八百八十話 <仙魔・暈繝飛動>に<仙魔・桂馬歩法>と武王院

 子精霊デボンチッチにも尻があるのか。

 ヘルメが気に入りそうだな。が、陰陽太極図の金玉さんが近くにあるからあまり見たくない。

 そして、洞窟の横壁を覆う樹枝が靡くのは行きと同じ。その樹枝にある葉から溢れる水飛沫が気持ちいい――水から清廉な気分を得ながら壁を曲がる。銀色の扉があった場所が見えた。

 注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチは俺から離れて水飛沫を浴びながら、その先へ向かう。

 俺たちも水飛沫を浴びながら前進。


 濡れたエンビヤの後ろ姿がエロい。


 蝶番があった部分は大きく抉られた状態だ。

 周囲には罅が入っている。

 銀色の扉があった部分を見ながら出入り口を潜り、【仙王の隠韻洞】の地底湖の底に出た。

 武王龍神イゾルデの聖域でもあった砂地。


 そんな砂地には、岩やワカメのような植物が多数点在している。この砂地を横に向かえば……石像の並ぶ岸辺だった盛り上がった砂地に出る。

 元岸辺だった砂地だな、その岸辺だった砂地から【仙王の隠韻洞】の階段を上がれば地上へ出られる。

 

 その方向ではない砂地を歩くイゾルデが天蓋の白蛇大鐘を見ては、


「……我はずっとここにいたのだな」


 と感慨に浸る。


「あぁ。この聖域だった場所から離れるのは不安か?」

「ふっ、そのようなことはない」

「ならイゾルデ、上に向かおうか。水神アクレシス様の彫像と仙剣者や仙槍者の石像が多いのは知っている通りだが」

「承知――」


 イゾルデは跳躍――岸辺だった砂地に向かわないのか。片手に持つ如意宝珠と小型の龍から魔力粒子が迸る。すると、その魔力粒子の中に真珠と貝殻の幻影が出現。

 幻影は朧気になって消えた。

 そのイゾルデの背中に付いたカチューシャの背鰭から放出されている魔力粒子はプロジェクターが投影する光に見える。


 魔力粒子の光はガードナーマリオルスのホログラム映像にも似ているな。

 そして、真珠王ラマムグフハの貝殻と真珠の魔力はイゾルデの体内かカチューシャの中で活きていると分かる。

 真珠王ラマムグフハは、真珠王ジュマムルグフの異母兄弟。

 レイ・ジャックの真珠王の心臓の宝箱の件と繋がる。

 ローデリア王国のセリス王女の兄は、まだセリスのことを狙っているんだろうか。


 その龍人イゾルデはあっさりと断崖絶壁を越えて見えなくなった。

 地底湖の中だった断崖絶壁はかなり高い。距離にしたら何キロあるだろう? イゾルデは、きっと水神アクレシス様の彫像に挨拶するんだろう。


「イゾルデはさすがじゃ。さ、わしたちも行こう。右の階段から上がればすぐじゃが、近道はしない。修業を兼ねるとしよう。エンビヤもシュウヤと共に来なさい」

「「はい」」

「〝崖登り〟を実行じゃ――」


 〝崖登り〟か。懐かしい。


 ホウシン師匠は衣服を羽ばたかせる勢いで高々と跳躍――。

 俺たちを跳び越えて崖の岩に向かう――。

 その崖の岩を片足で蹴って真上に跳ぶ。

 出っ張りの岩を片手で掴むや否や、足下の岩を蹴って、また真上に跳ぶ。

 そこで体内の魔力を弱めた?

 片手で岩の出っ張りを掴むと、グイッと体を上方へと運びつつ反対の手で岩を掴む。普通に素早く崖をひょいひょいと登り始めた。


 が、<魔闘術>を纏い直すと足下の岩を蹴る。

 飛翔するような跳躍機動――足場はないし、<導想魔手>のようなスキルがあるんだろうかと心配するが、杞憂。

 ホウシン師匠は磁石のような動きで、断崖絶壁に引き寄せられた。

 特殊な魔力か魔道具でも使ったのか?

 <闘気玄装>の能力か不明だが、そのまま斜め右上の断崖絶壁を両手で掴む。


 一瞬、両手に特殊なグローブを付けた特殊部隊の人員を想起する。


 ホウシン師匠は尖っている岩を貫手で穿ち、その岩を破壊するように掴んでから足下の岩を片足の爪先で破壊するように蹴って登った。


 素早さと力強さを兼ね備えた登り方。

 同時に【修練道】でのアキレス師匠との訓練を思い出す。


 〝崖登り〟。

 当時のアキレス師匠は、


『ここの崖を登ってもらう』

『師匠、この槍で、ですか?』

『そうだ。黒槍を両手に持ち、溝へ槍の金属棒を引っ掻けてから身体の反動をつけて上へと上がっていくという訓練だ』


 横の溝に槍を乗せて登る訓練。

 ジークンドーや中国拳法のトレーニングを想像していた覚えがある。


 腕に力を入れて、反動をつけながら黒槍を崖の溝へ引っ掛けつつ上がる。

 黒槍を持ち上げる訓練でもあった。


 修練道の訓練を行う当時の自分とホウシン師匠の上がり方は、勿論異なるが――ホウシン師匠は岩に貫手で穴を開けつつ岩を豪快に掴む。


 時折、貫手を使わず普通に上がる時もある。

 フリークライミング、ボルダリングの技術も高い。


 普通に<闘気玄装>を全身に纏って軽々と登らないのは修業の一環か。

 俺も崖登りの修業をやりたくなった。


 が、今はエンビヤがいる――。


「エンビヤの跳躍に合わせよう。<導想魔手>を足下に出すからすぐに上がれる」

「はい。では――」


 エンビヤは砂地を蹴って高々と跳躍。

 お尻さんとパンティを隠す長い布がヒラヒラ舞う。


 薄い布のパンティさん、コンニチハ!

 パンティ見学委員会が発動してしまうが――。


 素早く獲得したばかりの<仙魔・霧纏>と<玄樹・霧纏>を連続発動。

 そして、<魔闘術の心得>を意識して、砂地を蹴った。


 足下と背中から斥力を得る――霧状の魔力は飛翔にも活かせる。


 跳んでいるエンビヤを追い抜いてしまった。

 素早く<仙魔・霧纏>と<玄樹・霧纏>を意識ししつつ<導想魔手>をエンビヤの足下に出した。


 エンビヤは「ありがとう――間合いが抜群です――」と俺を褒めながら、<導想魔手>を片足でとらえ蹴って高々と跳躍。

 右手を斜め前方に向けて跳躍する可憐なエンビヤに魅了されつつ――。

 その<導想魔手>を俺自身も蹴って、エンビヤを追うように跳ぶ。


 続いて<水の神使>、<旭日鴉の導き>、<光の授印>を意識。

 上にいるエンビヤが、


「え? 明るい――」


 下を見て「あ、シュウヤが輝いて、胸元に十字架?」と驚いていた。

 そのエンビヤの足下に<導想魔手>を出してあげると、エンビヤは笑顔を見せて、その<導想魔手>を蹴って跳ぶと横回転から背中を見せて上昇。パンティが――いや、いかん。 修業を意識――。


 <仙魔・霧纏>――。

 <玄樹・霧纏>――。

 <経脈自在>――。

 <血液加速ブラッディアクセル>――。

 <水月血闘法>――<水月血闘法・水仙>――。

 <白炎仙手>――。

 <仙魔術・水黄綬の心得>――。

 連続的にスキルを発動、意識――。


 同時に脳と背骨と連なる神経と血管の先々まで熱く血がたぎる。

 体を巡る血流が躍動していると分かった。

 神秘的な血流が体を巡る映像が脳内に浮かぶような感覚――。


 こ、これは――最初の<脳脊魔速>獲得のときと同じ――。


 ピコーン※<仙魔奇道の心得>※恒久スキル獲得※

 ※<仙魔・霧纏>と<玄樹・霧纏>が融合します※

 ピコーン※<仙魔・暈繝うんげん飛動ひどう>※スキル獲得※

 ピコーン※<仙玄樹・紅霞月>※スキル獲得※


 凄い――。


 俺の周囲の霧のような魔力から血の月の形をした雲か樹か水を帯びたモノが連なって飛び出た刹那、眼前の岩へとその三日月状の血の何かが突き刺さっていた。


 右斜め前方の岩壁がスライスされた。

 断崖絶壁に近い場所で跳んでいたエンビヤに倒れ掛かる岩壁。


「きゃ――」


 素早く右手に無名無礼の魔槍を召喚しながら、そのエンビヤの前に出た。


「――霧のシュウヤ?」

「おう――」


 背後のエンビヤに返事をしながら覚えたばかりの――。

 <仙魔・暈繝飛動うんげんひどう>を実行。

 上昇気流に乗った感を活かすように腰を捻る――。

 右手が無名無礼の魔槍になるような機動で<血穿>を繰り出した。

 無名無礼の魔槍の穂先に龍のような形の血と雲のような魔力が絡むや瞬く間に穂先が岩壁の一部をぶち抜いた。


 ピコーン※<血龍天牙衝>※スキル獲得※


 おぉ、新たな奥義を開拓したと分かる。

 が、周囲に散る岩の破片は大きい。それらの散った岩の破片に向けて<仙玄樹・紅霞月>を発動。<仙玄樹・紅霞月>は三日月状の液体と樹の魔刃か?

 それらの三日月状の魔刃が周囲の岩の破片を一瞬の間に切り刻む。

 続けて<白炎仙手>を実行――細かな破片を白炎の貫手で貫く。

 下のエンビヤにダメージを負わせないという気概で――。

 岩の破片という破片を『アタタタタタァ』と貫きまくる。


 悉く塵にした。


「シュウヤ……素敵です――」


 背後から抱きつかれた。

 エンビヤのおっぱいさんのほうが素敵とは言えない空気だったが、そんな心持ちで半身の体勢へと移行。


 笑顔でエンビヤを迎えるように左手をエンビヤの背に回し、エンビヤを抱えた。そのままお姫様抱っこを行いながら上昇して訓練場に上がった。


 石畳の訓練場には誰もいない。

 ホウシン師匠とイゾルデは踊り場の階段を下りていた。

 イゾルデは水神アクレシス様の彫像に挨拶したのかな。

 エンビヤを訓練場に降ろして、


「俺たちも急ごう」

「シュウヤ、今の短期間でまた成長を?」

「おう、成長した」

「凄すぎます……」


 エンビヤは少し不機嫌そうだが、まぁ気持ちは分かる。

 俺はエンビヤと同じ八部衆だが、エンビヤは師姐の立場で、俺は弟弟子。

 しかし、俺にはエクストラスキルの<脳魔脊髄革命>のおかげで持っていた<天賦の魔才>がある。そして、偉大な師匠のお陰で、どんな環境も修業に活かせることを知っている。


「何事も修業。アキレス師匠の教えが活きたようだ」

「はい、素敵すぎます! でも、私も玄智武暁流などの武術を学ぶ同じ立場。その素敵すぎる才能には、正直嫉妬を覚えます」

「すまん……」

「あ、ごめんなさい。シュウヤは鍛錬しているだけなのに」

「いいさ。エンビヤのその表情を見られるだけでも嬉しさがある」

「え……」


 エンビヤは少ししどろもどろ。

 その乙女、武術家として移り変わる心を顔に表す仕種が可愛すぎる。


 そんな美人さんのエンビヤに向けて手を差し出す。


「――はは、さ、ホウシン師匠たちを追おうか」

「ふふ、はい!」


 と、エンビヤの手を握った。掌には汗の珠がある。

 その汗の珠も愛おしく思えた。エンビヤは俺の手を握る力を強めた。

 エンビヤから告白された気分となった。

 エンビヤは恥ずかしそうに視線を逸らすと、前を見て、

 『先に走りますよ?』と表情で意思表示。


 俺は頷いた。手を離すと、エンビヤは『あ……』と俺の手を寂しそうに見つめる。

 もっと手を握っていたかった? 可愛いエンビヤだ。


 そのエンビヤは微笑を浮かべて、頬を朱に染めつつ走り出した。

 水神アクレシス様の彫像と仙剣者や仙槍者の石像が並ぶ踊り場に向かう。

 そのエンビヤから良い匂いが漂った。俺も、そのエンビヤの後ろ姿を見ながら走った。


 そしてエンビヤの制服を見つつ踊り場で足を止めた。

 壁際に並ぶ仙武人たちの石像を凝視、そして、御辞儀。

 そして、水神アクレシス様の彫像の足下を見てから、その巨大な彫像を見上げつつ――。


『たくさんの恵みをありがとうございました! 玄智の森はお任せください!』

 と押忍の精神で水神アクレシス様と仙武人の武術家たちに感謝の気持ちを捧げる。

 と、水神アクレシス様の彫像が持つ水瓶から迸る清水の勢いが増した?

 ――これは気のせいだろう。

 そんな俺の気持ちに応えたのは、注連縄を腰に巻く子精霊デボンチッチ

 変な踊りを実行しつつ踊り場から離れた。


 俺も踊り場を走って階段を下りた。イゾルデが吸収していた地底湖の玄智聖水は徐々に溜まり始めている。そんな地底湖の様子と仙剣者や仙槍者の石像をちょいと見てから、エンビヤを追った。注連縄を腰に巻くデボンチッチは岸辺を走るエンビヤを越えた。

 子精霊デボンチッチは階段の上空を速やかに上昇し、見えなくなった。


 イゾルデとホウシン師匠は共に【仙王の隠韻洞】の上層に向かった。


 仙王の隠韻洞が地底湖だったこともあるんだろうが、結構広い。

 エンビヤも階段を上がり始めた。


 そのエンビヤの背中を見るように岸辺を走る。

 岸辺だった砂浜から、徐々に溜まりつつある玄智聖水を見ながら階段を上がり、地下通路の踊り場に出た。


 もう皆の姿は見えない。

 ――皆は狭い通路の先を進んでいる。

 走って通路を進む――。


 石幢は降りてきた時と同じ。

 水飛沫を感じた。この先は風神セードの地下回廊か。

 仙王の隠韻洞の出入り口を潜り出た。魔力を消費している感が強まる。

 これは……龍人のイゾルデを出し続けているからだろう。

 <光魔武龍イゾルデ使役>のスキルを意識し、大きな龍にイゾルデを変身させようとするなら、かなりの魔力を消費する覚悟が必要か……。

 そんなことを考えながら濡れていない中央の通路を歩いた。

 仙王ノ神滝から降り注ぐ水飛沫は前回と同じく激しいが、中央の通路だけは水を弾く。

 足下に浮かぶ風を意味する梵字は美しい。


 光と水飛沫の幻影が重なるようで芸術的だ。歩く速度を落としつつ足下を見学。

 ――魅了されながら通路を出て階段を上がる。下の滝壺から四神柱を擁する〝玄智山の四神闘技場〟を覗かせる【武王院の岩棚】に戻ってきた。


 縁際にいるわけではないから、その滝壺の中央にあった〝玄智山の四神闘技場〟はここからでは見えないが――。


 さて、皆の魔力が移動している方角は――。

 濃霧が漂う【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】だ。

 俺も向かおうか――。

 足下は大峡谷と分かる。気合いを入れて突兀跳びを行うとしよう――。


 ホウシン師匠とエンビヤに、イゾルデははるか彼方。

 俺はわざと突兀を踏み外し――鬼霧入道ドンシャジャを出現させた。


「いくぜ――鬼入道!」


 名が違うが、獲得したばかりの<仙魔・暈繝うんげん飛動ひどう>を実行しつつ――迅速に宙を駆けた。


 鬼霧入道ドンシャジャとの間合いを詰める。

 そして、<湖月魔蹴>と<悪式・霊禹盤打>の変則コンボを実行――。

 風槍流『顎砕き』を加えて鬼霧入道ドンシャジャを打ち上げたところで<血龍天牙衝>を実行。


 鬼霧入道ドンシャジャに止めを刺した――。

 その体を突き抜ける機動中に無名無礼の魔槍の穂先を見ると、血色よりも白銀色に輝いて見えた。その蜻蛉切と似た穂先から溢れ出る白銀の鱗が混じる魔力模様の美しさがなんとも言えない。


 更に、墨で描かれる芸術も、その穂先模様の芸術度を高める。

 墨が燃焼しているような不思議な魔力は山水画タッチで描いているような魔力模様で渋すぎだろう。


 そんな燃える魔力を宿す無名無礼の魔槍を活かすように――。

 連続的に突兀を踏み外す。


 その度に出現する鬼霧入道ドンシャジャを倒しまくる。

 <氷皇アモダルガ使役>――。

 <召喚闘法>で氷皇アモダルガを纏って<氷皇・五剣槍烈把>を実行。


 鬼霧入道ドンシャジャを再び切り裂いて倒した。


 そこからはちゃんとホウシン師匠の<玄智闘法・浮雲蹴刀>の機動とリズムを想起しつつ突兀を蹴って【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】を前進していった。


 ホウシン師匠とエンビヤとイゾルデの姿はもう見えないが――。

 【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】を初めて訪問した時のホウシン師匠とエンビヤの機動は覚えている。


 あの時を想起――。


 二人は笹の葉を爪先で捕らえるように突兀を蹴っていた。

 俺も二人の真似をする。

 片足で――突兀を優しく捕らえつつ、その突兀を優しく蹴る。

 それでいて斜め前に突出する機動力は凄まじい――。


 <闘気玄装>と繋がる修業だとよく分かる。


 そうして、【二十八宿・妖霧鬼魔突兀瞑道】を突破。

 孟宗竹が繁る辺りも突破。

 玄智聖水によって浸食された段丘の岩棚を降りていく。


 岩畳に棲まう親子のフィンクルが可愛い――。

 水の音があちこちに谺する山川草木の玄智山を降りた。

 水車小屋の屋根を両手で突いて、飛び箱を跳ぶように跳んだ。


 大小様々な水車と添水の音はなんど聞いても気持ちいい。


 コンッ――。

 コンッ――。

 ココッコン――。

 ココンッ――。


 小気味いい鹿威ししおどしのリズムに合わせて前進。


 ピコーン※<仙魔・桂馬歩法>※スキル獲得※


 おお、何気ない音にも歩法のヒントがあったのか。

 <仙魔・桂馬歩法>を実行しつつ、跳ねるように修業蝟集道場に到着。


 エンビヤとイゾルデが黒仙鋼岩砕きの訓練場所で待ってくれていた。


「あ、シュウヤ!」


 片手を上げたエンビヤ。


 二人は、修業蝟集道場のちょうど真ん中辺り。

 水球と竹の筒が近くに浮いているのは変わらない。


 イゾルデは水球を片手で弾きつつ横回転。

 振るった武王龍槍イゾルデで水球を真っ二つ。


 散った水飛沫を小型の龍カチューシャに吸わせている。

 三国志演義の関羽、趙雲、史実の曹仁、張遼のような一閃だ。その武術訓練を行う様子を見ながら二人に近付いた。


「シュウヤ、下の武王院に戻りましょう」

「おう。イゾルデも訓練はそこまで、行こう」

「承知――」


 イゾルデを連れて一緒に大きな楼門をくぐる。

 大きな楼門の前にある広場的なところで、


「師姐~、大添水はどうでした?」


 マヤさんの声だ。弓を持つ小柄の女性。

 エンビヤが振り返って見上げる。


「――添水の水は浴びましたが、玄智山の仙王の隠韻洞に向かいました。あ、お師匠様は先に?」

「わぁ、玄智聖水の水垢離! 滝行・玄智組み手の訓練を?」

「シュウヤとお師匠様が行いました」

「へぇ。あ、先ほどお師匠様に、『マヤも武王院に降りてきなさい』と言われました。なにか事情が?」

「そうです、マヤも知るべきこと。修業蝟集道場の守りは必要ないですから、共に武王院に戻りましょう」

「え、分かりました。そして、そこの金の角を生やしたお方は……どういう」

「名はイゾルデです。お師匠様の弟子にあたる存在」

「え?」

「八部衆のシュウヤと同じ立場です。イゾルデの詳しいことを知りたいのなら、お師匠様の許可が必要になるほどの存在がイゾルデです。それでも聞きますか?」

「い、いえ、十分です。イゾルデちゃん、わたしはマヤ。そして、シュウヤさんもよろしく~」

「ふむ、マヤか。よろしく頼む」

「よろしく、マヤさん」


 魔力が漂う弓を凝視。背丈が小さいから弓の扱いには苦労しそうだが、弦を弾くだけで音波のような魔力を発していた。仙魔の技術系統と連動しているんだろうか。


「マヤ、行きますよ」

「了解~」


 エンビヤは弓を持つマヤを連れて走った。

 そうして罠が多いエリアに突入。

 罠の多いエリアだったが――俺とイゾルデとエンビヤは武器を振るわず。マヤが活躍。マヤの弓術は独特だ。

 背丈が小さいにもかかわらず矢を素早く番えては、孟宗竹の罠を魔矢で貫いて破壊。マヤは魔矢か。そんな洒落を考えながら進んでいると、武王院の魔塔と呼びたくなるぐらいの高い建物が見えてきた――武王院に戻ってきた。

 その門を潜り、学び舎に到達。

 霊迅仙院、霊魔仙院、武双仙院、鳳書仙院などの建物は……。

 まだ把握はしていないが、立派な武魂棍が遠くからでも目立つ。


「シュウヤとイゾルデ、わたしたちは武魂棍がある広場に向かいます」

「俺たちは自由行動でいいのかな」

「はい、武王院会議はまだ少し先。すみませんが、今は案内は……」

「気にするな、やるべきことをしよう。イゾルデと一緒に訓練しながら探索する。そして、鬼魔人の勢力が襲来したら、俺たちは勝手に動くが、それでいいな?」

「はい、当然です。ソウカン師兄とモコ師姐が戻ってくるのには時間が掛かる。ホウシン師匠も仙影衆との連絡と、【玄智仙境会】への使者を決めて送り出しているはず」

「あ、わたしも自由でしょうか」

「マヤ? あなたはわたしと来なさい」

「は、はい!」


 エンビヤは走り出す。

 ホウシン師匠の姿はここにはない。


「武王院会議はどこで?」

「中央の師範宿舎にある会議室か【武仙ノ奥座院】です。しかし【武仙ノ奥座院】とは少し距離がありますから、師範宿舎の中でしょう」

「了解」

「では、行きましょう」

「おう」


 皆で広場に向かう。オブジェのような武魂棍は僅かに火炎の魔力を発している。その炎の明るさは、勿論、俺が仙値魔力の位を叩き出した時のような明るさではない。

 エンビヤは、大きい宿舎の手前で、


「ではシュウヤ、後ほど、この師範宿舎に入ります」

「了解」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る