八百六十四話 エンビヤと修業蝟集道場で特訓。
あれが修業
屋根は急勾配の
両端には
砂利と
玄武岩のような黒い飛び石が玄関口にまで続く歩道。
その前庭が、またお洒落だ。
玄関口までのアプローチが日本風と言えるか。
大自然と共存しつつ、その自然に美を見出すにほんの心を感じることができる。
昔の〝にほん〟を体感している印象だ。
その〝にほん人〟として
「行こうか」
「はい」
エンビヤと一緒に砂利と苔と黒い飛び石が織り成す前庭を進む。
石の道の両端には、お
そして、今は彫像だが、小動物のフィンクルの動いている姿は学び
フィンクルは猫に近い姿だったし……。
どうしても
淋しい。ま、これは仕方ない。
修業蝟集道場に近付くと、大和棟と瓦もよく見えてきた。
瓦には魔印の文字が刻まれてある。
長細い
高塀造は
太い
下見板は
間にある太い柱の上部には梵字が刻まれてあった。
見た目的に【
すると、先を歩くエンビヤが振り返って、
「シュウヤ、修業
頷いた。
「歴史感のある古風な建物は好きなんだ。武仙ノ奥座院より古い印象を受けた」
「はい。わたしが生まれる前からここにあるようです。お師匠様も幼い頃から、この道場で修業を行っていたと聞いています。ですから武仙ノ奥座院よりも道場は古いのかも知れません」
エンビヤと一緒に修業蝟集道場の玄関口へと向かう。
次第に修業蝟集道場の敷地から覗かせていた
その修業蝟集道場の奥のほうから添水の小気味良い音が響く。
更に鈴の音も響いたところで――玄関口の前に到着。
左右には門松的な
玄関口にサッシや
玄関の中の壁には
玄関の中の足下の素材は……。
青白い魔宝石とコンクリートのような石材。
職人が青白い魔宝石を
青白い魔宝石が上に出て凸凹しているが、お
上がり
ふすまの絵は……。
植物に絡む白蛇と
風情があるなぁ。
まさに、玄妙な道。
エンビヤは、そのお寺の禅定の雰囲気を醸し出す玄関口にさっと入る。
エンビヤは
その足袋はハイソックスが包む足に絡むように
足袋は下駄のような
そんなエンビヤの足を見ていると、
「シュウヤの素敵な靴は、肩の竜の頭と同じく
「この靴はさすがに喋らない」
と、笑顔を浮かべつつ靴を見せた。
エンビヤは俺の靴を凝視。
装着中の魔剣を結ぶ剣帯の紐なども見ていた。
「竜頭の肩防具はもう消えていますが、先ほどは武芸者の装備を食べていました。取り込んで自由に展開が可能なのですね」
「おう。びっくりさせてすまん」
「大丈夫です」
ジッと俺のハルホンク衣装を凝視するエンビヤ。
黒い瞳に魔力が少し宿る。
そのエンビヤに見せるように両足を少し動かした。
この靴の素材は暗緑色の素材が主力。
少し牛白熊の素材と魔法のケープの素材も混ぜてある。
「靴、アーゼンのブーツ、サンダル、なんでもござれ。肩の
そう発言しつつ玄関口に足を踏み入れた。
エンビヤに近付き――。
「だから色合いも時々変化を……」
「おう」
素足に戻した。足下の青白い魔宝石はひんやりとしている。
よく考えると魔宝石か不明だが、青い石には魔力もあった。
エンビヤは瞳が輝き、嬉々として喜ぶ。
「靴が一瞬で消えた。近くで見ると凄く不思議です。シュウヤと一体化している凄い衣装防具がハルホンク!」
「一瞬裸になってしまうが……」
エンビヤは「ふふ」と笑いつつ頷いてくれた。
そのエンビヤは俺の股間をチラッと見て恥ずかしそうな表情を浮かべてから視線を逸らす。
頬がほんのりと朱色だ。
可愛い。
そんな可愛いエンビヤに笑顔を送りつつ玄関口を見渡す。
エンビヤの真後ろは長細い式台。
段差がある上がり
この足下の青白い魔宝石は……。
結界&消毒&消臭の効果がある?
靴を脱いだエンビヤは、板状の式台と上がり框に左右の足を交互に掛けて上がった。
エンビヤが立つ襖絵が設置されている板の間は広い。
修業蝟集部屋といったように、この道場は結構広そうだ。
エンビヤは二つの短槍が納まる槍帯の紐を緩める。
足下の板の間に、その二つの短槍を納めた槍帯と小袋を置く。
自身の股間と
両膝で、板の間をつくように丁寧に腰を下ろした。
前掛けが足に引っ掛からないためか。
一瞬、
エンビヤは正座の姿勢で振り返る。
腕をサッと下に伸ばし――。
細い指先で式台に並ぶ脱いだ足袋を
足袋を
その何気ない笑みを見てドキッとした。
美しいエンビヤは正座の姿勢を少し崩すように――。
片方の膝を横にずらしつつ、綺麗な生の太股を
俺に背を向けた。
その立ち居振る舞いには〝武〟と〝法〟があった。
素敵だ。和風美人さん最高!
とは叫ばないが、そんなテンションになりつつ、
「素足で上がっていいんだよな」
と聞く。エンビヤは「ふふ」と微笑して、
「気にせず上がってください」
「了解、無作法かも知れないが、失礼する――」
礼をしてからエンビヤの横に上がった。
横にいるエンビヤは、
「礼儀は存在しますが武人は武人。武芸十八般、生きるための強者には厳律な礼儀など必要ない。と、お師匠様も
ホウシンさんらしい言葉。
俺は元々無作法だが、エンビヤの言葉に頷きつつ、
「礼儀も事によるってことかな」
「はい。お師匠様は、〝礼儀に捕らわれていては心技体を曇らせる。鬼魔人も仙武人も雲となり雨となるのじゃ。同じ木の切れである。兵法や礼儀より食い方じゃよ。ふぉふぉ〟と、よく笑いながら仰っていました」
エンビヤなりのホウシンさんの物真似(まね)が可愛い。
しかし、ホウシンさんの言葉は深い。
ホウシンさんと武王院の教えか。
尊敬しか浮かばない。
身が引き締まり、自然と、
「参考になるお言葉だ……」
「はい。お師匠様は何重にも意味を捉えられる深い言葉を短く伝えてこられるんです」
エンビヤの言葉に深く頷いた。
「武王院の教えは素晴らしいと思う」
そして、アキレス師匠の教えは、どこにでも通じる。
尊敬と感謝の思いが胸に満ちて、自然とラ・ケラーダを心に抱く。
エンビヤは俺を凝視してきた。
ジッと見たまま、呆けたような表情だ。
「どうした?」
そう聞くとエンビヤはハッとして頬を朱に染めつつ、
「……い、いえ……武王院を褒めてくれて嬉しく思います。あ、シュウヤ、この道場の中で見たい場所はありますか?」
「修業蝟集って名前だから部屋は多そうだが……」
廊下を見回す。
「蝟集の由来は針部屋だけで、実はそうでもないんです。調理場部屋、瞑想部屋、針部屋、図書部屋、風呂部屋、寝室。そして、庭が覗(のぞ)ける畳が広い修業蝟集部屋、道場の中心があります」
「では、その道場の中心に行こう」
「はい」
エンビヤは宝魔槍・異風と宝魔槍・異戦を結ぶ紐(ひも)を右手で掴むと、それらの装備品を持ち上げた。
共に板の間を歩いて長い廊下に鎮座する襖絵(ふすまえ)を迂回しつつ奥に向かう。
その際に廊下の前後に閉じられた木戸と土壁が見えた。
すぐに道場につく。道場らしく畳が敷かれてあった。
五十畳以上の広さはあるか。
道場の左と右には、木枠で四角に囲われた石畳と木人が並ぶ。
エンビヤは木枠の縁に装備品を置いて畳の中央に向かった。
無手のエンビヤは俺に向けて礼。
俺も礼をしてから、
「広々として外の景色もいい。畳の匂いも好きだ。いい訓練場だな」
「ありがとうございます。わたしもここが好き……シュウヤも気に入ってくれてとても嬉しく思います」
頷いた。
少し畳の上でフットワークを確認してから縁側に出た。
「――水浴び場を兼ねた添水(そうず)と魔力のカーテンの敷居もお洒落だ。風呂場と通じている?」
湯気が敷居の奥からあがっている。
「あ――はい。お風呂も種類があるんです」
と、頬を朱に染めて話をするエンビヤ。
男女兼用の露天風呂もあるってことか。
温泉を兼ねた修業蝟集道場とか最高だな。
が、エンビヤは風呂の方角と俺の体をチラッチラッと交互に見ては恥ずかしそうにしているから話を逸らすか。
縁側から畳のほうに歩いて戻る。
天井などの白蛇の模様を見ながら、
「この道場で、たくさんの仙剣者や仙槍者たちが育ってきたんだと分かる……」
「はい。殆ど武仙砦で活躍しています」
「玄智の森闘技杯の優勝者もいる?」
「はい、何人も」
戦うことは好きだから、それなりに興味はある。
が、武仙砦のほうが重要だ。
「その武仙砦に常駐している仙武人、仙剣者や仙槍者の兵士はどのくらいいるんだろう」
「常時数百人~数千人に変化します。魔族の大軍が襲来した場合は数万規模に」
さぞや立派な砦なんだろうな。
真田丸のような出城もあるんだろうか。
「……へぇ。皆が目指すのは武仙砦か」
「大概はそうなります。筆頭院生、院生の多くは武仙砦の隊に誘われます。そして、玄智の森のために生きることが仙武人の誉れですから」
凜々しく語るエンビヤ。
眩しく見えた。
そのエンビヤから視線を逸らして、畳の道場をまた見回した。
天井と壁の隙間に立てかけてある旗には剣と槍の印がある。
壁には、ホウシンさんの言葉が刻まれてある看板もあった。
先も教えてくれたが、武王院の教え……と分かる。
「師匠と弟子の間には掟もありそうだ。その掟を聞いておきたい」
エンビヤはジッと俺を見て、なにか思案してから俺の言葉を噛みしめるように、
「……武王院は他の仙境より優しい掟ですが、あります。しかし、お師匠様ではなくわたしが……」
「いいよ。エンビヤ師匠、どんな掟なんでしょうか、ご教授をお願いします」
「え!?」
「冗談だ、エンビヤ師姐」
「あ、はい……シュウヤ……」
照れたエンビヤがめちゃ可愛い。
そのエンビヤはチラッと壁の看板を見ると、
「お師匠様を頂点として、〝上の世代を敬い武を尚び、武王院の仲間と玄智の森を大切にして自らの意思と自由さを大事にするべし〟」
と教えてくれた。
そして、看板に一礼。
素早く体勢を戻したエンビヤは身を退いて畳を少し横移動。
中央の位置にいるエンビヤに、
「いい言葉だ。自然と胸に響いて、共感できる……」
「はい、わたしも同じです」
エンビヤは微笑んでくれた。
そのエンビヤは左右の拳を数回突き出して前蹴りを放つ――。
<玄智・明鬯組手>の簡易的な演武か。
――拍手。
「今の素晴らしい演武は<玄智・明鬯組手>の一部かな」
「はい」
しかし、自らの意思と自由の言葉は……。
仙武人の誉れの部分と相反する場合もあるかもしれない。
「武王院の教え、ホウシンさんの教えは偉大だと理解できる。しかし、武仙砦も大事なんだよな?」
エンビヤはチラッと壁の看板を見てから俺に視線を戻す。
俺が何を言いたいのか察知したようだ。
「……勿論です。北の傷場から魔界セブドラの諸侯の魔界王子ライランの兵が現れますから。その勢力は玄智の森への侵入を試みようと武仙砦を襲う。鬼魔人と仙妖魔は、あらゆる意味で脅威ですからね」
頷いた。
「だからこそ、武王院などの各仙境が大切なんだな」
「はい! 絶壁の武仙砦へと、優秀な仙剣者や仙槍者を送る役目もわたしたちにはある」
「八部衆としての気構えか」
「そうですね。わたしの場合は武王院を優先しますが。そして、シュウヤが言いたいことも分かります。自らの意思と自由の言葉を疑問に思ったのですね」
頷く。
エンビヤも頷いて、
「ご存じのように、武王院は仙境の中でも突出して個人の自由さを大事にしています」
「……俺も自由は好きだ」
国民主権と基本的人権の尊重は大事だ。
エンビヤは俺をジッと見て瞳を輝かせた。
しかし、少し暗い顔を浮かべると、
「しかし、武王院の教えを受け付けない仙境があるんです」
「仙境同士で対立か。前にも血縁と権力の関係でしがらみがあると聞いた」
エンビヤは頷いて、
「……お師匠様、武双仙院の筆頭院生クレハ、鳳書仙院の師範ラチ、霊魔仙院の筆頭院生ダン、霊迅仙院の師範メグには、他の仙境の【風王院】、【仙魔院】、【霊迅院】、【白王院】に親族や知り合いがいるのです」
武王院の学院長でもあるホウシンさんの家族が他の仙境にいるのか……。
「ホウシンさんの親族は、どこの仙境に?」
「白王院の学院長ゲンショウ。わたしたち八部衆にとっては師叔に当たる」
そりゃ……しがらみだらけだ。
「師叔というと、ホウシンさんの弟弟子が白王院の学院長か。それでいて同じ学院長か、複雑だな。で、大筆のダンだが、【仙魔院】ではなく【白王院】と繋がりがあるのか? 【武王院】の霊魔仙院の筆頭院生のダンだから、名前的に【仙魔院】と繋がりがあると思ったが」
「両方です。武魂棍の儀の、ダンたちの会話を気にしていたのですね」
ダンは仙魔院と白王院に知り合い、または親戚がいるのか。
「そりゃな……」
エンビヤは頷いた。
あまりダンのことは深く語らず。
話を白王院に、
「なんとなく想像では、その白王院の仙境は……掟に厳しい印象がある」
「その通り、他を寄せ付けない厳しさがあります。他の仙境や玄智の森を見下していると言いますか……」
「矜持、プライドが高いか」
「はい。神界セウロスとの繋がりが深く、神々に選ばれし仙武人としての自負が高すぎる」
エンビヤは、嫌そうに話をした。
白王院は、差別が横行しているのかな。
生産性の有無だとか、能力で人を見下す輩か。
ま、聞いただけで判断はしない。
自分で見て聞いて会って直に色々と話をしてからだな。
「他の仙境にもそういう仙武人が?」
「はい。仙魔院にも武王院を目の敵にする輩は多い」
【玄智仙境会】で纏まっているようにも見えて、武王院、風王院、仙魔院、霊迅院、白王院は一枚岩ではない。
「【玄智仙境会】の大同盟には綻びがある。そんな玄智の森を、魔界の勢力から守り続けている武仙砦の仙剣者や仙槍者も大変だな」
エンビヤは深く頷いて、
「そうなんです。【玄智仙境会】の名の下、玄智の森の各
頷いた。
「その綻びの続きだが、ダンパンの勢力と連携を取る、他の仙境の八部衆的な存在や【仙影衆】のような集団が、カソビの街で暗躍して、武王院を攻撃しようと企んでいる?」
エンビヤは顎に人差し指を当てて思案。
そして、
「ダンパンの勢力は各仙境の印章や装備品を狙う集団。手を組む可能性は、低いはず……」
まぁ、それはそうだよな。
しかし、エンビヤは真剣な表情を浮かべると、
「ですが……カソビの街には『嫉妬、やっかみ、欲望は仙武人を鬼魔人へと変える』といった言葉があります。殺人事件は多い。シュウヤの話すことは正解かも知れません……」
カソビの街で【仙影衆】として活動していたエンビヤはそう語る。
「……嫉妬の面だが、その【玄智仙境会】の権力も関わる?」
「関わります。お師匠様は【玄智仙境会】の会長でもありますから……更に武王院の玄智山には地形と各院を利用した優秀な幻術陣地があり、その各院にはそれぞれ優秀な奥義書が保管されています。それらの奥義書の幾つかは筆頭院生と師範と院長にのみ開示が許されているのです。また、それらの奥義書の名は他の仙境に轟いている」
「それは【武仙ノ奥座院】の秘宝と似たアイテム?」
「お師匠様が守る【武仙ノ奥座院】の秘宝は特別すぎて、少し話が異なります……」
「そりゃそっか。その武王院の中で有名な奥義書は?」
「武王院の霊魔仙院なら『鴻旗仙霊陣書』や『仙魔造・絡繰り門』の奥義書が有名です」
それは凄そうな奥義書だ。
<仙魔術>系統かな。
そのことは聞かず、
「へぇ、色々とあるんだな。色々と話を聞けて面白い。ありがとう」
「ふふ、とんでもない。他にも聞きたいって顔付きです」
頷いた。
「おう、ある。『嫉妬、やっかみ、欲望は仙武人を鬼魔人へと変える』の言葉だが、例えも含む言葉なんだと思うが、実際に鬼魔人へと変化を促すスキルを持つ魔界王子ライランの眷属がいるんだろうか」
エンビヤの表情が変化。
「……ありえます」
それらしい情報は聞いているって表情だな。
「武仙砦を秘かに越えている魔界セブドラ側の存在がカソビの街に潜んでいるってことか」
「……」
頷いたエンビヤ。
その潜んでいる連中が裏で、どんな絵を描いているのかは……まだ分からないが……。
「だからこそ、武王院の学院長のホウシンさんは、【仙影衆】をカソビの街に放っていたんだな」
「――鋭い推察です! シュウヤは凄い!」
「ありがとう。エンビヤにホウシンさんと玄智の森のことを聞いているからな」
「それでもです。お師匠様のような鋭い窺知力をシュウヤが持つのは極めて高度な対人戦闘を熟知している証拠」
「エンビヤを襲った連中を見て直に戦ったことも大きい」
エンビヤの印章や体を求める喋りをするチンピラ連中は許せない。
「はい! あの時のシュウヤは賢くて素敵でした!」
小躍りするように胸元で両手を合わせる仕種が可愛い。
笑みを見せてから……。
「玄智の森を守る武仙砦と各仙境からしたら、カソビの街は獅子身中の虫である?」
「……仙境の者には、そういう考えの者が多い……しかし……」
エンビヤは少し考える。
白王院の矜持と他人を見下す考えの起因が、そこにありそうだ。
が、カソビの街には三大流派の武芸者が多いと聞いた。
街がある以上、悪一辺倒なわけがない。
「カソビの街にも仙境から出た仙剣者や仙槍者がいるのか」
「はい」
「なら、その仙境出身の方々は正義の心を持つ割合が多い?」
頷くエンビヤは、
「一概には言えませんが同じ仙武人。そうだと信じています。そして、仙境に入らずともカソビの街で武芸に励む仙武人は多い。三大流派の武芸十八般に通じた武芸者の中には武仙砦や傷場で活躍できる存在もいます」
「そんな玄智の森の者たちを白王院は嫌う?」
「……はい。下賤の野仙武……介者剣術などと揶揄して、嫌います」
頷いてから、
「……印章ってのは身分証明書?」
「その通り。各仙境の印章はそれぞれの院の入学証明書です」
「背乗りのようななりすましも可能ということか」
「……スキルや魔道具がある以上、可能性はあります」
この辺りはどこも同じだ。
工作員といえばフランを思い出す。
「印章もそうだが、カソビの街では名手の仙剣者や仙槍者の装備品は高値で取り引きされている?」
「はい」
武芸者から
そして、その印章だが、
「俺も印章はもらえる?」
「はい。シュウヤはもう武王院の院生。お師匠様からもらえるはずです」
「なら、後で【武仙ノ奥座院】に行くとしよう」
「あ、お師匠様や、ここで訓練予定の院生や八部衆も、いずれここに来ると思います」
「お、そうなのか」
「だからご安心を。そして、シュウヤ、<仙魔術>より先にわたしと組み手の特訓をしますか?」
「いいねぇ。お願いしようか、エンビヤ先生」
「わたしを先生だなんて、先生はシュウヤのほうかと」
エンビヤは嬉しそうに微笑む。
ラ・ケラーダの思いで、
「俺は学ぶ立場。先輩のエンビヤは師姐だ」
「ふふ、はい。分かりました」
エンビヤの笑みを見ながら――。
衣装を和風の軽装にチェンジ。
そして、会釈してから、一歩、二歩と前進。
畳の感触は懐かしい。
エンビヤに向けて左右の腕を広げつつ――。
「押忍、エンビヤ師姐!」
と発言して半身の姿勢となる。
風槍流の構えだ。
「シュウヤ、気合いが入ってます!」
エンビヤも気合いが満ちた顔となる。
さて、スキル<槍組手>と<魔人武術の心得>を活かすとしよう。
丹田を中心に<魔闘術>を強める。
「――こい!」
「はい! ――<闘気玄装>!」
体から魔力を爆発させたエンビヤ。
最初から全力か――。
エンビヤの体がブレると瞬時に俺との間合いを詰める。
迫力満点のエンビヤ。
体が浮いたようにも見えたエンビヤの右拳が迫る。
正拳突きを凝視しつつ、半歩、更に後退。
――キサラから習った掌法の『魔漁掌刃』と魔手太陰肺経を意識。
――<魔闘術の心得>と<魔人武術の心得>も意識した。
更に<血道第三・開門>を意識。
<
加速しているエンビヤは難なく――。
俺の<魔闘術>と<
その強者のエンビヤの右拳を左手で往なした――。
が、エンビヤは往なす動きを読んでいた。
弾かれた右腕で下から弧を描く。
速やかに俺の左手首を――。
その右手で掴むや、俺の左腕を引っ張りつつ体を寄せると、左拳を突き出してきた。
頭部を傾けて左拳の一撃を避ける。
が、そのエンビヤの左手の小指が、首と肩に近い服の端に引っ掛かる。
服の一部、奥襟を釣り手で掴まれた。エンビヤは名柔道家、名相撲取りに成れるか?
エンビヤは俺が避けることは折り込み済みか。
エンビヤは「ふんっ」と声を発して――。
俺の接地を崩すように俺の左腕を右手で自身の腹の下へと引きつつ、左足の踵で俺の左足を払い蹴るような大外刈りを狙ってきた。
――彼女の吐息と魔力に胸の感触が心地良い。
そして、素早いが対処は簡単。
――前進、両腕と体幹の魔力を強めて<魔闘術>の配分を微妙に変化――。
エンビヤの勢いを流れるまま利用する。
エンビヤの腰元を左腕で包むように――。
腰元の服と和風コルセットを掴んでから――。
右足の裏で畳を強く蹴る。
エンビヤを左腕一本で抱えるように横回転跳躍を行った。
「きゃぁ――」
エンビヤを宙空払い腰で畳に叩き付けるように倒す予定だったが――エンビヤを傷つけないように――。
彼女の腰を引き寄せて横回転を続けた俺――。
ドッと背中に強い衝撃を受けた。
叩き付けられる畳の感触が懐かしい。
「あれ……倒されたのに……わたしが上に乗っています……」
俺の体に乗った姿勢になっているエンビヤはそう語る。
軽装だから、直にエンビヤの柔らかいお尻さんの感触を得た。
嬉しい感触のことは言わず、
「ま、俺が倒されたってことで」
「ふふ、シュウヤ……からかわないでください。シュウヤはわたしの身を守ってくれたのですね?」
頷いた。
「……すまんな、つい」
「いえ、優しい心は凄く嬉しいです。でも次は、わたしの修業にもなりますから、容赦なく倒してください!」
「容赦なくか……」
「シュウヤ、わたしのためを思ってお願いします」
そうだな。
失礼に値する。
気を引き締めて、
「了解」
と言うと、エンビヤは左手で俺の胸元と腹を触りつつ立ち上がる。
エンビヤの掌の感触が少し気持ち良かった。
そのエンビヤは手を差し伸べてくれた。
その手を掴んで、立ち上がる。
「さぁ、シュウヤ! 遠慮は要りません。わたしを倒して!」
「倒してって言い方が少し可笑しいが。ま、もう一度勝負と行こうか」
「――はい!」
といきなり右回し中段足刀。
その足蹴りは受けず後退――。
と、次の左回し下段蹴りが飛来。
尻を隠す掛け布が舞い上がる。
――エンビヤの見事なお尻さんの大半が見えた。
が、俺はすり足を実行し、左側へと回る。
エンビヤも合わせて連続的に回転しながら寄る。
右拳の打撃と思わせた下段蹴りを放ってくる。
見事な武術――。
速やかに右足を半歩退いて横回転。
そのエンビヤの下段蹴りを避けた。
速やかに反撃に左手を突き出す。
エンビヤの衣服を掴むやエンビヤの蹴りの支え足を右足で払った。
「――きゃぁ」
畳に受け身で倒れたエンビヤ。
一瞬心配するが、杞憂。
エンビヤは腹筋を使い素早く立ち上がる。
「――凄い! <玄智・蹴刀回し>が難なく対処された!」
倒されたエンビヤは嬉々として語る。
「おう。エンビヤも素早い蹴りスキルだった」
「ありがとう! でも、あんなに見事に避けられて対処されたのは、お師匠様以外ではシュウヤが初めてです!」
「俺も武芸は色々と学んでいる」
「ダンとメグ師範が分析していましたが、どのような……」
「風槍流を軸とした槍使いが俺の基本。偉大な師匠を持つんだ。そして、<槍組手>に<魔闘術>に<魔人武術の心得>などのスキルも得ている」
数回頷いたエンビヤは胸元に手を当てて、
「……シュウヤのお師匠様は、ホウシン様のような?」
「あぁ」
偉大なアキレス師匠とホウシンさんが重なる。
「しかし、魔界セブドラ側の魔人武術までも……だから<玄智・明鬯組手>と似た技術を扱うのですね」
頷いた。
「<槍組手>には、自信がある」
「はい、融通無碍の歩法の真髄が込められていると分かります。実に巧みです!」
「ありがとう」
「ふふ、シュウヤ、もう一度!」
「おう。エンビヤから<玄智・明鬯組手>を学ばせてもらうとしよう――」
「はい――」
エンビヤは加速――。
ギアが掛かったような速度から左拳と右拳。
更に「<玄智・八卦練翔>――」とスキルを発動。
右肘と左拳、右拳と左肘の打撃を交互に繰り出してきた。
柳腰で美しいし、その腰のキレがいい!
俺は両腕を上下に構えた。
それぞれの掌で、エンビヤの拳と肘の打撃スキル<玄智・八卦練翔>を<魔人武術の心得>を活かすように往なし続けたが――痛ッ。
と、今のように――。
時折対処に失敗。
もろにエンビヤの打撃を受けてしまう。
「ふふ――効きましたね!」
「あぁ、見事な連携武術だ」
「ふふ――」
額に珠のような雫が湧いて汗を掻いていると分かる。
が、不思議と息切れがないエンビヤだ。
かなりの強者――。
あ、彼女は人族ではないんだった。
仙武人という種族。
元々は<神剣・三叉法具サラテン>や<光魔ノ秘剣・マルア>と同じく神界セウロスの
そこから派生した世界が、この玄智の森の世界。
だからエンビヤを含めた玄智の森に住まう人々は、神界セウロスに住まう仙人たちの末裔でもある――。
エンビヤの右回し上段蹴りを左手で掴んで止めて――。
前傾姿勢のまま<水月血闘法>を実行。
血の加速を活かす速度で前進し、速やかに右足でエンビヤの支え足を刈り取った。
「――きゃあぁぁ」
勢い余ったエンビヤは宙空で一回転。
エンビヤは受け身の姿勢になりつつあるが、さすがにマズイか。
速やかに跳躍して、エンビヤを抱きしめつつ畳に着地――。
「あ、ありがとう……」
「おう、今の機動だと頭から叩き付けられそうだったからな」
「はい……」
と俺の胸元の臭いを嗅ぐように抱きついてきた。
が、すぐに俺の体から離れたエンビヤ。
「す、すみません」
「いや、気にするな」
「ふふ、はい」
笑顔が綺麗なエンビヤに惚れそうだ。
が、いつスキルを獲得して目覚めるか分からないからな。
すると、魔素の反応が。
入ってきたのは女性と男性。
「お、だれが訓練しているのかと思ったが、エンビヤと……」
「あ、モコ師姐とソウカン師兄!」
エンビヤがそう発言。
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