八百六十話 シクルゼ族の秘話
シクルゼの谷に怒号が行き交う。
ぶつかり合う大軍と少数の魔族の軍。
シクルゼの谷を血と魔素の霧が曇らせる。
大軍は魔公爵ゼンの【三衝軍】。
その大軍の三衝軍を率いるのは魔界騎士バイアン。
魔公爵ゼンの三衝三鬼と呼ばれている三将軍の一人。
一方、少数の精鋭部隊は【魔靱・四刃衆】。
その魔靱・四刃衆を率いるのは四眼バミアミ。
四眼バミアミも歴戦の強者。
であるが……さすがに三衝軍は数が多い。
魔界騎士バイアンが率いる数千の三衝軍に中央を食い破られると、魔靱・四刃衆は次々に討ち取られていく。
そんな魔靱・四刃衆の中で一人気を吐く存在がいた。
それは魔靱・四刃衆隊長の四眼バミアミ。
今も四眼バミアミは四腕を振るう。
名の知れた魔剣で二人の魔騎兵の首を刎ねていた。
そして、四腕を上方に翳す。
「――我、魔靱・四刃衆隊長の四眼バミアミなり! これ以上は進ませぬと心得よ――」
四眼バミアミはそう叫ぶ。
三衝軍の魔騎兵に吶喊。
四眼バミアミは魔矢と火矢を全身に浴びつつも、三衝軍の魔騎兵たちが繰り出す槍の攻撃を避け続けた。
そして、一人の魔騎兵に飛び掛かった。
「――ぬぉらぁぁ」
袈裟斬りで魔騎兵の首を刎ねた。
その魔騎兵の魔獣を蹴り上げた反動で斜めに跳ぶや、前にいた魔騎兵の首を剣突で穿つ。更に、着地際に、魔獣を蹴りつつ、近寄ってきた魔騎兵を魔獣ごと逆袈裟で打ち倒す。
背中に槍の一撃を受けたが、構わず、寄ってきた歩兵を組み倒して転がりつつ前進。その歩兵の死体を盾に利用しつつ起き上がり一人前進しながら群がる魔騎兵を討ち取り続けた。
奪った得物でゴアラ級の魔獣を何匹も倒す。
全身が血塗れとなった四眼バミアミは魔公爵ゼンの大軍勢の進撃を立った一人で、数十秒の間止めてみせた。
さすがは四眼バミアミ。
シクルゼ族長バイオミの長男である。
すると、魔界騎士バイアンが、
「シクルゼ族の魔将! 良い<魔闘気>であり魔人武術だ! が、ここまでと心得よ――」
そう発言しながら魔槍バオルハマルを抱えて突進。
「――なんの!」
魔槍バオルハマルの強烈なランスチャージを四つの魔剣で受けた四眼バミアミだったが――。
「ここまでだ――」
魔界騎士バイアンの速度が増した。
直槍の魔槍バオルハマルとバイアンの体が幾重にもブレたまま繰り出された<三衝・衝牙槍>の攻撃が四眼バミアミの魔剣のすべてを弾くや、四眼バミアミの四腕も穿つ。
四腕が無残に散った。
腕を失った四眼バミアミは苦悶の表情のまま、片膝で血濡れた地面を穿つ。
「――ぐぬらぁぁぁ」
と全身から血を放ちながら第二開眼<魔靱・鳴神>を放つと、バレリーナの如く撓る両足を振るい上げた。
四眼と連動したシクルゼ族に伝わる<魔鳴・黙蹴>だ。
だがしかし、加速している魔界騎士バイアンに<魔鳴・蹴黙>の蹴りはすべて避けられた。
『<
そう思考した四眼バミアミ。
その直後――。
魔界騎士バイアンは髑髏の形をした魔力を発した。
「<三衝・極魔烈>」
魔槍バオルハマルから悲鳴のような声が谺する。
髑髏の魔力と一体化した魔界騎士バイアンは直進――。
地面をも削る魔槍と一体化した魔界騎士バイアンの突きスキルに四眼バミアミは悲鳴も上げられず、体は四方に分解して飛んでいた。
魔界騎士バイアンが通った地面は捲れている。
魔界騎士バイアンは振り返らず。
四眼バミアミの鎧の一部と肉片がこびり付いている魔槍バオルハマルを掲げて、
「――シクルゼの谷の魔将を討ち取った!」
「「「おおう!」」」
「「三衝三鬼の魔将バイアン様バンザイ!」」
「「魔界騎士バイアン様は無敵だ!!」」
「……英傑揃いの三衝軍よ! シクルゼの谷を突き進め!」
「「「おおう!」」」
「このままシクルゼ大砦も落とす! 続けぇぇ――」
魔公爵ゼンの魔界騎士バイアンが率いる三衝軍はシクルゼの谷を蹂躙。
要所で粘る魔靱・四刃衆を各個撃破。
谷を守るシクルゼ族の魔靱・四刃衆は完全に崩壊。
三衝軍は魔界騎士バイアンの正確な指示の下、シクルゼの谷の要所や田畑を破壊しつつ、シクルゼ族の残党を討ち取っていった。
そうしてシクルゼ大砦を囲う魔衝軍。
魔公爵ゼンの配下の魔界騎士バイアンは、シクルゼ大砦を見据えてから頷いた。
配下の三衝軍たちに、
「あのシクルゼ大砦を落とす! 魔炎雷師サーグ、魔弓兵に破壊の血を装備させろ」
「「ハッ」」
魔炎雷師サーグ率いる魔弓兵たちは即座に指示を実行。
「一度に三つの城門を破壊、燃やせ、払え!」
「「はい!」」
魔炎雷師サーグ率いる魔弓兵たちは魔矢に破壊の王ラシーンズ・レビオダの血を含んだ鏃を装備。
その破壊の王の力の一部が宿った魔矢を放つ。宙空に無数の放物線を描く魔矢がシクルゼ大砦に突き刺さる。
魔矢が刺さった外壁は吹き飛んだ。
一部の外壁は燃えるように溶ける。
大砦の内部も大崩れとなった。
魔界セブドラの神の一柱の血を内包した魔矢の威力は凄まじい。
その魔矢の効果でシクルゼ大砦の正門と左右の門は一瞬で焼け落ちた。
正門の闇神アーディンの魔槍札が焼け溶ける。
そして、シクルゼ族には……とある予言があった。
『闇神アーディンの加護が落ちる時、シクルゼ族は崩壊するであろう。しかしながらシクルゼ族は生き存える。その中から
指揮官の魔界騎士バイアン。
焼け落ちた正門と壁の間から覗くシクルゼ族の兵士たちを見ながら、
「我が蹂躙する、ついてこい!」
そう宣言。
ハイ・ゴアラ級の魔獣の腹を蹴った。
直属の麾下の魔騎兵も魔界騎士バイアンに遅れて続く。
魔界騎士バイアンは加速。
シクルゼ族の兵士たちを魔槍バオルハマルで穿ち倒す。
石突がない魔槍バオルハマルの持ち手を交互に変えては、先端と後端の戟を振るい回し、シクルゼ族の兵士の頭部を、胸を、次々に抉り取っていく。
二十のシクルゼ族の兵士を討ち取った。
そんな魔槍バオルハマルを扱う魔界騎士バイアンが乗る魔獣ハイ・ゴアラに魔矢が突き刺さる。
魔獣ハイ・ゴアラは悲鳴を上げない。
自らの筋肉の力を示すように、
「ガルルルゥ――」
そう魔息を吐く。
そして、筋肉の力だけで刺さっていた矢を外に飛ばした。
その動きを止めた魔界騎士バイアンに向けて、
「「今だ!」」
「「かかれぇ」」
シクルゼ族の兵士たちが魔界騎士バイアンに向かう。
魔界騎士バイアンは「知れたこと――」と、魔槍バオルハマルを振るって<豪閃>と似た大技を繰り出した。
シクルゼ族の兵士たちの首を刎ねた。
その直後、「んが……」と魔界騎士バイアンは魔矢の攻撃を体に受ける。
左肩に受けた魔矢を魔槍バオルハマルで折った魔界騎士バイアンは、魔矢を寄越した人物はだれかと上を向く。
「そこか――」
魔界騎士バイアンは魔獣に指示を出し、壁に備わる射手台へと跳躍。
魔獣ごと射手台に移るや、シクルゼ族の魔弓の名手ベルアに向けて駆けた。
木組みの射手台は重い魔獣ハイ・ゴアラと魔界騎士バイアンの体重の影響で崩壊が始まる。
魔弓の名手ベルアの足場も揺れに揺れた。
が、魔弓の名手ベルアは動じない。
近付く魔界騎士バイアンを見ても逃げず。
冷静に、鳴神ハヴォスの弓に魔矢を番えた。
魔矢を自身に迫る魔界騎士バイアンに放つ。
稲妻のような勢いで向かう魔矢を見た魔界騎士バイアンは、
「――ぬん!!」
と魔槍バオルハマルで魔矢を打ち払う。
直後、魔界騎士バイアンの視界を閃光が奪った。
更にベルアの放った魔矢が幾重にも分裂。
魔界騎士バイアンの体に突き刺さった。
魔弓の名手ベルアの<鳴境・魔矢>が決まった瞬間だ。
ベルアに笑みが生まれたが、それも束の間、
「ぐえぇ!?」
ベルアの首は魔槍バオルハマルに穿たれていた。
凄まじい血飛沫が舞う。
ベルアを討ち取った魔界騎士バイアンは魔獣ハイ・ゴアラを前進させて崩壊する射手台から壁の台に跳び移る。
そこで魔獣ハイ・ゴアラの動きを止めた。
配下が大砦の内部になだれ込む様子を把握しつつ、ゆっくりと大砦の奥を凝視。
大砦の奥に不自然な洞穴があるのを視認した。
その洞穴の中に多数のシクルゼ族の兵士が撤退しているのを見ると、
「チッ……抜かったか」
魔界騎士バイアンは急ぎ魔獣ハイ・ゴアラの腹を蹴る。
その洞穴に向けて直進――。
壁際を四肢で蹴る魔獣ハイ・ゴアラ――。
◇◇◇◇
生き残ったシクルゼ族たちは洞穴を進んでいる。
そして、前方に明かりが見えた。
前方の明かりの先はハーヴァルの魔森だ。
「見えた!」
「ハーヴァルの魔森なら安心!」
「族長、追っ手が迫っています。先に出てください」
「だめだ。アガルゼ、お前が先に出ろ」
族長と呼ばれたシクルゼ族の男性がそう発言。
皆に背を向けている。
暗闇の奥を見据えたシクルゼ族の族長は、
「わしが追っ手を引き受ける」
「「族長!」」
「「バイオミ様!!」」
「黙らんかい! わしの武力を信用しないのか?」
「信用していますが……」
「理解したのなら、退くのだ。アガルゼよ、シクルゼ族を頼むぞ」
「いやだ。殿は俺がやるべきだろうが! 族長、父さんは生きるべきなんだよ! 英雄だろう! 四眼バイオミ!」
四眼アガルゼは泣いた。
「ここで泣く男だからこそ、魔靱・四刃衆を任せなんだ……」
「……父さん」
「が、その泣く男だからこそ、お前にルリゼゼを託せる」
アガルゼとシクルゼ族の生き残りの兵士たちが子供を見た。
ルリゼゼは指を口に咥えて、
「父さん、爺ちゃん……母さんは?」
と質問。
族長バイオミとアガルゼは、幼子のルリゼゼを見る。
バイオミは泣き続けているアガルゼを優しい顔つきで見ては、
「アガルゼ、これで理解したな」
アガルゼは族長でもあり父でもあるバイオミの言葉を聞いて数回頷きつつ、
「分かった……」
と呟いてから自分の娘のルリゼゼを見て、
「ルリゼゼ。母さんはいつか合流する」
「そうなの?」
「あぁ、今は俺の言うことを聞いて森に行こう」
「うん」
「声が小さい。いつもの口上で約束しろ」
「え、わ、分かった! 四眼ルリゼゼは父さんと一緒に森に行く!」
「よく言った」
「ふふ」
すると、洞窟の暗がりに明かりが付く。
シクルゼ族の族長バイオミは、
「さぁ、追っ手だ。出ろ。ほれ――族長様、頼むぞ」
バイオミは笑顔で腕輪をアガルゼに託した。
「分かった、父さん……」
また泣きそうになるアガルゼ。
バイオミはチラッとルリゼゼを見て、
「シクルゼ族族長アガルゼ。伝説を思い出せ。シクルゼ族の再建はそなたらに掛かっているのだ」
「はい。なら手勢を……」
「否、邪魔なだけ。そこを見ろ」
生き残ったシクルゼ族の兵士たちは壁を見る。
ハーヴァルの魔森に続く穴の傍には魔印と無数の魔法陣が敷かれていた。
「これは……連鎖破壊陣」
「そうだ。魔印は、わしの血に反応して爆発する。追っ手ごと道連れにしてやろう。さぁ、もう時間はない。然らば。皆、我の屍を越えて生きよ!」
四腕シクルゼ族族長バイオミは暗闇に消えた。
暗闇で四つの魔刃の閃光が煌めきを放つ度に三衝軍の兵士たちの悲鳴が谺した。
バイオミが握る魔剣は優れ物。
四腕の右上の手が握るは魔剣シザヨイ。
四腕の右下の手が握るは魔剣シギルア。
四腕の左上の手が握るは魔剣シアババ。
四腕の左下の手が握るは魔剣シトトメ。
「ここは四眼バイオミに任せた! 皆、出るぞ。退け――」
「「はい」」
新たなシクルゼ族族長となったアガルゼは皆に指示を出すと、廊下の閃光を見ているルリゼゼを抱きあげて走った。
父アガルゼの肩越しに洞窟の奥の閃光を凝視し続けているルリゼゼの四眼には、しっかりと四腕シクルゼ流の妙技が刻まれていた。
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