八百四十八話 クレインの処女刃と熱い抱擁

 クレインは二の腕に嵌まる腕輪の処女刃を凝視。

 処女刃の刃が、その内側の二の腕に突き刺さるたびにクレインは顔をしかめたが、凜とした態度は崩さない。


 蒼い目は力強い。

 二の腕回りは血塗れだ。


 が、クレインは武人の雰囲気を崩さない。

 微かに痛みの声が漏れるだけ。


 処女刃の腕輪から漏れた血が、前腕と指から垂れて大きな盥に溜まり満たされる。


 クレインは、その血を両足で吸い取ると、


「これが処女刃。血の儀式……エヴァもがんばったんだねぇ」

「あぁ」

「ふ、顔に出ているさね」

「すまん、毎回のことだが、どうにもな」

「宗主の務めって奴さ。どんと構えてればいい」


 先ほどと同じようなニュアンスで逆に励まされた。

 頼もしいクレインだ。

 頷いて応えた。


 美人さんの下着姿を堪能するとしようか。


 そのクレインから、違法奴隷&子供たちを拷問していた賭博業者の元締め【大商会赤十字】【テーバロンテの償い】の支部長モグロ・モグラルの一派を皆殺しにした強烈な過去話を聴いてから数十分後……。


 クレインの<魔闘術>と<血魔力>の扱いが急激に良くなった。大きな盥(たらい)の中に溜まる血の速度が遅くなる。


 ロンバージュ魔酒を飲んだ効果が続いている?

 クレインが魔酒の効能を活かして自身を強化できるスキルを持つことは知っている。


 その魔酒の効果で<血魔力>操作が簡単に?

 それともクレイン・フェンロンが特別だからか?

 『酒に別腸あり』という言葉ではないが……彼女はベファリッツ大帝国皇帝の庶子、高貴の一族だから他のエルフと違う内臓類と血管を持つ?


 ハイエルフ的な一族なんだろうか。

 皇帝の一族だけが持つ魔酒を活かせる内臓と血管を持っていてもおかしくはない。


 だが、レベッカ、キッシュ、ベリーズ、ベネット、フー、ドココさんからエルフ種族特有の内臓と血管を強化可能なスキルの話は聞いたことがない。


 そのエルフの友。

 キッシュ・バクノーダ。

 正式にはキッシュ・バクノーダ・ハーデルレンデか。


 今では立派なサイデイルの女王だ。

 故郷のため、家族のため、皆のための重騎士様だ。

 キッシュの祖先のハーデルレンデ氏族もベファリッツ大帝国の古貴族。


 そのキッシュとチェリと酒場でエッチを楽しんだなぁ。


 あの時飲んだ酒は、たしか濁酒系。

 あの濁酒のような酒も魔酒の一種?

 キッシュは酔っ払っていたが、酒に強いほうだと思う。

 酒に強いのはエルフ特有か。


 だが、ハイエルフのレベッカは酒に弱い印象。


 ペルネーテの『たなか菓子店』で酒入りのアイスを食べて顔を赤くしていたことを思い出す。


 ドワーフと魔人の血脈を持つ人族なら酒に強いのもありえると思うが。


 ……あ、ラグレンとの会話を思い出した。


 ラグレンは、


『……詳しく言うと俺とラビだな? ハイム山の清水とハーブ系の草。それに幾つかの秘密果実の食材と一緒に加熱した液体を、エルフとの取引で手に入れた〝魔法の壺瓶〟に浸けて作り上げた〝特別な酒〟だ。今日は狩りついでに、その材料が幾つか手に入ってな?』


 と語っていた。

 ラグレンが語っていたエルフとはテラメイ王国のエルフ。


 ゴルディーバの里の南に拡がる大森林地帯にはエルフの領域があり、その領域を支配するのがテラメイ王国だ。


 そのテラメイ王国も大本はベファリッツ大帝国の古貴族の一つ。ベファリッツ大帝国内の軍閥の一つと聞いている。


 クレインは一時的に、そのテラメイ王国に身を寄せていたこともあったと語っていた。

 予想すると、テラメイ家とフェンロン家は遠い親戚?


 だから、エルフはエルフで昔から酒造りが盛んということだろう。


 すると、今、目の前のクレインが<魔闘術>を強めた?

 俺をジッと見て体を震わせた。


「宗主、何かくる……」

「え?」


 驚いたが、クレインの頬に火の鳥の小さいマークが再出現。

 火の鳥の小さいマークは光と闇の魔力で燃えている。


「お?」

「ふふ」


 火の鳥の背後には……。

 小さい光背とルシヴァルの紋章樹が浮かぶ。


 続いて、米粒ほどの八咫烏の群れも、水鴉か。

 その小鳥の群れが、火の鳥に挨拶するように頬に出現し飛翔。

 鴉の群れはルシヴァルの紋章樹の枝に止まった。


 火の鳥を中心とした一種の風景画にも見える。


 火の鳥のマークがアニメのように動いた。息衝く世界がある。

 新しいタトゥー文化でも見ているようで面白い。


 頬の火の鳥は……。

 嘗ての一族の象徴でもあるが、クレイン独自の<筆頭従者長選ばれし眷属>の力の象徴でもある?


 <血魔力>の成長の効果か?

 そのクレインは、


「――<血道第一・開門>を獲得したさ!」

「早い! だから頬の火の鳥のマークが変化したのか」

「え? 何か体に熱いモノを感じて気持ち良かったが、変化したのか」


 クレインは頬を触っていた。

 小さい火の鳥はクレインに応えるように頭部を寄せている。

 可愛い。


「帝火鳥……」


 そう呟いたクレインは火の鳥の挙動に気付いていない。

 鏡はここにはないから当然か。

 その火の鳥を見ながら、


「帝火鳥と言うのか」

「あぁ、帝鳥、朱華帝鳥、火の鳥とも。〝朱華と深緋を基調とした火の鳥。金牛の季節終われば朱華は根に帝鳥は砂森を超え帝都キシリアに帰る〟という詩がある」


 へぇ。


 キッシュの時も頬の氏族の蜂のマークが増える変化を起こしていたっけ。


 あ、あの時は<筆頭従者長選ばれし眷属>になった直後ではなく、地底神ロルガから取り戻した秘宝を渡して、キッシュ自身が蜂式ノ具を取り込んだ時か。そして、皆が『ハーデルレンデの奇跡』と呼ぶ事象の……。


 小さい黄金の冠となったんだった。


 花の飾りと合うエールワイス。

 俺の知るエーデルワイスと似た名前。

 キッシュとのデートは忘れられない。

 マジュンマロンを一緒に食べた。


 クレインの指に反応している火の鳥だが、クレインの頬から外に飛び出すことはなかった。


 <光魔の王笏>を使っての眷属化の最中には飛び出たが……。


 あ、火の鳥の足は三本足。

 金烏? 水鴉もいるし、太陽神ルメルカンド様? 


 そのクレインの頬に浮かぶ火の鳥はパッと消えた。 

 クレインは自らの力を確認しているのか、頷いている。


 自身で火の鳥の頬のマークを意識したのかな。

 そのクレインは、大きな盥に残っていた自身の血をすべて取り込んだ。


 クレインの顔色は明るい。

 痛みからの解放だ、当然か。


 そのクレインに、


「<血道第一・開門>の獲得、おめでとう」

「ありがとう。これを――」


 二の腕に嵌まる処女刃を外して、放ってきた。

 微かにクレインの血が残る処女刃を片手で受け取る。


 そのクレインの血を頂いてから――。

 戦闘型デバイスに仕舞った。

 そのクレインが、


「<血魔力>の<血道第一・開門>。略して、第一関門とか第一開門だったね」


 頷いて、


「そうだ。血道第一、血道開門、<血魔力>、血の操作とかな。色々だ。ま、自分の好きなように略せばいい」

「<血道第一・開門>は少し長いからねぇ、皆が略して語るのも分かる気がする」


 クレインはそう喋りながら……。

 全身から<血魔力>を発した。

 その血の色合いは朱色の炎に見える。

 体内の魔力操作も活性化。


 元々ある<魔闘術>も強化された印象だ。


「魔力の質が向上し、魔力操作もスムーズ。第一関門の<血魔力>もだが、ヴェロニカも驚くかも知れない」


 クレインはゆっくりと頷いた。


「……歳はわたしのほうが上かも知れないが、吸血鬼ヴァンパイアとしての先輩がヴェロニカとなる。ヴェロニカ姐さんと呼ぶかねぇ」

「クレインは長命のエルフだったな」

「……然もありなん」


 そう語るクレインは微笑む。

 新しい家族を得た気分か。

 俺も嬉しい。その思いのまま、


「見た目で語るのは、ヴェロニカにもクレインにも失礼だと思うが、両方とも美人さんだから、長命ってことを、つい忘れてしまう」


 ニヤッと微笑むクレイン。

 そして、


「……アキレスは歳相応か」

「はい。師匠には皺と白髪がありましたが、まだまだ若くて、風槍流は凄かった」

「あはは、シュウヤ、宗主はアキレスのことになると顔と口調も変わるねぇ。やはり、弟子は弟子のままか」


 そう言えば、敬語調に。

 自然とそうなってしまうんだよなぁ。


 そんなことを考えながら、


「……然もありなん?」

「っはは。わたしの真似かい、面白い。そして、あとでしっかりと血文字で挨拶しないとねぇ。そして、直に挨拶もしようか。会長には悪いが、もう【天凛の月】の気分だからね」


 あ、アッセルバインドの会長さんになんて言おう。

 重要な傭兵だと思うし……。

 ま、後々か。


 そして、ふと、そのクレインの過去の話を思い出して、


「クレイン」

「ん?」

「昔、ペルネーテの六大トップクランの一つに所属していたこともあると聞いている。そのヴェロニカとニアミスはあったかもな」

「あぁ」


 と小声を発したクレインは、数回小刻みに頷いた。

 視線を斜めに上げる。顎に指を置きつつ、


「……当時は迷宮三昧だったが、ありえるねぇ。吸血鬼ヴァンパイアの禁忌に当たる存在が長く生きて、シュウヤと出会い人に戻り、光魔ルシヴァルの<筆頭従者長選ばれし眷属>に……本当に、運命とはどう転ぶか分からないもんだ……」


 偉大なクレイン・フェンロンがそう語る。

 天井を見ていた。


「光魔ルシヴァルとなったが、運命神アシュラー様も混乱しているのかねぇ」


 天井の星々の神様か。

 何か天井に反応があったのか?


 分からなかったが……。


 点々と画鋲が刺さって、紐で結ばれているところも多い。


 アナグラム的な暗号か?

 謎の画像タグが仕込まれてる!?

 電磁波が誘導されるとか?


 ……どの神様が何座なんだろうか。

 土地の地図にも画鋲が刺さってるし、分からん。


 この部屋で空の星々と惑星セラの土地を研究していた大魔術師さんか……。


 ホロスコープを独自に研究していたカザネは……。

 獣帯ゾディアックの星座とは異なると語っていたことは覚えている。

 が、今はいいか。


「話をペルネーテに戻すが、クレインが世話になった六大トップクランの名は?」


 クレインは視線を俺に戻し、


「【天鳥サウラン】さ。リーダーを含めてテイマーが多いクランでねぇ。使役する動物が多かった。だから可愛い子犬のシルバーフィタンアスに子鹿のハウレッツの異界の軍事貴族を見た時は嬉しかった。それと【砂漠の天狼】のウィンとは会話をしたことがある」

「【天鳥サウラン】か。聞いたことがない」

「エヴァもよく知らないようだったねぇ。六大トップクランの交代は結構ある。とレベッカが教えてくれたが」

「だろうな。迷宮都市ペルネーテは激戦地」

「そうさねぇ、冒険者も色々だ。迷宮も広大。モンスターたち以外にも十体の邪神の使徒がいる。そこのリリザだった存在とかね」


 クレインが指摘。

 俺の右腕の肉肢状態のイモリザが反応。


 黄金芋虫ゴールドセキュリオンの姿となる。

 下から見上げる黄金芋虫ゴールドセキュリオンは可愛い。


「ピュイピュイ」

「ふふ、可愛い声だ。繭を紡ぐ音かい?」

「チュイチュイ♪」


 と、本当に繭を紡げそうな黄金の粉を吹いた。


「ひゃ」


 クレインは驚いて<血魔力>を放出する。

 更に、上段受けの構えかな?

 その構えのまま重心を保ちつつ頭部を後ろに下げていた。


 見事なスウェー技術。


「イモリザ、今は皆のところに行ってこい」

「ピュイ!」


 イモリザの黄金芋虫ゴールドセキュリオンはくねくねと胴体を動かして廊下に出ると、見えなくなった。


「しゃきーーーん♪」


 イモリザの声が響く。

 途中で姿を戻したか。


 体勢を直したクレインが、


「イモリザは不思議ちゃんだ」

「おう。シルバーフィタンアスとメトとハウレッツに挨拶したいんだろうな」

「ふふ、気持ちは分かる。そして、今の微笑ましいイモリザの元のリリザは邪神の使徒だった。そして、邪神はわたしたちの敵となる」


 頷いた。


「そうだな。幸い敵も敵で俺たち以外で争い合っているが」

「その点は魔界と神界と人族の連中に感謝さね」

「あぁ、が、邪神は十柱。その眷属も、第一、第二、第三、第四、第五、とかなり多い。邪神ヒュリオクスの寄生タイプも様々だ。フー、シルフィリア、クナなどに寄生した寄生タイプは弱いが、パクスは強かった」

「ペルネーテのパクスの屋敷の地下で起きた戦いだねぇ。激戦だったと聞く」


 頷いた。

 吸血神ルグナド様のファーミリア・ラヴァレ・ヴァルマスク・ルグナドの勢力も味方と呼べるか分からない。


 神界の戦士ブーさん一族も、それらの勢力とどこかで戦っているはず。 


「で、話を少し戻すが、【砂漠の天狼】のウィンなら俺たちは知っている。コクレターの魔宝地図の依頼を協同で受けた時にいたクランの一つのリーダー」


 俺の言葉にクレインは頷いた。

 そして、


暴走湧きスタンピードがあったとイノセントアームズの冒険譚はエヴァから聞いたさ」


 あの時か。

 モンスターたちが溢れ出し、暴走する暴走湧きスタンピード


「モンスターは大量に出現したが皆優秀。楽に対処できた」

「エヴァも同じようなことを語ってたさ。で、そのコレクターのシキとは、今後接触の予定はあるのかい?」


 まだ分からないが……。


「コレクターの配下の骸骨魔術師ハゼスには、助太刀を受けたから、お礼をしに、いつか会いに行くかも知れない。それよりエヴァとの会話が気になる」

「ふふ、『ん、シュウヤは、ばっと凄いじゃんぷ。宙空で魔槍杖をじゅばっと振るって、おっきい蛇を倒した!』と興奮していたさ。小鼻が少し膨らんでいた」

「あはは、エヴァらしい」

「そうさね。他にも、光斬糸を使う優秀な冒険者がいたと教えてくれたさ」


 クレインの言葉に、当時のエヴァとの会話を思い出した。


「思い出す。エヴァとの会話で、先生が前に教えてくれたって。一流の武芸者がいるって、糸を使う強者のことを語っていたよ」

「はは、エヴァっ子……」


 クレインの顔がなんとも言えない。

 エヴァとクレインが抱き合った時を思い出す。


 少ししんみりとしたところで、


「酒場は結構利用したんだろ? 当時の噂とか闇界隈はどんな感じだったんだ?」

「戦争で活躍した傭兵団を率いていた大剣ビル、鮮血の死神、獅子アン、青銀のオゼ、ホモサピダ・モモンギアは聞いたことがあった。が、いい加減、ちょいと試す」


 そう語ると素早く横回転を行う。

 ヴェロニカが鮮血の死神だったはずだが。


 クレインは両手を拡げて細い腋を晒した。

 一瞬ドキッとする魅惑的な腋だ。

 ほどよい乳房は下着で隠れているが、突起した乳首は丸わかりで興奮していると分かる。


 俺もだが、クレインは自らの両手を見た。


「これが、<筆頭従者長選ばれし眷属>の……」


 と呟きながら両手に血を纏う。

 もう、それだけでカッコいい。


 しかも、血は炎のような印象だ。

 蒼炎神エアリアル様の加護があるレベッカと似ているが、炎神エンフリート様のほうかも知れない。


「機動力の違いを実感?」


 まぁ、武闘派でもあるクレインだ。

 話よりも今は体の機動を試したいか。


「そうさね。<血道第一・開門>は偉大な一歩だと分かる」


 笑窪が可愛い。

 視界に浮かぶ小型ヘルメが頷く。


『素晴らしい魔力の質と<血魔力>。現在の<筆頭従者長選ばれし眷属>の中でも最上位クラスと分かります』

『俺もそう思う。眷属となる前であの強さだ』

『はい』


 ヘルメと念話している極短い間にも、クレインの体を巡る魔力の速度がぐんぐんと加速を続けていることが分かった。


 すげぇな。


 <筆頭従者長選ばれし眷属>となることで、クレイン独自の闘気系スキルも強まったようだ。


 この美しいクレインとサシで戦った時を思い出す。


 クレインが両手を拡げて跳躍した時……。

 トンファーが不死鳥の両翼に見えたっけ。


「しかし、改めて、さすがだクレイン。今までの眷属たちの中で一番速く<血道第一・開門>を獲得したことになる」


 クレインは頷いた。

 まんざらでもない表情を浮かべて、


「戦い勘のセンスは自信があるさね。そして、わたしは経験などを自身の能力に活かせるスキルを持つ」

「俺の<天賦の魔才>のようなスキル?」

「そうさ、貴重なスキル」 

「その貴重なスキル名を教えてくれるか?」


 クレインは少し恥ずかしそうな表情を浮かべて、


「他の皆には内緒だよ?」

「分かってるが、エヴァは俺の心を読み取るぞ」

「織り込み済みさ」


 クレインは笑顔でそう語る。


「当時のエヴァはクレインの心を読むことができなかった?」

「あの子はまだ成長の途中だったからねぇ」


 そりゃそっか。

 俺の顔色を見たクレインは少し視線を下げて、


「……が、わたしには、<朱華・鉄心>、<朱華・数息観>、<朱華・炎神魂>、<風神・精神防御>、<フェンロンの第六感>、<魔酒・八聖道>がある。だから成長したエヴァでも、わたしの心を読み取ることは難しかったと思う」

「精神防御系を色々と獲得済みか」


 クレインは「ふふ」と笑って、


「環境、敵のお陰? ま、伊達に長生きはしてないさ」


 そう語ったクレインは少し間を空ける。

 俺は頷いてクレインの瞳を凝視。


 クレインがエヴァの故郷近くで【テーバロンテの償い】の連中と戦ったことは前に聞いた。


「だが、エヴァはエヴァで、わたしに対して遠慮もあったはずさね。あの子の優しさは本当に凄い」


 クレインは弟子を思いながら語る。

 その表情は素敵だ。


 そして、精神系のスキルも多種多様だと分かる。

 エヴァのエクストラスキルを防げる精神防御スキルも色々とあるんだなぁ。


 クレインは「ふふ」と楽しそうに笑ってから、キッと表情を引き締めて、


「で、貴重なスキル、わたしの経験を増やす成長に関するスキルは<エメンタルの血脈>。そこから色々と派生したスキルさね。最初の名は<落胤・天花>だったかな……融合して<朱華・天花>……<朱華・才鋒>などに発展したのさ」


 へぇ。


「戦いの多彩さは、そのスキルの数からも生まれているんだな」


 そう発言すると、クレインは恥ずかしそうな表情を浮かべて、


「……前にも教えたが、幼い時に頭が破裂するぐらい色々・・と学んだお陰でもある」


 そう発言。激しい訓練か。

 ダークエルフの魔導貴族たちのサバイバル訓練話を想起した。


 ヴィーネはよく生き残った。


「庶子と言えど帝王学の教育か。インペリアルガードからフェンロン流棒術を学んだとは聞いている」


 俺の言葉を聞いたクレイン。

 回顧しているような表情を浮かべていた。


 その顔色は辛そうでもうれしそうでもある。


「お陰で強くなったさ……」


 クレインの表情から歴史を感じた。

 まさにフェンロン家に歴史あり。

 先のレベッカとペレランドラの血文字にも同じように歴史を感じさせる血文字があった。


 当然だが、ペレランドラ、レベッカ、ヴィーネにも、皆、それぞれ歴史があるんだと実感。


 そして、クレインは幼い時から厳しい修業をかさねていたんだな。


 ――拱手きょうしゅ


 続けてラ・ケラーダの手印をクレインと、そのクレインに纏わる家族と仲間たちに送る。


 俺の意図を察した真顔のクレインも頷(うなず)いてから、ラ・ケラーダを返してくれた。


 そのクレインに、


「<魔闘術>系統の自らを加速させるスキルには朱華と名が付くことは知っている。他にも加速系スキルを持つ?」

「ある。それぞれに熟練の差はあるがねぇ」

「加速も多彩か、凄い!」

「はは、宗主のほうが凄いさ。<血液加速ブラッディアクセル>と光魔ルシヴァル独自の<闘気霊装>の<水月血闘法>は痺れるさね。あの古い仙技、仙道系の<魔力纏>と似た光魔ルシヴァルの血を活かした<闘気霊装>は憧れる」


 仙技、仙道系ではないと思うが、クレインにそう言われると照れる。


「そして、<神剣・三叉法具サラテン>の羅の<瞑道・瞑水>のスキルでも宗主は加速する。その羅の衣装をモチーフにした黒い衣服の<瞑道・霊闘法被>も素敵で速さが増す。更に更に宗主が新たに獲得した<魔装天狗・聖盗>! あの白銀の衣装さ!」


 クレインは少し目が輝く。

 興奮している?


「たしかに、俺には多数の加速スキルがある」

「そうさね。そして、先に見せていた、あのカッコいい蒼聖の魔剣タナトスと古の義遊暗行師ミルヴァの短剣。あの装備と連動した魔装天狗系の<魔装天狗・聖盗>は、<瞑道・霊闘法被>よりも速度上昇効果は低いと予測するが、多少は上がるんだろう?」

「まだ本格的に運用はしていないが、まぁ上がると思う」


 そう語るとジッと俺を凝視するクレイン。


「やはり。宗主の多彩な加速スキルを活かした槍圏内と近々距離戦に於ける戦いの判断力と戦闘センスは、極めて高いからねぇ。わたしの<朱華帝鳥エメンタル>を、あそこまで完璧に弾かれたのはショックだったさ」

「あぁ」

「が、そんなことより、あの白銀の装備はイケメンすぎる!」


 クレインが少しオカシイ。

 笑いつつ、


「イケメン、けっこうじゃないか。不満か?」

「いや、時々裸になりたがるくせを止めれば、完璧な男になると思ったのさ……」


 俺は変顔を意識。


「完璧か。そんなんつまらんだろ? 少しズレたほうが面白いじゃないか」

「あはは、宗主らしい。そうかも知れないね」


 クレインの笑顔に癒やされた。

 すると、左端の視界に小さいヘルメが出現。

 そのヘルメが、


『ふふ』


 あれ、大人しい。


『どうした、お尻ちゃん新党立ち上げですか! とかの思念を寄越すかと思ったんだが』

『閣下はおっぱい教ですから、残念!』

『ふはは』


 そんな返しを学ぶとは、ヘルメ、やりおる。


「おう。そして、そのイケメン装備の白銀の仮面と白銀の衣装と、蒼聖の魔剣タナトスと古の義遊暗行師ミルヴァの短剣には色々と効果があると思う」

「やはり。顔も今までと違って見えるから変装に使えるかも知れないね」


 納得したようなクレイン。


「あぁ、<魔装天狗・聖盗>だからな」

「豪商から金を盗んで、貧民にばら撒く?」


 クレインはそんな冗談を言いながら、丹田に魔力を溜めた。

 その丹田を軸に魔力を縦に展開。


 体の正中線に魔力の溜まりの点を幾つも作る。

 他にも体の節々に<血魔力>を有した魔力の点を幾つも作っていた。


 ――面白い。


「闘気系と<血魔力>を同時に合わせて試している?」

「正解――」


 キサラの<魔手太陰肺経>の能力に近いのだろうか。


 そう言えば、カルード、ユイ、キッカ、ヴィーネ、マルアの剣術には体の秘孔を守る動きの妙がどこかしらにあった。


 風槍流の防御技にも……。

 『中段受け』、『上段受け』、『下段受け』がある。

 攻防一体の技として『魔打棍殴』。

 『枝取り』や『枝預け』などもある。


 クレインは眉間にも魔力を集中させた。


 双眸に貯まる魔力の色合いが変化。

 元々は朱色、銀色、蒼色が混じる瞳だったはず。


 元々の瞳の色が強まった感もあるが……少し赤黒さも混じる?

 その渋い瞳に稲光のような<血魔力>が走った。と、瞳に明るさが増す。


 赤系統の色合いが一気に増えた。魔力の強弱で瞳の色合いが変化した。


 同時に関節の節々にも魔力を溜める。

 そのオーラのような<血魔力>を全身から発しつつ数歩歩く。


 <血魔力>がマント的にも見える。

 戦いのフェイクにも使えそうだ。


 その独自の<魔闘術>と<血魔力>を活かす歩法は洗練されていた。


「興味深い歩法」

「ふふ、<血魔力>は凄いねぇ。色々と応用が可能――」


 クレインは数歩歩いたような印象だったが――。

 ダッシュして奥に移動すると、自らの<血魔力>を確認しつつ机に両手をついて、つま先立ち。


 望遠鏡と連動した窓硝子を見上げていた。


 下着姿のクレインはスタイルがいい。

 尻と太股に釘付けとなる。


 素敵なクレインに魅了された。

 が、素早く大きな盥を片付けてから、


「<魔闘術>系のスキルにも名が?」


 そう聞くと、クレインは振り向いた。

 そして、ヒョイッと机に尻を乗せる。


 机に乗ったクレインは魅惑的に微笑む。

 足を組んだ。

 下着のパンティさんがもろに見えた。


 魅惑的なクレインはニコニコしては、<血魔力>を有した人差し指で、細い顎を触りつつ、


「<フェンロン闘気術>の<風柄ノ歩法>さ。勿論、魔技の基本の<魔闘術>が大本。更に<風の魔闘術>、<雑踏ノ魔極>、朱華系、風神系もあるさね――」


 さっと顎を触っていた手と腕を伸ばす――。

 そのまま片腕の表面を<血魔力>が這う。


 その<血魔力>の操作といい、多彩だ。


 俺も<魔闘術の心得>から<水月血闘法>などを獲得しているが、クレインに対して、尊敬しかない。


 その思いを得ながら、


「<筆頭従者長選ばれし眷属>となることで、クレインが覚えた<血業ノ八感ブラッドエイトセンス>は感覚系強化だと分かるが、その<血業ノ八感ブラッドエイトセンス>は歩法と加速にも応用が?」


 と聞いた。

 クレインは頷き、


「活かせるようになるかも知れない」

「あ、まだ獲得したばかりだから、分からないか」


 頷くクレイン。


「<フェンロンの第六感>も<血魔力>で応用は可能だと思う。ま、これからさ」

「感覚系も優れているクレインを見ると、<血魔力>は余裕って印象だ」

「はは、買いかぶりだよ。本当に、まだまだこれからさ」


 心根が強者。

 アキレス師匠と同じ――ラ・ケラーダだ。


 そのクレインが、


「……そろそろ<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>を行いたいと思うが……わたしも匂いを発して大丈夫かい?」

「大丈夫だろう」

「ペレランドラが血の匂いを撒いた直後、更に血を撒くことになるが……」


 魔族殲滅機関ディスオルテのような存在の心配か。それはたしかにある。


「俺たちを知る・・存在はいると思うが、ま、来たら来たらで、全力で応えてあげよう」

「はは。そりゃ、宗主ならその対応で間違いはないが、宗主やわたしがいつもここにいるとは限らないさね。リスクを増やすことになる」

「たしかに……が、そんなことを心配していたら切りがないぞ」


 続けて、


「そして、既に魔族殲滅機関ディスオルテと同じ心根を持つ優秀な吸血鬼ヴァンパイアハンター連中と神聖教会の連中から俺たちはマークされていると考えたほうが無難だろう。更に、眷属ではない【天凛の月】の幹部も強い。強者の連中が襲い掛かってきても、その対処は可能なはず」


 そう発言すると、クレインは頷く。


「……たしかに、追跡能力が長けた連中だと、【天凛の月】の幹部には手を出さず、ピンポイントで、血の匂いが漂うわたしたちを狙ってくるか」

「あぁ、クレインは過去に吸血鬼ヴァンパイアと共闘したことがあったと聞いている」

「あった。アルヘン、今も生きているはず……」


 と語るクレインの表情には暗さがあった。

 そのアルヘンは吸血鬼ヴァンパイアハンターにも負けないし、神聖教会の魔族殲滅機関ディスオルテの強者とも戦える高祖級の吸血鬼ヴァンパイアであるってことかな。


 何かしらの秘宝を得てかなりの強さを得ている可能性が大か。


 光に耐性を持つ吸血鬼ヴァンパイアだろう。

 そう予測していると、クレインが寄ってきた。


 クレインの頬がほんのりと朱色に染まって、


「宗主、真面目な会話はここまで」


 両腕を俺の首に絡めてきた。

 クレインからいい匂い、魔酒の匂いも漂う。


 桃色の小さい唇が可愛い。

 そのクレインが、


「<分泌吸の匂手フェロモンズタッチ>はどうした?」

「ふふ、今の会話もあるが、暫くお預けさ……わたしは、まだ<血魔力>の操作に苦戦している――」


 と、唇を奪われた。


 クレインの熱い気持ちに応えるように、クレインの背中に両手を回した。


 抱き合いながら長いキス。

 肩甲骨を指先でマッサージしつつ、唇でクレインの唇を優しく引っ張る。


 クレインの興奮が鼻息から溢れた。

 そんなクレインに<血魔力>をプレゼント。

 同時にクレインのお尻に両手を回した。

 ぎゅっと握ると、体を震わせたクレインは、「パッ」とキスを止めて、頭部と背中を俄に反らした。


「ァ――」


 と果ててしまうが、直ぐに持ち直した。

 ジッと俺の顔を見て妖艶な雰囲気を醸し出すが、すぐに瞳が揺らぎ、唇が震えて、


「宗主、感じてしまったが、わたしは……男を知らない……」


 そう発言。

 安心させるように、クレインの体をぎゅっと抱きしめてから、長い耳元で、


「クレイン、安心しろ。寝台のある部屋に移動しようか」

「……」


 クレインは微かに頷いた。

 そんなクレインの長い耳にキスして、


「アァ……」


 下側の耳朶を唇で挟んで、ひっぱる。


「ぁん……」

「エルフは耳が弱い?」

「……宗主が上手いだけさ……あんっ」


 と、おっぱいの先端の可愛い蕾を摘まんだら感じたクレイン。

 心臓の鼓動音が手に取るように分かった。


 そうして、皆にはまだ<血道第一・開門>の獲得は伏せつつ、ロロディーヌが呆れるほどの情事を楽しんだ。

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