして触ろうとしてしまう。


「待った、俺が触る――」


 と壊槍グラドパルスを掴んだ刹那――。

 魔力を盛大に壊槍グラドパルスに吸われた。


 一瞬、体ごと螺旋回転にもっていかれそうになったが、ふんばった。

 次の瞬間――壊槍グラドパルスから魔力の波動のような喇叭音が吹き荒れると、その魔力の波動のような喇叭音が異空間に伝わった。

 目の前の異空間が大きく窪む。

 窪んだ先に∞の形の燃焼している魔印が刻まれた。


 ブォォォォォォォォン。

 ブォォォォォォォォォォォォォン。

 ブォォォォォォォォォォォォォォォォォォォォン。


 得体の知れない重低音が、その異空間から響く。

 窪んだ異空間だけが波打った。


 その∞の穴が、上下に大きく拡がり浸透しつつ、異空間をくり抜くように奥へと潜り始めた。

 窪んだ異空間の此方側は広い。

 奥に向かうほど狭くなる。

 見た目は洞窟の出入り口のような形だ。

 邪神シテアトップの十天邪像に十天邪像の鍵をさし込んだ際に、出入り口と黄金の扉ができたが、それと似た動きだ。そして、遠近法で小さくなったように見える∞の魔印が弾け飛んだ。


 異空間の最奥地が溶けた刹那――。

 先ほど見えていた黒馬に乗った人物が、遠い先にいるとはっきり見えた。先ほどは近くにいると思えたが、あんなに遠い位置にいたのか。


 あの黒馬に乗った人物は魔界騎士だろうか。

 馬鎧を着た黒馬に騎乗している人物はイケメンな人族かエルフに見える。


 モーゼの十戒ではないが、その黒馬に乗った人物と背後のくり抜かれた部分以外は分厚い異空間トンネルのままだ。

 

 そのトンネルのような左右の横壁から地続きの天井などの表面には、網と靄のようなモノが複雑怪奇に絡み合いドロステ効果が起きており、髑髏顔の人物がこちらを見ている部分もあった。


 その人物が、ギョッとした顔色を浮かべて俺たちを見る。


「おぉぉ……あれは俺の壊槍グラドパルスか!? しかも狭間ヴェイルの穴が消えた、ついに奇跡が起きた!!! ベイル! 出るぞ! このチャンスにかける!!!」

「ヒヒーン――」


 黒馬に乗った人物がそう叫ぶと、黒馬を走らせる。

 その途端、得体の知れない不気味な声が、異空間の天井と横壁から響きまくる。


 黒馬に乗った人物と黒馬ベイルを襲おうと、ドロステ効果が起きている異空間から幽体のようなモノが出現。

 髑髏顔の幽体も出現しては、エクトプラズム的なエネルギー弾を黒馬に放つ。

 床からは真っ黒い手が現れ始めた。


 その真っ黒い手は、黒馬に踏まれて、騎乗している人物が持つ魔槍に穿たれて消えていく。


 フォローするか。

 幽体と幽体が吐く白いモノに向け<光条の鎖槍シャインチェーンランス>を直ぐに五発射出。

 <光条の鎖槍シャインチェーンランス>は白いモノを穿ち、異空間に突き刺さると、直進しては、異空間の中に取り込まれたように光を発しながら消えていた。

 怖い消え方だ。

 相棒も「にゃごァァ」と細長い炎を吐いてエクトプラズムのようなモノを穿つ。

 分厚い異空間の一部を溶かすように炎を当てていた。

 異空間が崩壊してしまう危険性があると思ったが、異空間の洞窟的なモノは崩れず、相棒の炎を浴びても多少窪んだだけで、元の異空間に戻っていた。


「恩に着る!!」


 ――魔界騎士を乗せた黒馬は無事に走り抜けてきた。

 その直後、異空間からブォォォォォォォォンブォォンと重低音の異音が響く。そのまま異空間が狭まると、黒馬が走り抜けていた∞の魔印があった位置に虚空の穴が発生し、その穴の中に異空間のすべてが吸い込まれて消えていた。


 魔界騎士と黒馬は俺の傍だ。


 すると、背後から、皆の気配を察知。


「「「閣下ァァ」」」

「陛下、その魔界騎士は敵ですか!!!」

「新手ですか、イモちゃんにお任せを!!」

「マスター、激戦だったようですね。あれ、その魔槍は……」


 と、皆がきた。

 ヘルメは、魔界騎士と黒馬に笑顔を送り、


「どなたか分かりませんが、敵ではないようですね。こんにちは、黒馬さんもこんにちは」


 と挨拶。


「どうも、黒馬獣の上から失礼するが、そこの御仁に、私は救われたのだ。私の名はグラド。この黒馬獣キスバルはベイルという名です」

「ヒヒーン」

「そうですか。グラドとベイル、閣下に救われたのですね。先の森が見えるここで魔界王子テーバロンテに捕まっていたのですか?」


 魔界騎士グラドはチラッと俺を見た。

 説明は俺がしようか。


「ヘルメと皆、魔界王子テーバロンテは倒した。で、壊槍グラドパルスを使用した際に、壊槍グラドパルスが消えずに、異空間の前で回転しながら止まっていたんだ。その異空間的なモノは狭間ヴェイルの穴と沙・羅・貂は言っていた」

「――え? あ、その武器は、壊槍グラドパルス……ですよね……」

「「「おぉ……」」」

「魔界王子テーバロンテを討伐!!」


 イモリザがそう宣言。

 テーバロンテと戦っていた時にピュリンから姿をイモリザに変えていたな。


「おう、俺たちの勝利だ。勝ち鬨を上げろ!」

「はい!! いえーい♪ 大勝利!」

「「我らの大勝利!!!」」


 魔界沸騎士長ゼメタスとアドモスが煙のような魔力を噴出させながら喜ぶ。


「はい、わたしは……勝利を……デラバイン族は勝利をもぎ取った……あぁぁぁ」


 バーソロンは両膝を地面に突いて泣き出した。


「俺たちは勝った!」

「勝った、勝ったんだ!!!」

「バーソロン様……やりましたね、これで皆も……」

「「あぁ!!」」

「うん……」

「「「うあぁぁぁ!」」」


 デラバイン族の兵士たちが次々に喜びの声を上げていく。

 バーヴァイ城にいるだろうデラバイン族の生き残りたち数千人にも喜びの声は伝播していった。

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