八百三十二話 ハフマリダ教団の新たな任務

 ここはエイラハル大洞穴。


 独立地下火山都市デビルズマウンテンと地下都市レインガンと独立地下都市ファーザン・ドウムの間に存在する大洞穴。

 その右側は凹凸の高低差が激しい岩窟と土窟が幾重にも上下左右に重なった断層谷的な巨大な崖となっていた。


 このエイラハル大洞穴はマハハイム大陸が余裕で入る規模。

 一部は大動脈層へと続いている。


 エイラハル大洞穴と地続きの大動脈層は熱波の大空洞とも地続きだ。独立地下火山都市デビルズマウンテンと近い。


 そんな大動脈層を下方に辿れば……。


 シュウヤたちが地底神ロルガ討伐で旅をしたルートと重なって独立都市フェーンにも到達できるだろう。バーレンティンが語った他の独立都市にも通じている。


 更には、各地の地底湖、ヴァライダスキング蟲宮、古い神具台、ラングール帝国の古い都市、黒寿草が大量に茂るリリウム谷の幾つかと、地下大熊が信奉する骨神ウォース王が治めるウォース地底群窟にも繋がる。


 他にも上下を分断するような激流がいたるところで衝突し合う地底大滝アブアフルの大瀑布を越えた先では、オーク大帝国の領域である要塞アーゼンルアーにも繋がるだろう。


 しかし、現在のオーク大帝国は内乱中だ。


 氏族同士の権力争いは過熱している。

 オークだけの血を血で洗う激しい内戦が継続中だ。

 権力争いで敗れた大氏族だったグング氏族とアヤロク氏族は激減している。


 そのグング氏族は地上の樹海サイデイルを時折攻めている勢力だ。

 が、サイデイルには女王となったキッシュ・バグノーダ・ハーレルレンデに、光魔ルシヴァルの眷属たちがいる。

 

 幾たびも樹海の果樹園を狙うグング氏族であったが、失敗に失敗を重ね続けているグング氏族の戦力は大幅に落ちていた。


 だが、要塞アーゼンルアーの大将軍ブブウ・グル・カイバチとカイバチ氏の大氏族は健在だ。

 要塞アーゼンルアーの内乱を治めるのはカイバチ氏であろうと、オーク氏族たちは考えていた。


 他にも大動脈層から数万キロと離れて遠いが、要塞アレアガニムにも通じている。

 その要塞アレアガニムも内戦中に変わりはない。

 が、クイーン・グル・ドドン氏族の第一と第二の狩人夫人の勢力はまだ生きている。

 大氏族のヴェン氏族とデオゼ氏族は劣勢と言われているが、定かではない。


 更に大動脈層は、シュウヤが転生したての頃に彷徨ったグランバの大回廊に通じている。


 黒き環ザララープの異世界の一つから出現し続けているグランバたちは、大量の骨が蓄積している大回廊のどこかに現在もいるはずだ。


 更に、大動脈層には、ゼリウムボーン、グレナダ系蜘蛛種、鳳凰角ランガスボルア、戦獄ウグラ、地竜、火竜、亀鮫、袋鬼、白岩鬼、業火竜、闇竜、闇虎ドーレ闇獅子ダークブレズム、蟲鮫、旧神ゴ・ラードの勢力など、無数のモンスターが跳梁跋扈している。


 そして、かなり深い深淵の大動脈層では……。

 鋼鉄の網で構成された地下世界がある。

 そこでは珪素と硫黄をベースにしたゼリウムボーン系統の魔導人形ウォーガノフと似た巨大モンスターが屯しては、大鳳竜アビリセン、幽刻チリチ、地底神セレデルの眷属などのスケルトン風の戦士たちと対決しているとヘカトレイルの冒険者内では噂があった。


 更には、グラフィカルな魔法文字を胸に宿し、光る棒を持つ女性の幻影が出現するという噂もある。

 古代の眠り姫の伝説の大本は、たしかに存在していた。


 エイラハル大空洞の上層の洞窟を左に辿れば、ペル・ヘカ・ライン大回廊の地下遺跡群にも到達できる。


 そんなエイラハル大空洞の上層の北側には鳳凰角ランガスボルアの長坂道もあった。

 ここにはエイス魔大鉱脈も備わる。


 更に、グレナダクイーンなどが有名な大蜘蛛系の種族たちと鳳凰角系の種族たちの領域が丁度重なり合う場所であった。


 鳳凰角ランガスボルアと蜘蛛のグレナダ系モンスターが、そのエイス魔大鉱脈から漏れ出た大量の魔力を狙い争い合う。

 近くに地下都市レインガンと独立地下火山都市デビルズマウンテンを結ぶ地下道があるからノームとドワーフたちの間では、ある程度知られていた。

 

 モンスター同士の争いは危険だが、鳳凰角の粉末などの貴重な素材を狙うため、漁夫の利を狙うノームの商人は後を絶たない。

 ハフマリダ教団は商人の出入りを制限しているが、欲に目が眩むノーム、ドワーフ、ダークエルフは多い。

 マグル目撃の情報も数件ハフマリダ教団は得ていた。


 そして、そんな鳳凰角ランガスボルアの長坂道で――。

 グレナダムセスという名の蜘蛛モンスターの群れと、とある一団が戦っていた。


「キルバイスとダキュは下がりなさい。わたしが前に出ます――」

「承知した!」

「了解、隊長!」


 その言葉を発したのはノームの女性。


 両手にククリのような魔法の短剣を持つ。

 前傾姿勢で、紫紺の闇に向けて前進。

 ノームにしては少し背が高い。

 顔は黒布で隠れている。

 

 ノーム女性は軽やかにククリを振るう。


 左手が握るククリの刃から光の剣が伸びた。

 そのククリから出た光の剣でグレナダムセスの多脚の一つを鮮やかに切断するや半歩前進――。

 右手が握るククリを振るいつつ、もう一つの多脚の足を切断。

 

 金色の髪を靡かせながら身を横にずらす。

 やや間を外したノーム女性は剣呑な間合いを作る。


 そして、両腕に持つククリを回転させつつ、そのククリでグレナダムセスの頭部を下から斬り上げた。


 グレナダムセスの顎と多眼ごと頭部を真っ二つ。

 一体のグレナダムセスを倒す。


「さすがアム隊長!」

「ゼムトは横を見て!」


 ノームの女性のアム隊長は小柄の隊員を叱る。

 と同時に視線を薄暗い奥に向けた。


 蜘蛛の巣が仄かな光を発する。

 アム隊長は、


「そこですね――」


 そう発言しつつククリの刃をクロスして跳躍――。


「――<覚醒ノ光剣破ハフマリダ・ソードショット>」


 とスキルを発動。

 ククリを持つ腕を左右に拡げるや否や、ククリの刃から魔法の光剣が三つ発生――。

 紫紺の闇を切り裂く<覚醒ノ光剣破ハフマリダ・ソードショット>は、斜め前方の蜘蛛の巣ごとグレナダムセスの体を分断した。

 煌びやかな光剣が赤焼けた洞窟の壁に貼り付いていた朱粘胃無ベバススライムを貫いて壁に突き刺さる。

 周囲にはドロドロした朱色の粘液が散った。

 

 壁画には朱色から玉虫色に変化したスライム系の残骸がこびりついていた。


「倒したか、さすがはハフマリダ教団の団長、アム・アリザ!」


 そう発言したのは厳ついドワーフ戦士だ。

 

「ふふ、コンゴードも先ほどたくさん倒していたでしょう」

「おう、不撓不屈の精神じゃ!」

「はい! 皆も、前に進みましょう」

「「おう」」


 ハフマリダ教団とドワーフの一団は鳳凰角ランガスボルアの長坂道を進む。

 左側の壁画が不気味に光る。


「この辺りは不気味じゃ」

「そうですね、壁の模様もいつになく輝いて見える」


 床の色が小麦色に変化した。

 この不気味な幾何学的模様の光源には、ハフマリダ教団とドワーフの行商傭兵軍団コンゴード・マシナリーズは反応しないが、シュウヤが見たら……。


『鸚鵡貝にフィボナッチ数列とキュイズナーかよ』と発言するだろう。


 すると、床の色合いが灰色の地面となった。

 数百メートル先には崖と橋がある。

 皆、左側の絶壁の縁を触りつつ岩の壇を上がった。


 先頭のドワーフが片手を上げて、斧で前方を差し、


「アム、ここからでは判別し難いのじゃが、キャンプ予定地は、あの橋の先を越えたところじゃ」

「はい」

「あの辺りは手強いモンスター鳳凰角エイブンの巣が無数に存在する場所でもあるから要注意である。本当にこのまま進むのか?」

「当然です。鳳凰角エイブンならまだ大丈夫。鳳凰角ランガスボルアが出現したら撤収します。それに、ここは地下都市レインガンへの近道。ハフマリダ教団とラングール帝国の同盟成立のため、鳳凰角の長坂道の地下道を把握しなければいけません」

「ふむ。しかし、ここまで来ておいて疑問なのだが、独立地下火山都市デビルズマウンテンは単独でも戦えるほどの強力な地下要塞、ハフマリダ教団には優秀な戦士が多い。魔神帝国が強大といえども、我らと同盟を結ぶ必要がそこまであるのか?」

「あります。魔神帝国はキュイズナーの勢力だけではないのですから」

「ふむ、地底神が率いる兵士は多数じゃな」


 コンゴードはそう喋る。

 その顔色を見たアムは、


行商傭兵軍団コンゴード・マシナリーズの隊長として、魔神帝国はあまり脅威に感じていないのですか?」

「そんなことはない。ダウメザランのダークエルフたち、骨神ウォース王の勢力と同様に油断のならぬ相手だ。そして、共通の敵がいる以上、わしらの帝国とハフマリダ教団が同盟を結ぶのはわしも賛成だ」

「はい。独立地下都市ファーザン・ドウムとも連携が取れるようになれば、ラングール帝国も得となるはずです」

「たしかに、同盟は大切じゃ。そして、【ムツゴロウマル】が入れば骨神ウォース王の大熊軍団だろうと、魔神帝国のキュイズナーにキングスライム大覇王なんてのも楽に倒せると思うのじゃが」


 コンゴードの発言を聞いたアムは驚く。


「え、ムツゴロウマル……シュウヤたちのことですか?」

「おやっさん、シュウヤさんたちを知っていたのか!」

「ハフマリダ教団の連中もか」

「そうじゃ、助けられた」

「……シュウヤ……」


 アムは自らの唇を触って呆けていた。

 そう、アムにとってシュウヤは忘れられない相手でもある。


「アムもシュウヤと知り合いだったとは、しらなんだ」

「わたしたちもシュウヤたちに救われて、旅をしたんです。常闇の水精霊ヘルメ様も一緒でした」

「……奇遇じゃ。わしらも大熊軍団との戦いでは救われた。滅茶苦茶強い精霊様も一緒だ。美人な魔人と変わった魔人を連れていた。あ、精霊様は、わしらのお尻を輝かせてくれたのじゃ」

行商傭兵軍団コンゴード・マシナリーズも救われていたのですね……」

「驚きじゃが、不思議な縁である」

「はい、精霊様の言葉は分かり難かったですが、楽しかった」

「ガハハ! わしらもだ。その後、幸運が訪れたであろう?」

「はい、水を浴びたハフマリダ教団のメンバーは毒系統に強くなった」

「わしらもだ。喉、鼻、肺、胃、腸と、体が健康になった。サンチェは針鼠神への信仰を少し忘れるぐらいに精霊様を慕うようになってしまったが」

「ふふ、気持ちは分かります。キルバイス、ダキュ、ゼムトも体が強くなりました」

「「はい!」」

「あぁ、俺は隊長には悪いが、精霊様に会いたい……」

「ダキュは正直ですね」

「大熊軍団を倒してくれた、偉大なシュウヤたちは……今頃、どうしているのやら」


 行商傭兵軍団コンゴード・マシナリーズの面々は頷き合う。

 シュウヤを想うアムも頷いていた。

 そして、遠くを見やる紺碧の瞳にはシュウヤの面影が映っているように見えた。

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