九百四十三話 クナと皆が合流とお土産

「ぴゅぅ~」


 と荒鷹ヒューイの甲高い鳴き声が響いた。

 脳天から響くような声で鳴いた荒鷹ヒューイは旋回を始めた。

 翼の片方を僅かに上下させるコミュニケーションを取る。


 相棒の黒馬ロロディーヌは荒鷹ヒューイを気にもせず、首下から触手を繰り出した。その触手で俺たちの体を捕らえる。


「にゃァ――」


 肩にいた銀灰猫メトは遊ぶ気分か、俺の体に絡んだ相棒の触手に猫パンチを当てていた。


「ンン」

「ン、にゃァ」


 黒馬ロロは猫声で銀灰猫メトと会話を行う?


 しかし、相棒の触手に体が捕まってしまう感覚は……一種のアトラクション的で、めちゃくちゃ楽しい――相棒は旋回機動を取り滑空を始めた。


 荒鷹ヒューイと併走して飛翔を楽しむつもりか。

 

「――ロロ、フクロラウドの魔塔にはまだ行かない。皆がいる庭へ下りてくれ」

「にゃ~」


 黒馬ロロは鳴きながら、俺とクナの体を触手で掴んだ状態のまま、ゆっくりと下降を行うと、巨大な神獣へと変身を遂げた。


「漆黒の戦艦魔獣だ!!!」

「「「おぉ~」」」


 庭の【天凛の月】の兵士たちから歓声が響く。

 キスマリの大声が大砲を思わせる声量で、面白かった。


「にゃごお~」


 巨大な相棒も下の歓声に応える。

 触手で捕まれている俺たちは当然、激しく揺れた。


「相棒よ、このアトラクションも面白いが、下に行くか、頭に乗せてくれ」

「にゃお~」


 兵士の皆はこれまでに黒猫ロロが神獣タイプへ変身するところは見ていると思うが、歓声は大きかった。

 

 ま、相棒は黒猫、黒山猫、黒豹、黒虎、黒馬、黒グリフォン、黒ドラゴンなどに変身できるし、大きい神獣へ変身を遂げる姿は圧巻だからな。

 

 相棒の触手に雁字搦め状態の俺とクナは神獣ロロの大きい頭部へ運ばれる。


 先にクナが相棒の頭部へ降ろされた。

 クナの悩ましい体を亀の子縛りで拘束していた触手が離れた際、クナの乳房がぷるるんと揺れていた。


 ――相棒に、グッジョブの称号を贈ろうか。

 ――心でクナのおっぱいに敬礼。


 俺も触手から解放されて相棒の黒毛が目立つ頭部に着地。

 銀灰猫メトも肩から降りた。

 その神獣ロロは着地する俺たちの行動に合わせて頭部の黒毛を縮ませてくれた。

 

 この神獣ロロの頭部の毛を踏む感触が、気持ちいい。

 霜柱しもばしらを踏むようなサクッとした……。


 柔らかさと適度な弾力を併せ持つ感触と言えばいいだろうか。


 急ぎ戦闘型デバイスに格納することを意識――。

 アーゼンのブーツを消して素足へと戻した。


 相棒の頭髪ちゃんの感触を楽しむ。

 クナも、


「毛が柔らかくて、包まれる感覚は癒やされます。きゃ――あ……」


 神獣ロロの大きい耳がクナの体を包んでいた。


 耳の内側の産毛に包まれると幸せなんだよなぁ。


 神獣ロロディーヌの産毛に抱きしめられる体感は、この世界に来て良かったと思える体感の上位十位以内にはランクインしているかもしれない。


 そして、クナを癒やしているだろう僅かな間に、手綱触手の先端が俺の首に付着していた。片手でその手綱触手を揉んでから握り直す。


 触手手綱は、掌の凹凸に自然とフィット。

 この、ぐにぐにっとした掌に合う柔らかさと硬さのある肉感がたまらない。


 触手手綱の感触も癖になる。


 その触手手綱を、馬のくつわでも引っ張るように少し引く――。

 と、神獣ロロディーヌは体からだいだい色の魔力と風を周囲に放ちながら着地を行った。


 庭で盛大な歓声をあげていた【天凛の月】の兵士たちは、風の影響を受けながらも片膝を地につけて頭を下げていた。


 キスマリは威風堂々いふうどうどうとした体格と四腕を活かす謎のポージングを行う。


『ふふ、キスマリのポージングは中々素敵です』


 常闇の水精霊ヘルメに褒められるポージングを取るとは、キスマリは凄い。


 そして、神獣ロロディーヌは、若い兵士たちから、一種の信仰を得ているような雰囲気となっていた。

 相棒の凜々しくて巨大な黒い獣の姿を間近で見れば、【天凛の月】の印には黒猫の模様もあるし、ヘルメと同様に信仰対象となるのも分かるような気がする。


 レベッカとミナルザンは庭の中央だ。

 互いに〝黒呪咒剣仙譜〟を読んで得た<黒呪強瞑>を体に纏いつつ実戦的な訓練を行っていた。ミナルザンも無事に学べたのか。


 レベッカの右手にはジャハールが装着されている。

 左手で城隍神レムランを握った。

 

 城隍神レムランの先端と柄には硬質化したナイトオブソブリンとペルマドンが付き、蒼炎を纏う二匹の歯牙が伸びていた。

 城隍神レムランのミニドラゴンギミックか。


 まさか魔剣のように城隍神レムランを扱えるとは知らなかった。

 かなり格好いい杖剣で、渋い。


 ミナルザンの武器は獄炎光骨剣のまま。

 素材は、光る骨と滑らかさと硬さを併せ持つ魔鋼で造られてあるっぽい。


 それらの武器を扱う両者、突きと一閃のタイミングが合う、連続した金属音が響いた。と、袈裟懸けから振るった刃と刃が再び衝突し互いの眼前で火花が散る。


 接近戦で数度打ち合う。プラチナブロンドの魔剣師に見えるレベッカがすこぶる魅力的。あのレベッカが……こうも接近戦が上手になるとは。


 が、やや押されているか。

 

 ん? レベッカの城隍神レムランを良く見たら……。

 城隍神レムランのミニドラゴンの頭部の硬質化が一瞬解けている?


 ミニドラゴンの頭部の刃が動いてミナルザンの斬撃に対応しているのか。


 それでレベッカの接近戦の技術が急激に上達しているように見えただけか。

 そして、ミナルザンは全力ではないだろう。その訓練は直ぐに終了。

 その管理人と戯れていたアドゥムブラリも飛来――。


「アドゥムブラリ、戻れ」

「お――」


 <武装魔霊・紅玉環>に戻ってもらった。

 ユイ、キサラ、ヴィーネ、エヴァ、ミスティ、キスマリが寄ってきた。


 ハウレッツも一緒だ。シルバーフィタンアスはいない。


 その皆に遅れて、訓練をしていたレベッカとミナルザンが互いに礼を行ってから俺たちが乗る神獣ロロディーヌに走り寄る。

 

 反対側の魔塔ゲルハットの一階の出入り口からナミとビーサも姿を見せた。

 

 ドロシーとディアの二人はエセル大広場に散歩に出かけている?

 それか、魔塔ゲルハットの一階でシウたちの見学かな。

 ザフバンとフクランの手伝いで【アグアリッツの宿屋】かもしれない。


 神獣ロロは頭部を揺らしつつ、


「ンンン、にゃ~」


 と鳴きながら、首や胴体から複数の触手を近付く皆へ伸ばし、皆を触手で捕まえた。


「きゃぁ、わたしまでぇ」

「あぅ」

「ハウレッツの片足にもっ」

「わたしはフクロラウドの魔塔には行かないわよ~」

「――ヌヌ、我ハ、外ニ出ナイゾ――」

「グモゥ」

「にゃァ」

「ンン――」


 神獣ロロは近くにいた皆を頭部に運ぶ。

 同時にクナは大きい耳から解放されていた。銀灰猫メトがそんなクナの足下の匂いをおそるおそる嗅いでいた。


 クナの表情は穏やかだ。

 相棒の温もりは人を癒やす。


 すると、レベッカが、


「メトちゃんとシュウヤ、お帰り。クナも久しぶり」

「にゃ~」

「ん、お帰り!」


 レベッカとエヴァが挨拶。

 ヴィーネとキサラは会釈。

 銀灰猫メトは、ハウレッツと頭部を寄せ合っていた。


 ミスティは足下の相棒の黒毛を触っている。

 

「はい、お久しぶりです」

「おう、ただいまだ」

「あれ、ルシェルは?」


 レベッカが質問してきた。

 頷いて魔塔ゲルハットのほうを見ながら、


「ペントハウス内だ。今頃はフルーティミックスジュースを冷蔵庫に入れているか、一階の【アグアリッツの宿屋】にフルーティミックスジュースを卸しているはずだ」

「あ、確認してくれたのね。サイデイルのフルーティミックスジュースは美味しいから人気が出ると思う」

「そして、転移陣の場所も、クナに代わりルシェルが調べるようだ」


 俺がそう言うと、レベッカは魔塔ゲルハットを見上げて、


「へぇ、ルシェルが」


 と言いながらクナに視線を移し、


「クナの教えを受けたルシェルは成長したようね」


 と発言。クナは『ふふ』と笑顔を見せて、


「はい、優秀な一族のルシェルは【紅虎の嵐】の経験もありますし、ヒストアンと合流する前にトレビルの魔薬も飲みました。あ、勿論、光魔ルシヴァルの<従者長>へ進化しているからこその成長・・です」

「うん」

「ん、クナ、各地に散らばるセーフハウスの確認と転移陣の調整、お疲れ様」


 エヴァは笑顔で労う。良い子だ。


「ふふ、眷属として、サイデイルの魔術師長として、当然の仕事です」

「フィナプルスの夜会の話を聞いた時を思い出すわ。他にも、湾岸都市テリアで交渉などを行ったことも聞いている」


 ミスティが、クナとルシェルの活動を指摘。

 皆が頷いた。ヴィーネは、


「湾岸都市テリアを支配する【シャファのいかづち】のガイ・ギュルブンとの交渉と、暗殺一家【チフホープ家】の長男マスクオブフェルトと次女ライランスとの交渉を行い、無事に成功させた功績は大きい」


 と発言。


 俺は皆を見据えながら頷いて、


「セーフハウスを結ぶ転移陣の構築と湾岸都市テリアの闇ギルドとの交渉は血文字でも褒めたが、改めてクナたちに感謝を送ろうか。良くやってくれた。そして、その働き、礼というわけではないが……二人にはお土産を用意してある」

「なんと!」


 クナは瞳を散大させて驚く。


 ――微笑みながら、戦闘型デバイスと肩の竜頭装甲ハルホンクを意識してポケットを作り、


「クナには仙薬や秘宝の材料にもなる、これを――」


 サデュラの葉を取り出して渡した。

 少し遅れて、鬼羅仙洞窟で入手した錬金術に応用可能な素材入りの箱数個。

 鬼羅仙洞窟の中、深部の祭壇で入手した擬宝珠。


 他に、万仙丹丸薬も取り出した。


 クナにプレゼント。


「あぁ……こんなに!」

肩の竜頭装甲ハルホンクの中には魔人の彫像などもあるが、それは魔軍夜行ノ槍業が反応するかもしれないから上げられない。それと、皆にもサデュラの葉などを渡しておく」


 レベッカに玄智の森の装備類は渡せなかったからサデュラの葉と玄智宝珠札を多めに渡した。


「サデュラの葉に、古代硬貨の束? あ、わたしたちにも、ありがとう!」

「わたしも? マスター気が利く~」

「ん、食べるだけでも癒やし効果があると思う貴重な葉っぱを……ありがとう、シュウヤ」

「私にも下さるのですか」

「当たり前。ナミには足りないぐらいだ」

「葉っぱ? 師匠、ありがとうございます」


 ビーサには綺麗な葉っぱにしか見えないか。


「ン、にゃ、にゃおぉ~」


 相棒も巨大な鼻先を震動させながら鳴いていた。


 サデュラの葉が欲しい?

 あとであげるか。


 食べたら、大地の神ガイア様と植物の女神サデュラ様のエキスが入った玄樹の光酒珠の味を思い出すとかあるかもしれない。


「ロロ様が真の姿を取り戻すために必要だった、貴重な材料の一つと聞いていますが」


 キサラがサデュラの葉を見ながら語る。

 サデュラの葉の葉脈は美しい。


「そうだ、惑星セラでは、貴重」

「そんな貴重な葉が大量に……」


 頷く。


「では、この丸薬も、かなりの代物のはず」

「名は万仙丹丸薬。玄智の森は仙薬の素材の宝庫。中でも武王院の鳳書仙院では<仙火錬成>という丸薬を造るスキルが盛んに研究されているんだ。他にも、回復玄智丹などがある」

「「へぇ」」

「玄智の森に行ってみたい~」

「では使わず、素材の分析からしたほうが良さそうですわね」

「わたしも研究したいかも」

「はい。では、この丸薬はミスティに渡しておきます。フクロラウドの魔塔の件が終わり次第、研究に参加します」

「あ、うん」


 クナは、ミスティに万仙丹丸薬を渡していた。


「ケイ・マドールや、クナとミスティに向けて、片っ端から幻瞑森などに生えていた草花を回収すれば良かったかもしれない。が、まぁ今さらか」

「気にしすぎ! 色々とお土産を用意してくれた、それだけで十分」

「はい。離れていても、わたしたちを想って行動してくれていた。それだけで、身が震えるほど幸せを感じています」


 ヴィーネもそう語ると、サデュラの葉を折らないように抱きしめていた。

 

「うん、ほんっとに凄く嬉しいんだから!」


 レベッカが少し涙を浮かべながらそう語ってくれた。

 照れる。


「お、おう」

「はい、わたしも<筆頭従者長>にさせてもらった以外に、貴重な葉も頂けるなんて、嬉しいです!」

「艦長、我は魔族だが、サデュラの葉を食べて大丈夫か?」

「たぶん、大丈夫だと思う。鬼魔人と仙妖魔は大丈夫だったはず」

「ならば、頂いておこう。艦長に感謝を」


 六眼キスマリは敬礼のポーズを取る。

 俺もラ・ケラーダを返した。六眼の内の二眼は、俺の眷属となったら治る可能性があるから、先に眷属化してしまうのもアリだが、ま、今のままでも十分強いから、取り敢えずは小型飛空戦船ラングバドルの護衛を続けてもらおうか。


 皆を見て、


「良かった。こんなに喜んでもらえるとは」


 と正直に話す。


「ふふ、シュウヤ様らしい。シュウヤ様にもらえるだけでも幸せですが、貴重なサデュラの葉ですからね。ポーション効果の上乗せなどにも流用可能、食べるだけで生命力、魔力なども上昇するかもしれない。修業にも活かせると思いますし……ですから、シュウヤ様に感謝と愛を送ります」


 キサラも嬉しそうにそう言ってくれた。


「ンン」


 銀灰猫メトはクナの足の匂いを嗅いでから、となりのユイの足の臭いも嗅いでいた。

 

 さて、クナを見て、


「ルシェルには、王級:雷属性の轟雷速刃ローレライ・ファーストブレイドの魔法書をプレゼントしようと考えていた」


 そう告げるとクナは片方の眉をピクッと動かす。


「……シュウヤ様が弟子にプレゼント……羨ましく、ムカつきます。が、雷属性ならルシェルの属性と合う。弟子の強化には最適です。魔杖ツゥクラにも合うことでしょう」


 魔杖ツゥクラは、ルシェルの新しい武器か。


「クナ、わたしたちもポル・ジャスミンの店とハマル・シャティの商店街で買ったお土産があるから、渡しとく~」


 レベッカがアイテムボックスからアイテム類を取り出して渡していく。


「ありがとうございます。ルシェルから聞いていました」

「うん。サイデイルの皆にも、お土産は色々と買った。サラたちには伝えてある」

「ん、口紅、乳液、ローション、髪飾り、マニキュア、不思議な手袋……」

「あと、ミサンガ、腕輪、ドメガメハメルの高濃度魔薬を使ったポーション」

「あ……若返りを齎す人魚系素材を使った化粧品と赤子を含めた人族系とモンスターの内臓と骨片を使った化粧品もあった。クナなら錬金術の素材に使うかなって……」


 顔色を少し悪くしたレベッカだ。

 ドメガメハメルの高濃度魔薬と化粧品が入った箱をクナに手渡している。

 

 モンスターの内臓と骨片はまだ分かるが、赤子を含めた人族系が素材ではな。


 俺の知る地球の化粧品類にも、ヒトプラセンタとして胎盤などが材料として使われていた。医薬品には副作用があり、それを使用した場合、献血は断られると聞いたことがある。


 止血剤や薬物としても有名なアドレノクロムなども思い出す。


「はい。マハ・ティカルの魔机を用いた錬金素材の調合と、試作型魔白滅皇高炉でも材料の攪拌と加工に応用が可能。皆様に深い感謝を捧げます――」


 と礼儀正しくお辞儀をするクナ。

 皆は笑顔だ。


「次は新貿易ルートの件だが、八支流は難所が多く、レイの銀船とマジマーンのカーフレイヤー号が必須な貿易ルートだと聞いているから、規模は限定的か?」

「いずれは安全なルートも発見されるでしょう」

「西と東のハイム川が繋がるルートが見つかった。ってだけでもかなりのニュースだと思う」

「ん、わたしたちの真似をして八支流に挑戦する商会は出るはず」

「高い運転技術者の採用と銀船のような特殊船の造船が増えるかも」

「はい」

「ご主人様ならば、八支流の難所を破壊し、<邪王の樹>を用いて堤防をそこに造れば、【天凛の月】専用の新たな流通ルートが開拓できるかと」


 可能は可能かもとは思うが、『マインクラフト』ではないんだから、そう簡単にはいかんだろう。


 それに魔力を豊富に持つ俺だが……。

 魔力を使用しすぎれば疲労感があるんだぞ? 

 

 とヴィーネを見る。

 そのヴィーネさんは期待の眼差しで俺を見つめ続けているのみ。


 可愛いから無難に笑顔を送った。

 

 キサラも、


「南マハハイム地方の横断が可能となる新しい黄金ルートとなりえる八支流は、それだけの価値がありそうですね。海運業が新たに発達すれば、内陸部の町や村の陸運も発展します」


 そう発言。

 自然と頷いた。


 例えるなら、今までの黄金ルートのハイム川が……。

 まーるい緑の山の手線の電車。


 で、八支流を利用した新貿易ルートは……。

 真ん中通るは中央線の電車か。


「アルゼの街が発展したら、狼月都市ハーレイアとの貿易もいずれは……」

「それはどうでしょうか。わたしたちとの出会いでヒヨリミ様を含めた古代狼族は変化しているとは思いますが、古代狼族と人族の確執は根深いです」


 ヴィーネの言葉に『たしかに』と頷く。


「強硬派の狼将は多いはずよ」

「あぁ、オーク帝国と旧神などの勢力も多い樹海だ。中々にな……」


 俺たちも樹海では戦神教団樹海支部と揉めた。

 【未開スキル探索団】の樹海狩りとの関係もあやふや。

 

 アルゼの街の聖ギルド連盟とは一度争ったが、なんとか仲良くできた。

 皆が皆その聖ギルド連盟のような人達ではないから、それを御するのは難しいだろう。


「はい、時間しか解決できないかもしれません」


 時間か、それも時の為政者次第かな。

 否、為政者でさえも、真の支配者層の傀儡の場合が多々ある。

 

 一般層を装った支配者層が、右翼と左翼に金を流して両建てを用意し、その左翼と右翼を互いに争わせて一般層の人口抑制を狙い、天然資源の独占を狙うとかな。


「……クナ、お前とルシェルの旅はそれだけではなかったんだろう?」

「はい、戦いと駆け引き。結構がんばりました」


 戦い?

 頷きつつ、


「【シャファの雷】と暗殺一家【チフホープ家】の長男マスクオブフェルトとの交渉が上手くいったことは聞いている。が、別の戦いのことは聞いていない」

「報告が遅れてすみません。二つあります。一つは、偽者のクナが用意していた転移陣の罠から出現が続いていた大量の〝ゲミゲルボルン〟のモンスター退治。もう一つは、湾岸都市テリアで獣人傭兵商会【ヘヴィル商会】の残党と闇ギルド【クロムゴルの牙】の人員との戦いです」


 クナの言葉に皆が視線を交じり合わせた。


 ヘヴィル商会か。

 そのヘヴィル商会はバーナンソー商会と同じくピサード大商会の傘下か、同じグループだったはず。


「もしかして、元上院評議委員ドイガルガが、湾岸都市テリアへ逃げた?」

「それは分かりません、あくまでも可能性の一つでしょう。そのピサード大商会と、傘下のバーナンソー商会とヘヴィル商会の事務所は、各地で古代狼族の一団に襲撃を受けているようです」

「ハイグリアたちも活躍しているんだな」


 セナアプアには来てないようだが、サーマリア王国内部か、オセべリア王国の東と南を重点的に探っているんだろうか。


「はい。しかし、その委細は聞き出せず」

「別にいい。血文字があれば聞いたと思うが、ハイグリアは古代狼族の神姫としての意地で狼月都市ハーレイアに侵入した者たちを追い続けるはず」

「そうですね。古代狼族たちは今現在も、幻獣ハンター協会、ピサード大商会、バーナンソー商会、ヘヴィル商会にセナアプアから逃走した元上院評議委員ドイガルガを追っていることでしょう」

「ドイガルガの逃走はもう耳に入ったと思うから、ハイグリアたちも方針を変化させたのかもしれないわよ」

「たしかに」

「ん」

「ってことで、少し話がそれたけど、ルシェルも成長するわけね」


 ユイがそう指摘。

 皆が頷いた。まあミナルザンはただ頷いているだけだと思うが……。

 キュイズナー語の通訳が可能な【天凛の月】の新人ノエルから南マハハイム共通語を少しずつ学んでいるっぽいが。


「ルシェルの血統は優れている」

「ん」

「血統……ルシェルは大司教の血筋のアドキンス家だった」

「うん」


「ん、キサラと先生とヴェロニカ先輩が凄く強くなったように、光魔ルシヴァルの眷属化は、過去の経験が<血魔力>として、そしてそれ以外にも結構反映される」

「血統も反映されるってことか」


 レベッカの言葉に複数人が頷いた。

 そういうレベッカも血筋はハイエルフ。


 ハイエルフの神、蒼炎神エアリアル様からの加護、恩寵を得ているレベッカは希少すぎる存在だ。

 

 俺が地下で拾った古の星白石ネピュアハイシェントとの繋がりもある。


 大きいてんとう虫の飾りのネックレス。


 あの時の白色に輝くてんとう虫の集団に……。

 

『れ、て、た、わ、め、す、む』は忘れられない。

 

「そうです♪ ルシェルはわたしの弟子に相応しい。光魔ルシヴァルの光属性側とも相性が良いルシェルは、《光の戒スペクトル・レスト》も使えますから。しかし、光属性の魔法書は入手が難しい。ですから、わたしが得意とする杖類と属性を誤魔化せる秘宝も渡してルシェルを鍛えている最中なのです♪」

 

 ルシェルから能力が上昇する液体を飲んだと血文字で前に聞いている。


「成長しているルシェルなら、シュウヤとクナがフクロラウド・サセルエルの魔塔へ行っている間に、転移陣の設置が可能な場所の目星がつきそうね」

「はい、ある程度はできるはず」

「それでシュウヤ、〝輝けるサセルエル〟を活かしてサセルエル夏終闘技祭に出場するのよね」


 そう聞いてきたレベッカは俺の胸元辺りをチラチラと見る。


 〝輝けるサセルエル〟は出していない。


 レベッカの視線に応えたわけではないが――。


 肩の竜頭装甲ハルホンクと戦闘型デバイスを活かせば――。 

 一瞬で、短剣類が嵌まる胸ベルトが展開できる。

 

 肩の竜頭装甲ハルホンクを意識、上半身の衣装を肌にフィットした魔竜王と牛白熊の薄着に変更。

 胸ベルトも出現させて、その胸ベルトのバックル類などの金具を魔竜王素材と牛白熊の素材と融合させた。


 更に戦闘型デバイスを意識し、一瞬で、


 〝輝けるサセルエル〟

 〝魔竜王バルドークの短剣〟

 〝蒼聖の魔剣タナトス〟

 〝古の義遊暗行師ミルヴァの短剣〟


 が装着、嵌まっている新しい胸ベルトversionだ。


 魔竜王の短剣は、アイテムボックスの表記では、古竜バルドークの短剣だったか。


「――そうなる。魔塔の出入りも可能となる〝輝けるサセルエル〟を利用する」

「素敵な衣装に、短剣が詰まった胸ベルトです」

「蒼聖の魔剣タナトスが上手く斜めに嵌まっているけど、マスター、その機構を瞬時に思いついたのよね?」

「おう、一瞬の閃きだ」

「凄い。衣装センスも高いと思う」

「そうなのよねぇ、何気にファッションセンスが高い」


 皆が褒めてくれた。


「ハルちゃんも色々と取り込んでいるお陰?」

「ングゥゥィィ」

「それもあるだろう」

「でもさ、闇の八巨星の一人のフクロラウドはわたしたちの敵でしょう? わざわざ接触しにいくのはどうかと思うけど」


 たしかに、放っておくのもアリだ。


「それは一理ある。しかし、レッテルを貼るように一方的な評価は下さない」

「あ、うん……」

「しかし、八巨星の一人ですよ。八頭輝とは違う。邪教などに、【黒の預言者】、【闇の枢軸会議】と通じた大本の一人。わたしたちの敵がフクロラウドだと思いますが」


 キサラはレベッカを守るように語った。


「あぁ、それでもな」

「ん、シュウヤは悪にも語りかける。いつものアイムフレンドリー?」


 エヴァはレベッカと俺を交互に見ながら語る。

 その笑顔を見て癒やされた。


 少し気まずい感じのレベッカだったが、エヴァの言葉を聞いて直ぐに笑顔となる。


 二人の呼吸が合うのを見ると胸が温まる。

 それは顔には出さず、


「敵の敵は味方となるかは不明だが、敵となったら叩くのみだ。それに、年に一度の夏終闘技祭だ。その貴重な機会をくれたオプティマスの好意を活かしたい」

「ん、賛成」

「フクロラウドが味方になるにせよ、夏終闘技祭はフクロラウドたちの勢力が行うイベント。敵側の主催のイベントでご主人様が派手に暴れるのもいいと思います」

「おう。賭けの不正が行われていようが、無視して好きに暴れるさ。そして、闘技場と言えば、武術連盟の闘技大会と神王位戦の個人戦にも出場していないから、その試しにもなるだろ」

「ん」

「それもそうね。年に一度かぁ」

「わたしたちも、ずっと魔塔ゲルハットにいるわけではない」

「そうですね。年に一度きりの場だからこそ、闇の八巨星の詳細が分かる機会かもしれない。そこには、殺し屋の八指などもいると思いますが……セナアプアのヘドロ掃除を行うには避けて通れない道かと」


 ヴィーネの言葉に皆が頷く。


「年に一度絡みだと、ペルネーテでは地下オークションもある。今日は陽夏の九十日、明日から〝木枯らしの秋〟の九十日間が始まるから、まだまだ厳冬は先だけど」

「その地下オークション用の新しい八頭輝は、選出はもうされたのかな」

「メルは、闇ギルドの総長や盟主の方々の名前が記された名簿を受け取っている。その八頭輝の推薦候補に印を付けることについて、シュウヤと話がしたいって。アシュラー教団のミライも待っているとか」

「メルが印をつけても構わんが、まぁ、まだ時間に余裕があるなら血文字で連絡するか」


 新しく台頭してきた闇ギルドが、新しい八頭輝の称号を勝ち取るだろう。

 無難に鉱山都市タンダールを制覇したところかな。

 他にもあるとは思うが……。


「地下オークションへ出品予定のアイテムは、既に副長メルたちが用意していると聞いているわ」


 メルは用意が早い。


「玄智の森で入手したサデュラの葉や玄智宝珠札なども地下オークションに出品できるかな」

「それは良い案。メルに血文字で伝えたら?」

「フクロラウドの魔塔に向かう間か、終わった後か。皆にも連絡は任せる」

「了解。ディアのオセべリア王国関連もあるからペルネーテに一旦戻るついでに手渡す?」


 頷いた。


「そうなるな。ペルネーテから王都グロムハイムに向かう可能性が高いが」

「ん、魔界セブドラに行く前提の旅もある」

「ゴルディクス大砂漠への旅もあります」

「その前に、魔軍夜行ノ槍業の師匠たちの願いもあるでしょ」

「ん、西のイーゾン山に存在する八大墳墓の破壊のお願いもある」

「八大墳墓に関しては、弟子の宣誓も必要なかったようだし、シュウヤは各地の石碑と六幻秘夢ノ石幢を独鈷魔槍で突いて中に封じられていた八槍卿たちの秘伝書と奥義書の紙片を解放して、奥義系統のスキルを幾つか学べた。だから八大墳墓の破壊はそこまで必要ではないと思うけど、どうなの?」


 そのユイの言葉の直後、腰にぶら下がる魔軍夜行ノ槍業が震えた。

 片手でその魔軍夜行ノ槍業を押さえつつ、


「現状では、ユイの言葉通り、二次的なクエストに違いない。が、新しいスキルや<魔槍技>を得られるかもしれない。武器防具などの入手もありえるか。更に〝列強魔軍地図〟に載った魔城ルグファントを見たからな。八大墳墓を破壊したら、その魔城ルグファントで何かが起きるかもしれない? だから八魔人、八怪卿、八槍卿の師匠たちの願いは叶える予定だ」

「そっか、そうよね、うん。ま、すべて重要か」


 ユイはそう語りながら、マグトリアの指輪を見せるように神獣ロロの大きな耳を撫でた。


「ん、シュウヤは神槍ガンジスを持っている。魔人武王と、その弟子の討伐を求められている」

「戦旗を持っていた魔人ソルフェナトスにも通じる話」


 烈戒の浮遊岩の乱の詳細を知る眷属たちは頷き合う。


「じゃあ、将来的に魔人武王ガンジスが利用していた【迷宮都市イゾルガンデ】にも行くの?」

「まだなんとも言えないが、イーゾン地方に行けば、いくかもな」

「イーゾン山近辺には魔人武王ガンジスの弟子たちが多いってことかな」

「ありえる」

「そのイーゾンって魔傀儡人形イーゾンが有名よね」


 ユイがミスティに聞いていた。

 ミスティは頷いて、


「傭兵集団の戦人形師で、魔導人形ウォーガノフとは異なる系統よ」


 そう発言。ユイが、


「もし行くなら、イーゾン山に囲まれた【旧王都ガンデ】を観光したいかも」


 観光か。レベッカも頷いて、


「赤い魔法水銀を用いた都市は美しいと聞いたことがある~」


 と発言。赤い魔法水銀か。レッドマーキュリーなら聞いたことがある。

 ユイとレベッカはハイタッチを行い、


「――うん。わたしも西へ向かう旅路の間にフロルセイルに関する噂は聞いたわ。そして、父さんの手伝いは必要ないようだし」


 『ふふ』という笑顔が可愛いレベッカがコクコクと頷く。ユイも頷いた。

 エヴァたちも笑顔を見せていた。


 ヴィーネと目が合うと、そのヴィーネは『心得ました』と言うように微笑み、皆に向け、


「イーゾン関係の資料によると、イーゾン山に近い位置に【迷宮都市イゾルガンデ】があり、イーゾン山の南東に【貿易都市デニム】が存在します。今、わたしたちがいるセナアプアからは、遠い南西の地域です」


 と説明してくれた。ヴィーネは聡明だ。

 遠い場所のイーゾンの地名を覚えている。


 そのヴィーネへ相棒と同じような瞼メッセージを送った。

 ヴィーネは笑顔となって、黒猫ロロの真似をするように瞼を閉じて開くのを行ってくれた。理解力が高いヴィーネと一体感を得る。


 レベッカは、


「象神都市レジーピックよりも遠い。嘗てはフロルセイル七王国の一つで、今は潰れた国がイーゾン。そして、そこは聖ギルド連盟の本部が近くにあるとか」


 聖ギルド連盟の本部もその辺りか。数度頷いた。

 するとレベッカが、


「更に南方では、ベニー・ストレインとエマサッドの故郷と呼べる南の大国セブンフォリアの件もあるわよ?」

「そうね。ベニーの治療はもうかなり進んでいるようだけど」

「ヴェロニカの神聖教会に関する報告もあります」

「ペルネーテの案件は多くなってきた」

「そういった先を見据えた話は楽しいけど、今度にしましょうか。今はフクロラウドの魔塔を優先、でしょ、シュウヤ」


 ユイがそう語る。


「おう、その通り」

「で、そのフクロラウドだけど、仲間にできるの?」


 俺はクナをチラッと見てから、


「クナも紆余曲折あったが、今では俺の眷属だ」


 頷いたユイは、


「クナ、シュウヤに倒された偽クナの記憶は共有していたのよね」


 そう聞くと、クナはユイに頷いてから俺に視線を向けて、ジッと見てきて、


「はい♪」


 と熱を込めて返事をしていた。短い言葉だが、深い。


「……クナ、わたしの兄が、ごめんね」

「ミスティが謝る必要はありません。もう同じシュウヤ様の眷属ですのよ? 勿論、<筆頭従者長選ばれし眷属>である皆様には、引け目を感じますが……」

「ん、クナは頼りになる。シュウヤに命を差し出すぐらい惚れていると分かるから安心」

「ふふ~はい♪ 優しいエヴァちゃんには隠せないです」

「「「……」」」


 キサラとヴィーネにビーサとナミとミナルザンは黙りだ。

 ミナルザンは、単に南マハハイム共通語の理解力がまだまだなだけかな。


「ん、フクロラウド・サセルエルを知っているクナも夏終闘技祭に出場するの?」

「しません」

「意外~、力は取り戻したようだし、強さを示す良い機会だと思うけど」

「そう評価していただくのは嬉しい限り。しかし、瞬間的な戦いに関しては、皆さんのほうが圧倒的に実力は上。私の首なんて直ぐに飛ぶ。ですから、私がフクロラウドの魔塔へ向かう理由は、交渉に備えてのことです。そして、フクロラウドと通じている【テーバロンテの償い】は私たちの敵。そんな勢力側にフクロラウドが深入りしていた場合、そのフクロラウドと本格的に争うことになります。そうなれば魔法の罠に合わせた波状攻撃を仕掛けてくることは必定。その魔法対策のために私が近くにいれば、シュウヤ様も心置きなく暴れることが可能かと思いまして……あと、シュウヤ様は、私を守るため、きっと! わたしを強く抱きしめてくださるはず! グフフ♪」


 皆、真剣に話を聞いていたが、最後の妄想の部分を聞いて笑っていた。


「ふふ、さすがクナ」

「うん」

「妄想が激しいような……」

「いけませんか? キサラ」

「い、いえ」


 皆が納得したところで、


「では、俺たちはフクロラウドの魔塔に向かう。ユイ、悪いが留守番を頼む」

「分かってる。ペレランドラと合わせて【天凛の月】のフォローね。そして、〝黒呪咒剣仙譜〟は、<筆頭従者長選ばれし眷属>となったビーサに見てもらう。そして、クレインとカットマギーたちが戻ってきたら見せるから――」


 ユイは〝黒呪咒剣仙譜〟をビーサに渡していた。

 ビーサは嬉しそうに〝黒呪咒剣仙譜〟を受け取ると、


「ありがとうございます。剣は得意。〝黒呪咒剣仙譜〟から新しい剣術スキルを学べるのなら嬉しい限り。では早速――」


 神獣ロロディーヌの頭部にいたビーサは大きい鼻先に向かう。

 後頭部の三つの器官から桃色粒子が迸る。

 神獣ロロの鼻先から跳躍して見えなくなった。

 俺も触手手綱を離して神獣ロロディーヌの頭部の端に移動。

 そこから庭を駆けているビーサを見た。

 そのビーサは皆が訓練などを行う広い場所で〝黒呪咒剣仙譜〟を読み始めた。

 

 直ぐに魔力を吸われたビーサ。

 ビーサが頷くと持っていた〝黒呪咒剣仙譜〟が浮かんでページが開く。

 開いた〝黒呪咒剣仙譜〟のページの中に文字が浮いていることだろう。

 近くにきたエヴァも、


「ん、ビーサ、『内なる魔力を己の呪咒の剣刃として感じ得よ』、『さすれば己の内の魔力が自然と武と力と剣となろう』、『同時に己の内の底を刮目せよ!』だからね!」


 ビーサは頷く。

 次の瞬間、〝黒呪咒剣仙譜〟からショウカクの幻影が浮かぶ。

 皆と同じく魔剣の切っ先をビーサに向けていた。

 その直後、ショウカクの幻影は動き出した。


 ショウカクさんと呼ぶべきか。

 〝黒呪咒剣仙譜〟の話を知っただけにな。


 ビーサは体に傷を受けたように体が揺らぐ。

 ビーサなら大丈夫だろう。


 エヴァと共に振り返った。

 そのエヴァと恋人握りを実行しつつ皆のいる場所に戻り、


「おう。他にも、カリィ、レンショウ、トロコン、キトラ、ゼッファ・タンガ、ビロユアンや【髪結い床・幽銀門】のメンバーたちも学びたいと言ったら見せていい。ペレランドラも〝黒呪咒剣仙譜〟を読めば<黒呪強瞑>を獲得できるかもしれないから、読むように勧めておいてくれ」


 ユイは頷く。

 嫉妬顔のレベッカはエヴァと俺の手を引き離そうと奮闘中。

 エヴァは微笑みつつ何もしない。

 ユイは、


「分かった。リツたちは髪結い床を一階に造るようだし、その際にも、覚悟を聞いてから勧めてみる。けど、眷属以外はやめておいたほうが無難かな」

「――それは、そうだな。ついつい俺たちが当たり前のような感じで話をしてしまうが、俺たちは人族ではない。大切な仲間が〝黒呪咒剣仙譜〟を読んで死んでしまったら元も子もない」

 

 レベッカに手を握られたが、好きにさせつつ頷いた。

 ユイは、


「……うん。種族がセンシバルのゼッファなら、たぶん余裕で大丈夫だと思うけど」

「【狂騒のカプリッチオ】の片方か」


 センシバル、大柄獣人。梟の牙の幹部を思い出す。


「マスター、わたしは試作型魔白滅皇高炉で黄金遊郭の金属などの実験をする。ルシェルに、転移ルームや、魔霧の渦森の兄貴が暮らしていた隣の納屋のメリアディの魔法陣についての資料もあるから、それについても色々聞きたい。あと、ディアとドロシーが帰ってきたら講師として課外授業を行う予定。勿論、ハウレッツの餌やりも行うから」

「――グモゥゥゥ」

「ひゃぅ」


 子鹿のハウレッツはミスティの膝の裏に頭部をぶつけていた。

 ミスティは膝かっくんされていた。


 異界軍事貴族なだけに突進力は子鹿の状態でも高いか。

 そして、空を行き交っていたゼクスの魔導人形ウォーガノフの機動が急激に変化していたことが面白い。


「ん、交渉の時に役に立てるから一緒に行く」


 エヴァは黄金遊郭の金属の実験をしたいはずだが、


「いいのか?」

「ん、いい」

「分かった。で、俺の手が好きなレベッカは?」


 と指摘すると、俺の手を離したレベッカ。

 そして、


「……もう! 一緒に行っても良いけど、わたしはユイ&キスマリ&ミナルザンと特訓かな。これ・・でクルブル流を使いながら<蒼炎闘想>を活かす。そして、フルーティミックスジュースを飲んでミスティと合流~」


 レベッカはジャハールを右手に装着。

 キラキラした蒼炎が右手とジャハールを覆っていた。

 城隍神レムランは腰の左側に差してある。


「分かった。キサラとヴィーネは俺と共に来い」

 

 キサラとヴィーネは頷いて、


「「はい!」」


 と元気良く魅力的な返事をしてくれた。

 ダモアヌンの魔槍と新武器を握る腕に力が入っていた。


 二人と共に動くのは久しぶりな感じがある。


 少し高揚感を覚えた。 

 その二人に、


「フクロラウドに繋がる商会などの話は聞いている」


 キサラは頷いて、白絹の髪を揺らしつつ皆を見ながら、


「――はい。ピサード大商会、ライバダ大商会、タークマリア商会、ドラアフル商会、略してピラタド大商会連合組織。更にカロライナ商会、ミドガッル商会、ホセロドリゲス商会、ハイゼンベルク商会、ドライセン大商会、略してカミホハド魔薬カルテル。そのカミホハド魔薬カルテルとピラタド大商会連合組織と通じたフクロラウドは闇の八巨星の一人、ヤーグ・ヴァイ人を用いていたように陰の大物と呼べる。暗殺一家の【チフホープ家】とも関わっていることは確実。シュウヤ様は交渉を望まれているようですが、わたしは【天凛の月】の大いなる敵の一人としての認識です」


 そうキサラが発言した。

 皆の表情が険しくなった。


「皆、がんばってね」

「「はい」」

「ん、がんばる」

「シュウヤ様、お待ちしています」

「がんばるさ、ナンクルナイサ~の精神でな!」

「意味が分からないけど、語呂がいいわね、なんくるないさ~?」

「おう、なんくるないさ~」

「「「なんくるないさ~」」」

「あはは、皆の笑顔が良い。さて、相棒、皆を降ろしてあげてくれ」

「ンンン――」

「ん、ロロちゃん~、わたしはシュウヤと行く」

「あぅ」

「にゃァ」

「「「きゃぁぁ~」」」

「あっ――」

 

 無数の触手が一瞬でエヴァたちの体を掴んで、庭に運んでいった。

 触手が体に絡んでいるエヴァは直ぐに、俺たちの頭部に戻されていた。

 神獣ロロの頭部に戻される際、銀灰猫メトがエヴァの足下に飛び掛かっていたが、相棒は素早くエヴァを持ち上げて、銀灰猫メトを避けていた。


 そんな風に運ばれる際の慌てたエヴァの様子が可愛かった。


 そして、ヴィーネとキサラとクナに、そのエヴァを見て、


「よし、フクロラウドの魔塔に向かおうか」

「「「「はい」」」」


 皆の声が響くと同時に相棒は頭部から触手を伸ばし、俺たちの足下を押さえてくれた。俺の両足は素足のままだったから、ちょうど夏のサンダルのような感じで心地良い。


 すると、少し揺れる。

 触手手綱の先端は俺の首と繋がっているから、神獣ロロディーヌの四肢に力が入ったと理解した。

 

 そして、一瞬、ガクンと視界が下がる。


「ンンン、にゃご~」


 と思ったら、もう魔塔ゲルハットを越えていた。

 荒鷹ヒューイの高度も一瞬で超える。

 

 ヒューイは追ってこないようだ。

 それにしても速かった。


「ロロ様、こちらの方角です」

「にゃお~」


 え? 相棒はクナの言葉を無視して急降下。

 目的はエセル大広場の近く、あ、ご近所のトトリーナ花鳥か。


 トトリーナ花鳥の前の通りは混雑している。

 巨大な神獣ロロが降りられる場所はエセル大広場しかない。


「ん、ロロちゃん、お腹が減ってたの?」

「相棒、トトリーナ花鳥の前は混んでるし、サデュラの葉を食うか?」

「ん、買い置きのサウススターと、調合魔塔肉詰め合わせ野菜サンドを食べる?」

「ンン」


 相棒は宙空で急ストップ。


「ん――」


 エヴァは魔導車椅子ごと体を浮かせて前進。

 エヴァの体から放出されている紫色の魔力は魔導車椅子ごとエヴァの体を包んでいる。

 そのエヴァの行動に合わせた神獣ロロは頭部を少し上向かせた。

 巨大な口を開いたようだ。


 エヴァは、「ン、食べて~」とアイテムボックスから調合魔塔肉詰め合わせ野菜サンドを大量に取り出して神獣ロロの口の中に放っていた。


 神獣ロロは頭部を上下に動かして、むしゃむしゃと咀嚼。

 当然、頭の上の俺たちは揺れるが、我慢。


 腹ぺこだったか。

 ならば、と――相棒の鼻先に移動。

 

 少し湿った鼻の感覚は普通のネコと変わらない。


 歩幅を変更。


 素足だから冷たい感覚を足の裏に得た。

 

 面白くて可愛い。

 

 同時に肩の竜頭装甲ハルホンクを意識して右手にサデュラの葉を出した。


 そのサデュラの葉を持ちながら、


「ロロ、これも食べてみろ」

「ン、にゃ? にゃお~」


 と急に頭部を上げたから――。


 足がすべった。

 落下しそうになったが、<導想魔手>とイモリザの第三の腕を使って落下は免れた。


 そのまま相棒の口に向けてサデュラの葉を投げる。


 少し逸れたが、


「ンンン――」


 喉声を発した神獣ロロディーヌは頭部をコンドルのように変化させて前進し、サデュラの葉を飲み込む。


「にゃおおお~」

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